クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...
58話 世界樹ユグドラシル攻略初日
風舞
「ファルゴさーん。朝ですよー。起きないとその白目に紅茶流し込みますよー」
エルセーヌさんの功労で金属製の謎の扉を見つけた後、俺達三人は扉を開ける前にファルゴさんを起こすことにした。
もしも扉を開けてすぐがダンジョンであったらファルゴさんに一緒にいてもらわないと困るし、仮にそうでなかったとしてもそろそろ起きてもらうにはいい頃合いだしな。
「ダメだね。気絶したままピクリとも動かないよ」
「オホホ。どうなさいますかご主人様?」
「よし、予定通りファルゴさんの目に紅茶を流し込むか」
「うわぁ、フーマも結構酷い事を考えるね」
「でも、昨日は気絶したまま目を覚まさなかったし何時間も待ってられないだろ?」
「それもそうだね。それじゃあ早速やろうか」
そう言ってユーリアくんが少しだけ笑みを浮かべながら紅茶のティーポッドを持ち上げたその時、ファルゴさんが勢いよく飛び起きた。
「どぅわぁぁ!!」
「うわっ、びっくりしたー」
「あ、ああ。フーマか。良かった。金髪の可愛い顔した悪魔に眼球の代わりに火の玉をぶち込まれそうになったのは夢だったんだな」
「……」
「オホホ。私ではないと思いますわよ?」
まぁ、エルセーヌさんは金髪の悪魔だけど可愛い顔ってよりは綺麗な顔だし、ファルゴさんの夢にでてきたのとは違うか。
となると後は……。
「え?  僕は悪魔じゃないよ?  ほら、角だって生えてないし」
「……。まぁ、それはどうでもいいか。それよりもファルゴさん。体調はいかがですか?」
「あ、ああ。特に問題はないぞ。迷惑をかけたな」
「いえいえ。ファルゴさんは大人しくソファに座ったままだったんで、迷惑だなんて事ありませんよ」
「そうか。それで、俺が気絶してる間にどこまで話は進んだんだ?」
「もう話は終わりましたよ。ダンジョンの入り口っぽい扉も見つけました」
「マジか」
「マジっす」
そうして、俺達はファルゴさんもパーティーに加えて、トウカさんにもう一度魔法を掛けなおしたり、トウカさんの寝室に防犯用の結界を張ったり荷物の最終確認をした後で、再び謎の扉の前に立っていた。
「で、どうする?  もう開けていいのか?」
「うーん。どうなんだろ。見た感じ鍵穴も錠前もないから鍵はかかっていなさそうだけど、開けてすぐに魔物がいたりしたら面倒だよね」
「あぁ、魔力感知を使っても中がどうなってるのか分からないし、そういう可能性もあるのか」
「でも、ここで話していてもどうしようもないしとりあえず開けるしかないだろ?」
「オホホ。ファルゴ様のおっしゃる通りですわ。ささっご主人様、どうぞお願いいたします」
「え? 俺が開けるのか?」
「うん。フーマには直感も豪運もあるんでしょ?  多分大丈夫だよ」
「マジかいな」
はぁ、ファルゴさんもユーリアくんもエルセーヌさんの意見に賛成みたいだし、やるしかないか。
流石に扉を開けたらすぐに魔物が雪崩込んでくるという事はないはずだ。
ない事を願いたい。
「それじゃあ開けるぞ」
「オホホ。頑張ってくださいご主人様」
そんなエルセーヌさんの声援を背に金属製の扉を体重をかけて押し開けると、重い扉がゆっくりと開いた。
扉の中はまだ廊下が続いていて、奥の方はこちらの明かりが差し込まないため真っ暗である。
「なぁ、これってもうダンジョンなのか?」
「さぁ?  でも、ダンジョンっぽい雰囲気はまだしないですね」
「うん。フーマの言うように多分まだダンジョンじゃないと思うよ。魔物の足音が全く聞こえないしね」
「オホホ。どうなさいますかご主人様?」
「どうって進むしかないだろ。ここまで来て引き返す訳がない」
「そうだな。それじゃあ行こうぜ!」
こうして、俺達はエルセーヌさんの出した火球の明かりを頼りに金属の扉の中へと足を踏み入れた。
おそらくユーリアくんの言うように魔物の気配がしないからまだダンジョンに入ったという事はないと思うが、念の為警戒しながら歩くとしよう。
そういえば、舞は今頃何をしてるのかね。
◇◆◇
舞
「構わん。持ってけ持ってけ」
