クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...
71話 巫と勇者
風舞
「さて、取り敢えず世界樹と同じぐらいの高さまで転移してきた訳ですけど、どうですか?」
トウカさんに海を見せるために、とりあえずは転移魔法で遥か上空まで跳んだ俺は自由落下に身を任せながら隣にいるトウカさんにそう問いかけた。
今日もこの辺りは快晴で強い日射しが体をジリジリと焼くが、吹き抜ける風のお陰か不快感はあまり感じない。
絶好のスカイダイビング日和と呼べる天候であろう。
「す、凄いです。凄い怖いです」
「え?  もしかして高いところ苦手なんですか?」
「は、はい。幼い頃に木登りに失敗してから高いところが苦手なのです」
あ、あぁ、それでさっきから顔を青くしてプルプル震えてたのか。
ただ肌寒いだけなのかと思ってたけど、どうやらそうではないらしい。
今も俺の右手を両手で握って目を閉じたまま動こうとはしないし、どうにかして恐怖を堪えているのだろう。
美人なエルフのお姉さんが必死に俺の手を掴んでるのって最高だな!
って、そうじゃなくてトウカさんを早く地面の上に連れてかないとか。
「それじゃあ、とりあえずはソレイドまで転移しちゃいますね」
「は、はい。よろしくお願いします」
こうして、俺たちは僅か数秒の上空散歩に終わりを告げてソレイド近郊の丘の上まで転移した。
ソレイドから海まではまた空の上まで転移してかないと駄目なんだけど、この調子で大丈夫なのかね。
◇◆◇
ファルゴ
「ちょっとミレンちゃん!  フーマくんはどこに行ったの!」
フーマがトウカさんを連れて海まで出掛けた後、先程まで生気の抜けた目をしていた舞が急に暴れ始めた。
どうやらマイムには愛しのフーマがトウカさんと共に逢い引きに行った様に見えたらしい。
ていうか、フーマはいつの間に転移魔法なんて覚えてたんだ?
「お、落ち着くのじゃマイム。フーマは気分転換でトウカと海に行っただけで、一時間もすれば戻ってくる」
「気分転換で海にですって!  気落ちしている女性を空の旅で海まで連れていったら、間違いなくフーマくんに惚れるに決まってるじゃないの!  ミレンちゃんはこれ以上フーマくんの恋人候補を増やしてどうするつもりなのよ!」
「ど、どうと言われても妾も困るんじゃが…」
「ユーリアさんはトウカさんがフーマくんと恋仲になっても良いの!?」
「まぁ、フーマなら安心して姉さんを任せられるし、僕としてはそうなってくれた方が助かるかな」
「かっ、エルセーヌ!」
かっ、て何だ?
頭を手で押さえてくらってきてたみたいだし、精神的にショックを受けた時に出る音なのか?
「オホホホ。どうなさいましたか?」
「フーマくんを追うわよ!」
「オホホ。ご主人様は既にエルフの里からかなり離れていますので、今から追い付くのは不可能ですわ」
「嘘おっしゃい!  貴女はフーマくんと契約してるのだから、フーマくんの側に行くことぐらいどうって事ないでしょう!」
契約って何だ?
よくわかんないけど、そういう魔法でもあるのか?
なんて事を思っていたその時、黙ってマイムの様子を見ていたシェリーが俺の元へ寄ってきて話しかけてきた。
「なぁ、ファルゴ。私にはよく分からないんだけど、マイムは何であんなに慌ててるんだ?」
「大好きなフーマが別の女を連れて海に行ったから、フーマがその女とくっつかないか心配なんだろ」
「ふーん。マイムも色々と大変なんだな」
「ふーんって随分他人事だな」
「そりゃあそうだろ。だって、ファルゴが私の知らない女と二人で出かける事はないだろうし、仮にそうなってもファルゴを信じて帰りを待つのが、お、お嫁さんの仕事だからな!」
おお、俺の嫁が顔を真っ赤にしながら凄く嬉しい事を言ってくれた。
こういう時は黙って抱き締めるのが男としての務めだ……って、マイムがものすごい目で俺たちの方を見つめてるんですけど。
「かっ!」
なるほど。
かっ、てこういう時に使うのか。
「オホホホ。この辺りがシェリー様とマイム様の嫁力の差なのでしょうね」
「う、うるさいわよ!」
「オホホホホ。それで、マイム様はどうなさいますか?」
「待てばいいんでしょう!  私はフーマくんのパートナーなんだから、彼を信じて待つわよ!」
マイムは破れかぶれにそう言うと、もとの席に戻って腕と脚をくんで黙ってしまった。
どうやらマイムは大人しくフーマを待つことにしたみたいなのだが、マイムの全身からものすごいオーラが出ていて周囲にいる俺達は冷や汗が止まらない。
た、頼むぞフーマ。
出来るだけ早く何事もなく帰ってきてくれよ。
俺はトウカさんと仲良く出かけて行ったフーマを思い浮かべながら、そっと部屋の隅に移動した。
◇◆◇
風舞
「あのー、大丈夫ですか?」
「すみませんフーマ様。少しだけ休ませてください」
ソレイドの近郊の丘の上までトウカさんを連れて転移したのだが、よっぽど高いところが怖かったのかトウカさんは地面に両手をついてうなだれてしまった。
そういえば、初めてローズと一緒に転移魔法を使った時も同じポーズをしていた気がする。
