すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

70話 不確かなもの、その価値

 「制圧完了しました」


 館を背後に、レパードからの報告を受け取る。


 「……ああ」


 自分でも、声と、表情が強張っているのがわかる。
 襲撃は、クリスが居なくなった翌日。俺が館に戻ったタイミングを見計らって発生した。
 念のためと、呼び寄せていたレパードと親衛隊が早速役に立った形となる。とはいえ、俺の心は晴れない。


 目の前の光景は、小規模の戦場跡の様相でもあった。倒れ伏した者達の姿も目立つ。
 その殆どは、黒衣の姿。だが、親衛隊の濃緑色の鎧を着た姿もそれなりの数が確認できる。


 レパードが育て上げた親衛隊のメンバーの実力は、俺も良く知っていることだ。
 それでもこの損害は、詰まる話襲撃者がかなりの技量を持っていたことの証左でもある。


 ただそれは、理屈ではわかっているものの、やはり感情はもっと別のところにあった。


 家族にも等しい彼ら。
 それが誰一人であれ、俺が知らない者は居ない。
 いま、斃れているその兵士達の一人一人がどんな者達だったか、よくわかっている。そんな彼らは、今や物言わぬ骸だ。
 それを思えば、表情を保つだけで今は精一杯だった。


 指揮官は、或いは上に立つ者は、こうした時、感情を露わにしてはならない。どのように振る舞おうと、それが当然のように受け止めなければならない。
 なぜならば、今生きている者達も、死んだ者達も、等しくそれが当然のように思っていたはずだからだ。だからこそ、その尊厳を守る為、俺は平然とそれを受け止めなければならない。


 だが、それも限度がある。己の未熟と思えば思え。


 「襲撃者は、第七軍所属の―――」


 「わかっている」


 続くレパードの言葉を俺は遮る。
 この黒衣の者達は、公式には存在しないとされる帝国暗部の者達だ。名前のみ軍の態勢を取っている第七軍隷下の者達。平たく言って、汚れ仕事を主に行う。
 そしてその軍を動かせる者は、限られている。
 帝国軍元帥、若しくは、王族に連なるものだけだ。
 現状を鑑みるに、兄、ルシアンがそれを動かし、強攻策に出てきたことは、想像に難くない。
 むしろそれ以外が、想像出来ない。


 それは、何故か。


 目的を同じとしながらも、最終的に兄は俺を裏切りにきたということだろう。
 そしてそれは、既にバスラゲイト要塞でも発生している。
 だからこそ、警戒をしていたはずだったのだが……。


 己の不遜に怒りを抑えられない。ギリ、と、奥歯が鳴った。










 結局の所、俺の想いは中途半端に過ぎた。
 テトラの心臓。あれが帝都に、或いは帝国にどれだけの厄災をもたらすかという懸案は、帝国上層部の一部では既に知られた話だった。無論、俺もその一人だった。


 ただ、それが何時そうなるのかは、誰もわからない。
 何時起こるかわからない事と、それが今でないこと、そして発生した場合の被害状況が漠然としか予想できないこともあって、その危機はそれを知っている者達の間であっても、どこか現実味のないものとして受け止められていた。


 考えるべきでは無い。むしろそのように捕らえられていた節がある。
 俺ですら、そのように考えていた。それさえ無ければ、帝国の栄光は今や盤石で、問題など何も無かったのだから。


 だが、間違いなくそれは確かに帝都に存在し、それを知るものにとっては、小さな不安として残り続けた。
 それはふとした瞬間、あらゆるタイミングで思い出される爆弾だった。
 その災厄について、最も積極的に関わっていたのは、第二王子であるルシアンだった。
 ルシアンは、その話すら聞きたくないと渋る父である皇帝を初めとした関係者に対し、ひたすらにその危機を訴えた。そうして独自に魔導院を動かし、その対策を行っていた。


 だからこそルシアンが、遠征中であった俺に、解決策を伝えてきたとき、俺はそれに乗ってしまった。


 ルシアンの言う話は、単純だった。
 今現在、俺が保護するその少女を依り代に、テトラそのものを封じる。必ずその少女を帝都に連れ帰れ。


 そういう話だった。


 確かに、それはある意味現実味のある話だった。
 その少女は、かつて六応門の適性を持つとされながらも、行方が知れなくなったあの少女そのものだったのだから。


 だが、その少女は―――俺にとって複雑な存在に過ぎた。


 かつての幼なじみであり、そして失い、その上で別人格として戻ってきた少女。


 彼女を「使って」帝国を救う。


 それはあまりにも過酷な、二者択一だった。
 王子として、或いは為政者の一人としての立場を言えば、個を殺し、彼女を犠牲にすべきだった。
 それは疑問の余地も無い。
 だから、俺はそれを受け、少女を適当な理由で帝都へと連れ帰ることとした。迷う心を見透かしたように、文に追記された「彼女を救う手段もある」という言葉に、絆されて。