武器庫から所変わって訓練場にて、私達はターニャちゃんのママさんことファーシェルさんに会いに来ていた。
ファーシェルさんはエルフの軍隊の訓練の指揮を執っていたらしく、もともと肩ぐらいまでしかない金髪を一つに結んで動きやすい格好をしている。
「これはかなり古いもので文化的にも重要な物だと思うのですが宜しいのですか?」
「ああ。文化的価値なんてものは武器には必要ないし、私達エルフにもその刀は必要ない。どうせそいつは武器庫の肥やしになってたんだから好きに使うといい。」
「ほう、中々いい事を言うではないか」
「ん?  別に大した事は言ってないと思うが、お嬢ちゃんがターニャをぶっ飛ばしたというちびっ子かな?」
「うむ。正確にはぶっ飛ばしたのではなく崩したんじゃが、概ねその通りじゃ。妾はミレンという」
「そうか。よろしくミレン。私はファルシェール。一応エルフの里の将軍をやっている」
「ふむ。こちらこそよろしく頼むのじゃ」
そう言ってローズちゃんとファーシェルさんが互いに獰猛な笑みを浮かべながら握手を交わした。
二人とも相手の手を握り潰しそうなぐらい力を込めているし、互いに武人として相手に興味がわいたらしい。
まったく、二人とも困った人ね。
「ねぇママ。私はシェリーちゃんと三階を使いたいんだけど、今空いてる?」
「ああ。今はどこの部隊も使ってないはずだし空いてると思うよ。好きに使うと良い」
「ありがとうママ!  それじゃあ行こっ、シェリーちゃん!」
「おい!  くっつくんじゃねぇよ!  私はお前と仲良くするつもりはねぇぞ!」
「えぇ、相変わらずシェリーちゃんはお堅いなぁ」
そんな感じでシェリーさんとターニャちゃんの二人は屋外訓練場から騒がしく去っていった。
やっぱりあの二人仲良しよね。
今のやりとりもどう見てもじゃれ合ってるようにしか見えなかったわ。
「で、お前たちはこの後どうするんだ?」
「ああ、そうじゃった。妾もこれをもらいたんじゃがもらっても良いか?」
そう言ってローズちゃんがアイテムボックスから取り出したのは、私がまだ幼いから使わないと言った一振りの刀だった。
いつの間に持ち出していたのね。
「ん?  まぁ別に構わないけど、それは私が練習で打った刀だね。そんなんで良いのかい?」
「む?  お主は鍛冶も出来るのかの?」
「鍛冶もっていうか、私の専門は鍛冶だ。こうして将軍なんて立場に立っちゃいるが、それはハシウスが軍事はからっきしだからだし私はそこまで強くないよ」
「でも、ターニャさんはお母様には敵わないとおっしゃっていましたよ?」
「確かに今は私の方がターニャよりも強いが、追い抜かれるのも時間の問題だろうね。あの娘には私なんかよりもよっぽど戦闘の才能がある」
「では、何故あやつには訓練を付けんのじゃ?  昨日あやつと手合わせをして思ったが、ターニャは自力のみで戦っておるじゃろう?」
「ああ。一応私が暇なときに稽古をつけてやってはいるが、あの娘をどう育てたら良いのか私には分からないんだよ。出来れば里の外に出てもう少し経験を積んでもらいたいんだが、あの娘は次期頭首だからそういう訳にもいかなくてねぇ」
「なるほどのう。あの娘の才能はそのままにしておくにはいささか惜しいと思ったのじゃが、それならば仕方ない、か」
ローズちゃんはそう言うと、持っていた刀を抜いて片手でゆっくりと振った。
その様子を見ていたファーシェルさんはローズちゃんの持っている刀を一瞥して口を開く。
「さて、こいつらの訓練もそろそろ休憩に入るし私がその刀を砥いでやろう。お前たちもそれを使う前にそうするつもりだったんだろう?」
「はい。ただ、私は自分で砥ぐので砥石をいただけませんか?  昔から自分で砥がないとどうも使い心地が悪いもので」
「構わないよ。柄と鞘の方はどうする?」
「そちらは用意してくださると助かります」
「よし、それじゃあ決まりだね。お前ら、昼まで休憩だ!  しっかりと休んでおくように!」
「「「「はっ!!」」」」
そうしてファーシェルさんはエルフの軍隊に指示を出した後、そのまま訓練場の外へと歩いて行った。
私達もその後に続いて訓練場の出口へと向かう。
「のうマイム。なぜファーシェルには敬語なんじゃ?」