「それじゃあ、今日のところはソレイドまでにしときますか?」
「はい。流石にこれ以上はフーマ様にご迷惑をおかけしそうなので、そうしてくださると助かります」
「それじゃあ、まだまだ時間はありますし軽くソレイドを案内しますよ」
そう言って手を差し出すと、トウカさんが俺の手を掴んで立ち上がった。
良かった。
どうやら腰を抜かしてはいなかったみたいだな。
「さて、それじゃあ早速行きましょうか」
「はい。よろしくお願いいたしますしますね」
何だか凄く緊張するな。
初めはただ海に連れていくつもりだったからプランなんて何も考えていなかったけど、1時間近くソレイドを案内する事になったから、トウカさんを楽しませる方法をなんとかして考え出さないとか。
ていうか、フレンダさんがさっきから一言も喋らないんだけど、変な気でも使っているのだろうか。
俺としてはトウカさんと二人っきりにされると緊張するから会話に参加してきて欲しいんですけど……。
そんな事を考えながらソレイドの門に向かって歩いていると、俺の後ろを歩いていたトウカさんが話しかけてきた。
「すみませんフーマ様」
「はい、どうかしましたか?」
「もし行く場所が決まってない様でしたら、フーマ様方が暮らしていたというお家を案内してくださいませんか?」
「別に構いませんけど、そこまで面白い所じゃないですよ?」
「私達エルフが人間の街に行くと目立ってしまうとユーリアに聞きましたし、落ち着いて過ごすならフーマ様のお家が最適かと思ったのですが駄目でしたか?」
「あぁ、そういう事ですか。それじゃあ、転移魔法でパッと行っちゃいましょう」
どこに連れていけば良いのか全く分からなかったから、トウカさんから提案をしてくれて凄く助かった。
家ならアンもいるし、そう退屈する事はないだろう。
俺はそんな事を考えながら、トウカさんの手をとって数時間ぶりに我が家へと転移した。
「ほいっと、ここが俺達の暮らしていた家です」
「フーマ様はかなり大きなお屋敷に住んでいらしたのですね」
「まぁ、俺達の生活領域はそこまで広くないんで殆どが空部屋なんですけどね」
「そうでしたか。しかし、ここまで広いとお掃除も大変なのではないですか?」
「そうですね。ここに住んでいた頃はみんなで手分けして掃除してたんですけど、俺には優秀な従者が2人、いや、今は3人いるのであまり掃除が大変だと思ったことはないですね。あぁ、ほら、彼女が俺の優秀な従者第2号のアンです」
俺はそう言いながら、ちょうど良いタイミングで階段を降りてきたアンを指し示してトウカさんに紹介した。
アンには数時間前に会ったばかりなのだが、見違えるくらいに顔色が良くなっているのが分かる。
流石世界樹の朝露はとんでもない効能があるんだな。
そんな事を考えながらアンの顔をまじまじと眺めていると、俺の横にいたトウカさんがアンに深々と頭を下げて自己紹介をした。
「初めましてアン様。私の名前はトウカ。世界樹を管理する巫でございます。フーマ様とは弟を通した知人で、今日はフーマ様のご厚意のもとこのお屋敷を訪ねさせていただきました。どうぞよろしくお願いいたします」
「ふ、フーマ様?」
「どうした?  アンも自己紹介をしないのか?」
「あ、そ、そうだったね。初めまして、私はアンです。フーマ様の従者をやってます」
「という訳です。後はシルビアっていう名前の獣人も俺の従者なんですけど、今は武者修行の旅に出ているのでここにはいません」
「そうでしたか。機会があれば是非ともそシルビア様にもお会いしたいですね」
「そうですね。シルビアがソルイドに戻ってきたらトウカさんの家に連れて行きますよ」
「ふふふ。それは何とも楽しみな事ですね」
そうして笑い会う俺とトウカさん。
あぁ、この時間が永遠に続けば良いのに。
そんな事を考えながらワハハと笑っていると、アンが俺の元へ寄ってきて服の裾をくいくいっと引っ張った。
「ね、ねぇフーマ様?  世界樹の巫って、凄く偉いエルフだよね?」
「まぁ、トウカさんは里長の義理の娘でもあるわけだから、かなり偉い人だな」
「だよね!?  そんな偉い人がどうして急に家に来たの?」
「えーっと、仕事を失なったから自分探し?」
「えっ!?  トウカさんは巫なんでしょ!?」
「まぁそうなんだけど、トウカさんの仕事は別の方法でできるようになったから、トウカさんがやる必要がなくなった、的な?」
「全然意味が分からないよ!」
「良かった良かった。アンは無事に元気になったみたいだな」
「説明が面倒になったからって誤魔化さないでよ!  あと、急に頭を撫でないで!」
「えぇ、折角こんなに良い手触りなんだからもっと触らせてくれよ。どうです?  トウカさんも触ってみますか?  耳がモフモフで気持ち良いですよ?」
「ちょ、ちょっとフーマ様!?」
「触らせていただいても宜しいのですか?」
「え、えっと、その」
「なぁアン。トウカさんは最近までずっと世界樹の管理人をやってたんだから、アンの命の恩人みたいなもんなんだぞ?」
