鮮血のレクイエム
序章3話 大規模失踪事件
「………。」
あれから結局俺は何もする気が起きず、一人でぶらぶらと歩いていた。突然こころの口から発せられた親父の名前。どうしてもそれが気になって仕方がなかった。
「何であいつが……今日初めて会った奴が、親父の名前を知っているんだ。」
『ジョージ・クリフォード』というのは、俺の父親の名前だ。そしてそいつはすでに10年前に他界している。……死んだ原因は、俺だ。俺が親父を殺したのだ。今でもそのことを悪いとは思っていない。むしろアイツは死んで当然の人間だったのだ。…今まで一度も忘れたことは無かった。母を殺し、兄を殺し、妹を殺し、更にはアイツまでをも親父は殺した。…憎かった。憎くて憎くて仕方がなかった。だから親父を殺せたときは、とてもすがすがしい気分だった。親父の血で染まった手を見ながら、俺は嘲笑したものだ。ざまぁみろ、お前には床のシミがお似合いだ。……だが、10年後の今になって親父の名を知るものが現れた。家族や親族なら分からなくもないが、『こころ』と言う奴なんて聞いたこともない。しかも、名前からして恐らく日本人だ。どうしてそんな遠くの国の人間がピンポイントで親父の名前を言い当てられるだろうか、いいや、当てられるわけがない。それに親父が日本に行ったなんて話も聞いたことがない。…日本と関りがある知り合いなんて凪紗ぐらいだ。だが凪紗は既に他界している。
「…俺の知らない場所で、何かが動いているのか?」
今後はそのことも踏まえて行動するべきだろう。…こころについても少し警戒が必要だ。
少し気になってスマホで現在の時刻を見ると、すでに17時を過ぎており、日が沈み始めてきたのもあってか辺りも少しずつ暗くなっていた。
「…そろそろ約束の時間だな。バーに行くか。」
そうして俺は疲れた体を動かしながら、ルイスとの約束のバーへと向かって歩くのだった。
着いた頃には6時を回っており、日も沈み切っていた。バーに入ると、俺を見つけたのかルイスがこちらに手を振ってくる。俺はルイスのいる所へ向かった。
「よっ、元気してるか?相棒。」
「……この様子を見て元気に見えるんだったら、お前頭を医者に診てもらった方がいいぞ。」
「はは、違いねぇや。まぁそんな所に突っ立ってないで座れよ。」
「言われなくてもそうさせてもらう。」
「そういやお前、例の組織を抜けてから自営とかしてるんだってな。どうだ、収入の方は。」
「まぁ…ぼちぼちと言ったところだな。生活には困らないさ。」
「ほぅ…結構稼いるんだな。マスター、リアル・カクテルを2人分くれ。」
「畏まりました。」
「おい、何で俺がお前と同じ酒を飲まなければならないんだ。」
「まぁまぁ、別にいいじゃないか。俺のおごりってことでいいから。」
「はぁ…好きにしろ。」
別に特別飲みたいものがあったわけでもないし、ルイスのおごりで良いんだったら別に良いだろう。
「お、久々に話が分かるじゃないか。今日何か良い事でもあったのか?」
「…別に。むしろその逆だ。」
「何だ、朝の騒動のほかにも何かあったのか?」
「…まぁな。」
俺は今日起こったことを掻い摘んでルイスに説明した。
「…何というかまぁ…お前って結構厄介ごとに巻き込まれやすいんだな。」
「別に好きで巻き込まれてるわけじゃねぇよ。」
「まぁそうだろうな。…取り敢えず一から整理させてくれ。」
そう言いルイスは少し考え込んだ後、再び口を開いた。
「名も知らない紳士が自分のことを知っていたってどういうことだ。」
「あぁ。俺はそいつに会った覚えもないし、ましてや話したこともない。なのにあいつは俺のことを知っているように喋ってたな。」
「…本当に見覚えが無いのか?昔の学校の担任っていうこともあるだろ。」
「いや、それはない。それにあの頃はあまり必要以上に大人と関わろうとしてなかったからな。ルイスだって覚えてるだろ?」
「そうだな。あの時のお前は何というか…まぁ、冷めたやつだったからな。…今もそんなに変わらないが。」
「だからそんな昔の生徒である俺の顔なんか一々覚えてるわけがないんだ。」
「そうか…。じゃあ後は組織関連程度しか残らないぞ。…名前は言ってなかったか?」
「悪いが聞きそびれた。それどころじゃなかったからな。」
「確か喫茶店の店長なんだよな?だったら俺が見に行ってやるよ。お前が知らなくても俺が知ってる可能性もあるからな。」
「…俺も行く。気になることは早めに片付けておきたい性分だからな。」
