麗しの貴公子様と!

カンナ

新しい日を変わらない彼らと


 
 「今年も父上は仕事か…」

 私は頬杖をつきながら窓の外で降り積もる雪を眺めてそう呟いた。

 今日は今年が終わる最後の日、つまり前世風に言うなら大晦日だ。
 この世界でも年替わりは祝うものらしく、大抵は仕事を休んで家族や大切な人と一緒に過ごすのである。

 お母様が亡くなりお父様は王城勤めという事で、昨年は一人で新年を迎えたが、今年からはニコラスも一緒である。

 昨年はお父様が不在の分、マーサや使用人達が屋敷に残ってくれた。嬉しかったが、やはり家族といるのとは違う。
 だからこそ、ニコラスが公爵家に来てくれたことには感謝している。

 家族と新年を迎えることが出来る。
 そんな当たり前の事実がどうしようもない程に嬉しく思えるのだから。

 「旦那様のことですから明日には朝一で帰ってこられますよ」

 「そうだといいね」

 あのお父様なら十分に有り得る話だ。
 父親のそんな姿を想像し、読みかけの本を閉じてクスクスと笑った。

 「そういえばマーサ、本当に休暇をとらなくて良かったのかい?」

 「私は坊っちゃまの専属侍女ですし、こうして坊っちゃまの傍にいる方が落ち着くんですよ」

 「ありがとう。でも、今日明日は人手が少ないし私にも出来ることがあったら何か手伝わせてほしいな」

 「ふふ、頼もしいですね」

 他の貴族家庭は分からないがルビリアン家では例年、使用人に特別休暇というものを与えている。
 当主は家を空けているし、急な来客予定もないから普段より人手を必要としないというのが主な理由だ。
 市井では街でちょっとしたお祭りや出店もやっているので、そういうのを楽しみにしている使用人からは好評だったりする。

 「兄上、晩餐の準備が整ったそうです」

 「おや、もうかい? いつもより少し早い気もするけれど」

 「……そうなのですか? すみません、初めてのことなので勝手が分からなくて」

 肩を竦めるニコラスに気にしなくていい、と首を振る。
 彼のこれまでを鑑みれば、こういった行事へのちゃんとした参加自体が初めてなのかもしれない。

 「謝ることはないよ。早くて困ることでもないからね」

 「…それならいいのですが」

 ニコラスの頭を撫でて食堂へと足を運ぶ。
 既にテーブル上に用意された沢山のご馳走達を前に、自然と食欲が湧いてくる。
 部屋の奥では、給仕係がシャンパンを開けていた。

 今日はお父様がいないから普段の定席ではなく、向かい合って座ることにした。
 席についてシャンパンの入ったグラスを軽く掲げる。

 「今日という日を新しい家族と共に過ごし、また新しい日を迎えられる喜びにーーー」

 「「乾杯!」」

 カチン、とグラス同士を鳴らし合う。
 今日ばかりは無礼講として残って働いてくれている使用人達にもそれぞれグラスを渡してあり、各々で乾杯している姿が見られた。


 ……


 夜を超えれば朝がやってくる。
 年が明けて私が最初に目覚めたのは、朝日が景色の奥でひっそりと顔を出し始めた頃だった。

 スッキリと目が覚めた私は、冷気が漂う自室で一人身支度を整え始める。
 いつもはマーサが手伝ってくれるのだが、新年最初の日くらいはゆっくり寝かせておいてあげたかったので呼び鈴は鳴らさないでおいた。

 ストールを肩に掛けて庭へと足を運ぶ。
 せっかく早起きできたのだし、新年最初にすることが庭の散歩というのも悪くない。

 向かったのはいつもお茶をしている中庭ではなく玄関先にある前庭だ。
 外に出ると、はき出した息が白くなるくらい格段にひんやりとした空気を肌で感じることができた。
 
 純白の雪や透き通った氷柱つららを纏った庭は朝日の光を反射してキラキラと輝いている。
 いつもより幻想的なその風景に見惚れながら歩を進めていると、背後から声をかけられた。