「う、うぅ。フーマ様はずるいよ。あの、出来るだけ中の方は触らないようにしてくださいね」
「はい。それでは、失礼いたしますね」
よしよし、これでトウカさんとアンは仲良くやっていけそうだな。
スタンピードの件が済んでもエルフの里はちょくちょく訪れるつもりだったから、トウカさんとアンが仲良くなっていても損をする事は無いだろう。
いや、仲良くなって損をすることなんて普通はないか。
そんな事を考えながらトウカさんとアンのスキンシップを見守ることしばらく、アンの顔がとろけてきたしそろそろ止めておいた方が良いだろうと判断した俺は、少しだけ名残惜しそうにするトウカさんを連れてリビングに向かった。
そこそこの間トウカさんに耳と尻尾を触られていたアンには、休憩がてらお茶でも淹れて来てくれとお願いしたため今はトウカさんと二人っきりである。
フレンダさんはさっきからちっとも喋ろうとしないし。
「アンの耳と尻尾はどうでしたか?」
「最高でした。獣人の方をお見掛けしたことは今までにも何度かあったのですが、触らせていただいたのは初めての経験でしたから、かなり興奮してしまいました」
「そうですか。それなら、当初の未経験の事をするという目的は果たせたみたいで良かったです」
「はい。ありがとうございましたフーマ様。本日の事は私にとって生涯忘れない思い出になりました」
「何を最後の経験みたいな言い方をしてるんですか。トウカさんはこれからも色々な経験をするんですよ。すくなくとも、俺はトウカさんを海に連れて行くのを諦めたつもりはありません」
「ですが、私には巫としての役割がありますし……」
「その事なんですけど、それはトウカさんが一人でやらないといけない事なんですか?」
「私は巫としてエルフの民と里の為に世界樹を管理せねばならないのです」
「それじゃあ、エルフの皆さんにも手伝ってくださいってお願いしてみましょうよ」
「巫の役目を他の方にお任せするわけにはいきません」
「それは、トウカさん以外の人達では力不足だからですか?」
「違います!  巫という過酷な使命を他の方に押し付ける訳にはいかないからです!」
少し意地悪な言い方をしてしまった気もするが、ようやくトウカさんの本心が聞けた気がした。
やっぱりトウカさん自身も巫は過酷な仕事だと思っていてくれていたのか。
これなら、俺達にもまだまだ出来る事はありそうな気がする。
「トウカさんが一人で抱え込まなくても大丈夫ですよ。少なくとも、俺やユーリアくんやマイムやミレン、それに団長さんやファルゴさんはトウカさんが一人で苦しんでいるのを放っておくぐらいなら、その苦しみを一緒に分かち合いたいと思ってますし、エルフの皆さんも今まで一人で世界樹を管理してきたトウカさんのためなら共に戦おうと言ってくれる人は絶対にいます」
「しかし、私は……」
世界樹の管理はトウカさんがギフトを使わなくても、みんなで魔物を倒していけば十分に行える。
それに、スタンピードが間近に迫っている現状では、トウカさん一人の力では到底対処出来ずエルフが総出で戦わなくてはならない状況に既に陥ってしまっている。
その事はトウカさん自身も既に理解しているのだろうが、それでもトウカさんは俺たちの手を掴めないのか。
トウカさんが一言でも俺たちに助けを求めてくれたら俺たちも心置きなく戦えるんだけど、こればっかりはトウカさん自身の問題だしなぁ。
なんて事を考えていたその時、今の今まで一言も発さずに成り行きを見守っていたフレンダさんがようやく口を開いた。
『あぁ、もう!  黙って聞いていればウジウジウジウジと面倒な女ですね。良いですか、貴女がそうしてくだらない事を悩んでいる間にもスタンピードの時は刻一刻と迫っていますし、フーマ達もそれに向けて着々と準備を進めています。つまり、貴女がそうして悩んでいてもフーマには一切関係が無いのです』
「ちょ、ちょっとフレンさん?  流石にその言い方は…」
『フーマは黙ってなさい!』
「あ、はい。すみませんでした」
『おいトウカ。貴女の人生は貴女のものです。貴女がどこで何をしてようが私達には一切関係のない事ですが、折角自由にいきられるというのに、差し出された手を掴む事すらもできない弱虫な貴女が私は心底嫌いです』
フレンダさんは肉体が結界の中にあるせいで俺を通してでしか世界を感じる事ができないし、自由に生きられるのにその道を選べない人に思うところがあるのか。
普段はそんな態度を全く見せないけれど、やっぱり自分の身体に一刻も早く戻りたいんだよな。
……もう少しフレンダさんには優しくするか。
「しかしフレン様。私は産まれた時から巫として生きてきました。私は巫としての生き方しか知らないのです」
『ですから、それはフーマが教えてやると言っているでしょう!  この男は他人のために自分の命までもを賭けて戦える愚か者です。貴女はこの男に黙って救われればいいのです!  女なら男の一人や二人拐かさずしてどうするのですか!』
えぇ、流石にその話は酷くないか。
別に今までの俺は拐かされたから戦ってきた訳じゃないんですけど。
……あれ?  そうじゃないよな?
