麗しの貴公子様と!

カンナ

私の王子様

 

(※以下、カレン視点)

 『王国の番人』『守護神』

 そう言われれば聞こえはいいが、そんな言葉で褒めたたえてくれるのは平民だけ。

 『成り上がり貴族』『力を求めた狂人』

 それが、この国の貴族からの評価。
 必要だと分かっていながら、何を思いそう蔑んでくるのだろうと疑問に感じていた。

 愛するこの王国を守る為に、そして忠誠を誓った王の期待に応える為に守れるだけの力をつけた。先代達も、皆それを望んでいたし、それは私も同じだった。
 誰になんと言われようと何も恥じることなどない。

 『たとえ、どれだけ傷つこうと愛する国、大切に思う人を守る為にその身の全てを捧げよ』

 小さい頃から尊敬する父や祖父に言われ続けてきた、今では身体に染み付いている言葉。
 子どもの時は、ただただ彼らの言葉を信じていた。
それが正しいのだと疑いもせず。




 「剣を振り回すなんて、はしたない」
 「なんて横暴。まるで獣みたい」
 「女を捨てているのよ」
 「英雄気取りも大概になさい」

 生まれて初めて参加した親戚筋のお茶会で出会った少女達は、私を指して扇の下でクスクスと嘲笑った。



 「まぁ! ダンスもろくに踊れないなんて…令嬢の風上にもおけませんわ」
 「同じ貴族として恥ずかしい」
 「戦場以外では所詮、役立たずね」
 「獣が服を着て人間の真似事をしてるなんて滑稽だわ」

 社交界デビューした夜、会場にいた他の貴族達は私を見てそう罵った。
 屈辱だった。これ以上ない程に憎らしくて堪らなかった。ディルフィーネ家が長年、命にかけて守ってきたのはこんな者達だったのかと落胆した。

 それからというもの、私は一体何を守っているんだろうと自棄になり、身体の傷が増えていくのも気にせずひたすらに剣を振るっていた。
 収まるべき鞘を失った迷子の剣のようだった私を見かねた祖父は、私の手を引いてとある夜会へと連れ出した。

 外交に才を発揮するツィアー二侯爵家主催の仮面舞踏会。そこで私は一人の少年と出会った。
 今思えば、あれは運命だったのかもしれない。

 「こんな所にいては風邪をひかれますよ。ここよりも暖かい場所へ参りましょう?」

 目元だけ隠すデザインのシンプルな仮面をつけた彼は、履きなれないピンヒールのせいで靴擦れした私に手を差し伸べてくれた。
 仮面越しにも分かる優しい色合いの双眼は、これまで向けられたどの視線とも違ってただ私を気遣っていた。
 それが何故かひどく気恥ずかしくて目を逸らしながら彼の手を取ったのを、今でもよく覚えている。
 
 その後は、あれよあれよという間にハンカチーフで靴擦れした足を固定され、気づけば別室で手当されていた。

 「こんなに可憐な花を早くに会場から摘み取ってしまうのは忍びなかったけれど、痛みに耐える貴女を見ていられなくてね」

 手当が終わり祖父が部屋に迎えに来ると、彼は申し訳なさそうに微笑んで『お大事に』と言葉を残して去っていった。
 そして、私の手には彼のハンカチーフだけが残った。
 嫌味の一つも言わず、最初から最後まで完璧なエスコートをしてくれたあの紳士ともう一度会いたいと…この時の私は思った。
 
 「ルビリアン、公爵家…」

 綺麗に刺繍された紋章を指でなぞる。トクントクンと小さく高鳴る胸にハンカチーフを押し当てて、『ありがとう』と心の中で名前も知らない優しい紳士に感謝した。

 それからは、夜会やお茶会に出席するのもそれ程嫌ではなくなった。もしかしたら、また彼に会えるかもしれないと少なからず期待していたからだ。

 残った手がかりから、あの夜仮面に隠された彼の正体も知ることが出来た。
 別に再会してどうしたいとかはなく、自分の口から直接感謝の言葉を伝えたかった。

 けれどあの夜会以降、彼に出会うことは無かった。そして、ようやく学園に入学してから一目見ることは叶ったけど、彼のすぐ傍には王太子の姿。
 王族が許した者以外で不必要な接触は、この国では無礼とされていた。だから声をかけることは勿論、近づくこともできなかった。

 身分もそうだが、こんな格好では……と、自分の身体を見下ろす。
 普通の令嬢にはある筈のない擦り傷や打撲の跡、ゴツゴツと固いマメだらけの手。成長するにつれ、傷を負うことは減ったが痛々しい跡は残ったまま、国を守る代償ならば安いと差し出した勲章の証。けれど、それさえも他の貴族達は汚い、醜いと卑下するのだろう。

 今まで歯を食いしばって耐えることが出来たのは、きっとあの呪いのような言葉のお陰かもしれない。

 「たとえ、どれだけ傷つこうと……守る、為に……」
 
 傷跡の残った腕にそっと触れて自分に言い聞かせる。
 クラスメイトのクスクスと嘲笑う声を耳が拾う度にまた一つ、一つとドス黒いものが私の中に溜まっていった。


……


 「もぉ! どうして声をかけてくれなかったのよ! カレンはアタシを助けないとダメでしょ!」

 入学式の次の日、盛大に私の座る席の机を叩いていきなり怒鳴りつけてきた目の前の少女に唖然とする。
 肩までのパールピンクの巻き髪と大きな瞳、桃色の頬を可愛らしくプクッと膨らませて私を睨んでくる。……全く怖くはないが。