「んー。何故と言われると分からないのだけれど、気がついたら敬語を使っていたわ」
「ふむ。妾には敬語を使ってくれんかったのに、あやつには敬語を使うのか」
「あら、もしかしてやきもちを妬いているのかしら?  ミレン様はお可愛いですわね」
「ふん。別にそういう訳じゃないわい!」
ローズちゃんはそう言うと、私の肩の上に飛び乗って無理やり肩車された。
私は一応ローズちゃんが落ちないように膝をしっかりと押さえてやる。
「そういえば、フーマくんは今頃どうしてるのかしらね?」
「さぁの。まぁ、いつも通り碌でもない事をしておるのではないか?」
「あら、それじゃあ今晩もお説教かしら」
「さて、それはフーマが帰って来てからのお楽しみじゃな」
「それもそうね」
フーマくんはチートキャラだしそう簡単に死んでしまう様な事はないと思うのだけれど、別行動をするのは久しぶりだから少しだけ心配ね。
私はそんな事を考えながら、妖刀星穿ちを片手にローズちゃんを肩車してファーシェルさんの後を歩いた。
◇◆◇
風舞
金属製の扉を通って真っ暗な廊下を進んだ先にあったのは転移魔法陣が床に描かれた小さな部屋だった。
気分的には扉をくぐって暗闇の中を進み始めた時点でダンジョンに入った感覚でいたので、特に心の準備も必要とせず4人揃って転移魔法陣に入ったのだが、転移した先が大変な事になっていた。
「死んじゃう!  流石にこれは死んじゃうから!」
「おいフーマ!  騒いでないで手を動かせ!」
「そうは言っても、いくら何でも数が多すぎでしょ!  って危なっ!?」
「へぇ、強そうだとは思ってたけれど、エルセーヌもかなりやるね」
「オホホ。私はフーマ様の従者ですからこの程度大した事ありませんわ」
「これは僕も負けてられないね。アクアウィップ!」
「オーホッホッホ!  サンダーランス!」
「おいフーマ!  あの二人には絶対近づくんじゃねぇぞ!」
「分かってますよ!  俺も仲間の攻撃で死にたくはないです!」
俺はそう言いながら猿の拳を避け、飛んでくる石を弾き、猿の頭をかち割り、猿の胴を蹴り飛ばす。
転移魔法陣に入ってかれこれ30分は経つが、この30分間俺はずっとこの作業を繰り返していた。
俺達がこうも絶え間なく戦い続けている理由。
それは転移魔法陣で転移した先がグリーンエイプの海だったためだ。
海と言ってももちろんグリーンエイプが液状になっているという訳ではなく、俺たちの転移した大部屋に埋め尽くさん限りのグリーンエイプが満員電車さながらにすし詰めになっていたのだ。
どういう訳かグリーンエイプは転移魔法陣の中には入ってこないので俺とファルゴさんはその直径2メートル強の中から剣で斬りつけたり蹴り飛ばしたりしているのだが、いかんせんグリーンエイプお得意の投擲やただのパンチが無数に飛んでくるため一息つく暇すらもない。
この足元の転移魔法陣を作動させるためには一度俺たちが転移魔法陣から出てもう一度入った上で、周囲1メートルくらいの魔物を間引かなくてはならないらしいのだが、俺たちのいる大部屋の奥に見える通路から絶え間なくグリーンエイプが流れ混んでくるため、それは当分先の事になりそうである。
「おいフーマ!  何か良い作戦は思いつかないのか!  剣が猿の油で切れなくなってきた!」
「良い作戦も何も、この状況で出来ることなんて範囲攻撃ぐらいしかありませんよ!」
「それじゃあ頼む!」
「俺には無理です!」
「お得意のサラマンダーフラワーはどうした!」
「鞄から出す暇がありません!」
ちっ、こんな事なら暴発を恐れて腰に下げておくのをやめるんじゃなかった。
このままじゃ間違いなくジリ貧だし、そろそろ打開策を講じなくてはならないんだけど。
と、そんな事に頭を回していたためか直感の精度が落ちてしまい、気がついた時には目の前にグリーンエイプの投げた石が狭っていた。
「やばっ」
あぁ、これは間違いなく顔面に直撃したなと思ったその時、俺の頼もしい従魔が飛来する石をキャッチして俺の事を守ってくれた。
「オホホホホ。ご無事ですかご主人様?」
「ああ、ありがとな」
「オホホ。それでは、後でご褒美をくださいまし」
「生きてここを出られたらな!」
