クラスごと異世界転移して好きな女の子と一緒に別行動していたら、魔王に遭遇したんですけど...
57話 スタンピードの前兆
風舞
「さて、改めていらっしゃい。まずはお茶でもどうぞ」
ユーリアくんを召喚というか呼び出した後、俺達は家の中へ招き入れてもらってリビングのソファに座って話をしていた。
今日もトウカさんの家のリビングのテーブルの上にはいい香りのする紅茶が用意されている。
「ありがとう。それでこちらも改めて確認するんだけど、トウカさんは本当に寝てるんだな?」
「うん。今朝僕が起きた時には目を覚まして朝食の用意をしていたけれど、僕の魔法で眠ってもらったよ。いつぞやの宿の露天風呂でのファルゴの時と同じように当分は目を覚まさないだろうね」
「あ、そうっすか」
昨日ユーリアくんが言っていた何としてでもトウカさんを寝かせておくというのはそういう事だったのか。
確かにベッドにロープやなんかで縛り付けておくよりはましだと思うけれど、魔法を使うのもそれはそれでどうかと思う。
まぁ、トウカさんにギフトを使わせないという観点で考えるならそれが一番手っ取り早くて効率的だとは思うんだけど。
「オホホ。それではご主人様の計画通りに事を進められそうですわね」
「計画?  何の事だい?」
「ああ。その前にいくつか聞いてもいいか?」
「うん。僕に答えられる事なら何でも聞いて良いけど……」
「それじゃあまずは、ユーリアくんはこの家のどこに何の部屋があるか全て知っているか?」
「うん。流石に家具や雑貨までは把握してないけど、部屋の配置ぐらいなら覚えているよ」
「その中で普通の家には無いような部屋はあるか?  例えば、転移魔法陣があるとか」
ソレイドのダンジョンは中に入るときに転移魔法陣を使用した。
ダンジョンには洞窟の様にで徒歩で中に入れるものも数多くあるそうだが、家の中にあるダンジョンへの入り口なら転移魔法陣である可能性が高い気がする。
「ん?  特にそういった特殊な部屋は無いと思うけど、何か気になることでもあるのかい?」
「ああ。気になる事っていうか調べたいことがある。ただ、なんて説明したものか」
いきなりユーリアくんに世界樹はダンジョンだと思うから中に入って調査したいと言っても信じてもらえるか分からないし、エルフであるユーリアくんに実は世界樹はダンジョンでしたなんて話をしていいのかも微妙なところだ。
世界樹を管理する巫であるトウカさんの前では絶対に話せないと思ってトウカさんが寝ているのかを家に入る前に確認したが、ユーリアくんにとって世界樹がどの様なものなのかわからない。
仮にユーリアくんが世界樹を神聖視してたら絶対に怒られる話だし、どう切り出せばいいんだよ。
と、そんな事を考えてユーリアくんに事情を話すのを渋っていると、俺の後ろに立っていたエルセーヌさんがぶっちゃけた。
「オホホ。この家のどこかにダンジョンへ通じる転移魔法陣があると思うのですが、ユーリア様はご存じありませんか?」
「ちょ、ちょっとエルセーヌさん?  もうすこし遠回りして話そうと思ってたのにいきなりぶっちゃけすぎじゃない?」
「オホホ。ご主人様が何やらくだらない事でお悩みでしたので、私が代わりに話を進めさせていただきましたわ」
「おい、くだらないって俺はお前の主人だぞ?」
「オホホ。もちろん存じ上げておりますわ」
「そうかよ」
まったく、このハーフヴァンパイアは全く俺に敬意を持ってないよな。
ノリも良いし頼んだことはやってくれるから別に構わないんだど、もう少し俺に対して従魔っぽい話し方をしてくれても良くないか?