 リディア・クレイン。
 入学式の時点で既に話題になっていた人物の一人、平民の血を引く男爵家の娘。王太子アルバートと式の直前に接触したという噂も学園中に広がっている。
 
 「何処で私の名を?」

 「そんなのどうだっていいじゃない。それより、どうして昨日アタシに声をかけに来なかったのよ。設定が狂ったらどうしてくれるつもり?」

 「何故私が理由もなしに見ず知らずの者に話しかけなければならない。それに、設定とはなんのことだ?」

 「もぉ~めんどくさいなぁ…。貴女はアタシに話しかけて友達になるの! それが設定よ!」
 
 「…………よく分からないが、君は私と友達になりたいということか?」

 「だって、そうじゃないと物語が進まないもの」
 
  「物語?」

 「とにかく! 貴女とアタシは友達よ。いいわね?」
 
 不機嫌さを隠さず指示してきたリディアに驚き、そして戸惑った。
 何故彼女が遠巻きにされている私と友達になりたがるのか理解できなかった。

 「友達になる理由?そんなの単純よ。物語だとアタシとカレンは親友なの。だから、アタシ達もそうなるのよ。それだけ」

 何を当然のことを、と言いたげな顔で腕を組むリディアが少しだけ面白いと思った。これまで見てきた貴族達とは全く違う反応に興味を惹かれたのは確実だった。

 それからは、物語だとか設定だとか意味のわからないことを言うこともしばしばあったが、上っ面だけの貴族達といるよりは幾分か楽に息を吸えた。
 けれど次第に、リディアの突拍子もない言動は私の目にも余るものが増えていった。

 「また王太子殿下の所へ行ったらしいな。いきなり突撃しては、殿下に失礼だと前にも言ったはずだ」

 「アルバート様は失礼なんて一言も言ってなかったわ。それに、今の内に好感度を上げておかないと卒業まで間に合わないんだもの!」

 「好感度とやらは知らないが、口にしないだけで殿下も迷惑に思っているかもしれないだろう」

 「うるさいわね! 物語のカレンはそんなこと言わないわ。アタシを応援して手助けするのがカレンの役割なのに、邪魔しないでよ!」
 
 リディアの言う『物語に登場するカレン』と私を比べては、私が違う行動をする度に癇癪を起こすようになった。 

 父から手紙が届いたのは、リディアに振り回されていい加減疲れ果ててうんざりしていた時だった。

 手紙には、父らしい飾り気のない字で「ロザリー・ルビリアン殿との婚約が決定した」と端的に書かれていた。

 なんて急な…とは思ったが、いづれ将来はどこかの家に嫁ぐことになるだろうことは分かっていた。しかし、まさか彼と婚約することになろうとは夢にも思わなかった。

 政治的にも中立を貫いている公爵家の次代当主ロザリー・ルビリアン。
 白薔薇の貴公子の異名を持つ彼は、女生徒達がこぞって夢にみる理想の王子様そのものなんだという。

 そんな影響力のある彼の婚約者が私でいいのだろうか。名ばかりの伯爵家、武力しか取り柄のない家の娘など相応しくないのではないだろうか。それ以前に、彼は私のことを覚えてくれているだろうか。
 嫌な考えばかり思い浮かんで気持ちはどんどん沈んでいく……。
 
 「……よし」

 ここで考えていても仕方がない。両頬を軽くパンと叩いて自分を律する。
 気に入られなければ婚約解消をしてもらえばいいだけの話。
 大丈夫、もしまた傷つく事があってもそれは一瞬だけ。恐れることは無い。

 けれどもし、もしもあの夜私に優しく接してくれた仮面の紳士なら……もしからしたら、こんな私でも受け入れてくれるかもしれない。

 「全ては守る為……この身を、捧げよ」

 魔法の呪文を呟いて、見下した目で見てくる者達の横を胸を張って堂々と歩く。
 手にはいつもより一つ分多い紙袋を携えて、婚約者となったばかりの彼の元を目指す。
  
 そして見つけた配膳列に並ぶ後ろ姿。あの頃とそう変わらない、男にしては少しだけ華奢で線の細い身体は、たとえ後ろ姿であっても私の目には魅力的に映った。

 やましい事なんてしていないのに何故かソロリソロリと近づいて期待半分、不安半分に腕を伸ばす。
 振り返りざまに見開かれたダイアモンドの瞳、揺れる純銀の髪、鼻をくすぐった優しい香り、私の婚約者は何もかもが光り輝いていた。

 あの夜と変わらない優しい眼差しに安堵し、あの夜のように完璧なエスコートに戸惑った。私が言うまで彼は私の事を忘れていたけど、そんなことはどうでもよかった。
 婚約解消をしないと迷わず言ってくれたことが嬉しかった。
 いつもより口に物を運ぶ手が早く動くくらいに浮かれていた。……その理由も分からずに。

 「お互いに他に結婚したい相手が見つかるまでは親に諾々と従うフリをしないかい?」

 その提案を彼の口から聞いた時、さっきまで高鳴っていた胸がスっと冷えていった。
 願ってもない好条件の提案だが、彼には既に好いた相手がいるのかと不安になった。だから、そういう相手がいないと断言された時は心底安堵した。

 誰かと話していてこんなに心が浮き沈みするのは初めてかもしれない。けれど、それを不快に感じない理由を説明するのは難しくて。
 結局、彼が完璧な紳士で私が女性として優しく扱ってくれることに慣れていないからだと変な理由付けをして納得させた。







 
 ーーーこれが『恋』だと気づくのは、きっとずっと先のこと。

 




 ありがとうございました(´˘`*)
 

 

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