すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

72話 奪うもの、奪われるもの

 今の合間に、身体が動くようになった。
 ゆっくりと立ち上がり、大きく深呼吸をする。


 俺はダメージと展開の速さに混乱しているかもしれない。左手にはアレが。右手の剣は……足下に。
 取り上げてから気付く。最早それがひん曲がって使えないということを。そして、これをクリスに使うことは無い。やはり混乱している―――剣を捨てた。


 「いやな。アレだ。俺の雇い主はそこで死んじまってよ。契約は終了。俺は大損なワケだ。しかも、これが終われば晴れて罪人だしよ。そいつはつまらねえ。ってことで、俺が高く売れるタイミングを見て大登場ってとこだな。どうだ、今なら―――」


 「買った。言い値で雇おう」


 そんな俺を見下ろして、ニヤニヤ悪びれること無く話すマドックス。
 だが長口上に付き合う気は無い。俺はその言葉を遮り、即座に決断した。


 余程巫山戯た男ではあるが、味方だというならこれ程心強いものはない。今はこだわりを捨てることに、何の躊躇いも無い。


 「レオン様……しかし」


 アルクツールが呻くように、俺に何か言いたげな視線を送っている。


 「言いたいことは、わかる。だが優先するものがある。それに傭兵は金の保証がされてる間は裏切らない。そうだな?マドックス」


 「そういうことに、しとこうか?」


 食えない男だ。だが、今は四の五の言っている場合ではない。


 目の前のテトラが更に土兵を生み出す。3体、いや4体。
 これで、土兵は計7体となった。残る3体は、未だバイドと、ルーパートによって止められている。バイドが1体減らし残り1。ルーパートが2体だ。別に力の差があるわけではない。この土兵は軽戦士であるルーパートには相性が悪い。


 そんなルーパートは、土兵の攻撃を危なげなく躱しながら……そしてこちらを見てぎょっとした顔になった。
 状況が変わったと思ったのだろう。血相変えて近寄ってくる。


 「てめェ!」


 案の定、ルーパートの目標はマドックスだった。
 全速で駆け寄るルーパートを見て、マドックスの目が狩猟者のそれになる。やはりこの男は傭兵などという枠に居ない。ただの戦闘狂だ。


 だが、俺はそんなルーパートとマドックスの間に入った。


 「まて、ルーパート。お前の気持ちはわかるが、今はやめろ」


 「し、しかし、コイツは」


 「今は、止めろと言った」


 気持ちはわかる。何しろ、一度は敗北した相手だ。そしてなによりも、敵だった男。
 それを、今度は味方として扱えと言うのだ。
 戦士の尊厳は、一体どこへ向けば良い?
 わかってはいるが、だが今は、我慢させるほかは無い。


 バイドも戦闘を中断して油断無く後退してきた。
 ニヤニヤ笑うマドックスを一瞥し、こちらに寄ってくる。


 「マドックスとは休戦となる。合同して事に当たれ」


 「……了解」


 「理解しました」


 二人の応答は、不承不承に近い。バイドも、理解はしたが納得は出来ないと言っているようなものだった。


 自分勝手を言っているのはよくわかっている。


 如何に二人が部下だとは言え、俺が言うのは全くの私事だ。国を守れとか、たいそうなものなど、何一つとしてここにはない。


 「マドックス。お前にはあの土くれどもを相手して貰う。だが、テトラには手を出すな。あれは私の獲物だ」


 「まァ、期待以上にはしてやるぜっ!」


 事も無げに言いながら、大刀を一閃。
 マドックスは言うとおり、あれほど苦戦した土兵の腰部を両断してみせた。そのまま、泳ぐ上半身を蹴りで粉砕する。


 「はっはァ!土くれ如きがァ!」


 マドックスは思ったよりは、土兵が気に入ったようだ。
 少なくとも今は、その化け物じみた力がこちらを向いていないというだけでも十分だった。


 「バイド、ルーパート。二人は引き続き遊撃だ。引っかき回せ」


 「承りました」


 「……っ、了解!」


 二人が何を思い、何を考え、俺に従っているのかはわからない。
 だが彼らの忠誠に、疑問の余地などはない。だからこそ今は頼る。その望みが如何に傲慢だったとしても。


 「アルクツール、いけるか?」


 「……術はあと、2、3度で打ち止めですな」


 「そうか……」


 とにかく、テトラに近付かなければならない。
 だが、あの魔法障壁や、無詠唱の衝撃波はあまりに鉄壁に過ぎる。先ほどの攻撃ですら、一方的に防がれた。
 マドックスという強力な駒は増えたものの、かといってテトラに直接手を出させるわけにはいかない。


 どうする?