そんな事を考えながらオホホと笑うエルセーヌさんからユーリアくんに視線を戻すと、サイクロプスにとどめを指した時と同じようなドSな笑みを浮かべるユーリアくんと目が合った。
怖っ!  思わず身震いがしたぞ。
「ねぇフーマ。一つだけ聞いてもいいかい?」
「は、はい。一つと言わずにいくつでもどうぞ」
「ありがとう。それで質問なんだけれど、フーマたちはこのくそったれな世界樹に反旗を翻そうとしているのかい?」
「いや、別に反旗を翻そうとは思ってはないです」
ヤバいヤバい。
どっちだ?
ユーリアくんが怒ってるのは俺達と世界樹どっちに対してなんだ?
「そっか。それじゃあ、フーマは何をするつもりなんだい?」
「それは、その……」
「オホホ。ご主人様は世界樹ユグドラシルという名のダンジョンに入って魔物を殺しまくるつもりですわ」
「へぇ、そうなんだ」
ユーリアくんはそう言うと、持っていた紅茶の入ったカップを机の上に置いて目を閉じた。
「おい、お前がいらんこと言うからユーリアくんが物凄い怒っちゃったじゃんか」
「オホホ。ご主人様がちんたらしているからいけないのですわ。それに、私が言ったことは何も間違えてはいないでしょう?」
「それはそうなんだけど、もう少し言い方ってもんがあるだろ!」
「オホホホホ」
ちっ、このオホホハーフヴァンパイアの首輪を絞めてやろうか。
そう思ってエルセーヌさんの首輪に魔力を通そうとしたその時、ユーリアくんが目を開いて穏やかな笑みを浮かべながら俺に話しかけてきた。
「ねぇフーマ」
「は、はい。何でしょうか?」
「僕にもフーマ達がやろうとしてる事に参加させてくれないかい?」
そう言ったユーリアくんの顔は、見た目こそいつもの様な可愛らしい顔なのに、殺気とやる気が駄々洩れでもの凄く怖い顔だった。
って、何か静かだと思ったらファルゴさん気絶してるよ。
もしかして昨日のユーリアくんとの修行の時にトラウマでも植え付けられたのか?
俺はそんな事を考えながら、白目を向いているファルゴさんが持っていたティーカップを取り上げて机の上にそっと置いた。
◇◆◇
風舞
昨晩エルセーヌさんやフレンダさんと話し会った結果、世界樹から魔物が湧き出ているのはスタンピードの前触れなのではないかと推測された。
スタンピードとはダンジョンの中に魔物が湧き続けた結果、魔物がダンジョンの中で飽和してダムが決壊するかの如く溢れ出て来る現象を指す言葉らしい。
今の所は魔物が世界樹の枝の上で留まっているためかそこまで多くの魔物が下まで降りて来ていないらしいが、枝の上で溜まりにたまった魔物が一気に落ちて来るのも時間の問題ではないかとエルセーヌさんが言っていた。
エルフの里の雰囲気的にその様な危機的状況に陥っているとは思っていなかったが、想像の何倍も世界樹の周辺は危険な状態であるらしい。
また、少し話は変わってトウカさんの使命というか役割である巫についてなのだが、巫は何らかの方法でダンジョンの中で魔物が湧くのを抑えているのではないかいう仮説が昨晩の話し合いで浮上した。
エルセーヌさんが里長のハシウスから聞き出した情報によると、トウカさんは巫の正しい儀式のやり方を先代から引き継げていないらしく、それが影響で今までの様に魔物の発生を抑えられなかったのがスタンピードの原因として考えられるらしい。
まぁ、スタンピードなんてものはダンジョンの中で何百年も魔物を貯め続けないと起こらないらしいし、世界樹の中に入って魔物を駆除しないのが一番の原因であると俺は思うのだが。
「ふーん。それじゃあ、トウカ姉さんの儀式の代わりに魔物を倒せば世界樹の管理が出来るって事かい?」
「トウカさんの儀式が本当に魔物の発生を抑える為だけのものだったらだけどな。ただ、中に入って魔物を間引けばスタンピードの方は事前に防げるかもしれない」