「オホホ。それはそれは、とても楽しみですわ」
そんなエルセーヌさんの言葉に耳を傾けながらグリーンエイプを切り払っていると、少し離れた位置で戦っていたユーリアくんもこちらに戻ってきた。
「このまま魔物を倒し続けてもいいけど、この後どうするんだい?  僕の魔力も無尽蔵じゃないよ」
「一応一つだけ策があるけど、やるか?」
「何でもいいから早くしてくれ!  流石にもう剣を振ってんのも辛い!」
「それじゃあユーリアくん。洪水を起こしてくれ」
「そんな事をしたら僕たちも水に飲まれるけど良いのかい?」
「ああ。物理防御が出来る結界は座標を固定したまま動かせないらしいけど、一瞬だけ周りの猿を吹っ飛ばせば結界も張れるだろ」
「オホホホ。お任せください」
「それじゃあ、いちにのさんで、エルセーヌさんとファルゴさんは最大火力で攻撃。その後ユーリアくんは洪水でエルセーヌさんは結界魔法を頼みます」
「「「了解!」」」
「それじゃあ、いち、にの、さん!!」
「サンダーランス!」
「ファイアーボール!」
よし、これで半径5メートル分ぐらいのグリーンエイプは倒せた筈だ。
次はユーリアくんの水魔法で猿共を押し流してもらう番だな。
「ユーリアくん!」
「タイダルウェーブ!」
「エルセーヌさん!」
「オホホ。お任せくださいまし」
エルセーヌさんがそう言って手を振ったその瞬間、俺たちを中心に一辺7メートル程の立方体の結界が生まれた。
相変わらず結界魔法の時は詠唱をしないんだなと思いつつ、結界の中に残っていたグリーンエイプにとどめを指した俺は、ため息をつきながらその場に座り込んだ。
「だあぁぁ、超疲れた」
「お疲れ。しばらくは様子見をしようって事でグリーンエイプと戦い続けたけど、全く減らなかったね」
「ああ。今後の探索の事も考えてそう提案したけど、この調子じゃ何か作戦を用意しないと駄目そうだな」
「何でもいいけど今日はもう帰ろうぜ。流石にすげぇ疲れた」
「そうだね。僕も魔力を半分ぐらい消費したし、今日はここまでにしとこうか」
「ああ。それじゃあ帰ろうぜ」
こうして、俺達の世界樹ユグドラシルの攻略一日目は、転移魔方陣から数歩の距離まで進んだところで、終了となった。
まだトウカさんの家に来てから一時間ちょいしか経っていないが、疲労感的には一日ダンジョンに潜っていた時と同じくらいな気がする。
仮に世界樹の中全てがこんな感じで魔物の巣窟になっていたら攻略出来る気が全くしないんだが、どうしたものか。
俺はそんな事を考えながら、ユーリアくん達と共に転移魔方陣に入ってトウカさんの家へ戻った。
「ファルゴさーん。朝ですよー。起きないとその白目に紅茶流し込みますよー」
エルセーヌさんの功労で金属製の謎の扉を見つけた後、俺達三人は扉を開ける前にファルゴさんを起こすことにした。
もしも扉を開けてすぐがダンジョンであったらファルゴさんに一緒にいてもらわないと困るし、仮にそうでなかったとしてもそろそろ起きてもらうにはいい頃合いだしな。
「ダメだね。気絶したままピクリとも動かないよ」
「オホホ。どうなさいますかご主人様?」
「よし、予定通りファルゴさんの目に紅茶を流し込むか」
「うわぁ、フーマも結構酷い事を考えるね」
「でも、昨日は気絶したまま目を覚まさなかったし何時間も待ってられないだろ?」
「それもそうだね。それじゃあ早速やろうか」
そう言ってユーリアくんが少しだけ笑みを浮かべながら紅茶のティーポッドを持ち上げたその時、ファルゴさんが勢いよく飛び起きた。
「どぅわぁぁ!!」
「うわっ、びっくりしたー」
「あ、ああ。フーマか。良かった。金髪の可愛い顔した悪魔に眼球の代わりに火の玉をぶち込まれそうになったのは夢だったんだな」
「……」
「オホホ。私ではないと思いますわよ?」
まぁ、エルセーヌさんは金髪の悪魔だけど可愛い顔ってよりは綺麗な顔だし、ファルゴさんの夢にでてきたのとは違うか。
となると後は……。
「え?  僕は悪魔じゃないよ?  ほら、角だって生えてないし」
「……。まぁ、それはどうでもいいか。それよりもファルゴさん。体調はいかがですか?」
「あ、ああ。特に問題はないぞ。迷惑をかけたな」