「分かった。じゃぁ近いうちにでも一緒に覗いてみるとするか。……えっと確か次は。」
「こころについてだ。…恐らく親父の大きな秘密を持っているのは間違いないだろう。」
「だろうな。(……もしかするとこの事件に関わることなのか?)」
「ん?どうしたルイス。」
「ああいや。もしかするとあれに関わることかもと思ってな。」
そういうとルイスはカバンから大量の紙束を取り出し、それを俺に渡してくる。
「これは……行方不明者に関する資料だと?急に何でこんなものを。」
「…実はな、最近ロンドンで…いや、世界中で大量に失踪者が出ているんだ。ここ1か月で300万人も被害が出ている。」
「…そんなこと初めて聞いたぞ。普通そんなに大規模で問題になっているんだったらニュースの一つや二つにでも出るんじゃないのか?」
「……そこが変なんだ。こんなにも被害が出ているというのに、警察はおろか軍すらも動かない。あまつさえ一般市民達は平気な顔をして生活している。…まるで皆に忘れられているように…な…。」
「…この情報…どうやって知ったんだ。仮にみんなが失踪者のことを忘れているんだとしたら、お前が知っていること自体おかしいだろ。」
「…お前、前いた組織のボスのことは覚えているか?」
「そりゃまぁ覚えているが…そいつのことがどうかしたのか?」
「…あいつもその、失踪者の一人だ。」
「……え?」
「最近久々に組織へ顔を出したんだが、前とは別の奴がボスになっててな。以前の奴はどうしたと聞いてみたが、あいつら誰一人として覚えていなかった。」
「…あいつは結構下から信頼があったと思うが…。」
「そうだ。だからこの状況に少し違和感を覚えてな。一人で色々調べてみたんだが…まさか知らない所でこんなことが起こっているとは夢にも思わなかったぜ。」
「…なぁルイス、いくつか質問いいか?」
「ん?別にいいぞ。どんどん聞いてくれ。」
「……失踪者が急激に増え始めたのはいつだ。」
「さっきも言った通り、約1か月前だ。」
「何処の地域で一番失踪者が出ているんだ。お前のことだからそこも調べてあるだろ。」
そう言うと、ルイスは少し考えた後、口を開いた。
「確か…ここだ。イギリスでの被害が一番大きかったな。」
「犯人の目途は立っているのか?」
「いや、それについては全くと言っていいほど分かっていない。」
「なんでだ。1か月も経っているんだったら少しは進捗があってもいいだろ。」
「…考えても見ろ。世界中のほとんどの奴らがこんなことが水面下で起こっているのも知らずに生活しているんだ。何も進展してないに決まってるだろ。」
「それもそうだな。すまない、少し考えれば分かることだった。」
「まったく、しっかりしてくれよな。お前がそんな状況だと今回依頼する件が少し心配だぜ。」
「ん?もしかして今朝言ってた頼みたいことっていうのは、このことに関することか?」
「あぁ、そうだ。まぁ勘の言いお前なら、俺が何を頼もうとしてるか分かるだろ?」
「…失踪事件解明の協力といった所か。」
「あぁ。これ以上被害が増えると国家以上の問題になるからな。…探偵に依頼してみるのも考えたが、話を通すのに手間がかかりそうだからな。それにアレンだったら上手くやってくれそうだし。」
「……その自信は一体どこからくるんだ。」
「おいおい、お前って結構どんな依頼でも高い確率でこなしてくるじゃないか。」
「そりゃまぁ…金に見合った仕事はするが…。」
「今回も期待してるぜ相棒。一緒に世界を救ってヒーローにでもなろうじゃねぇか。」
「…ヒーローに興味はないが…まぁ他ならぬお前の頼みだからな、引き受けてやるよ。」
「よしっ、交渉成立だな。」
「お待たせいたしました。リアル・カクテルでございます。」
タイミングを見計らっていたらしく、俺たちにカクテルを差し出してくる。
「話が一段落着くまで待っててくれるなんざ、マスターも律儀なもんだぜ。」
「いえいえ、お二方の会話の邪魔はしたくありませんのでね。」
「さすがはこのバーのマスターだな。ルイスも少しは見習ったらどうだ?」
「へっ、俺はこの先も気ままにやっていくから問題ねーんだよ。さぁ、今日だけは嫌なことは忘れて飲み明かしていこうぜ!」
「それもそうだな。」
そうして俺たちはそれぞれグラスを持った。
「乾杯!」『乾杯!』
こうして、長い夜は始まりを告げるのだった。
サイドチェンジ アリス
…夢を見ていた。記憶に無い部屋で、私と二人の女の人が楽しく喋っていた。一人は大きなリボンと巫女服をまとっていて、もう一人は大きな帽子とメイド服の様なものを着ていた。