「まぁ、フレンさんの話は置いとくとしても、俺はトウカさんと一緒にもっと遊びに行きたいですから、狭い部屋に閉じ籠って命を削るんじゃなくて面倒な仕事はみんなでパパっと終わらせて遊びに行きましょうよ」
「わ、私などでよろしいのですか?」
「はい。俺はトウカさんと遊びに行きたいんです」
「っっ、私は世間知らずですよ?」
「それを言うなら俺だってこの世界の事は全然知りませんよ」
「それに、私は臆病です」
「何か怖いものがあるのなら、俺がそれをぶっ壊します」
「ユーリアには私は頑固だと言われますし…」
「それはトウカさんがみんなのために戦い抜ける優しい人だって事です」
「ターニャとは幼い頃に喧嘩したまま仲直りできてません」
「俺も一緒に謝りに行きますよ」
「私は、私は……」
「大丈夫ですよ。俺はトウカさんのためならダンジョンの一つや二つ余裕で攻略できますし、トウカさん一人に辛い役目を押し付けたりはしません」
『おいトウカ。貴女の前にいるのは、いずれ世界に名を轟かせる最高の勇者ですよ。貴女も一族の姫なら姫らしく、自分の意思で勇者に助けを求めたらどうですか』
「フーマ様、フーマ様」
「はい、どうしましたかトウカさん?」
俺はソファーに座るトウカさんの前でひざまずいて彼女に視線を合わせて、トウカさんにそう問いかけた。
トウカさんはその問いかけに対し、俯いていた顔をあげて万感の思いを込めた表情で真っ直ぐと俺の目を見すえて口を開く。
「た、助けてください!  私を、私の大好きな者達の住むエルフの里を助けてください!」
「はい、俺の持てる力全てを持ってトウカさんの願いを叶えましょう」
「っっ、フーマ様!」
トウカさんは感極まった表情でそう言うと、目の前にいた俺の胸に顔を押し付けて静かに涙をこぼしはじめた。
ここまで追い詰められるほどトウカさんは辛い思いをしてきたのか。
折角こうしてトウカさんが俺に助けを求めてくれたのだから、たまには勇者らしく人々の為に戦うとしよう。
「今までよく一人で戦ってきましたね」
「いえ、それでも私はエルフの里を守ることが出来ませんでした」
「そんな事ないですよ。トウカさんが今まで儀式を行ってこなかったら、エルフの里はもっと早くにスタンピードによって崩壊していましたし、トウカさんは十分に里を守ってきました」
「フーマ様、私もフーマ様のように強くなれるでしょうか」
「別に俺はそこまで大した人間じゃないですよ。少なくとも、俺がトウカさんと同じ立場だったらすぐに逃げ出してると思います。ですから、今まで頑張ってきたトウカさんは後は俺達に任して、ゆっくりと休んでいてください」
「いえ、私もフーマ様と共に戦わせてください。確かに巫の責務は辛く重いものでしたが、それでもエルフの里と民を私は守りたいのです」
やば、トウカさんはどんだけカッコいいんだよ。
これじゃあ、助けを求められた俺は最高の結果を残さないわけにはいかなくなるじゃないか。
「それじゃあ、ミレンとの約束の時間ももう過ぎてますしそろそろ戻りましょうか」
「すみませんフーマ様。非常に我が儘なお願いだとは思うのですが、もう少しだけこうしていては駄目ですか?」
「あ、いえ、駄目じゃないです」
『はぁ、お姉さまを待たせるとは万死に値しますが、今回だけは私も多目に見てあげましょう』
こうしてトウカさんが落ち着くまで俺の胸を貸すこと数分、少しだけ目元を腫らしたトウカさんはそっと立ち上がって恥ずかしそうに涙を拭うと、俺の顔を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「お待たせしましたフーマ様。エルフの里の為に私に力を貸してください」
「はい。エルフの里とトウカさんの為に俺は戦いますよ」
「そ、そうですか。フーマ様は私の為にも戦ってくださるのですね」
ん?
なんかトウカさんが顔を赤くしながらぶつぶつ言ってるんだけど、もしかして何かやっちまったか?
『はぁ、こうしてフーマの毒牙にかけられる女性は増えていくのですね』
「俺に毒牙は生えてないと思うんですけど」
「ふふふ。フーマ様はやはり可愛らしいお方ですね」
「あぁもう!  良いから早く戻りますよ。流石にこれ以上待たせるとマイムがぶちギレそうで怖いです」
「それならば早く戻らないといけませんね。それではよろしくお願いしますフーマ様」
「あのー、トウカさん?」
「どうかなさいましたか?」
「なんで俺と腕を組んでるんですか?」
「転移魔法で戻るのならフーマ様に触れていなくてはなりませんし、フーマ様は私に新しい世界を見せてくれるのではないのですか?」
「あぁ、はい。もうそれで良いです」
トウカさんが凄く楽しそうな顔で笑ってるし、俺としてはトウカさんと腕を組めて嬉しいからもうこのままで良いや。
多分舞には怒られるだろうけど、土下座でもなんでもして許してもらおう。
「後は、そこで盗み聞きをしていたアン」
「き、気づいてたんだね」
「折角お茶を用意してくれたところ悪いんだけど、もう戻る時間になっちゃったから許してくれ。あと、この埋め合わせは必ずするから俺にして欲しい事があったらまた今度教えてくれると助かる」
「うん。分かったよフーマ様。えーっと、お気をつけて言ってらっしゃいませご主人様」
「あぁ、ありがとな。それじゃあ行ってきます。テレポーテーション!」
かくして、トウカさん自身の意思で助けを求められた俺は、そのトウカさんを連れて舞達のいる世界樹まで戻った。
さて、作戦は既にエルセーヌさんが立てておいてくれてるみたいだし、早速スタンピード鎮圧の為に動き出すとしよう。
「さて、取り敢えず世界樹と同じぐらいの高さまで転移してきた訳ですけど、どうですか?」
トウカさんに海を見せるために、とりあえずは転移魔法で遥か上空まで跳んだ俺は自由落下に身を任せながら隣にいるトウカさんにそう問いかけた。
今日もこの辺りは快晴で強い日射しが体をジリジリと焼くが、吹き抜ける風のお陰か不快感はあまり感じない。
絶好のスカイダイビング日和と呼べる天候であろう。
「す、凄いです。凄い怖いです」
「え?  もしかして高いところ苦手なんですか?」
「は、はい。幼い頃に木登りに失敗してから高いところが苦手なのです」
あ、あぁ、それでさっきから顔を青くしてプルプル震えてたのか。
ただ肌寒いだけなのかと思ってたけど、どうやらそうではないらしい。
今も俺の右手を両手で握って目を閉じたまま動こうとはしないし、どうにかして恐怖を堪えているのだろう。
美人なエルフのお姉さんが必死に俺の手を掴んでるのって最高だな!