「いえいえ。ファルゴさんは大人しくソファに座ったままだったんで、迷惑だなんて事ありませんよ」
「そうか。それで、俺が気絶してる間にどこまで話は進んだんだ?」
「もう話は終わりましたよ。ダンジョンの入り口っぽい扉も見つけました」
「マジか」
「マジっす」
そうして、俺達はファルゴさんもパーティーに加えて、トウカさんにもう一度魔法を掛けなおしたり、トウカさんの寝室に防犯用の結界を張ったり荷物の最終確認をした後で、再び謎の扉の前に立っていた。
「で、どうする?  もう開けていいのか?」
「うーん。どうなんだろ。見た感じ鍵穴も錠前もないから鍵はかかっていなさそうだけど、開けてすぐに魔物がいたりしたら面倒だよね」
「あぁ、魔力感知を使っても中がどうなってるのか分からないし、そういう可能性もあるのか」
「でも、ここで話していてもどうしようもないしとりあえず開けるしかないだろ?」
「オホホ。ファルゴ様のおっしゃる通りですわ。ささっご主人様、どうぞお願いいたします」
「え? 俺が開けるのか?」
「うん。フーマには直感も豪運もあるんでしょ?  多分大丈夫だよ」
「マジかいな」
はぁ、ファルゴさんもユーリアくんもエルセーヌさんの意見に賛成みたいだし、やるしかないか。
流石に扉を開けたらすぐに魔物が雪崩込んでくるという事はないはずだ。
ない事を願いたい。
「それじゃあ開けるぞ」
「オホホ。頑張ってくださいご主人様」
そんなエルセーヌさんの声援を背に金属製の扉を体重をかけて押し開けると、重い扉がゆっくりと開いた。
扉の中はまだ廊下が続いていて、奥の方はこちらの明かりが差し込まないため真っ暗である。
「なぁ、これってもうダンジョンなのか?」
「さぁ?  でも、ダンジョンっぽい雰囲気はまだしないですね」
「うん。フーマの言うように多分まだダンジョンじゃないと思うよ。魔物の足音が全く聞こえないしね」
「オホホ。どうなさいますかご主人様?」
「どうって進むしかないだろ。ここまで来て引き返す訳がない」
「そうだな。それじゃあ行こうぜ!」
こうして、俺達はエルセーヌさんの出した火球の明かりを頼りに金属の扉の中へと足を踏み入れた。
おそらくユーリアくんの言うように魔物の気配がしないからまだダンジョンに入ったという事はないと思うが、念の為警戒しながら歩くとしよう。
そういえば、舞は今頃何をしてるのかね。
◇◆◇
舞
「構わん。持ってけ持ってけ」
武器庫から所変わって訓練場にて、私達はターニャちゃんのママさんことファーシェルさんに会いに来ていた。
ファーシェルさんはエルフの軍隊の訓練の指揮を執っていたらしく、もともと肩ぐらいまでしかない金髪を一つに結んで動きやすい格好をしている。
「これはかなり古いもので文化的にも重要な物だと思うのですが宜しいのですか?」
「ああ。文化的価値なんてものは武器には必要ないし、私達エルフにもその刀は必要ない。どうせそいつは武器庫の肥やしになってたんだから好きに使うといい。」
「ほう、中々いい事を言うではないか」
「ん?  別に大した事は言ってないと思うが、お嬢ちゃんがターニャをぶっ飛ばしたというちびっ子かな?」
「うむ。正確にはぶっ飛ばしたのではなく崩したんじゃが、概ねその通りじゃ。妾はミレンという」
「そうか。よろしくミレン。私はファルシェール。一応エルフの里の将軍をやっている」
「ふむ。こちらこそよろしく頼むのじゃ」
そう言ってローズちゃんとファーシェルさんが互いに獰猛な笑みを浮かべながら握手を交わした。
二人とも相手の手を握り潰しそうなぐらい力を込めているし、互いに武人として相手に興味がわいたらしい。
まったく、二人とも困った人ね。
「ねぇママ。私はシェリーちゃんと三階を使いたいんだけど、今空いてる?」
「ああ。今はどこの部隊も使ってないはずだし空いてると思うよ。好きに使うと良い」
「ありがとうママ!  それじゃあ行こっ、シェリーちゃん!」
「おい!  くっつくんじゃねぇよ!  私はお前と仲良くするつもりはねぇぞ!」
「えぇ、相変わらずシェリーちゃんはお堅いなぁ」
そんな感じでシェリーさんとターニャちゃんの二人は屋外訓練場から騒がしく去っていった。
やっぱりあの二人仲良しよね。