「そっか。それなら魔物を殺せばトウカ姉さんが今のペースでギフトを使う必要が無くなるんだね」
「ああ。トウカさんがギフトを使いまくってるのはいくら儀式をやっても魔物が零れ落ちてくるからだし、魔物の方をなんとかすればトウカさんが儀式をする回数を減らせるかもな」
ただ、世界樹から零れ落ちてきた魔物の中にあの金色の目のサイクロプスも含まれてるわけだし、仮にあの様な強い魔物がダンジョンの中にごった返していたらスタンピードを防げるくらい多くの魔物を倒せるのかは怪しい。
そのため、今日俺がファルゴさんとエルセーヌさんだけを連れてここを訪れたのは、世界樹のダンジョンの様子を確認するためだけだ。
別に舞達に世界樹についての情報を話しても良かったのだが、もしもエルフの里のお姫様であるターニャさんに世界樹がダンジョンかもしれないなんて情報が洩れたら大変なことになりそうだし、まずは世界樹が本当にダンジョンかどうかだけでも確認する事にしたのだ。
秘密を共有する人数はできるだけ少ない方が良いだろうしな。
「そっか。それじゃあ早速世界樹に入るための入り口を探そう。フーマ達はダンジョンに潜るための準備はして来てるんでしょ?」
「ああ。エルセーヌさんがサイクロプスに襲われた時に落とした荷物を回収して来てくれたし、買い出しも済ませてるから一週間は潜れると思うぞ」
「うん。一週間もあれば十分だね。世界樹の中の魔物を一匹も残さずに殲滅しよう」
「いやいやいや、今日はどのくらい魔物が溜まってるのか確認をするだけだぞ?  流石に俺達だけで何の情報もないダンジョンを攻略するのは無理だ」
「でも……」
「らしくないぞユーリアくん。確かに出来るだけ早く魔物を減らしたいってのはわかるけど、俺達が死んだら元も子もないだろ」
ユーリアくんはトウカさんの事をかなり大事に思っているみたいだし、冷静さを欠くのも無理はないかもしれない。
ただ、世界樹はローズが産まれる前から存在するのにそれがダンジョンだという情報が全く出回っていないぐらい謎の多いダンジョンだし、嘗めてかかってはならないと思う。
「そうだね。ごめんフーマ」
「いや、別に謝る事じゃねえよ」
「オホホ。ご主人様も私から話を聞いた時はすぐに世界樹に向かおうとしていましたものね」
「ちょっとエルセーヌさん?  どうして貴女はそうもお喋りなのかな?」
「オホホ。私がこうもお喋りなのはご主人様の前だけですわ」
「おい、それ微妙に嬉しいようで全く嬉しくないぞ」
「ふふっ。ありがとう二人とも。おかげで少し落ち着いたよ」
「ああ、そうかい。そりゃあ良かったよ」
いささか俺が当て馬にされた様な気がしなくもないが、ユーリアくんがいつも通りの冷静さを取り戻したみたいだし良しとしておこう。
ただ、エルセーヌさんには一度上下関係というものを教えた方がいいかもしれない。
「さて、それじゃあまずは入り口を見つけない事にはどうにもならないんだけど、どうしたものかな。この家に隠し部屋があるなんて僕は聞いたことすらないんだけど」
「オホホ。それなら既に見当がついていますわ」
「は?  いつの間に見つけたんだ?  っていうかどこにあるんだ?」
「オホホ。ついて来てくださいまし」
エルセーヌさんはそう言うと、トウカさんの家のリビングから続く廊下の内の一つに入っていった。
まだファルゴさんは気絶したままだけど、とりあえずは放っておいていいか。
後でダンジョンに入る前に呼びに来ればいいだろう。
そう思ってユーリアくんと一緒にエルセーヌさんの後に続くと、エルセーヌさんが廊下の端の壁の前で振り返った。
「もしかして、この壁の奥がダンジョンの入り口だって言いたいのか?」
「オホホ。流石はご主人様ですわ。その通りでございます」