「ちょっと、それはアリスが私のために作ってくれたクッキーなのよ!さっさと返しなさい!」
「へへ、そんなの知らないんだぜ。早い者勝ちっていう言葉を知らないのか?」
「ちょっと、二人とも落ち着いて。ちゃんと二人分作ってあるから。」
「お、そうなのか?それならそうと先に言ってくれよアリス。」
「そうよ。無駄な争いだったわ。」
「はぁ、二人が私の話を聞かずに食らいつき始めたのがいけないんじゃない。」
「まぁ細かいことは気にしない気にしない。」
「それもそうね。さっさと食べちゃいましょ。」
「アリスも一緒に食べようぜ!」
「別に私はおなかがすいてるわけじゃないから遠慮しておくわ。」
「なにけち臭いこと言ってるのよ。お菓子なんだから別にいいじゃない。」
「そうだぜ、そうだぜ。ほれアリス、あーーん。」
「ちょっと、そんな恥ずかしいことできるわけないじゃない!」
「何をそんなに恥ずかしがってるんだぜ?女の子同士だし別にいいだろ?」
「お、良いこと思いつくじゃない魔理沙。そのままやっちゃいなさい!」
「え、ちょっと待って魔理沙!本当に無理だから!」
「へへ、待てと言われて待つ奴がどこにいるんだぜ?」
「……あぁ。」
知っているはずの光景なのに、暖かい思い出のはずなのに、どうして私は思い出すことができないのだろうか。どうしてあの二人を思い出すことができないのだろうか。…どうして自分が何者なのかを思い出すことができないのだろうか。一歩踏み出せば答えは目の前だというのに、どうしても私は一歩を踏み出すことができなかった。……体のどこかで記憶を取り戻すことを恐れているのだろうか。………今日も私は…たどり着くことが…出来なかった。
サイドチェンジ アレン
例の依頼を引き受けてから、約1週間が経過した。正直ここまで不可解な依頼は久しぶりである。都市の住民に話を聞こうにも、失踪事件が起きていることすら知らないのだから意味がない。より真相に近づくためには独自で調べていくしか方法がないのだ。現在俺は記憶喪失に関することをネットで調べている。何故こんなにも大規模な事件なのに住民は気づかないのか。方法は別として、恐らく事件に関する記憶を失う、または消されているからだろう。
「……そういえば、アリスは今どうしてるんだろうか。」
記憶喪失と言えば、アリスもそのようなことを言っていたはずだ。もしかするとこの件に関わっているのかもしれない。
「…と言っても、どこにいるか分からないしな。」
そう思っていると、急に机の上に置いてあったスマホが鳴り出した。今は午前9時ごろだが、いったい誰だろうか。
「…もしもし。」
「あ、アレン起きてたんだ。もしかしてまだ寝てるのかと思ってたけど。」
「…コレットか。また何か壊したのか?」
「そんなに毎回毎回壊してないよー。…まぁ、電子レンジがショートしちゃったんだけど。」
「やっぱりそうなんじゃないか。で、いつ修理に行ったほうが良いんだ?」
コレットは俺にとって数少ない女の友人の一人だ。最近俺が何でも屋を始めたことをかぎつけたコレットは、よく俺に機械修理を頼んでくるようになった。彼女曰く、一々電気屋に見せるのがめんどくさいのだそうだ。まぁ、向こうから依頼してくるのだからこちらとしては助かっている。
「えっと、じゃあ今から頼める?丁度さっき知り合いの語学の勉強が終わって、暇してるところだから。」
「…俺は暇じゃないんだが。まぁ、電子レンジの修理ぐらいならすぐ終わるから良いか。」
「さすがはアレッチ、分かってるー。」
「誰がアレッチだおら!」
「まあまあ、そう自棄にならないで。それじゃぁよろしくねー。」(電話が切れる音)
「…一体誰のせいだと思っているんだ。」
取り敢えずさっさと済ませて戻ってくるとしよう。俺は工具箱を持ってコレットの家へと向かった。
「…ったく、最近暑くなってきたな。」
コレットの家の前にたどり着くまでに、少し汗をかいてしまった。まぁもう少しで初夏だし、気にしてもいられないな。俺はそのままインターホンを鳴らした。
「あ、もう来たんだ。アリス―、ちょっと今手が離せないから代わりに出てもらって良い?」
「えぇ、分かったわ。」
そういえば知り合いがどうとか言ってたな、一体誰なんだろうか。…ん?さっきアリスって聞こえたが…まさかな。しかし、見事に俺の予感は的中してしまうのだった。
「はーーい、どちら様で…す……。」
