クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...

がいとう

70話 600年前のエルフの里

 




 今となっては昔の事は定かではありませんし、これから俺が話す事は人から聞いた事なので実際にあった事をありのままに表現する事は出来ませんが、一つの仮説というかエルフの里に600年前に何があったのかについての考察を簡単にお話ししたいと思います。


 ユーリアくんとトウカさんにとっては思う所のある話だとは思うんですけど、一先ずは最後まで聞いてくれるとありがたいです。




 さて、エルフの里に600年前に何があったのかについてお話しする前に、先ずは事の発端となった一人の男を紹介しましょう。
 その男の名前はハヤテ。およそ600年前にとある一つの国家によって召喚された勇者です。


 あぁ、そうですね。
 勇者ハヤテはユーリアくんとトウカさんのお祖父ちゃんにあたる人物です。




 それで話を戻すんですけど、召喚された勇者ハヤテの使命はその当時スカーレット帝国に続いてメキメキと頭角を現していたフレイダール王国の魔王を倒す事でした。
 勇者ハヤテを召喚した国の王は隣国で魔族領域にあるフレイダール王国がこれ以上力をつけるのを恐れていたのでしょうね。


 まぁそれはともかく、召喚された勇者ハヤテは以前の世界では戦闘の経験が無いただの青年だったそうですから、魔王を倒すに足る力を得るために武者修行の旅に出ました。
 その勇者ハヤテが旅の間でどんな出会いをし、どんな強敵を倒してきたのかは俺も知りませんので割愛させてもらいますが、勇者ハヤテはその旅の終盤でエルフの里を訪れます。
 俺の知人の情報通の方によると、魔王との決戦の前にどんな傷も癒すことの出来る世界樹の葉を入手したかったのではという事ですが、そこは勇者ハヤテとその仲間たちにしか分からないので今は置いておきましょう。




 それでエルフの里を訪れた勇者ハヤテなのですが、その当時のエルフの里はかなり閉鎖的な社会であったために、歓迎されないどころか里にすら入れてもらえませんでした。
 もっと具体的に言うのならば、里に向かおうにも迷いの森から抜け出せなくなってしまったという事ですね。


 しかし、そこは流石は魔王を倒す事を目標にしている勇者という事なのか、彼は頼りになる仲間たちと協力して迷いの森を抜け出します。
 ただ、彼らに一つ誤算があったとすれば、迷いの森を抜けた先がエルフの里ではなく世界樹の目の前だったという事でしょう。


 この誰も予想していなかった出来事が出会うことの無い筈だった二人を引き合わせ、エルフの里を大きく変える転機になるのです。






 ◇◆◇






 ユーリア






 フーマとマイムの作ってくれた昼食をトウカ姉さんを含めたみんなで食べた後、世界樹の話に入る前に600年前の出来事とかんなぎについての話をしたいと言ったフーマによって話が始まった。
 なんでも世界有数の情報通の人物からエルフの里に関する話を聞いたらしく、フーマは僕やトウカ姉さんの知らない様な情報までもを持っている様である。


 一応姉さんには昨夜のうちに、家の中に突然現れた金属の扉の正体と世界樹がダンジョンであるという事実を伝えておいたためか、今の姉さんは落ち着いた様子でフーマの話を静かに聞いている。


 かんなぎという実態の無いものに姉さんが縛られているのは嫌だし、出来ればこの機会にトウカ姉さんの巫に対する考えが少しでも変わってくれたら良いんだけど…。
 なんて事を僕は考えながら、引き続きフーマの話に耳を傾けた。


 そういえば、マイムが台所から戻って来てからずっと遠い目をしているんだけど大丈夫なのかな?






 ◇◆◇






 さて、勇者ハヤテととあるエルフの出会いの前に、ここでエルフの里において大きな存在であるかんなぎについて触れておきましょう。
 巫とは皆さんもご存知の通り、世界樹を管理する特殊な力を持ったエルフの事を指します。
 この巫は基本的に世襲するものだそうですが、その血筋が途絶えた場合は別の家のエルフの子供が巫として産まれてくると言われています。




 そのため、長い間エルフの里を統治していた長老衆は巫が長老衆の誰かの家から産まれては権力のバランスが崩れると考え、これまた長い年月をかけて巫を輩出するためだけの家系をつくりました。
 長老衆にとってはその家の者の命を繋いで子供を作らせさえすれば巫が別の家から産まれる事はまずありませんし、自分達の管理下にある家系なら長老衆にとって都合の良い巫として教育もしやすいと考えたのでしょう。