「でも、ありきたりなセリフを言う様で申し訳ないけれど、そこはただの壁にしか見えないよ?」
「オホホ。それは結界が張ってあるからですわ。少々お待ちくださいな」
エルセーヌさんはそう言って壁に触れると、壁に魔力を通して集中を始めた。
エルセーヌさんはフレンダさん直伝の結界魔法の使い手だし、何かしらの方法で張ってあるという結界を解除するつもりなのかもしれない。
「そういえばフーマ」
「ん?  どうかしたか?」
「エルセーヌはフーマの従者だったのかい?」
「ああ。元はミレンの妹の従者だったんだけど、最近俺が代理の主人になった」
「へぇ、フレンダさんの従者だったんだ」
「あぁ、そういえばユーリアくんとフレンダさんは顔見知りだったな」
「まぁ、顔見知りとは言っても一度謁見の機会を頂いて数分話をしただけなんだけどね」
「ふーん。世界ってのは狭いもんだな」
「そうだね。…ところでフーマ」
「ん?」
「出会って数日の女性を従者にするなんて流石は鬼畜野郎と呼ばれるだけの事はあるね」
「あれ?  ついさっき俺は代理の主人だって言ったよな?」
「うん。だからフレンダさんの従者を奪い取って自分のものにしたんでしょ?  エルセーヌさんはかなり美人だし、フーマの琴線に響いたんだよね?」
「おい、わざと言ってるだろ」
「何のことだい?」
そう言ってエルセーヌさんの後ろ姿を見守りながら穏やかな笑みを浮かべるユーリアくん。
ちっ、このドSエルフは何て酷い事を言うのだろうか。
後でエルセーヌさんか本日不在のフレンダさんに八つ当たりするとしよう。
そんな微妙に性格の悪い事を考えていると、エルセーヌさんの触れていた壁がまるでガラスが割れるかの様に剥がれ落ち、廊下の続きが現れた。
「オホホ。幻惑の結界の一種が張られていましたが、そう大したものではありませんでしたわね」
「お疲れさん。それで、あのドアがダンジョンへの入り口なのか?」
「どうだろう。実際に開けてみない事には分からないけれど、どうもそれっぽい扉だよね」
「ああ。確かにそれっぽいな」
そう言った俺達の視線の先には、新たに現れた廊下の突き当りにまるで何かを閉じ込めるかの様に佇む物々しい雰囲気の金属製の扉があった。
「さて、改めていらっしゃい。まずはお茶でもどうぞ」
ユーリアくんを召喚というか呼び出した後、俺達は家の中へ招き入れてもらってリビングのソファに座って話をしていた。
今日もトウカさんの家のリビングのテーブルの上にはいい香りのする紅茶が用意されている。
「ありがとう。それでこちらも改めて確認するんだけど、トウカさんは本当に寝てるんだな?」
「うん。今朝僕が起きた時には目を覚まして朝食の用意をしていたけれど、僕の魔法で眠ってもらったよ。いつぞやの宿の露天風呂でのファルゴの時と同じように当分は目を覚まさないだろうね」
「あ、そうっすか」
昨日ユーリアくんが言っていた何としてでもトウカさんを寝かせておくというのはそういう事だったのか。
確かにベッドにロープやなんかで縛り付けておくよりはましだと思うけれど、魔法を使うのもそれはそれでどうかと思う。
まぁ、トウカさんにギフトを使わせないという観点で考えるならそれが一番手っ取り早くて効率的だとは思うんだけど。
「オホホ。それではご主人様の計画通りに事を進められそうですわね」
「計画?  何の事だい?」
「ああ。その前にいくつか聞いてもいいか?」
「うん。僕に答えられる事なら何でも聞いて良いけど……」
「それじゃあまずは、ユーリアくんはこの家のどこに何の部屋があるか全て知っているか?」
「うん。流石に家具や雑貨までは把握してないけど、部屋の配置ぐらいなら覚えているよ」
「その中で普通の家には無いような部屋はあるか?  例えば、転移魔法陣があるとか」
ソレイドのダンジョンは中に入るときに転移魔法陣を使用した。
