勇者にとって冒険の書は呪いのアイテムです

ハイイロチョッキリ

⑩かいていとし(3)

「…良かった。目が覚めたのね」

『!?』

頭の上からする聞き慣れない女性の声に驚き、セツリは身体を持ち上げた。

セツリは自分の身体よりも大きな弾力のある泡の中で寝かされていた。ベッドのようなものだろうか?

声の主を見ると、人間によく似た姿形だが、耳の部分にエラがあり、水色の肌で首や腕には鱗がある。何より下半身は魚のヒレのような形をしている。

長い銀色の髪に、黒く澄んだ瞳、豊かな胸には貝殻でできた水着のようなものが当てられている。

…有り体に言えば人魚の姿をしている。

しかも女神の生まれ変わりかと見紛う程の種族を超えたとんでもない美女だ。

「あぁ、あまり動かないで。その泡が破れるとエラのない君は呼吸ができなくなってしまうの」

声の主は慌てたようにやや興奮気味のセツリが動くのを制止する。

「君は私達にとって久しぶりの地上から来たお客さん。無事で良かった。…君は今の状況を理解できてる?」

セツリは船が大きな触腕によって真っ二つにされ、海水に飲み込まれたところまでの記憶を語った。

「…なるはど、そんなことがあったのね。残念ながら君の仲間は見てないわ。無事だと良いけど…。ここは海底都市。私達人魚が住む街よ」

海底都市と言われて周りを見回してみるとセツリが寝かされている場所は確かに水の中のようだ。

珊瑚のような材質の白い建築物の中におり、恐らくこの人魚を名乗る女性の家だと思われる。

「私はリエル。地上の人、君の名前は?…そう、セツリというのね。セツリ、君達の乗っていた船を襲ったのは恐らく、魔王の配下でこの近辺の海域の魔物を束ねる者、「海魔ヒルテデス」だと思う。もしかしたら君の仲間もヒルテデスに囚われているかもしれない」

セツリはいてもたっても居られず、再び身体を動かそうとする。この泡も戦闘の邪魔だ。破ろう。

それをリエルが慌てて止める。

「待って!待って!さっきも言ったけど、この泡から出たら呼吸ができなくなるの。ここは海底。今泡から出たら海上に上がる前に死んじゃうよ」

セツリの目を見てリエルはため息をつく。

「…ヒルテデスは私達、人魚達が全力で挑んでも全く歯が立たないの。ましてや、地上人のセツリでは何もできないままやられてしまうわ。それでも行く気?」

『はい』

セツリは力強く頷く。

「…わかった。それじゃ、セツリに会わせたい人がいるわ。ここでしばらく待っていて」

リエルはそういうと泳いで部屋を出て行った。

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