 だが、初めは幼なじみの面影を、やがて、その存在そのものを強く意識し始めた俺は、延々と迷い続けた。


 何時までもそれは、俺の心に残り続ける。


 それは帝都に近付けば近付くほどに、俺の中で大きくなっていく。
 ルシアンの言う、彼女を救う手段というのは間違いない話なのか。初めはただの贖罪の言葉でしか無かったそれの真偽の程を、強く疑うようになった。
 なぜなら、それが自分にとっての言い訳でしかないことが、よくわかっていたからだ。


 彼女を、守らなければならない。
 帝国を、守らなければならない。


 公私。どちらをも優先できない。
 理性は帝国を。感情は彼女を優先しろと、俺に言う。


 そうした葛藤を見越したかのように、命すらも狙われる。
 少なくともルシアンは間違いなく、計画を実行するだろう。そこに何の呵責も無く。
 それは俺よりも遙かに冷徹だった。その行動に、一層の疑念が募る。
 彼女は、助からないのではないだろうか。


 結局、彼女を帝都まで連れ帰ってしまった俺の決断は、今思えば甘いものだったような気がしてならない。
 その決断とは、


 『ルシアンに、はっきりと正そう。その上で、彼女が犠牲になるならば、彼女を守ろう』


 そのようなものだった。










 だが、今の状況を見るに、それは余りにも中途半端で、悠長なものでしかなかったと思わざるを得ない。
 暗部まで使い、殆ど内乱に近い強攻策に出るルシアンの動きは、最早はっきりと異常だと断じるに躊躇いも無い。
 帝都を救う為というには、いくら何でもその手段が乖離しすぎている。
 ルシアンは何か、別のものを追っている。
 俺の直感は、そう告げていた。


 各部隊長。バイド、そしてギリギリに合流したルーパートが、レパードに並んで俺の前に立ち、次の指令を待っている。


 「……至急、レグナムと合流する」


 少し考えた後、三人に俺はそう下令した。


 クリスが一度、あのテトラの心臓まで到達したのは、わかっている。その上で、それをアルクツールなる人物が救い出したのは、レグナムからの報告で聞いている。


 だからこそ、今現在、クリスと俺が接触するのは危険があると踏んでいたが、これほど大がかりな襲撃を受けるに及び、そのような考えすらも甘いと考えを変えた。
 俺の感情を抜きにしても、今クリスをルシアンに奪われるわけにはいかない。


 今まで、俺は優柔不断に過ぎた。これ以上、過ちを重ねるつもりは無い。


 守る。クリスを。例えそれをもって、帝都を滅ぼしたとしても。


 「はっ!」


 目の前の三人が、一言の疑念も無く、短く了解の意を告げる。
 改めて頼もしい男達だとは思う。だが、今はそのような悠長な感想を抱いている場合では無い。
 それぞれが、部隊を纏め始める。転がる遺体には目も向けない。
 敵のそれはともかくとしても、味方の遺骸をそのままに残すのは心が痛んだ。
 だが、今は、何もしてやれない。


 「ご主人様……」


 進む再編を焦れる気持ちで待っていると、カレンが声を掛けてきた。
 見ると、館のメイドが並んでこちらを遠巻きに見ている。だが、そこに信頼するメイド長の姿は無かった。
 それに気付き、カレンにそれを問う。


 「カレン、アーリィはどうした?」


 「メイド長は、先ほどの騒乱の中、急にどこかへ行ってしまわれて」


 「アーリィが?」


 その思いがけない言葉に、呆気にとられる。
 あのアーリィが、自分の職務を放棄してどこかへ行くとは考えにくい。
 何か、嫌な予感がする。


 「レオン様!」


 しかしながら、その先を追うのも、今は出来ない。
 さしあたりの事をカレンに申し渡そうとしたとき、遠くから俺を呼ぶ声がした。
 その声が誰なのか直ぐに理解した俺は、先ほど感じた嫌な予感を増幅させて、その方を見る。


 「レグナム……!」


 それはクリスと共に居るはずのレグナムだった。
 普段を思えば余りにも珍しい全力疾走で、こちらに近付いてくる。後ろから数人、見知った者達が続いているが、その中にクリスは居ないのはわかる。


 「……レオン様、クリスが掠われました」


 到着したレグナムは、荒い息も整えず、そして一切の弁明も挟むことなく、単刀直入にそう告げた。


 一瞬視界が真っ赤に染まる。


 それは幻覚でしかなかったが、それ程には自分が正気で居られなくなっているのがわかる。
 目の前のレグナムを殴り倒したくなる衝動を抑え、俺はレグナムに聞いた。


 「何が、あった?」


 手短に語られたレグナムの話は、しかしそれでも驚きに満ちたものだった。


 ―――アーリィ。いつの間に。


 テトラに操られたのはわかるが、それにしても余りの話ではあった。
 自分の手の中から色々なものが零れていくような、そんな感覚を覚える。


 そうはさせない。


 思わず見つめた手のひらを、拳へと握り込む。


 「状況変更。城へ行く。テトラの心臓へ」


 「いえ、お待ち下さい。レオン王子」


 今、出来る事をする。
 そう決めて、必ずそこに居るだろう場所に向かう指示を出す俺を、レグナムに続けてやってきた中年の大男が制した。


 イラつく気持ちを抑えて、男を軽く睨め付ける。


 「……君は?」


 「アルクツール・バンベルクと申します。王子とは遠い昔、一度」


 粗野な印象にも関わらず、男は礼儀を守り手早く自己を紹介した。


 ―――この男がアルクツールか。


 クリスを救い出した男だと聞いている。それを思い、こうして目の前にしてみると、自分をして案外複雑な感情が浮かんできた。
 例えば、一体クリスとはどのような関係なのか、とかだ。
 みっともないものだと、自嘲の笑みが漏れる。