ダンジョンには洞窟の様にで徒歩で中に入れるものも数多くあるそうだが、家の中にあるダンジョンへの入り口なら転移魔法陣である可能性が高い気がする。
「ん?  特にそういった特殊な部屋は無いと思うけど、何か気になることでもあるのかい?」
「ああ。気になる事っていうか調べたいことがある。ただ、なんて説明したものか」
いきなりユーリアくんに世界樹はダンジョンだと思うから中に入って調査したいと言っても信じてもらえるか分からないし、エルフであるユーリアくんに実は世界樹はダンジョンでしたなんて話をしていいのかも微妙なところだ。
世界樹を管理する巫であるトウカさんの前では絶対に話せないと思ってトウカさんが寝ているのかを家に入る前に確認したが、ユーリアくんにとって世界樹がどの様なものなのかわからない。
仮にユーリアくんが世界樹を神聖視してたら絶対に怒られる話だし、どう切り出せばいいんだよ。
と、そんな事を考えてユーリアくんに事情を話すのを渋っていると、俺の後ろに立っていたエルセーヌさんがぶっちゃけた。
「オホホ。この家のどこかにダンジョンへ通じる転移魔法陣があると思うのですが、ユーリア様はご存じありませんか?」
「ちょ、ちょっとエルセーヌさん?  もうすこし遠回りして話そうと思ってたのにいきなりぶっちゃけすぎじゃない?」
「オホホ。ご主人様が何やらくだらない事でお悩みでしたので、私が代わりに話を進めさせていただきましたわ」
「おい、くだらないって俺はお前の主人だぞ?」
「オホホ。もちろん存じ上げておりますわ」
「そうかよ」
まったく、このハーフヴァンパイアは全く俺に敬意を持ってないよな。
ノリも良いし頼んだことはやってくれるから別に構わないんだど、もう少し俺に対して従魔っぽい話し方をしてくれても良くないか?
そんな事を考えながらオホホと笑うエルセーヌさんからユーリアくんに視線を戻すと、サイクロプスにとどめを指した時と同じようなドSな笑みを浮かべるユーリアくんと目が合った。
怖っ!  思わず身震いがしたぞ。
「ねぇフーマ。一つだけ聞いてもいいかい?」
「は、はい。一つと言わずにいくつでもどうぞ」
「ありがとう。それで質問なんだけれど、フーマたちはこのくそったれな世界樹に反旗を翻そうとしているのかい?」
「いや、別に反旗を翻そうとは思ってはないです」
ヤバいヤバい。
どっちだ?
ユーリアくんが怒ってるのは俺達と世界樹どっちに対してなんだ?
「そっか。それじゃあ、フーマは何をするつもりなんだい?」
「それは、その……」
「オホホ。ご主人様は世界樹ユグドラシルという名のダンジョンに入って魔物を殺しまくるつもりですわ」
「へぇ、そうなんだ」
ユーリアくんはそう言うと、持っていた紅茶の入ったカップを机の上に置いて目を閉じた。
「おい、お前がいらんこと言うからユーリアくんが物凄い怒っちゃったじゃんか」
「オホホ。ご主人様がちんたらしているからいけないのですわ。それに、私が言ったことは何も間違えてはいないでしょう?」
「それはそうなんだけど、もう少し言い方ってもんがあるだろ!」
「オホホホホ」
ちっ、このオホホハーフヴァンパイアの首輪を絞めてやろうか。
そう思ってエルセーヌさんの首輪に魔力を通そうとしたその時、ユーリアくんが目を開いて穏やかな笑みを浮かべながら俺に話しかけてきた。
「ねぇフーマ」
「は、はい。何でしょうか?」
「僕にもフーマ達がやろうとしてる事に参加させてくれないかい?」
そう言ったユーリアくんの顔は、見た目こそいつもの様な可愛らしい顔なのに、殺気とやる気が駄々洩れでもの凄く怖い顔だった。
って、何か静かだと思ったらファルゴさん気絶してるよ。
もしかして昨日のユーリアくんとの修行の時にトラウマでも植え付けられたのか?