 ただ、そこまでやっても長老衆にとって不都合というか面倒な事があります。
 それは巫の力が世界樹の管理、言い換えるならダンジョンから湧き出る魔物の数を減らすには圧倒的に不足しているという事です。




 世界中によくある普通のダンジョンと同様に世界樹も中に入って魔物を倒していけば管理する上での問題は特に無いのですが、なまじ巫という裏技があるために長老衆達は世界樹をダンジョンであると公表せずに自分達の手の内だけで管理し続けてきました。
 世界樹は特殊なダンジョンであるためにその中に入らなくても葉っぱや朝露などの希少なアイテムが手に入りますし、長老衆はそれらを独占したかったのでしょう。


 しかし、先ほども話した様に巫の力ではこんなに大きなダンジョンで湧き続ける魔物を中に入って魔物を倒す必要がなくなるレベルで減らすのはかなり無理があります。
 そこで長老衆が考えた解決方法は、ダンジョンで発生する魔物の数を抑えるための儀式の頻度を極限まで多くする事でした。
 長老衆は儀式の質よりも量をとった訳ですね。
 実際に千年以上もの間この方法で世界樹を管理してきたのですから、世界樹の管理自体はそれなりに上手くいっていたのでしょう。


 ただ、もちろんそんな事をすれば今のトウカさんの様にギフトの使い過ぎで体は消耗していってしまいます。




 勇者ハヤテが出会ったのはそうして消耗しきっても尚、命を削って儀式を続けるその当時の巫だったのです。


 勇者ハヤテが巫のエルフのそのボロボロの有様を見てどう思ったのかは本人のみぞ知るところですが、この出会いは長老衆の惨殺事件の契機になったと考えられます。
 勇者ハヤテが後に巫のエルフと子を為した事からも推測出来る様に、道具の様に使い潰されそうな巫を少なからず想っていたのだろう勇者ハヤテは、長老衆に対して強い怒りを覚えたのでしょう。


 何はともあれ勇者ハヤテは長老衆を皆殺しにし、勇者の肩書きを喧伝してエルフの里のトップに立つ訳ですが、彼にとって世界樹は扱いづらい物でした。
 エルフの里全体の損益だけを考えるのならば世界樹がダンジョンである事を公表し、ダンジョンのある里として沢山の冒険者を招き入れれば良いのですが、その当時の多くのエルフが世界樹を神聖視していたために里を統治をする上では人心の都合上、世界樹がダンジョンである事を広める訳にはいかなかったのです。
 これは600年前の出来事は勇者が世界樹を崩壊に導こうとする長老衆を粛清したものだと、世間一般に広まっている事からも予想できなくはありません。




 そして、そんな世界樹に関する問題を抱えながらも、勇者ハヤテは共に旅をしてきた仲間と巫のエルフと力を合わせて長老衆不在の里をなんとか治めていきます。
 勇者ハヤテと巫のエルフの間にはハシウスとカグヤという名前の二人の子供も産まれ、エルフの里は激動の時代を迎えつつも新たな技術と文化を取り入れて順調に発展していきました。


 ただ、勇者ハヤテのその統治も長くは続きませんでした。
 彼には勇者として魔王を打ち滅ぼすという使命があった為です。
 この歴史は別に隠匿されているわけでもないので調べれば分かる事なのですが、フレイダール王国の魔王に戦いを挑んだ勇者ハヤテ一行は返り討ちに会い皆殺しにされ、勇者ハヤテを召喚した王族も一家揃って晒し首にされました。


 勇者ハヤテの戦死後、エルフの里に残された巫も長年の過酷な儀式の影響か二人の子供を残して若くして他界してしまいます。
 その後のエルフの里は勇者ハヤテの息子であるハシウスが治めていくわけですが、そこからの事は俺よりもトウカさんやユーリアくんの方が詳しいと思うので、俺の話はここまでとさせていただきます。
 最後まで聞いてくださってありがとうございました。






 ◇◆◇






 風舞






「最後まで聞いてくださってありがとうございました」




 最後にそう締めくくり、ボタンさんの手紙の内容を簡単に纏めた俺の説明は終わった。
 ボタンさんの手紙はエルフの里に対してあまりにも攻撃的だったから、情報通の人から聞いたという体で話をしたのだが、それなりに伝えたい事は全て言えたしこれで問題無かったと思う。


 そんな事を考えながら自分の話した内容を振り返っていると、俺の左隣で腕を組んで話を聞いていたファルゴさんが後頭部をボリボリとかきながら口を開いた。




「それで、結局勇者ハヤテは世界樹をどうしたんだ?  まぁ、今のエルフの里を見る限りじゃ特に何もしてないみたいだが」
「ファルゴさんの言う通りですね。一応何回か世界樹の中に入って魔物を間引いたりはしていたとは思いますけど、世界樹をダンジョンである事は公表せずに死んでしまったみたいです」
「そうか」




