麗しの貴公子様と!

カンナ

YES or NO ?



 (※以下、ニコラス視点)

 「暇だ…暇すぎる」

 そう呟いたのはクランだった。
 普段なら胡散臭い笑顔を貼り付けている顔には、珍しく眉間に皺がよせられている。
 そんな彼を一瞥した僕は、再び読みかけの本へと視線を戻した。

 ここはルビリアン公爵家の中庭。
 いつも通り、僕達はそこでお茶をしながらのんびりと過ごしている。
 いつもよりも少ない人数で。

 「無視かよ。今日のお前、ホント機嫌悪ぃな」

 「…別に。普通ですよ」

 図星を突かれて反応が遅れる。
 ついでにポーカーフェイスを保てなかったのは、きっと相手がクランだからだ。
 僕の表情が崩れたのを見て、クランは口元に嫌な笑みを浮かべた。

 「いやいや親愛なるニコラス君、嘘は良くないぜ? 」

 「気色悪い呼び方はやめて下さい。僕は嘘なんて…」

 「ついてるね。幼馴染みの目を誤魔化せると思うなよ」

 「……」

 確信に満ちた声に、僕は押し黙るしかなかった。
 本当は舌打ちでもしてやりたかったけど、クランなら確実に兄上に告げ口するか、からかうネタにするかしそうだったから我慢する。

 「貴方こそ、暇なら帰ったらどうですか? 居座られる此方の身にもなって下さい」

 「なんだ、俺はてっきりお前が家に一人きりで寂しいだろうと思って来てやったんだがなぁ?」

 「余計なお世話です。気安く触らないで下さい」

 「ってぇ! んだよ、可愛くねぇな」

 誤魔化し作戦が失敗した僕は、八つ当たりの意を込めて頭を撫でようと伸ばしてきたクランの手を叩いた。
 クランがぶつくさ文句を言っているが知ったことではない。
 僕の機嫌が悪いことを知っててからかってきたのはクランなんだから。
 
 「ホントお前ってローズ以外の前だと別人だよなぁ。二重人格かよ」

 「媚びへつらう価値がありませんし、労力の無駄ですから」

 「うーわ。今の台詞ローズが聞いたら泣くぞ〜?」

 クランは僕に叩かれた手をプラプラさせて懲りずにからかってくる。
 僕が睨むと『おー怖い』なんて言ってふざけ始めた。
 相変わらずムカつく奴だ。
 
 いつもは僕とクラン、そして兄上の三人でお茶をするのだが、今日は兄上の席が空席となっている。
 理由は、婚約者であるカレン嬢と王都街へ出掛けているからだ。
 いわゆる『デート』というもの。

 誘ったのはカレン嬢らしい。
 なんでも、最近オープンしたばかりのスイーツ店でお茶をするのだという。
 どうせ婚約してまだ日が浅いからと、親睦を深めるべきだとか言って父上がお膳立てしたのだろう。
 お陰で僕が兄上と過ごす貴重な時間が減ったのだから、いい迷惑である。
 
 「まぁそうカッカすんなよ。イイもんやっからさ」

 「要りません」

 「ヒトの優しさを踏みにじるなよ。せっかくお前の為に用意したんだぜ?」

 「貴方の言う『イイもん』が僕には悪いものにしか思えませんので結構です」

 「そー言わずにさ、受け取れって。きっとローズも喜ぶかもしんねーぞ? な?」

 「しつこいですよーーーって、ちょっと。押し付けないで下さい」

 無理やり手に持たされたのは、少し大きめサイズの枕だった。
 表面には『YES』、裏面には『NO』という字とハートマークがデカデカと書かれている。

 「なんですか、これ?」

 「そいつは兄弟の愛を深めるのに便利な優れものだ」

 「普通の枕にしか見えませんけど。……なんで笑ってるんですか」

 色々な角度から枕を観察してどのように使うのか考えている僕を見て、クランが肩を震わせながら笑っている。
 口元を手で覆っているが、笑い声が漏れていて意味を為していない。

 笑われるようなことはしていない筈だし、どこに笑いのツボがあったかは定かではない。
 分かることと言えば、クランが僕をバカにしているということくらいだ。

 僕が無言で睨んでいると、クランは慌てて笑いを引っ込めた。

 「悪い悪い。お前の反応が面白くてついな」

 「…まぁいいです。それで、これはどのように使うんですか?」

 悪いと言いつつ反省の色が微塵もないクランにため息を零す。
 一々苦言を呈しても無駄だと悟った僕は、話を戻すことにした。
 
 「なぁに、使い方は至ってシンプルだ。まずーーー」

 始終、肩を震わせて笑っていたクランだったが、説明し終わると『後でどうだったか教えてくれ』と言い残して帰っていった。
 本当にどうしてあんなに笑ってたんだろう?