 「ここにいたのか、ローズ」

 「……え、クラン?」

 「おう、おはよう。新年早々早起きだな」
 
 「おはよう…ではなくて。どうしてここにいるんだい?」
 
 クランは私の元へ歩きながら朝に似合う爽やかな笑顔で挨拶をしてくるが、彼の行動は完全に不法侵入のそれだ。
 年が明けてからまださほど時間も経っていないはずだというのに、この男は。

 「サプライズだよサプライズ。普通に挨拶するんじゃ面白みがないからな」

 驚く私を見て、クランはニヤリと口端を吊り上げた。
 彼らしいと言えばらしいけれど、と私は肩を竦めて苦笑する。

 「新年の挨拶に面白みを求めるのはクランくらいだろうね」

 「褒め言葉と受け取っとくよ。それじゃ、行くか」

 「ぇ…ちょ、ちょっとクラン、何処へ行くんだい?」

 さっさと踵を返して何処かへ行こうとするクランの背中に慌てて問いかける。

 「決まってんだろ。ニコラスの寝室だ」

  首だけ捻って振り返ったクランは、これからイタズラを仕掛けようとする子どものように笑っていた。
 この顔をしている時のクランを止める術を私は持ち合わせていない。


 ……


 「……ねぇクラン、本当にやるのかい?」

 「ここまで来ておいて今更引き返せる訳ねぇだろ。つーか、お前だって結局ついてきてんじゃねぇか」
 
 「それは……そう、なんだけど」

 声を潜めてコソコソと話している内にニコラスの部屋の前まで辿り着いてしまった。
 しかも何処で入手したのか、クランの手にはメガホンのようなものが握られている。
 
 まさか前世の番組でやっていたドッキリ企画のような事をする日がくるとは想像すらしていなかった。
 やってみたいと思ったこともあったけど、いざやるとなるとなんだか後ろめたさみたいなものがある。

 新年早々に叩き起されるニコラスにとってはいい迷惑だ。
 けれど、こんな機会二度とないかもしれないし……。
 一人で葛藤している私にクランが『入るぞ』と声をかけてきて、音を立てないようにしながら扉を開けて中に入っていく。

 ニコラスの穏やかな寝息だけが聞こえる室内は、カーテンが引かれていて薄暗い。
 足音を立てないように気を付けながら寝台に近づいていく。

 「寝顔だけは可愛いよな、コイツ」
 
 「ニコは常に可愛いじゃないか」
 
 「……あっそ」

 真顔で応えるとクランに半目でため息までつかれてしまった。
 寝台に横たわるニコラスは天使のように愛らしいというのに、クランにはニコラスの魅力が分からないのだろうか?
 
 「さて、そろそろ起こすか。ローズ、そこ持っとけ」

 クランはワクワクした様子で指示を出してきた。
 指さされた先はカーテンの端。つまり、クランが合図したらカーテンを思いっきり引けという意味だろう。

 ヤレヤレと思いつつ、なんだかんだで好奇心が勝ってしまった私はすぐに指示通り動いた。
 クランがメガホンのようなものを口元に寄せ、一度私に目配せする。
 私が頷き返すと、彼はすぅっと息を吸った後に大声で叫んだ。 

 「起きろニコラスッ!!!!」

 「ッ?!! ……な……え、は?」

 クランが叫ぶのと同時にカーテンを開け放つと、ニコラスは想像以上の反応を見せてくれた。
 飛び起きたニコラスは状況が把握出来ていないのか、困惑顔で私とクランを交互に見つめている。