俺はそんな事を考えながら、白目を向いているファルゴさんが持っていたティーカップを取り上げて机の上にそっと置いた。
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風舞
昨晩エルセーヌさんやフレンダさんと話し会った結果、世界樹から魔物が湧き出ているのはスタンピードの前触れなのではないかと推測された。
スタンピードとはダンジョンの中に魔物が湧き続けた結果、魔物がダンジョンの中で飽和してダムが決壊するかの如く溢れ出て来る現象を指す言葉らしい。
今の所は魔物が世界樹の枝の上で留まっているためかそこまで多くの魔物が下まで降りて来ていないらしいが、枝の上で溜まりにたまった魔物が一気に落ちて来るのも時間の問題ではないかとエルセーヌさんが言っていた。
エルフの里の雰囲気的にその様な危機的状況に陥っているとは思っていなかったが、想像の何倍も世界樹の周辺は危険な状態であるらしい。
また、少し話は変わってトウカさんの使命というか役割である巫についてなのだが、巫は何らかの方法でダンジョンの中で魔物が湧くのを抑えているのではないかいう仮説が昨晩の話し合いで浮上した。
エルセーヌさんが里長のハシウスから聞き出した情報によると、トウカさんは巫の正しい儀式のやり方を先代から引き継げていないらしく、それが影響で今までの様に魔物の発生を抑えられなかったのがスタンピードの原因として考えられるらしい。
まぁ、スタンピードなんてものはダンジョンの中で何百年も魔物を貯め続けないと起こらないらしいし、世界樹の中に入って魔物を駆除しないのが一番の原因であると俺は思うのだが。
「ふーん。それじゃあ、トウカ姉さんの儀式の代わりに魔物を倒せば世界樹の管理が出来るって事かい?」
「トウカさんの儀式が本当に魔物の発生を抑える為だけのものだったらだけどな。ただ、中に入って魔物を間引けばスタンピードの方は事前に防げるかもしれない」
「そっか。それなら魔物を殺せばトウカ姉さんが今のペースでギフトを使う必要が無くなるんだね」
「ああ。トウカさんがギフトを使いまくってるのはいくら儀式をやっても魔物が零れ落ちてくるからだし、魔物の方をなんとかすればトウカさんが儀式をする回数を減らせるかもな」
ただ、世界樹から零れ落ちてきた魔物の中にあの金色の目のサイクロプスも含まれてるわけだし、仮にあの様な強い魔物がダンジョンの中にごった返していたらスタンピードを防げるくらい多くの魔物を倒せるのかは怪しい。
そのため、今日俺がファルゴさんとエルセーヌさんだけを連れてここを訪れたのは、世界樹のダンジョンの様子を確認するためだけだ。
別に舞達に世界樹についての情報を話しても良かったのだが、もしもエルフの里のお姫様であるターニャさんに世界樹がダンジョンかもしれないなんて情報が洩れたら大変なことになりそうだし、まずは世界樹が本当にダンジョンかどうかだけでも確認する事にしたのだ。
秘密を共有する人数はできるだけ少ない方が良いだろうしな。
「そっか。それじゃあ早速世界樹に入るための入り口を探そう。フーマ達はダンジョンに潜るための準備はして来てるんでしょ?」
「ああ。エルセーヌさんがサイクロプスに襲われた時に落とした荷物を回収して来てくれたし、買い出しも済ませてるから一週間は潜れると思うぞ」
「うん。一週間もあれば十分だね。世界樹の中の魔物を一匹も残さずに殲滅しよう」
「いやいやいや、今日はどのくらい魔物が溜まってるのか確認をするだけだぞ?  流石に俺達だけで何の情報もないダンジョンを攻略するのは無理だ」
「でも……」
「らしくないぞユーリアくん。確かに出来るだけ早く魔物を減らしたいってのはわかるけど、俺達が死んだら元も子もないだろ」
ユーリアくんはトウカさんの事をかなり大事に思っているみたいだし、冷静さを欠くのも無理はないかもしれない。
ただ、世界樹はローズが産まれる前から存在するのにそれがダンジョンだという情報が全く出回っていないぐらい謎の多いダンジョンだし、嘗めてかかってはならないと思う。