今のやりとりもどう見てもじゃれ合ってるようにしか見えなかったわ。
「で、お前たちはこの後どうするんだ?」
「ああ、そうじゃった。妾もこれをもらいたんじゃがもらっても良いか?」
そう言ってローズちゃんがアイテムボックスから取り出したのは、私がまだ幼いから使わないと言った一振りの刀だった。
いつの間に持ち出していたのね。
「ん?  まぁ別に構わないけど、それは私が練習で打った刀だね。そんなんで良いのかい?」
「む?  お主は鍛冶も出来るのかの?」
「鍛冶もっていうか、私の専門は鍛冶だ。こうして将軍なんて立場に立っちゃいるが、それはハシウスが軍事はからっきしだからだし私はそこまで強くないよ」
「でも、ターニャさんはお母様には敵わないとおっしゃっていましたよ?」
「確かに今は私の方がターニャよりも強いが、追い抜かれるのも時間の問題だろうね。あの娘には私なんかよりもよっぽど戦闘の才能がある」
「では、何故あやつには訓練を付けんのじゃ?  昨日あやつと手合わせをして思ったが、ターニャは自力のみで戦っておるじゃろう?」
「ああ。一応私が暇なときに稽古をつけてやってはいるが、あの娘をどう育てたら良いのか私には分からないんだよ。出来れば里の外に出てもう少し経験を積んでもらいたいんだが、あの娘は次期頭首だからそういう訳にもいかなくてねぇ」
「なるほどのう。あの娘の才能はそのままにしておくにはいささか惜しいと思ったのじゃが、それならば仕方ない、か」
ローズちゃんはそう言うと、持っていた刀を抜いて片手でゆっくりと振った。
その様子を見ていたファーシェルさんはローズちゃんの持っている刀を一瞥して口を開く。
「さて、こいつらの訓練もそろそろ休憩に入るし私がその刀を砥いでやろう。お前たちもそれを使う前にそうするつもりだったんだろう?」
「はい。ただ、私は自分で砥ぐので砥石をいただけませんか?  昔から自分で砥がないとどうも使い心地が悪いもので」
「構わないよ。柄と鞘の方はどうする?」
「そちらは用意してくださると助かります」
「よし、それじゃあ決まりだね。お前ら、昼まで休憩だ!  しっかりと休んでおくように!」
「「「「はっ!!」」」」
そうしてファーシェルさんはエルフの軍隊に指示を出した後、そのまま訓練場の外へと歩いて行った。
私達もその後に続いて訓練場の出口へと向かう。
「のうマイム。なぜファーシェルには敬語なんじゃ?」
「んー。何故と言われると分からないのだけれど、気がついたら敬語を使っていたわ」
「ふむ。妾には敬語を使ってくれんかったのに、あやつには敬語を使うのか」
「あら、もしかしてやきもちを妬いているのかしら?  ミレン様はお可愛いですわね」
「ふん。別にそういう訳じゃないわい!」
ローズちゃんはそう言うと、私の肩の上に飛び乗って無理やり肩車された。
私は一応ローズちゃんが落ちないように膝をしっかりと押さえてやる。
「そういえば、フーマくんは今頃どうしてるのかしらね?」
「さぁの。まぁ、いつも通り碌でもない事をしておるのではないか?」
「あら、それじゃあ今晩もお説教かしら」
「さて、それはフーマが帰って来てからのお楽しみじゃな」
「それもそうね」
フーマくんはチートキャラだしそう簡単に死んでしまう様な事はないと思うのだけれど、別行動をするのは久しぶりだから少しだけ心配ね。
私はそんな事を考えながら、妖刀星穿ちを片手にローズちゃんを肩車してファーシェルさんの後を歩いた。
◇◆◇
風舞
金属製の扉を通って真っ暗な廊下を進んだ先にあったのは転移魔法陣が床に描かれた小さな部屋だった。
気分的には扉をくぐって暗闇の中を進み始めた時点でダンジョンに入った感覚でいたので、特に心の準備も必要とせず4人揃って転移魔法陣に入ったのだが、転移した先が大変な事になっていた。
「死んじゃう!  流石にこれは死んじゃうから!」
「おいフーマ!  騒いでないで手を動かせ!」
「そうは言っても、いくら何でも数が多すぎでしょ!  って危なっ!?」
「へぇ、強そうだとは思ってたけれど、エルセーヌもかなりやるね」
「オホホ。私はフーマ様の従者ですからこの程度大した事ありませんわ」
「これは僕も負けてられないね。アクアウィップ!」