「……よう。」
「………。」『………。』
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはアリスだった。
「…あ……。」
「……あ?」
「ああああーーーーーーーーーーー!」
「な、なんだよ!急に大声出しやがって。」
「ななな、なんで…なんであんたがこんなところにいるのよ!」
「いや…俺はコレットに電子レンジの修理を頼まれて来ただけだぞ。」
「え、あなたコレットと知り合いだったの?」
「あぁ…そうだが。って言うかどうしてお前がコレットの家なんかにいるんだ?」
「あんたに強制的に追い出されて路頭に迷っていた私をコレットが助けてくれたのよ。」
「へーー。それは運がよかったな。」
少し気になっていたが、どうやら今はコレットの世話になっているようだ。アリスを探す手間が省けたのでこちらとしては大助かりだ。
「なーーにが運がよかったよ。もとはと言えばあんたが私の話も聞かずに追い出したせいなんだからね!はぁ、コレットと会っていなかったら今頃どうなっていたことやら。」
「おいおいなんだその言い草は!まるで俺が悪いみたいじゃないか!」
「事実その通りじゃない!もう少しやり方ってものが無かったのかしら!」
「俺に一々人の面倒を見る義理何てねぇよ。記憶喪失だか何だか知らねぇが、こちとら仕事で一々構ってられるかっての。それに、お前を助けたのは家の真ん前で倒れられても面倒だったからだ。傷がもう大丈夫だったら別に問題ないだろ。」
「問題大有りよ!全く、あなた親切心の欠片もないわね。」
「傷だらけの所を助けてやったんだから、親切心大有りだろうが!」
「……あのー、二人とも落ち着いて。」
「コレットは黙ってろ!『コレットは黙ってて!』」
「…あっはい。」
「大体俺が助けてやらなかったらどうなってたと思っているんだ…。」
30分後
「…少しは落ち着いた?」
「あぁ、悪かったな。少し取り乱しちまった。」
「ごめんなさいコレット。黙れ何て言ってしまって。」
「あはは、それくらい問題ないよ。それよりもアレン、私の知らない所で一体アリスと何があったの?」
「……実はだな。」
俺はコレットに簡単にではあるが事情を説明した。その間、コレットは何も言わずに俺の話を聞いてくれた。
「なるほどねぇ…。アレンらしい対応というかなんというか。雨だったから仕方ないっていうのもあるけどさ、そういう状況だったなら一応電話でも良いから私に連絡をよこしてほしかったな。」
「それは一人の医者としてってことか?」
「うん。というか、重病者が出たら医者を呼ぶなんて常識だよ。アリスの場合は特に問題なかったけど、これからは注意してね。」
「あぁ、悪かったよ。……アリスもすまなかったな。」
「え?あ、うん。私の方こそ急に叫んじゃってごめんなさい。」
「まぁ、何とか落ち着いて良かったよ。ってアレン!急に悪いけど電子レンジの修理、頼めるかな。」
「そういえばそのために来たんだったな。多分数十分で終わるだろうから、ここで待っててくれ。」
「オッケー。ちゃちゃっとお願いね。」
「へいへい。全く、人使いが荒い奴だ。」
そう言いながら、俺はキッチンに向かって歩いた。
「よしっ、こんなもんか。」
自分が考えていたよりも修理作業は早く終わった。せっかくなので奥の油汚れなども落としておいた。
「おーーい、コレット。電子レンジの修理終わったぞー。」
「はいはい、お疲れさまー。」
「次から機械は叩けば直るなんて言う考えは改めるんだな。そこら中に叩いた形跡が残ってたぞ。コレットの言葉を借りるなら、お前も叩いたりする前に俺に連絡をよこすんだな。」
「うぐ、アレンに同じ様に注意されるなんて…なんか屈辱。」
「ん、なんか言ったか?」
「イエイエ、ナンデモアリマセンヨー。」
修理するたびにこの対応だが、ほんとに分かってるのだろうか、こいつは。
「……そういえば、アリスは何処に行った。」
「あぁ、アリスならさっき出かけて行ったよ?なんか雑貨で買い足しときたい物があったみたいだからね。」
「…そうか。……実はな、コレットに話しておきたいことがあるんだ。」
「お、なになに?もしかして彼女でもできた?」
「ちげーよ!というか、彼女なんか作る気もねぇわ!」
「えぇーー。じゃあ一体何の話?」
「結構まじめな話なんだが…。」
そうして俺は、話始めった。……この都市で、いや、この世界で起きている異常現象について。