 ……


 そして、夜。
 夕食を食べ湯浴みも済ませた僕は今、昼間クランにもらった枕を携えて兄上の寝室の前に立っている。
 最近では、就寝前に兄上の部屋に行くこともなかったのでなんだかドキドキする。

 手に持った枕を見つめて心を落ち着かせる。
 クランはこれを僕が兄上に甘えたい時に『YES』の面を、そうじゃない時は『NO』の面を兄上に見せればいいと言っていたけれど……。
 
 ノックをして声をかける。
 無意識に声が小さくなってしまったけど、兄上にはきちんと届いていたようだ。
 中から返事が返されたので、僕はゆっくりと扉を開く。

 「珍しいね、ニコがこの時間に来てくれるなんて。どうしたんだい?」
 
 既に夜着に着替えている兄上は、ソファで本を読みながら寛いでいた。
 まるで絵画の様な光景に思わず見とれてしまう。
 
 「突然来てしまってごめんなさい。実は、その……」

 そこまで言って気が付いた。
 どこから説明すればいいのだろう?
 素直に甘えたいと口で言うのも恥ずかしいけど、こういう伝え方もそれはそれで恥ずかしい。

 「あの、……えっと、なんていうか」

 「ん?」

 なかなか要件を言わない僕に、兄上は急かすこともなくじっと待ってくれている。
 あ、今小首を傾げた。格好良いーーーではなくて。
 ブンブンと頭を振って余計な考えを振り払う。
 
 「実は、これなんですが……」

 おずおずと枕の『YES』と書かれた面を兄上に見せる。

 ……うぅ、やっぱり恥ずかしい。
 止めるべきだったか? 幻滅されただろうか?
 
 兄上からの反応はない。
 不安が増長した僕が顔色を覗うと、そこには酷く冷めた表情をした兄上がいた。
 
 「それ、どうしたんだい?」

 いつもより冷ややかな表情と声音に背筋が凍る。

 「こ、これはクランからもらったもので…」

 「へぇ……。あのバカ、後で覚えてろ」
 
 最後の方は何を言っているのか聞こえなかったけど、更に一段低くなった相槌に不安が募る。

 やっぱり、こんなのするべきじゃなかったのかもしれない。
 クランに押し付けられたくせに律儀に実行するなんて馬鹿みたいだ。

 「ごめんなさい兄上。こんなくだらないことーーー」

 「仕方がないね。おいで、ニコ」

 これ以上ここにいるのも嫌で退出しようとした僕に兄上が手招きした。
 傍までいくとソファに座るよう促され、ギュッと抱きしめられる。

 「それを持ってきたということは、覚悟は出来てるんだね?」
 
 「あ、にうえ…?」

 優しい香りと温もりに包まれながら耳元で囁かれる。
 混乱する僕に兄上はニッコリと微笑んだ。

 「問題、現在の貴族夫人の間では果物の香水が流行っている」

 「!!」

 瞬時に理解した僕は、即座に枕の『YES』の面を向けた。

 「正解。 では次、ネクタイには様々な巻き方の種類があるがーーー」

 この後、僕達はクイズで盛り上がった。
 思ってた使い方と違うけど、こういうのも悪くない。
 たまにはクランもいい仕事するじゃないか。

 こうして、久々に兄上と一緒に過ごした夜は過ぎていった。





 ーーー翌朝。
 ロザリーが黒い空気に身を包み、瞳の笑っていない笑顔を貼り付けてクランの元へと向かったことをニコラスが知る由もない。
 





 以上、小ネタでした。
 お楽しみ頂けたら幸いです。



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