 テトラを見るに、それが同じ姿だからこそ、焦りを感じる。


 「……よう、アンタ」


 焦れる気持ちを抑えて、考えに集中していると、横合いから声を掛けられた。
 思考を中断させられた事にイラつきながら見ると、見たことの無い男が血塗れで立っていた。とはいえ、案外立ち振る舞いはしっかりしていて、座ったような目にも強い意志の力を感じる。


 ふと、その姿に、どこかで会ったような気がした。
 何かが、引っかかる。


 「君は―――」


 誰だ。と言おうとして気付く。
 ここに来たとき、既に倒れていた男だ。ルシアンの従僕なのだろうと思っていたが、よく考えれば一人だけというのも妙だ。


 「……教えてくれないか。アレといい。王子はやられちまうしよ。おまけにマドックスまで居やがる。俺には何がどうなってるのかさっぱりだ」


 どうやら、ルシアンから何も聞かされてないらしい。それは余りに悠長な話だった。
 いや、しかしそういうものなのかもしれない。あのルシアンの事だ。何も教えずにここに連れてきたのだろう。


 ―――だとしたら、この男は何故ここに居る。
 意味なく連れてくるには、ここは余りにも禁忌に過ぎる。


 「レオン王子。彼が、クリスです」


 考え倦ねていると、アルクツールがその答えを俺に伝えた。


 息を飲む。


 ―――コイツが。


 俺の中で、様々な想いが交錯する。
 だが、最後に感じたのは、不快、或いは気色悪さだった。
 この男に何の罪もないことはわかっていてなお、嫌悪感が先走る。先ほど、どこかで会ったような気がしたというのも、それを助長していた。
 だが、何故そう思ってしまうのか。その理由は、知りたくも無かった。


 そして俺はクリスが何故、テトラに奪われてしまったのか。その理由に至る。
 クリスは、知ってしまったのだ。この男を目の前にして。
 自分が、クリスでないことを。


 ―――そして壊れてしまったのだ。


 ギッと、自分の奥歯が鳴った。


 ルシアンらしい周到さだと思う。一体何を狙ってそうしたのかはわからない。
 だが―――許せない。倒れるルシアンを見る。有り得ないのはわかっていても、その顔が、俺をあざ笑っているかのように思えた。
 壊れたものは、失ったものは、元に戻らないのだと。


 ―――もどらない、のだろうか。


 『クリス』は、戻らなかった。
 アーリィは、戻らない。
 クリスは?
 壊れてしまったクリスは?


 「ぐっ……!」


 「レオン王子!」


 「レオン様?!」


 思ってはならない考えが、背筋を抜けていった。
 突如一瞬目の前が暗くなり、膝から力が抜け、その場に跪く。辛うじて倒れるのを、手を突いて防いだ。


 ―――いや、まだだ。


 「レオン様!クリスを、クリスを助けて!」


 「レオン様!レオン様ぁ!」


 わかっている。
 わかっている!


 俺にすがりつくアイラとパルミラの声を耳に、ゆっくりと立ち上がる。


 二人は、わかっているのだ。俺が、やらなければならないことを。
 俺がやらなければ。俺が、クリスを守る。
 まだいける。まだやれる。
 例え、壊れていようとも。例え無くなっていようとも。


 俺が、クリスを、守る。


 「アルクツール!」


 目の前で繰り広げられる、土兵との死闘。
 狂気にも染まったマドックスによって次々となぎ倒されていく土兵。バイドも、ルーパートも良く戦っている。
 だが、次から次へと土兵は湧き出てくる。それでもなお戦う者達。何をもって、何を戦うのか。
 思うものの為に。信じる何かのため。
 ならば、思うもののため、信じる何かの為に、俺も戦わなければならない。


 「は?!はっ!」


 「高速詠唱。衝撃波、正面。転移門を、テトラの背後へ。いけるか?」


 咄嗟の思いつきを、アルクツールに伝える。


 「―――いけます。やってみせます」


 要求したのは同時詠唱。
 恐らくこれで、アルクツールは潰れてしまうだろう。だが、最早次は無い。
 アルクツールも、俺の考えをくみ取ってくれたのか、覚悟を決めた顔で強く頷く。


 「それから、君。やって貰いたいことがある」


 「お、俺か?」


 展開について行けず、混乱した顔をするその男に、俺は声を掛けた。










 「いきますよ!―――Zi」


 アルクツールの高速同時詠唱が始まる。浮かび赤く光る降魔石を前に、両手での詠唱を開始する。凄まじい勢いで、中空に軌跡が走る。


 「くっそ、妙な事受けちまったな、あんまりアレには近付きたくないんだが……!」


 文句を言いながら、正面に走り出すクリス・オリジナル。
 強く頼まれたら断れないのは一緒かと、思わず苦笑が浮かぶ。それにマドックスに、思うところがあるのだろう。わかっているだけに、何とも言えない気持ちになる。