 ファルゴさんは短くそう返事をすると、先程までの様に腕を組んで押し黙ってしまった。
 内容が内容なだけに皆どの様に話を切り出すべきか迷っているのかもしれない。


 こうして黙っていても仕方ないし、始めに話を始めた俺が司会進行というか仕切り役を買って出るかと思ったその時、ユーリアくんが正面に座るトウカさんに向けて言葉を投げかけた。




「ねぇ、トウカ姉さん。今のフーマの話を聞いて姉さんはどう思った?」
「どう、とは何を指して聞いているのですか?」
「姉さんの中で巫に対しての思いは変わった?」
「いいえ。例え巫が長老衆によって作られた人柱の様な存在でも、私が巫である事は変わりませんしエルフの里と世界樹の為に働く事が私の使命です」
「僕が聞きたいのはそんな答えじゃ無いよ。姉さん自身は何かやりたい事は無いのかい?  世界樹の管理は中に入って魔物を倒しさせすれば出来る事なんだ。姉さんがこれ以上ギフトを使って自分の身を削る必要は無いんだよ?」
「……私のやりたい事、ですか。今まで考えた事もありませんでした」




 ユーリアくんに質問を投げかけられたトウカさんはまるで迷子になった子供の様に不安な顔をしながらそう言った。
 トウカさんにとって今までの人生は全て巫として生きる為だけに使われてきたから、いきなり好きに生きて良いよと言われても何をすれば良いのか分からないのか。


 平和な日本で自由に生きてきた俺からするとよく分からない感覚なのだが、自分の拠り所にも似た巫という役割を失う事はトウカさんにとって恐ろしい事なのかもしれない。


 そんな事を考えながらユーリアくんとトウカさんの会話の行く末を見守っていると、舞の横に座っていたローズがティーカップを置きながらトウカさんに話しかけた。




「のうトウカ。お主、海は見たことあるかの?」
「海、ですか?  私はエルフの里の周辺から出た事が無いので見た事はありませんが…」
「そうか。では、今から見てくると良い。おいフーマ、トウカを海まで連れて行ってやれ」
「連れて行くって今からか?」
「うむ。お主の転移魔法を使えば直ぐに行けるじゃろう?」
「まぁ、行けなくはないだろうけど、なんで海?」
「トウカはエルフの里から出た事が無いそうじゃ。そんな世間知らずな小娘にいきなり好きな事をしろと言っても何かやりたい事が見つかるとは思えんし、旅人の先輩としてまずはお主がトウカに世界の広さを教えてやると良い」
「あぁ、そういう事か」
「それに、妾は退屈な話を聞かされて疲れたから、小一時間ほど休憩時間が欲しいのじゃ。トウカがそんな顔をしていては妾の気も滅入ってしまうし、つまらない話を始めたお主が責任を持ってトウカをリフレッシュさせてこい」
「あぁ、はいはい。すみませんでしたね」
「そういう事だから姉さん。フーマと一緒に海まで行って来なよ」
「う、海、ですか?  しかし……」




 どうしたら良いのか分からないといった表情でそう言うトウカさん。
 トウカさんにとってはエルフの里から出る事はそれなりに難易度の高い事であるみたいだ。
 それじゃあ…




「なぁミレン。こっから一番近くにある良い感じの海ってどこにあるんだ?」
「ここからソレイドまでの距離の2倍ほど南に行ったところじゃな。そこらは魔物も少なく穏やかな海が広がっていたはずじゃ」
「よし、そういう事ならちゃっちゃと行ってくるわ。さて、行きますよトウカさん」
「ふ、フーマ様?  まだ私には心の準備が…」
「そんなの行く途中でしてください。それじゃあ、テレポーテーション!」


「ちょっと待ってフーマくん!  私も……」




 トウカさんの肩に触れて転移をする直前、ようやく目のピントが合った舞が俺たちの方に向かって手を伸ばしていた気がしなくも無いが、勢いに任せて転移魔法を使うつもりだった俺は途中で魔法を止める事が出来ずにトウカさんを連れてそのまま遥か上空まで転移した。
 後で戻ったら舞にしっかりとお詫びをするとしよう。


 まぁそれはともかく、トウカさんは海を見てどんな感想を抱くのかね。
 俺はそんな事を考えながら、安全に転移魔法を使うためにトウカさんの左手を右手でしっかりと掴んだ。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品