あれから結局俺は何もする気が起きず、一人でぶらぶらと歩いていた。突然こころの口から発せられた親父の名前。どうしてもそれが気になって仕方がなかった。
「何であいつが……今日初めて会った奴が、親父の名前を知っているんだ。」
『ジョージ・クリフォード』というのは、俺の父親の名前だ。そしてそいつはすでに10年前に他界している。……死んだ原因は、俺だ。俺が親父を殺したのだ。今でもそのことを悪いとは思っていない。むしろアイツは死んで当然の人間だったのだ。…今まで一度も忘れたことは無かった。母を殺し、兄を殺し、妹を殺し、更にはアイツまでをも親父は殺した。…憎かった。憎くて憎くて仕方がなかった。だから親父を殺せたときは、とてもすがすがしい気分だった。親父の血で染まった手を見ながら、俺は嘲笑したものだ。ざまぁみろ、お前には床のシミがお似合いだ。……だが、10年後の今になって親父の名を知るものが現れた。家族や親族なら分からなくもないが、『こころ』と言う奴なんて聞いたこともない。しかも、名前からして恐らく日本人だ。どうしてそんな遠くの国の人間がピンポイントで親父の名前を言い当てられるだろうか、いいや、当てられるわけがない。それに親父が日本に行ったなんて話も聞いたことがない。…日本と関りがある知り合いなんて凪紗ぐらいだ。だが凪紗は既に他界している。
「…俺の知らない場所で、何かが動いているのか?」
今後はそのことも踏まえて行動するべきだろう。…こころについても少し警戒が必要だ。
少し気になってスマホで現在の時刻を見ると、すでに17時を過ぎており、日が沈み始めてきたのもあってか辺りも少しずつ暗くなっていた。
「…そろそろ約束の時間だな。バーに行くか。」
そうして俺は疲れた体を動かしながら、ルイスとの約束のバーへと向かって歩くのだった。
着いた頃には6時を回っており、日も沈み切っていた。バーに入ると、俺を見つけたのかルイスがこちらに手を振ってくる。俺はルイスのいる所へ向かった。
「よっ、元気してるか?相棒。」
「……この様子を見て元気に見えるんだったら、お前頭を医者に診てもらった方がいいぞ。」
「はは、違いねぇや。まぁそんな所に突っ立ってないで座れよ。」
「言われなくてもそうさせてもらう。」
「そういやお前、例の組織を抜けてから自営とかしてるんだってな。どうだ、収入の方は。」
「まぁ…ぼちぼちと言ったところだな。生活には困らないさ。」
「ほぅ…結構稼いるんだな。マスター、リアル・カクテルを2人分くれ。」
「畏まりました。」
「おい、何で俺がお前と同じ酒を飲まなければならないんだ。」
「まぁまぁ、別にいいじゃないか。俺のおごりってことでいいから。」
「はぁ…好きにしろ。」
別に特別飲みたいものがあったわけでもないし、ルイスのおごりで良いんだったら別に良いだろう。
「お、久々に話が分かるじゃないか。今日何か良い事でもあったのか?」
「…別に。むしろその逆だ。」
「何だ、朝の騒動のほかにも何かあったのか?」
「…まぁな。」
俺は今日起こったことを掻い摘んでルイスに説明した。
「…何というかまぁ…お前って結構厄介ごとに巻き込まれやすいんだな。」
「別に好きで巻き込まれてるわけじゃねぇよ。」
「まぁそうだろうな。…取り敢えず一から整理させてくれ。」
そう言いルイスは少し考え込んだ後、再び口を開いた。
「名も知らない紳士が自分のことを知っていたってどういうことだ。」
「あぁ。俺はそいつに会った覚えもないし、ましてや話したこともない。なのにあいつは俺のことを知っているように喋ってたな。」
「…本当に見覚えが無いのか?昔の学校の担任っていうこともあるだろ。」
「いや、それはない。それにあの頃はあまり必要以上に大人と関わろうとしてなかったからな。ルイスだって覚えてるだろ?」
「そうだな。あの時のお前は何というか…まぁ、冷めたやつだったからな。…今もそんなに変わらないが。」
「だからそんな昔の生徒である俺の顔なんか一々覚えてるわけがないんだ。」
「そうか…。じゃあ後は組織関連程度しか残らないぞ。…名前は言ってなかったか?」
「悪いが聞きそびれた。それどころじゃなかったからな。」
「確か喫茶店の店長なんだよな?だったら俺が見に行ってやるよ。お前が知らなくても俺が知ってる可能性もあるからな。」
「…俺も行く。気になることは早めに片付けておきたい性分だからな。」
「分かった。じゃぁ近いうちにでも一緒に覗いてみるとするか。……えっと確か次は。」