って、そうじゃなくてトウカさんを早く地面の上に連れてかないとか。
「それじゃあ、とりあえずはソレイドまで転移しちゃいますね」
「は、はい。よろしくお願いします」
こうして、俺たちは僅か数秒の上空散歩に終わりを告げてソレイド近郊の丘の上まで転移した。
ソレイドから海まではまた空の上まで転移してかないと駄目なんだけど、この調子で大丈夫なのかね。
◇◆◇
ファルゴ
「ちょっとミレンちゃん!  フーマくんはどこに行ったの!」
フーマがトウカさんを連れて海まで出掛けた後、先程まで生気の抜けた目をしていた舞が急に暴れ始めた。
どうやらマイムには愛しのフーマがトウカさんと共に逢い引きに行った様に見えたらしい。
ていうか、フーマはいつの間に転移魔法なんて覚えてたんだ?
「お、落ち着くのじゃマイム。フーマは気分転換でトウカと海に行っただけで、一時間もすれば戻ってくる」
「気分転換で海にですって!  気落ちしている女性を空の旅で海まで連れていったら、間違いなくフーマくんに惚れるに決まってるじゃないの!  ミレンちゃんはこれ以上フーマくんの恋人候補を増やしてどうするつもりなのよ!」
「ど、どうと言われても妾も困るんじゃが…」
「ユーリアさんはトウカさんがフーマくんと恋仲になっても良いの!?」
「まぁ、フーマなら安心して姉さんを任せられるし、僕としてはそうなってくれた方が助かるかな」
「かっ、エルセーヌ!」
かっ、て何だ?
頭を手で押さえてくらってきてたみたいだし、精神的にショックを受けた時に出る音なのか?
「オホホホ。どうなさいましたか?」
「フーマくんを追うわよ!」
「オホホ。ご主人様は既にエルフの里からかなり離れていますので、今から追い付くのは不可能ですわ」
「嘘おっしゃい!  貴女はフーマくんと契約してるのだから、フーマくんの側に行くことぐらいどうって事ないでしょう!」
契約って何だ?
よくわかんないけど、そういう魔法でもあるのか?
なんて事を思っていたその時、黙ってマイムの様子を見ていたシェリーが俺の元へ寄ってきて話しかけてきた。
「なぁ、ファルゴ。私にはよく分からないんだけど、マイムは何であんなに慌ててるんだ?」
「大好きなフーマが別の女を連れて海に行ったから、フーマがその女とくっつかないか心配なんだろ」
「ふーん。マイムも色々と大変なんだな」
「ふーんって随分他人事だな」
「そりゃあそうだろ。だって、ファルゴが私の知らない女と二人で出かける事はないだろうし、仮にそうなってもファルゴを信じて帰りを待つのが、お、お嫁さんの仕事だからな!」
おお、俺の嫁が顔を真っ赤にしながら凄く嬉しい事を言ってくれた。
こういう時は黙って抱き締めるのが男としての務めだ……って、マイムがものすごい目で俺たちの方を見つめてるんですけど。
「かっ!」
なるほど。
かっ、てこういう時に使うのか。
「オホホホ。この辺りがシェリー様とマイム様の嫁力の差なのでしょうね」
「う、うるさいわよ!」
「オホホホホ。それで、マイム様はどうなさいますか?」
「待てばいいんでしょう!  私はフーマくんのパートナーなんだから、彼を信じて待つわよ!」
マイムは破れかぶれにそう言うと、もとの席に戻って腕と脚をくんで黙ってしまった。
どうやらマイムは大人しくフーマを待つことにしたみたいなのだが、マイムの全身からものすごいオーラが出ていて周囲にいる俺達は冷や汗が止まらない。
た、頼むぞフーマ。
出来るだけ早く何事もなく帰ってきてくれよ。
俺はトウカさんと仲良く出かけて行ったフーマを思い浮かべながら、そっと部屋の隅に移動した。
◇◆◇
風舞
「あのー、大丈夫ですか?」
「すみませんフーマ様。少しだけ休ませてください」
ソレイドの近郊の丘の上までトウカさんを連れて転移したのだが、よっぽど高いところが怖かったのかトウカさんは地面に両手をついてうなだれてしまった。
そういえば、初めてローズと一緒に転移魔法を使った時も同じポーズをしていた気がする。
「それじゃあ、今日のところはソレイドまでにしときますか?」
「はい。流石にこれ以上はフーマ様にご迷惑をおかけしそうなので、そうしてくださると助かります」
「それじゃあ、まだまだ時間はありますし軽くソレイドを案内しますよ」
そう言って手を差し出すと、トウカさんが俺の手を掴んで立ち上がった。
良かった。
どうやら腰を抜かしてはいなかったみたいだな。
「さて、それじゃあ早速行きましょうか」
「はい。よろしくお願いいたしますしますね」
何だか凄く緊張するな。
初めはただ海に連れていくつもりだったからプランなんて何も考えていなかったけど、1時間近くソレイドを案内する事になったから、トウカさんを楽しませる方法をなんとかして考え出さないとか。