 「っはは! 驚いたかニコラス」

 「……他人ひとの寝室で何してるんですか」

 ニコラスは少し掠れた低い声でそう言ってクランを睨む。
 ニコラスの問いは最もだが、クランは答える気がないのか満足そうに笑うばかりだ。

 「おはようニコ。朝から驚かせてしまってすまない」

 「兄上…。一体何事ですか、これは」
 
 種明かしをしないままでは流石にニコラスに申し訳がたたないと思い、私はこれまでの経緯を説明することにした。

 率直に言うと、話を聞いたニコラスは私達に呆れていた。
 大人気ない真似をした事は反省しているが、義弟おとうとにそんな目で見られるのは正直ショックだ。

 「いつまで怒ってんだよ。年明けくらい機嫌良くしたらどうだ?」

 「新年最初に見る顔がクランだったんですから仕方ないでしょう。それより、どうしてクランが朝食の席にいるんですか。帰って下さい」 

 「なんだよ冷てぇな。公爵が留守だって聞いてたからお前らが寂しくないように優しい幼馴染がこうして来てやったんだぜ?」

 「そんなこと誰も頼んでません。僕と兄上の初めて迎える朝を邪魔しないで下さい」

 「「ブッ……!!」」

 ニコラスの誤解を招きかねない言い方に私とクランがむせたのは同時だった。

 「え、何…お前らそういう関係だったの?」

 「そんな訳あるか。いくらクランでも怒るよ」

 「そうですよクラン。兄上をそんな低俗なものと一緒にしないで下さい。穢れてしまうじゃないですか」

 「いやニコラス、ローズをたった今穢そうとしたのはお前だ」

 「……もう二人とも黙って」

 ニコラスは可愛い義弟おとうとだけどそういう対象として見たことなんて一度もない。
 だからクラン、そんな目で見ないで。ニコラスも一々突っかかっていかなくていいから。

 頭を抱えていると唐突に食堂の扉が開けられた。
 驚いて見ると、徹夜明けのサラリーマンの如く疲れ果てた様子のお父様と、そんなお父様を支えているヴィヴィアン、アルバートの姿があった。

 「やけに騒がしいと思ったらクランもいたのか」
 
 「三人とも明けましておめでとう。新年早々に先触れもなくすまないね」
 
 「明けましておめでとうございます殿下、ヴィー様。……あの、父上はどうされたのでしょうか?」
 
 私はヴィヴィアンにもたれたかかるお父様へ駆け寄る。
 お父様は私に気づくと、生気の感じられない掠れた声で『ただいま…』とだけ呟いて意識を失った。

 「ローズ、悪いけど公爵を休ませてあげてくれないかい。彼、年末まで仕事を溜め込んだ愚署の尻拭いをさせられていたんだ」

 それは…ご愁傷様ですお父様。
 お父様を労いつつヴィヴィアンからお父様を引き取った。
 すると、ニコラスが私に負担をかけないようにお父様を持ち上げてくれる。

 「何をやっているんです父上。家長が家の恥晒しになるなんて…」

 「そう言ってやるなニコラス。公爵も早く家に帰りたい一心だったのだろう」

 「…部屋に寝かせてきます」

 それだけ言い残したニコラスは、お父様を寝室へと運んでいく。
 私はニコラスの背中を見送りながら微笑ましく思った。

 文句を言いつつ、あぁしてお父様に優しくしている所を見ると、やっぱりお父様のことが好きなんだろう。
 普段は素直じゃないけど、お父様もきっとニコラスの気持ちに気づいてくれているはずだ。