「こころについてだ。…恐らく親父の大きな秘密を持っているのは間違いないだろう。」
「だろうな。(……もしかするとこの事件に関わることなのか?)」
「ん?どうしたルイス。」
「ああいや。もしかするとあれに関わることかもと思ってな。」
そういうとルイスはカバンから大量の紙束を取り出し、それを俺に渡してくる。
「これは……行方不明者に関する資料だと?急に何でこんなものを。」
「…実はな、最近ロンドンで…いや、世界中で大量に失踪者が出ているんだ。ここ1か月で300万人も被害が出ている。」
「…そんなこと初めて聞いたぞ。普通そんなに大規模で問題になっているんだったらニュースの一つや二つにでも出るんじゃないのか?」
「……そこが変なんだ。こんなにも被害が出ているというのに、警察はおろか軍すらも動かない。あまつさえ一般市民達は平気な顔をして生活している。…まるで皆に忘れられているように…な…。」
「…この情報…どうやって知ったんだ。仮にみんなが失踪者のことを忘れているんだとしたら、お前が知っていること自体おかしいだろ。」
「…お前、前いた組織のボスのことは覚えているか?」
「そりゃまぁ覚えているが…そいつのことがどうかしたのか?」
「…あいつもその、失踪者の一人だ。」
「……え?」
「最近久々に組織へ顔を出したんだが、前とは別の奴がボスになっててな。以前の奴はどうしたと聞いてみたが、あいつら誰一人として覚えていなかった。」
「…あいつは結構下から信頼があったと思うが…。」
「そうだ。だからこの状況に少し違和感を覚えてな。一人で色々調べてみたんだが…まさか知らない所でこんなことが起こっているとは夢にも思わなかったぜ。」
「…なぁルイス、いくつか質問いいか?」
「ん?別にいいぞ。どんどん聞いてくれ。」
「……失踪者が急激に増え始めたのはいつだ。」
「さっきも言った通り、約1か月前だ。」
「何処の地域で一番失踪者が出ているんだ。お前のことだからそこも調べてあるだろ。」
そう言うと、ルイスは少し考えた後、口を開いた。
「確か…ここだ。イギリスでの被害が一番大きかったな。」
「犯人の目途は立っているのか?」
「いや、それについては全くと言っていいほど分かっていない。」
「なんでだ。1か月も経っているんだったら少しは進捗があってもいいだろ。」
「…考えても見ろ。世界中のほとんどの奴らがこんなことが水面下で起こっているのも知らずに生活しているんだ。何も進展してないに決まってるだろ。」
「それもそうだな。すまない、少し考えれば分かることだった。」
「まったく、しっかりしてくれよな。お前がそんな状況だと今回依頼する件が少し心配だぜ。」
「ん?もしかして今朝言ってた頼みたいことっていうのは、このことに関することか?」
「あぁ、そうだ。まぁ勘の言いお前なら、俺が何を頼もうとしてるか分かるだろ?」
「…失踪事件解明の協力といった所か。」
「あぁ。これ以上被害が増えると国家以上の問題になるからな。…探偵に依頼してみるのも考えたが、話を通すのに手間がかかりそうだからな。それにアレンだったら上手くやってくれそうだし。」
「……その自信は一体どこからくるんだ。」
「おいおい、お前って結構どんな依頼でも高い確率でこなしてくるじゃないか。」
「そりゃまぁ…金に見合った仕事はするが…。」
「今回も期待してるぜ相棒。一緒に世界を救ってヒーローにでもなろうじゃねぇか。」
「…ヒーローに興味はないが…まぁ他ならぬお前の頼みだからな、引き受けてやるよ。」
「よしっ、交渉成立だな。」
「お待たせいたしました。リアル・カクテルでございます。」
タイミングを見計らっていたらしく、俺たちにカクテルを差し出してくる。
「話が一段落着くまで待っててくれるなんざ、マスターも律儀なもんだぜ。」
「いえいえ、お二方の会話の邪魔はしたくありませんのでね。」
「さすがはこのバーのマスターだな。ルイスも少しは見習ったらどうだ?」
「へっ、俺はこの先も気ままにやっていくから問題ねーんだよ。さぁ、今日だけは嫌なことは忘れて飲み明かしていこうぜ!」
「それもそうだな。」
そうして俺たちはそれぞれグラスを持った。
「乾杯!」『乾杯!』
こうして、長い夜は始まりを告げるのだった。
サイドチェンジ アリス
…夢を見ていた。記憶に無い部屋で、私と二人の女の人が楽しく喋っていた。一人は大きなリボンと巫女服をまとっていて、もう一人は大きな帽子とメイド服の様なものを着ていた。