「そうだね。ごめんフーマ」
「いや、別に謝る事じゃねえよ」
「オホホ。ご主人様も私から話を聞いた時はすぐに世界樹に向かおうとしていましたものね」
「ちょっとエルセーヌさん?  どうして貴女はそうもお喋りなのかな?」
「オホホ。私がこうもお喋りなのはご主人様の前だけですわ」
「おい、それ微妙に嬉しいようで全く嬉しくないぞ」
「ふふっ。ありがとう二人とも。おかげで少し落ち着いたよ」
「ああ、そうかい。そりゃあ良かったよ」
いささか俺が当て馬にされた様な気がしなくもないが、ユーリアくんがいつも通りの冷静さを取り戻したみたいだし良しとしておこう。
ただ、エルセーヌさんには一度上下関係というものを教えた方がいいかもしれない。
「さて、それじゃあまずは入り口を見つけない事にはどうにもならないんだけど、どうしたものかな。この家に隠し部屋があるなんて僕は聞いたことすらないんだけど」
「オホホ。それなら既に見当がついていますわ」
「は?  いつの間に見つけたんだ?  っていうかどこにあるんだ?」
「オホホ。ついて来てくださいまし」
エルセーヌさんはそう言うと、トウカさんの家のリビングから続く廊下の内の一つに入っていった。
まだファルゴさんは気絶したままだけど、とりあえずは放っておいていいか。
後でダンジョンに入る前に呼びに来ればいいだろう。
そう思ってユーリアくんと一緒にエルセーヌさんの後に続くと、エルセーヌさんが廊下の端の壁の前で振り返った。
「もしかして、この壁の奥がダンジョンの入り口だって言いたいのか?」
「オホホ。流石はご主人様ですわ。その通りでございます」
「でも、ありきたりなセリフを言う様で申し訳ないけれど、そこはただの壁にしか見えないよ?」
「オホホ。それは結界が張ってあるからですわ。少々お待ちくださいな」
エルセーヌさんはそう言って壁に触れると、壁に魔力を通して集中を始めた。
エルセーヌさんはフレンダさん直伝の結界魔法の使い手だし、何かしらの方法で張ってあるという結界を解除するつもりなのかもしれない。
「そういえばフーマ」
「ん?  どうかしたか?」
「エルセーヌはフーマの従者だったのかい?」
「ああ。元はミレンの妹の従者だったんだけど、最近俺が代理の主人になった」
「へぇ、フレンダさんの従者だったんだ」
「あぁ、そういえばユーリアくんとフレンダさんは顔見知りだったな」
「まぁ、顔見知りとは言っても一度謁見の機会を頂いて数分話をしただけなんだけどね」
「ふーん。世界ってのは狭いもんだな」
「そうだね。…ところでフーマ」
「ん?」
「出会って数日の女性を従者にするなんて流石は鬼畜野郎と呼ばれるだけの事はあるね」
「あれ?  ついさっき俺は代理の主人だって言ったよな?」
「うん。だからフレンダさんの従者を奪い取って自分のものにしたんでしょ?  エルセーヌさんはかなり美人だし、フーマの琴線に響いたんだよね?」
「おい、わざと言ってるだろ」
「何のことだい?」
そう言ってエルセーヌさんの後ろ姿を見守りながら穏やかな笑みを浮かべるユーリアくん。
ちっ、このドSエルフは何て酷い事を言うのだろうか。
後でエルセーヌさんか本日不在のフレンダさんに八つ当たりするとしよう。
そんな微妙に性格の悪い事を考えていると、エルセーヌさんの触れていた壁がまるでガラスが割れるかの様に剥がれ落ち、廊下の続きが現れた。
「オホホ。幻惑の結界の一種が張られていましたが、そう大したものではありませんでしたわね」
「お疲れさん。それで、あのドアがダンジョンへの入り口なのか?」
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1万
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2.3万
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9,711
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