「オーホッホッホ!  サンダーランス!」
「おいフーマ!  あの二人には絶対近づくんじゃねぇぞ!」
「分かってますよ!  俺も仲間の攻撃で死にたくはないです!」
俺はそう言いながら猿の拳を避け、飛んでくる石を弾き、猿の頭をかち割り、猿の胴を蹴り飛ばす。
転移魔法陣に入ってかれこれ30分は経つが、この30分間俺はずっとこの作業を繰り返していた。
俺達がこうも絶え間なく戦い続けている理由。
それは転移魔法陣で転移した先がグリーンエイプの海だったためだ。
海と言ってももちろんグリーンエイプが液状になっているという訳ではなく、俺たちの転移した大部屋に埋め尽くさん限りのグリーンエイプが満員電車さながらにすし詰めになっていたのだ。
どういう訳かグリーンエイプは転移魔法陣の中には入ってこないので俺とファルゴさんはその直径2メートル強の中から剣で斬りつけたり蹴り飛ばしたりしているのだが、いかんせんグリーンエイプお得意の投擲やただのパンチが無数に飛んでくるため一息つく暇すらもない。
この足元の転移魔法陣を作動させるためには一度俺たちが転移魔法陣から出てもう一度入った上で、周囲1メートルくらいの魔物を間引かなくてはならないらしいのだが、俺たちのいる大部屋の奥に見える通路から絶え間なくグリーンエイプが流れ混んでくるため、それは当分先の事になりそうである。
「おいフーマ!  何か良い作戦は思いつかないのか!  剣が猿の油で切れなくなってきた!」
「良い作戦も何も、この状況で出来ることなんて範囲攻撃ぐらいしかありませんよ!」
「それじゃあ頼む!」
「俺には無理です!」
「お得意のサラマンダーフラワーはどうした!」
「鞄から出す暇がありません!」
ちっ、こんな事なら暴発を恐れて腰に下げておくのをやめるんじゃなかった。
このままじゃ間違いなくジリ貧だし、そろそろ打開策を講じなくてはならないんだけど。
と、そんな事に頭を回していたためか直感の精度が落ちてしまい、気がついた時には目の前にグリーンエイプの投げた石が狭っていた。
「やばっ」
あぁ、これは間違いなく顔面に直撃したなと思ったその時、俺の頼もしい従魔が飛来する石をキャッチして俺の事を守ってくれた。
「オホホホホ。ご無事ですかご主人様?」
「ああ、ありがとな」
「オホホ。それでは、後でご褒美をくださいまし」
「生きてここを出られたらな!」
「オホホ。それはそれは、とても楽しみですわ」
そんなエルセーヌさんの言葉に耳を傾けながらグリーンエイプを切り払っていると、少し離れた位置で戦っていたユーリアくんもこちらに戻ってきた。
「このまま魔物を倒し続けてもいいけど、この後どうするんだい?  僕の魔力も無尽蔵じゃないよ」
「一応一つだけ策があるけど、やるか?」
「何でもいいから早くしてくれ!  流石にもう剣を振ってんのも辛い!」
「それじゃあユーリアくん。洪水を起こしてくれ」
「そんな事をしたら僕たちも水に飲まれるけど良いのかい?」
「ああ。物理防御が出来る結界は座標を固定したまま動かせないらしいけど、一瞬だけ周りの猿を吹っ飛ばせば結界も張れるだろ」
「オホホホ。お任せください」
「それじゃあ、いちにのさんで、エルセーヌさんとファルゴさんは最大火力で攻撃。その後ユーリアくんは洪水でエルセーヌさんは結界魔法を頼みます」
「「「了解!」」」
「それじゃあ、いち、にの、さん!!」
「サンダーランス!」
「ファイアーボール!」
よし、これで半径5メートル分ぐらいのグリーンエイプは倒せた筈だ。
次はユーリアくんの水魔法で猿共を押し流してもらう番だな。
「ユーリアくん!」
「タイダルウェーブ!」
「エルセーヌさん!」
「オホホ。お任せくださいまし」
エルセーヌさんがそう言って手を振ったその瞬間、俺たちを中心に一辺7メートル程の立方体の結界が生まれた。
相変わらず結界魔法の時は詠唱をしないんだなと思いつつ、結界の中に残っていたグリーンエイプにとどめを指した俺は、ため息をつきながらその場に座り込んだ。
「だあぁぁ、超疲れた」
「お疲れ。しばらくは様子見をしようって事でグリーンエイプと戦い続けたけど、全く減らなかったね」