「ちょっと、それはアリスが私のために作ってくれたクッキーなのよ!さっさと返しなさい!」
「へへ、そんなの知らないんだぜ。早い者勝ちっていう言葉を知らないのか?」
「ちょっと、二人とも落ち着いて。ちゃんと二人分作ってあるから。」
「お、そうなのか?それならそうと先に言ってくれよアリス。」
「そうよ。無駄な争いだったわ。」
「はぁ、二人が私の話を聞かずに食らいつき始めたのがいけないんじゃない。」
「まぁ細かいことは気にしない気にしない。」
「それもそうね。さっさと食べちゃいましょ。」
「アリスも一緒に食べようぜ!」
「別に私はおなかがすいてるわけじゃないから遠慮しておくわ。」
「なにけち臭いこと言ってるのよ。お菓子なんだから別にいいじゃない。」
「そうだぜ、そうだぜ。ほれアリス、あーーん。」
「ちょっと、そんな恥ずかしいことできるわけないじゃない!」
「何をそんなに恥ずかしがってるんだぜ?女の子同士だし別にいいだろ?」
「お、良いこと思いつくじゃない魔理沙。そのままやっちゃいなさい!」
「え、ちょっと待って魔理沙!本当に無理だから!」
「へへ、待てと言われて待つ奴がどこにいるんだぜ?」
「……あぁ。」
知っているはずの光景なのに、暖かい思い出のはずなのに、どうして私は思い出すことができないのだろうか。どうしてあの二人を思い出すことができないのだろうか。…どうして自分が何者なのかを思い出すことができないのだろうか。一歩踏み出せば答えは目の前だというのに、どうしても私は一歩を踏み出すことができなかった。……体のどこかで記憶を取り戻すことを恐れているのだろうか。………今日も私は…たどり着くことが…出来なかった。
サイドチェンジ アレン
例の依頼を引き受けてから、約1週間が経過した。正直ここまで不可解な依頼は久しぶりである。都市の住民に話を聞こうにも、失踪事件が起きていることすら知らないのだから意味がない。より真相に近づくためには独自で調べていくしか方法がないのだ。現在俺は記憶喪失に関することをネットで調べている。何故こんなにも大規模な事件なのに住民は気づかないのか。方法は別として、恐らく事件に関する記憶を失う、または消されているからだろう。
「……そういえば、アリスは今どうしてるんだろうか。」
記憶喪失と言えば、アリスもそのようなことを言っていたはずだ。もしかするとこの件に関わっているのかもしれない。
「…と言っても、どこにいるか分からないしな。」
そう思っていると、急に机の上に置いてあったスマホが鳴り出した。今は午前9時ごろだが、いったい誰だろうか。
「…もしもし。」
「あ、アレン起きてたんだ。もしかしてまだ寝てるのかと思ってたけど。」
「…コレットか。また何か壊したのか?」
「そんなに毎回毎回壊してないよー。…まぁ、電子レンジがショートしちゃったんだけど。」
「やっぱりそうなんじゃないか。で、いつ修理に行ったほうが良いんだ?」
コレットは俺にとって数少ない女の友人の一人だ。最近俺が何でも屋を始めたことをかぎつけたコレットは、よく俺に機械修理を頼んでくるようになった。彼女曰く、一々電気屋に見せるのがめんどくさいのだそうだ。まぁ、向こうから依頼してくるのだからこちらとしては助かっている。
「えっと、じゃあ今から頼める?丁度さっき知り合いの語学の勉強が終わって、暇してるところだから。」
「…俺は暇じゃないんだが。まぁ、電子レンジの修理ぐらいならすぐ終わるから良いか。」
「さすがはアレッチ、分かってるー。」
「誰がアレッチだおら!」
「まあまあ、そう自棄にならないで。それじゃぁよろしくねー。」(電話が切れる音)
「…一体誰のせいだと思っているんだ。」
取り敢えずさっさと済ませて戻ってくるとしよう。俺は工具箱を持ってコレットの家へと向かった。
「…ったく、最近暑くなってきたな。」
コレットの家の前にたどり着くまでに、少し汗をかいてしまった。まぁもう少しで初夏だし、気にしてもいられないな。俺はそのままインターホンを鳴らした。
「あ、もう来たんだ。アリス―、ちょっと今手が離せないから代わりに出てもらって良い?」
「えぇ、分かったわ。」
そういえば知り合いがどうとか言ってたな、一体誰なんだろうか。…ん?さっきアリスって聞こえたが…まさかな。しかし、見事に俺の予感は的中してしまうのだった。
「はーーい、どちら様で…す……。」
「……よう。」
「………。」『………。』
しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのはアリスだった。
「…あ……。」
「……あ?」
「ああああーーーーーーーーーーー!」
「な、なんだよ!急に大声出しやがって。」
「ななな、なんで…なんであんたがこんなところにいるのよ!」
「いや…俺はコレットに電子レンジの修理を頼まれて来ただけだぞ。」
「え、あなたコレットと知り合いだったの?」
「あぁ…そうだが。って言うかどうしてお前がコレットの家なんかにいるんだ?」
「あんたに強制的に追い出されて路頭に迷っていた私をコレットが助けてくれたのよ。」
「へーー。それは運がよかったな。」
少し気になっていたが、どうやら今はコレットの世話になっているようだ。アリスを探す手間が省けたのでこちらとしては大助かりだ。
「なーーにが運がよかったよ。もとはと言えばあんたが私の話も聞かずに追い出したせいなんだからね!はぁ、コレットと会っていなかったら今頃どうなっていたことやら。」
「おいおいなんだその言い草は!まるで俺が悪いみたいじゃないか!」
「事実その通りじゃない!もう少しやり方ってものが無かったのかしら!」
「俺に一々人の面倒を見る義理何てねぇよ。記憶喪失だか何だか知らねぇが、こちとら仕事で一々構ってられるかっての。それに、お前を助けたのは家の真ん前で倒れられても面倒だったからだ。傷がもう大丈夫だったら別に問題ないだろ。」
「問題大有りよ!全く、あなた親切心の欠片もないわね。」
「傷だらけの所を助けてやったんだから、親切心大有りだろうが!」
「……あのー、二人とも落ち着いて。」
「コレットは黙ってろ!『コレットは黙ってて!』」
「…あっはい。」
「大体俺が助けてやらなかったらどうなってたと思っているんだ…。」
30分後
「…少しは落ち着いた?」
「あぁ、悪かったな。少し取り乱しちまった。」
「ごめんなさいコレット。黙れ何て言ってしまって。」
「あはは、それくらい問題ないよ。それよりもアレン、私の知らない所で一体アリスと何があったの?」
「……実はだな。」
俺はコレットに簡単にではあるが事情を説明した。その間、コレットは何も言わずに俺の話を聞いてくれた。
「なるほどねぇ…。アレンらしい対応というかなんというか。雨だったから仕方ないっていうのもあるけどさ、そういう状況だったなら一応電話でも良いから私に連絡をよこしてほしかったな。」
「それは一人の医者としてってことか?」
「うん。というか、重病者が出たら医者を呼ぶなんて常識だよ。アリスの場合は特に問題なかったけど、これからは注意してね。」
「あぁ、悪かったよ。……アリスもすまなかったな。」
「え?あ、うん。私の方こそ急に叫んじゃってごめんなさい。」
「まぁ、何とか落ち着いて良かったよ。ってアレン!急に悪いけど電子レンジの修理、頼めるかな。」
「そういえばそのために来たんだったな。多分数十分で終わるだろうから、ここで待っててくれ。」
「オッケー。ちゃちゃっとお願いね。」
「へいへい。全く、人使いが荒い奴だ。」
そう言いながら、俺はキッチンに向かって歩いた。
「よしっ、こんなもんか。」
自分が考えていたよりも修理作業は早く終わった。せっかくなので奥の油汚れなども落としておいた。
「おーーい、コレット。電子レンジの修理終わったぞー。」
「はいはい、お疲れさまー。」
「次から機械は叩けば直るなんて言う考えは改めるんだな。そこら中に叩いた形跡が残ってたぞ。コレットの言葉を借りるなら、お前も叩いたりする前に俺に連絡をよこすんだな。」
「うぐ、アレンに同じ様に注意されるなんて…なんか屈辱。」
「ん、なんか言ったか?」
「イエイエ、ナンデモアリマセンヨー。」
修理するたびにこの対応だが、ほんとに分かってるのだろうか、こいつは。
「……そういえば、アリスは何処に行った。」
「あぁ、アリスならさっき出かけて行ったよ?なんか雑貨で買い足しときたい物があったみたいだからね。」
「…そうか。……実はな、コレットに話しておきたいことがあるんだ。」
「お、なになに?もしかして彼女でもできた?」
「ちげーよ!というか、彼女なんか作る気もねぇわ!」
「えぇーー。じゃあ一体何の話?」
「結構まじめな話なんだが…。」
そうして俺は、話始めった。……この都市で、いや、この世界で起きている異常現象について。
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