勇者にとって冒険の書は呪いのアイテムです

ハイイロチョッキリ

⑪かいまひるてです(10)

「…ゴポポポ!調子に乗るな!」

ヒルテデスが激昂し、2本の触腕を振るう。

その触腕は紫色の光を帯びており、明らかに先程までの攻撃とは違う。

「…ゴポポポ…「タコ殴り」!」

紫色の触手は高速でセツリに向かって連打を放つ。

魔法剣がそれを受け止めるがあまりの威力に魔法剣が破壊され、消えてしまう。

セツリは鱗の盾で残りの連打をなんとか受け切ったが、盾を持っていた左腕は痺れ、力が入らない。

少し遅れて鱗の盾は役目を果たしたとばかりに砕け散る。

セツリは歯を食いしばり、水切りの剣を両手で構えてヒルテデスへ泳ぐ。

触腕がそれを迎撃するが、それをギリギリのところでかわし、そして全力を振り絞り叫ぶ。

『真空斬り!』

水切りの剣が神速で振り抜かれ、硬い触腕にぶつかる。しかし、あまりの硬さに水切りの剣は跳ね上がり、刀身が折れる。

『!?』

「…ゴポポポ!さらばだ!「タコ殴り」!」

2本目の触腕が紫色に輝き、超威力でセツリを叩き潰そうと迫る。

「させない!「エターニャ」…」

リエルが援護射撃をしようとしたが、突然意識を失う。

魔力欠乏性障害の失神症状だ。

連戦に次ぐ連戦、そしてベックの治療、さらには恐らく途轍もない魔力消費の「エターニャ」という広範囲魔法…。

きっと既に彼女の中では様々な症状が出ていただろう。

しかし、彼女はそれを隠してセツリ達のサポートに回っていたのだ。

そこにきて今限界を超えて放とうとした2発目の「エターニャ」が魔力欠乏性障害の重篤な症状を発症させた。

『いのちを…だいじに』
 
目の前に迫る紫色に発光した触腕にこれまでかとセツリは目をつむる。

しかし、冒険の書によるリスタートはまだ起こらない。

「「身代わり」!」

瀕死の重傷を受け、意識を失い、リエルの治療を受けていたはずのベックが目を覚まし、セツリの前に立ちはだかっていた。

そしてヒルテデスの触腕に自分の拳をぶつける。

「「金剛砕き」!!!」

ヒルテデスの触腕に放射状のヒビが入る。

そして触腕を弾き飛ばす。

「タコ殴り」の初撃が弾かれ、大ダメージを受けたヒルテデスは思わず仰け反り、追撃の手が止まる。

その間にベックはセツリに小瓶を渡し、自分のトライデントを拾い上げる。

「飲めよ、ブラザー、とっておきの「女神の涙」だ。あと一発分くらいは絞り出せるようになるぜ」

小瓶は女神の泉で汲まれた貴重な水、通称「女神の涙」のようだ。

「人魚の世界の危機だってのに、さっきから全然格好良くねーだろ?だが、俺じゃヤツをここまで追い込めなかった。倒せるのはブラザー、お前しかいない。だが、せめて俺が命に代えてでもヤツの腕を1本もぎ取る…」

ベックはトライデントを構えて捨て身の特攻を仕掛ける。

そしてヒビの入った触腕の付け根目掛けてトライデントを突き出した。

「「破竜突き」!!!」

言い終えた時には既にヒルテデスの背後に立っていた。

「…ゴポポポ!!!」

触腕の付け根がまばゆい光を放ち、爆ぜる。

「…一閃…だぜベイビー。わり、ブラザー、あとは頼むわ」

有言実行で触腕を奪ったベックはその場で荒い息をしながら膝をついた。

ヒルテデスがハッと我に返り、セツリを探す。

先程の位置には小瓶が転がっており、既に姿がない。

ドンッ、という衝撃。

ヒルテデスの頭の後ろにチクリとした痛みが走る。

セツリがヒルテデスの後頭部に半分刀身の無くなった剣を突き立てていた。

「…ゴポ…ゴポポポ!ぶわははは!笑止!その程度では到底我を倒せぬ!」

セツリは力の無い笑みを浮かべる。

『…い…な…ずま…』

刀身が雷電を帯びていく。

「…ゴポポポ!?まさか…いや、まさか…やめっ…」

『斬り!』

欠けた刀身を伝ってヒルテデスの頭の中に渾身の雷撃が走る。

雷撃はヒルテデスの体内をあっという間に駆け巡り、その全身を焼いた。

同時にセツリの意識が途絶える。

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