 「レオン王子。撃ちます!」


 「ああ」


 アルクツールの声に、俺も地面を蹴る。
 正面に、爆音と共に衝撃波が放たれる。それは、テトラに至る前に、派手に爆発し前と同じように土砂を吹き上げた。


 「無駄だと言っている。いい加減に諦めるがいい!」


 「転移門、出ます!」


 そして土砂に消える向こう側で、テトラが手を振りかぶったのが一瞬見えた。
 同時に、再びアルクツールの声が耳に届く。
 黄金の壁が現れる。近距離だけに、テトラの背後にもう一対の黄金の壁が浮かぶ。


 「行くぞ!おらあっ!」


 クリス・オリジナルの声が響いた。それは破れかぶれに近い。
 そして、俺は。


 テトラの背後。黄金の壁から、姿を現す。
 それは完璧なタイミングのように思えた。


 「馬鹿め!」


 瞬間、テトラは背後を振り返りつつ、振りかぶった手を叩き付けた。


 ―――そう。


 テトラは魔力が読める。だから、当然その魔力の塊とも言える黄金の壁に、気付かないわけが無い。
 そして、そこから出てくる存在を、攻撃するだろう。


 その黄金の壁から出現したものが、テトラの衝撃波で粉々に砕ける。


 「なっ?!」


 それは、土兵だった。
 クリス・オリジナルに頼んだのはたった一つ。最も近い土兵の側に出現する黄金の壁に、土兵を押し込め。だった。


 クリスは、しっかりと役目を果たした。流石、クリスだ。


 そして漸く聞けたテトラの驚きの声に、俺は言葉を返す。


 「クリスから、出て行け!テトラ!」


 正面。衝撃波の土煙を突っ切って、俺はテトラに、その手に持った黒い短剣を突き出した。
 それは、あの夜にクリスが自分に突き刺したもの。
 それがどのようなものかは聞いている。魔力を吸い取るアルクツールの切り札。


 俺は、驚愕に染まるクリスの胸元に、それを根元まで突き入れた。


 「が、あああああっああっああ!?」


 テトラが、胸元に刺さったナイフを信じられないような目で見ながら、驚倒の悲鳴を上げる。
 そのナイフを中心に、黒い稲妻のようなものが走り、テトラの、クリスの身体を駆け巡る。


 「こんな、こんなものでぇえぇっ!」


 藻掻くテトラを床に引き摺り倒して、拘束する。
 ナイフが青い光を放ち、そしてあの青い文様が身体を走り、そのナイフへと集約されていく。


 それに伴って、視界の端で、土兵達がガラガラと崩れるのが見えた。


 「私は!また奪われるのか!?いやだ!助けてくれ!たすけ―――」


 先ほどまでの余裕の顔も脱ぎ捨てて、喚き続けるテトラ。


 終わりだ。テトラ。


 恐らくには、テトラにも何かがあったのだろう。それはテトラが発した言葉の端々から想像出来る程度には理解出来る。


 ―――だが、だからといって許すわけにはいかない。


 「クリス!戻ってこいクリス!」


 暴れる身体を押さえつけ、ただひたすらにクリスを呼ぶ。
 いよいよにナイフが放つ光が強くなる。青い輝きは、青白く。そして白熱したように、真っ白に閃く。


 「ヤメテ……タスケ……モウ……ワタシ……ハ……」


 その眩い光に連動し、その表情が、目の光が、段々と失われていく。


 テトラが消えようとしているのは、明白だった。
 それが消えきったとき、クリスは帰ってくるだろうか。
 段々と消滅しようとしていくテトラの意思を見つめながら、自分の気持ちが細くなっていくのがわかる。


 心は、無くなっていくばかりで。


 「クリス……!」


 「お姉様!お姉様ぁ!」


 「クリス、お願い!戻ってきて!」


 いつの間にか寄ってきた、アイラとパルミラが、同じようにクリスに呼びかける。
 必死に、すがるように。泣き叫びながら。


 そうだ、クリス。みんなが待っている。
 頼む……!


 「あっ……あ……」


 輝くナイフが、その光を段々と失っていく。
 まるでそれは、命の灯火のように見えた。
 俺は、同じように光を失っていくクリスの目をみて、彼女を力強く抱きしめた。


 「頼む。クリス……戻ってきてくれ……!」
















 ―――俺、は―――

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