ていうか、フレンダさんがさっきから一言も喋らないんだけど、変な気でも使っているのだろうか。
俺としてはトウカさんと二人っきりにされると緊張するから会話に参加してきて欲しいんですけど……。
そんな事を考えながらソレイドの門に向かって歩いていると、俺の後ろを歩いていたトウカさんが話しかけてきた。
「すみませんフーマ様」
「はい、どうかしましたか?」
「もし行く場所が決まってない様でしたら、フーマ様方が暮らしていたというお家を案内してくださいませんか?」
「別に構いませんけど、そこまで面白い所じゃないですよ?」
「私達エルフが人間の街に行くと目立ってしまうとユーリアに聞きましたし、落ち着いて過ごすならフーマ様のお家が最適かと思ったのですが駄目でしたか?」
「あぁ、そういう事ですか。それじゃあ、転移魔法でパッと行っちゃいましょう」
どこに連れていけば良いのか全く分からなかったから、トウカさんから提案をしてくれて凄く助かった。
家ならアンもいるし、そう退屈する事はないだろう。
俺はそんな事を考えながら、トウカさんの手をとって数時間ぶりに我が家へと転移した。
「ほいっと、ここが俺達の暮らしていた家です」
「フーマ様はかなり大きなお屋敷に住んでいらしたのですね」
「まぁ、俺達の生活領域はそこまで広くないんで殆どが空部屋なんですけどね」
「そうでしたか。しかし、ここまで広いとお掃除も大変なのではないですか?」
「そうですね。ここに住んでいた頃はみんなで手分けして掃除してたんですけど、俺には優秀な従者が2人、いや、今は3人いるのであまり掃除が大変だと思ったことはないですね。あぁ、ほら、彼女が俺の優秀な従者第2号のアンです」
俺はそう言いながら、ちょうど良いタイミングで階段を降りてきたアンを指し示してトウカさんに紹介した。
アンには数時間前に会ったばかりなのだが、見違えるくらいに顔色が良くなっているのが分かる。
流石世界樹の朝露はとんでもない効能があるんだな。
そんな事を考えながらアンの顔をまじまじと眺めていると、俺の横にいたトウカさんがアンに深々と頭を下げて自己紹介をした。
「初めましてアン様。私の名前はトウカ。世界樹を管理する巫でございます。フーマ様とは弟を通した知人で、今日はフーマ様のご厚意のもとこのお屋敷を訪ねさせていただきました。どうぞよろしくお願いいたします」
「ふ、フーマ様?」
「どうした?  アンも自己紹介をしないのか?」
「あ、そ、そうだったね。初めまして、私はアンです。フーマ様の従者をやってます」
「という訳です。後はシルビアっていう名前の獣人も俺の従者なんですけど、今は武者修行の旅に出ているのでここにはいません」
「そうでしたか。機会があれば是非ともそシルビア様にもお会いしたいですね」
「そうですね。シルビアがソルイドに戻ってきたらトウカさんの家に連れて行きますよ」
「ふふふ。それは何とも楽しみな事ですね」
そうして笑い会う俺とトウカさん。
あぁ、この時間が永遠に続けば良いのに。
そんな事を考えながらワハハと笑っていると、アンが俺の元へ寄ってきて服の裾をくいくいっと引っ張った。
「ね、ねぇフーマ様?  世界樹の巫って、凄く偉いエルフだよね?」
「まぁ、トウカさんは里長の義理の娘でもあるわけだから、かなり偉い人だな」
「だよね!?  そんな偉い人がどうして急に家に来たの?」
「えーっと、仕事を失なったから自分探し?」
「えっ!?  トウカさんは巫なんでしょ!?」
「まぁそうなんだけど、トウカさんの仕事は別の方法でできるようになったから、トウカさんがやる必要がなくなった、的な?」
「全然意味が分からないよ!」
「良かった良かった。アンは無事に元気になったみたいだな」
「説明が面倒になったからって誤魔化さないでよ!  あと、急に頭を撫でないで!」
「えぇ、折角こんなに良い手触りなんだからもっと触らせてくれよ。どうです?  トウカさんも触ってみますか?  耳がモフモフで気持ち良いですよ?」
「ちょ、ちょっとフーマ様!?」
「触らせていただいても宜しいのですか?」
「え、えっと、その」
「なぁアン。トウカさんは最近までずっと世界樹の管理人をやってたんだから、アンの命の恩人みたいなもんなんだぞ?」
「う、うぅ。フーマ様はずるいよ。あの、出来るだけ中の方は触らないようにしてくださいね」
「はい。それでは、失礼いたしますね」
よしよし、これでトウカさんとアンは仲良くやっていけそうだな。
スタンピードの件が済んでもエルフの里はちょくちょく訪れるつもりだったから、トウカさんとアンが仲良くなっていても損をする事は無いだろう。