「ああ。今後の探索の事も考えてそう提案したけど、この調子じゃ何か作戦を用意しないと駄目そうだな」
「何でもいいけど今日はもう帰ろうぜ。流石にすげぇ疲れた」
「そうだね。僕も魔力を半分ぐらい消費したし、今日はここまでにしとこうか」
「ああ。それじゃあ帰ろうぜ」
こうして、俺達の世界樹ユグドラシルの攻略一日目は、転移魔方陣から数歩の距離まで進んだところで、終了となった。
まだトウカさんの家に来てから一時間ちょいしか経っていないが、疲労感的には一日ダンジョンに潜っていた時と同じくらいな気がする。
仮に世界樹の中全てがこんな感じで魔物の巣窟になっていたら攻略出来る気が全くしないんだが、どうしたものか。
俺はそんな事を考えながら、ユーリアくん達と共に転移魔方陣に入ってトウカさんの家へ戻った。
「クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
-
2.1万
-
7万
-
-
6,681
-
2.9万
-
-
176
-
61
-
-
66
-
22
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
5,217
-
2.6万
-
-
5,039
-
1万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
8,191
-
5.5万
-
-
3,152
-
3,387
-
-
2,534
-
6,825
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
3,548
-
5,228
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
6,199
-
2.6万
-
-
1,295
-
1,425
-
-
2,860
-
4,949
-
-
6,675
-
6,971
-
-
3万
-
4.9万
-
-
6,044
-
2.9万
-
-
344
-
843
-
-
450
-
727
-
-
76
-
153
-
-
6,237
-
3.1万
-
-
65
-
390
-
-
3,653
-
9,436
-
-
1,863
-
1,560
-
-
1,000
-
1,512
-
-
62
-
89
-
-
14
-
8
-
-
108
-
364
-
-
23
-
3
-
-
398
-
3,087
-
-
2,951
-
4,405
-
-
218
-
165
-
-
71
-
63
-
-
86
-
288
-
-
3,224
-
1.5万
-
-
4
-
1
-
-
89
-
139
-
-
2,629
-
7,284
-
-
33
-
48
-
-
6
-
45
-
-
34
-
83
-
-
164
-
253
-
-
51
-
163
-
-
104
-
158
-
-
116
-
17
-
-
62
-
89
-
-
42
-
52
-
-
47
-
515
-
-
220
-
516
-
-
4
-
4
-
-
27
-
2
-
-
2,431
-
9,370
-
-
1,658
-
2,771
-
-
4,922
-
1.7万
-
-
2,799
-
1万
-
-
614
-
221
-
-
1,301
-
8,782
-
-
7,474
-
1.5万
-
-
408
-
439
-
-
9,173
-
2.3万
-
-
88
-
150
-
-
183
-
157
-
-
29
-
52
-
-
215
-
969
-
-
83
-
2,915
-
-
213
-
937
-
-
265
-
1,847
-
-
614
-
1,144
-
-
1,391
-
1,159
-
-
42
-
14
「ファンタジー」の人気作品
-
-
3万
-
4.9万
-
-
2.1万
-
7万
-
-
1.3万
-
2.2万
-
-
1.2万
-
4.8万
-
-
1万
-
2.3万
-
-
9,711
-
1.6万
-
-
9,545
-
1.1万
-
-
9,448
-
2.4万
-
-
9,173
-
2.3万
コメント