隣国の王子に婚約破棄された夢見の聖女の強かな生涯
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「ふぅ……疲れたわ」
「お疲れ様です。お館様」
「ありがとう、早く出して。追手が来る事は無いけれど……流石に腹立たしいわ」
「は!」
私が招かれていたのはドリアム城で開かれる舞踏会。
舞踏会のお題目は婚姻に関しての重大発表、というものだった。
夢の中で何を言われるか、などは予め分かっていたけれど、実際に言われのはやはり癪に障る。
王城の前に停められていた馬車に乗り込み、馬を叩く鞭の音がピシリと響く。
蹄鉄の音と共にゆっくりと走り出す馬車の窓から王城を見るが、やはり追手は無い。
「はぁ……本当に本当なのね。私のこの力」
リーブスランド家には秘密があった。
それは当主になると同時に顕現し、また当主によってその度合いも異なるが……総じて言えるのは他人に無い未来を知る、という能力を授かるという事だ。
先代当主である父、彼が持っていたのは数分先の未来が予知出来る、という能力だった。
永年秘匿されるべきこの力でリーブスランド家は発展してきた。
当主により発現する力の大小はあるが、未来を知っているということは大きなアドバンテージとなる。
父が生前、兄と私に話してくれた時は到底信じられるものでは無かった。
だが現実になってしまえば実にあっさりと信じる事が出来る。
信じざるを得ない、という方が正しいだろうか。
しかし数分先の未来を知れる父でさえ、戦争という数多の暴力の前に敗れた。
「父上、兄上、母上。私は……負けませ、ん……から……」
車輪が奏でる音と、適度な揺れが私の瞼をゆっくりと下ろし始め、私はそれに抗うこと無く目を閉じて眠りに落ちていったのだった。
◇◆◇
「お館様、お館様。着きましたよ」
「ん……」
気が付けば私は使用人に肩を揺すられており、自分の家に着いたのだと認識するまでに数秒かかった。
瞼を軽く擦り、馬車のタラップをゆっくり降りて私は大きな欠伸を一つした。
「だいぶお疲れ様のご様子で」
「そんな事ないわ。貴方の操る馬車が快適だったからつい、ね」
「お褒め頂きありがとうございます」
ドリアム城から私の屋敷までは馬車で約二時間ほどだが、道中はさほど険しく無い。
なだらかな丘が数箇所と雑木林が二つ、後は平野に牧場が広がっており、自慢では無いけれどリーブスランド家の領地は平野が多い。
父は先に言った能力のおかげで数々の武勲を打ち立て、それがドリアム王国の目に止まったのだろう。
でなければこんな田舎領主の娘を娶ろうなど、つゆほど考えもしないはずだ。
ドリアム王国も言うほど大きな国では無いけれど、少なくともリーブスランド家よりかは大きい。
娘の私に父の考えは分からないが、父は父なりにリーブスランド家を発展させようと尽力していた。
舞踏会において貶められたのはこの私だけど、それはつまりリーブスランド家自体を貶められたと同じ事。
無いことばかりをでっち上げたあのケーニッヒの顔を思い出すと、腸が煮えくり返るほどの怒りが沸いてくる。
終わってしまった事は仕方ないが、どうにも釈然としない。
あの白髪真紅の瞳を持ったシェーア・ブランデンブリゲートの、勝ち誇った顔が許せない。
どうせシェーアが言い広めた事なのだろうけど、それを全部鵜呑みにするあの場にいた連中も度し難い。
しかし問題なのはそこじゃない。
舞踏会で公表された悪評はいずれ隣のこの国にも及ぶ事だろう。
「私が使用人や傭兵と体を重ねてるですって? いい加減にして欲しいわ……私はまだ処女よ」
ケーニッヒと二人で会ったりした事はある。
キスも求められた事もあるし、同衾を誘われた事もある。
けれど私は……どうしても彼に全てを捧げる気にはなれなかった。
今となっては良い判断だったと思うし、後悔もしてない。
何度求めても許してくれない身持ちの硬い女より、手近にいるあっさりと股を開くような尻軽女がいいという事だったのだろう。
これだから男は下半身で生きていると言われるのだ。
私だってきちんと将来を誓いあい、心を許せば体だって許す。
段階が必要なのだ。
「これからどうしたらいいのかしら……」
自室に戻り、ドレスを脱がして貰いながら私はふう、と嘆息する。
重苦しいドレスを脱ぎ、胸を押し上げているコルセットを外すと腰周りが一気に軽くなる。
下着姿となった私は、目の前にある姿見で自分のプロポーションを確認した。
足首はキュッと締まり、太腿はほどよく肉が付いて腰周りはしっかりとした安産型。
くびれもきちんとあるし、バストは誇れるほどにはたわわに実っている。
問題なのは顔だ。
私は生来目付きが悪く、細アーモンド型と言われるような瞳で、尚且つ感情に乏しい表情をしている。
個人的にはタレ目の媚び媚びしているそこらの小娘より、キリッとした切れ長の……シャープでクールな感じがして良いと思っている。
出来る当主感が滲み出ているとは思わないだろうか?
「お館様、ネグリジェは如何様に?」
「んー今日は紫にしようかしら」
「かしこまりました」
用意されたネグリジェの中から、腹部がやや透けた紫色の物をチョイスする。
肩とお尻回りについたフリルが可愛らしく、私のお気に入りの一つだ。
着替えを終えて使用人が退室した部屋はしん、と静まり返り、外から聞こえるモンスターの遠吠えがよく響く。
燭台の炎を消し、ベッドに横になった私は舞踏会での事をなるべく思い出さないよう祈りつつ眠りについた。
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