いや、仲良くなって損をすることなんて普通はないか。
そんな事を考えながらトウカさんとアンのスキンシップを見守ることしばらく、アンの顔がとろけてきたしそろそろ止めておいた方が良いだろうと判断した俺は、少しだけ名残惜しそうにするトウカさんを連れてリビングに向かった。
そこそこの間トウカさんに耳と尻尾を触られていたアンには、休憩がてらお茶でも淹れて来てくれとお願いしたため今はトウカさんと二人っきりである。
フレンダさんはさっきからちっとも喋ろうとしないし。
「アンの耳と尻尾はどうでしたか?」
「最高でした。獣人の方をお見掛けしたことは今までにも何度かあったのですが、触らせていただいたのは初めての経験でしたから、かなり興奮してしまいました」
「そうですか。それなら、当初の未経験の事をするという目的は果たせたみたいで良かったです」
「はい。ありがとうございましたフーマ様。本日の事は私にとって生涯忘れない思い出になりました」
「何を最後の経験みたいな言い方をしてるんですか。トウカさんはこれからも色々な経験をするんですよ。すくなくとも、俺はトウカさんを海に連れて行くのを諦めたつもりはありません」
「ですが、私には巫としての役割がありますし……」
「その事なんですけど、それはトウカさんが一人でやらないといけない事なんですか?」
「私は巫としてエルフの民と里の為に世界樹を管理せねばならないのです」
「それじゃあ、エルフの皆さんにも手伝ってくださいってお願いしてみましょうよ」
「巫の役目を他の方にお任せするわけにはいきません」
「それは、トウカさん以外の人達では力不足だからですか?」
「違います!  巫という過酷な使命を他の方に押し付ける訳にはいかないからです!」
少し意地悪な言い方をしてしまった気もするが、ようやくトウカさんの本心が聞けた気がした。
やっぱりトウカさん自身も巫は過酷な仕事だと思っていてくれていたのか。
これなら、俺達にもまだまだ出来る事はありそうな気がする。
「トウカさんが一人で抱え込まなくても大丈夫ですよ。少なくとも、俺やユーリアくんやマイムやミレン、それに団長さんやファルゴさんはトウカさんが一人で苦しんでいるのを放っておくぐらいなら、その苦しみを一緒に分かち合いたいと思ってますし、エルフの皆さんも今まで一人で世界樹を管理してきたトウカさんのためなら共に戦おうと言ってくれる人は絶対にいます」
「しかし、私は……」
世界樹の管理はトウカさんがギフトを使わなくても、みんなで魔物を倒していけば十分に行える。
それに、スタンピードが間近に迫っている現状では、トウカさん一人の力では到底対処出来ずエルフが総出で戦わなくてはならない状況に既に陥ってしまっている。
その事はトウカさん自身も既に理解しているのだろうが、それでもトウカさんは俺たちの手を掴めないのか。
トウカさんが一言でも俺たちに助けを求めてくれたら俺たちも心置きなく戦えるんだけど、こればっかりはトウカさん自身の問題だしなぁ。
なんて事を考えていたその時、今の今まで一言も発さずに成り行きを見守っていたフレンダさんがようやく口を開いた。
『あぁ、もう!  黙って聞いていればウジウジウジウジと面倒な女ですね。良いですか、貴女がそうしてくだらない事を悩んでいる間にもスタンピードの時は刻一刻と迫っていますし、フーマ達もそれに向けて着々と準備を進めています。つまり、貴女がそうして悩んでいてもフーマには一切関係が無いのです』
「ちょ、ちょっとフレンさん?  流石にその言い方は…」
『フーマは黙ってなさい!』
「あ、はい。すみませんでした」
『おいトウカ。貴女の人生は貴女のものです。貴女がどこで何をしてようが私達には一切関係のない事ですが、折角自由にいきられるというのに、差し出された手を掴む事すらもできない弱虫な貴女が私は心底嫌いです』
フレンダさんは肉体が結界の中にあるせいで俺を通してでしか世界を感じる事ができないし、自由に生きられるのにその道を選べない人に思うところがあるのか。
普段はそんな態度を全く見せないけれど、やっぱり自分の身体に一刻も早く戻りたいんだよな。
……もう少しフレンダさんには優しくするか。
「しかしフレン様。私は産まれた時から巫として生きてきました。私は巫としての生き方しか知らないのです」
『ですから、それはフーマが教えてやると言っているでしょう!  この男は他人のために自分の命までもを賭けて戦える愚か者です。貴女はこの男に黙って救われればいいのです!  女なら男の一人や二人拐かさずしてどうするのですか!』
えぇ、流石にその話は酷くないか。
別に今までの俺は拐かされたから戦ってきた訳じゃないんですけど。
……あれ?  そうじゃないよな?