 「邪魔して悪いなローズ」

 「いいえ殿下、むしろ父上がお世話になりました」
 
 「これくらい、なんでもない。公爵のお陰で年内に業務を片付けることができたからな」
 
 「そうだよローズ。アルはこう言ってるけど、公爵を家まで送り届けたのはローズに会いたかっ……ぐぇ!」

 ヴィヴィアンが話している途中でアルバートが彼の脇腹に鋭い一発を入れる。

 「何か言ったかヴィー」

 アルバートが鋭く睨み圧力をかけると、ヴィヴィアンは殴られた部分を擦りながらブンブン首を振った。
 後ろではクランがテーブルを叩きながら腹を抱えている。

 「何を笑っているクラン」

 「いやだって、ブフッ…殿下にも、か、可愛いとこがあ、あるんだな…!?」

 「そうか、そんなに俺に殴ってほしいのか。気づかなくて悪かった今殴りに行ってやるから動くなよ」

 「え、いやちがっ…ちょ、ちょちょちょ待ってタンマ! 冗談だろ落ちつーーーぐはっ」

 後退るクランを捕まえたアルバートが鳩尾に一発キメこんだ。
 何やってるんだあの人達。
 元旦に公爵家で負傷者二名なんて笑えないんだけど。

 「ゴホン…まぁなんだ、その突然押しかけてすまない。遅くなったがローズ、今年も宜しく頼む」

 「こちらこそよろしくお願いします殿下」

 漸くきちんと新年の挨拶を終えることが出来た。
 達成したことにホッと胸を撫で下ろす。
 
「未来の臣下に暴力振るう王子ってどうなの、次期宰相殿?」
 
 「俺もあんな王子嫌だよ、クラン」

 アルバートに殴られたヴィヴィアンとクランは、腹を擦りながら遠い目をしている。

 「何してるんですか? …というか、まだいたんですね殿下達」

 そこへニコラスが食堂に戻ってきた。
 端正な眉根を嫌そうによせている。

 「新年の挨拶くらいしたらどうだニコラス。俺のように、な」

 「威張らないで下さいよ殿下。僕と兄上の大切な時間を邪魔する輩に挨拶する価値なんてありません。分かったらさっさと帰って下さい」
 
 後ろから抱きついてきたニコラスは、アルバート達に向かってシッシッ、と手で追い払ってみせる。
 ニコラスのあまりな態度にアルバートは苦々しく呟いた。

 「このブラコンめ…」

 「ブラコン上等。兄上に色目をつかうどこかの王子よりはマシです」

 ニコラスはアルバートを鼻で笑うと、見せつけるように私と頬をくっつけて仲良しアピールをおみまいする。

 ニコラスのほっぺ私より柔らかいのでは?
 何この可愛すぎる天使は。兄上はもう義弟おとうとにメロメロです。

 「ねぇ兄上。兄上は僕のこと、好きですか?」
 
 「勿論。世界一可愛くて最高に格好いい私の自慢の義弟おとうとだよ」

 「えへへ…僕も兄上が世界で一番大好きです」

 更にぎゅぅぅと後ろから抱きしめられる。
 そして、ニコラスは勝ち誇った目でアルバートを見た。
 アルバートは頬を引くつかせている。

 「喧嘩なら買うぞニコラス。俺の持ちうる権力、財力、武力の全てを使って叩き潰してやる」

 「殿下、年下相手にムキにならないで下さい」

 私が呆れた視線を向けると、アルバートはむくれた。

 「ローズ、お前はニコラスに味方するのか」

 「私がずっと学園生活をしていたので寂しかったんですよ。大目に見てあげて下さい」

 私はニコラスの頭を撫でながらアルバートに苦く微笑んでみせる。
 すると、渋顔をしていたアルバートは諦めたようにため息を吐いた。
 
 「…分かった。ローズに免じて『今回だけ』は大目に見てやろう」

 『ーーただし』とアルバートは続ける。
 
 「今夜、新年の晩餐を俺達と共に過ごすのならな」

 アルバートがニヤリと意地悪く笑むのと、ニコラスが舌打ちしたのは同時だった。
 義弟おとうとよ、いつも注意しているけど、今回ばかりは私も舌打ちがしたい気分だ。
 どうして新年早々、王子の接待なんてしないといけないんだ!

 「…あの、殿下。ご家族と過ごされなくてよろしいのですか?」
 
 「無論、父上からの許可は降りている。それに、父上は酒が入ると惚気話ばかりしたがるから面倒でな」
 
 「そ、そうなんですね…」

 普段から愛妻家として有名な陛下だけど、酒が加わると拍車がかかるのか。
 確かに面倒そうだ。

 「だから公爵家うちに逃げてきたんですか。父上をダシにして」

 「人聞きの悪いことを言うなニコラス。急に押しかけたのは詫びるし、王宮から食材も持参した。酒もある。悪い話じゃないと思うが?」

 どうだ? と言いたげにアルバートが微笑をうかべる。

 うーん…王室御用達の食材には中々に興味がある。
 ニコラスを見上げると、気に食わさなそうに顔を顰めている。でもその瞳には、隠しきれない感情が見え隠れしていた。
 
 やはりこんな所も弟らしい。
 私はふふ、と笑うとアルバートを顔を向けえ微笑んだ。

 「今夜は楽しい晩餐になりそうです」

 簡単に傾城したルビリアン弟の新年は、こうして始まりを迎えたのである。





 



 新年、明けましておめでとうございます。
 今年もどうぞ宜しくお願いします。

 今回は久々に攻略対象者メインキャラ全員集合だったので長くなってしまいました( ̄▽ ̄;)
 ここまでお付き合いして下さった皆様、ありがとうございます。

 それでは、皆様にとって2020年が良い一年になる事を祈って。


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