「まぁ、フレンさんの話は置いとくとしても、俺はトウカさんと一緒にもっと遊びに行きたいですから、狭い部屋に閉じ籠って命を削るんじゃなくて面倒な仕事はみんなでパパっと終わらせて遊びに行きましょうよ」
「わ、私などでよろしいのですか?」
「はい。俺はトウカさんと遊びに行きたいんです」
「っっ、私は世間知らずですよ?」
「それを言うなら俺だってこの世界の事は全然知りませんよ」
「それに、私は臆病です」
「何か怖いものがあるのなら、俺がそれをぶっ壊します」
「ユーリアには私は頑固だと言われますし…」
「それはトウカさんがみんなのために戦い抜ける優しい人だって事です」
「ターニャとは幼い頃に喧嘩したまま仲直りできてません」
「俺も一緒に謝りに行きますよ」
「私は、私は……」
「大丈夫ですよ。俺はトウカさんのためならダンジョンの一つや二つ余裕で攻略できますし、トウカさん一人に辛い役目を押し付けたりはしません」
『おいトウカ。貴女の前にいるのは、いずれ世界に名を轟かせる最高の勇者ですよ。貴女も一族の姫なら姫らしく、自分の意思で勇者に助けを求めたらどうですか』
「フーマ様、フーマ様」
「はい、どうしましたかトウカさん?」
俺はソファーに座るトウカさんの前でひざまずいて彼女に視線を合わせて、トウカさんにそう問いかけた。
トウカさんはその問いかけに対し、俯いていた顔をあげて万感の思いを込めた表情で真っ直ぐと俺の目を見すえて口を開く。
「た、助けてください!  私を、私の大好きな者達の住むエルフの里を助けてください!」
「はい、俺の持てる力全てを持ってトウカさんの願いを叶えましょう」
「っっ、フーマ様!」
トウカさんは感極まった表情でそう言うと、目の前にいた俺の胸に顔を押し付けて静かに涙をこぼしはじめた。
ここまで追い詰められるほどトウカさんは辛い思いをしてきたのか。
折角こうしてトウカさんが俺に助けを求めてくれたのだから、たまには勇者らしく人々の為に戦うとしよう。
「今までよく一人で戦ってきましたね」
「いえ、それでも私はエルフの里を守ることが出来ませんでした」
「そんな事ないですよ。トウカさんが今まで儀式を行ってこなかったら、エルフの里はもっと早くにスタンピードによって崩壊していましたし、トウカさんは十分に里を守ってきました」
「フーマ様、私もフーマ様のように強くなれるでしょうか」
「別に俺はそこまで大した人間じゃないですよ。少なくとも、俺がトウカさんと同じ立場だったらすぐに逃げ出してると思います。ですから、今まで頑張ってきたトウカさんは後は俺達に任して、ゆっくりと休んでいてください」
「いえ、私もフーマ様と共に戦わせてください。確かに巫の責務は辛く重いものでしたが、それでもエルフの里と民を私は守りたいのです」
やば、トウカさんはどんだけカッコいいんだよ。
これじゃあ、助けを求められた俺は最高の結果を残さないわけにはいかなくなるじゃないか。
「それじゃあ、ミレンとの約束の時間ももう過ぎてますしそろそろ戻りましょうか」
「すみませんフーマ様。非常に我が儘なお願いだとは思うのですが、もう少しだけこうしていては駄目ですか?」
「あ、いえ、駄目じゃないです」
『はぁ、お姉さまを待たせるとは万死に値しますが、今回だけは私も多目に見てあげましょう』
こうしてトウカさんが落ち着くまで俺の胸を貸すこと数分、少しだけ目元を腫らしたトウカさんはそっと立ち上がって恥ずかしそうに涙を拭うと、俺の顔を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「お待たせしましたフーマ様。エルフの里の為に私に力を貸してください」
「はい。エルフの里とトウカさんの為に俺は戦いますよ」
「そ、そうですか。フーマ様は私の為にも戦ってくださるのですね」
ん?
なんかトウカさんが顔を赤くしながらぶつぶつ言ってるんだけど、もしかして何かやっちまったか?
『はぁ、こうしてフーマの毒牙にかけられる女性は増えていくのですね』
「俺に毒牙は生えてないと思うんですけど」
「ふふふ。フーマ様はやはり可愛らしいお方ですね」
「あぁもう!  良いから早く戻りますよ。流石にこれ以上待たせるとマイムがぶちギレそうで怖いです」
「それならば早く戻らないといけませんね。それではよろしくお願いしますフーマ様」
「あのー、トウカさん?」
「どうかなさいましたか?」
「なんで俺と腕を組んでるんですか?」
「転移魔法で戻るのならフーマ様に触れていなくてはなりませんし、フーマ様は私に新しい世界を見せてくれるのではないのですか?」
「あぁ、はい。もうそれで良いです」
トウカさんが凄く楽しそうな顔で笑ってるし、俺としてはトウカさんと腕を組めて嬉しいからもうこのままで良いや。
多分舞には怒られるだろうけど、土下座でもなんでもして許してもらおう。
「後は、そこで盗み聞きをしていたアン」
「き、気づいてたんだね」
「折角お茶を用意してくれたところ悪いんだけど、もう戻る時間になっちゃったから許してくれ。あと、この埋め合わせは必ずするから俺にして欲しい事があったらまた今度教えてくれると助かる」
「うん。分かったよフーマ様。えーっと、お気をつけて言ってらっしゃいませご主人様」
「あぁ、ありがとな。それじゃあ行ってきます。テレポーテーション!」
かくして、トウカさん自身の意思で助けを求められた俺は、そのトウカさんを連れて舞達のいる世界樹まで戻った。
さて、作戦は既にエルセーヌさんが立てておいてくれてるみたいだし、早速スタンピード鎮圧の為に動き出すとしよう。
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