 「そうか。何かしら意見があるのだろう?聞こうか。手短に頼む」


 一度会った事があるなどと宣うアルクツールの言葉をあえて無視し、先を促す。
 確かにどこかで会った事があるのかも知れないが、今は重要では無い。


 「僭越とは存じますが、このまま親衛隊の戦力で城へ向かわれるのは、要らぬ混乱の元かと。ともすれば恐れ多くも皇帝陛下へ弓引く行為とも誤解されましょう。どうか、自重を」


 確かに、言われるとおりではあった。
 だが、無論それを考えなかったわけでは無い。軍を率いて登城などすれば、恐らくは間違いなく問題になるだろう。謀叛を疑われても仕方ない。


 しかし、そんなことは今は考えるべきでは無い。
 むしろそう考えていたからこそ、今のこの状態がある。相手は既に強攻策に出ている。ならば、強行で返す。


 そしてクリスを守る。その他の事は、終わってから考えれば良い。


 「では、君は何か考えがあると思って良いのか?」


 だが思いとは裏腹、俺は軽くため息をつき、アルクツールに問う。
 急いてはいるが焦ってはいけない。


 この男はそれでも一度、クリスを救ってはいる。それを一応は信頼すべきだ。
 何も考えず、俺を止めているとは考えにくい。


 「はい。このまま城に突入するのはリスクが高すぎます。故に、少数精鋭をもって、心臓へ「飛び」ます。先ほどまでは場が乱されて転移不可能でしたが、今は問題ないようです。何かあったのでしょうが、急ぐのであればこちらの方が確実です」


 「なるほど……」


 そう言われて、俺は目の前の男の正体を思い出す。
 確かに以前一度会った。
 殆どすれ違いに近いが……アルクツール・バンベルク。
 天才と呼ばれた魔導院前々院長。確か、そうだ。


 だからこそ、『クリス』を知り、そして心臓のことも知っている。
 そういう事だろう。それは魔法的アプローチの提案からくる、連想だった。


 「若、そうであるならば、それは我らにお任せ下さい」


 部隊をまとめ終わり、いつの間にか横でその話を聞いていたレパードが、俺にそう進言してくる。


 だが、無論それは聞くわけにはいかない進言だった。


 決して他人任せを嫌がっているわけではない。そんなことは今更だ。
 だが、こればかりは自分が行かなければならない。
 クリスを、この手で守らなければ。


 「ご無礼を承知で申し上げますが、これはレオン様にも来て頂きたく存じます」


 それを宣言する前に、アルクツールがレパードと俺に対しはっきりとそう告げた。


 「理由を聞こう」


 出鼻を挫かれた形になったレパードは、明らかな敵意ある視線をアルクツールに向けるが、押し問答になる前に、素早く言葉を足し先を促す。今は、時間が惜しい。


 「先ほど、城の方で大規模な魔力変動を感知しました。恐らくは、テトラの封印が解かれた物と考えて間違いないでしょう。つまり、クリス様は既にテトラに奪われたものと考えます」


 敵意の視線に晒されながらも、アルクツールは平然と淀みなく、しかし最悪の予想を口にした。
 テトラに奪われたと言葉を選んではいるが、つまり、既にクリスはテトラに乗っ取られたということだ。


 なんということだ……!


 衝撃に蹌踉めきそうになる自分を叱咤し、なんとか平静を保つ。


 「しかしながら!……まだ可能性はなくはありません。不確かでひどく感情的な手段ではありますが、クリスの特別である貴方だからこそ、それを救う事が出来るのではないかと考えます」


 崩れそうになる俺を叱責するように、アルクツールはやや乱れた言葉遣いでそう早口で続けた。
 それは言うように、不確かで、手段と言うには嗤ってしまいそうになるほどの陳腐な提言ではあった。


 だが、それは俺にとって、信じてしまいたいと思う魅力的な提言に過ぎる。感情が、それを肯定しようとしている。
 それは、危険な事のように感じた。


 「……レグナム。どう考える?」


 あえて、話をレグナムに振る。こうした場合、この男の理知的な考えが役に立つ。
 レパードや、アルクツールですら、俺の行動に浮き足立つ雰囲気を見せたが、目でそれを制する。


 「……先日既に報告の通り、彼女はクリスでもありませんでした。では私達が会っていたのは、一体なんだったのでしょうか。『クリス』だったのでしょうか。私は、それも違うと思います。そこにあったのは、確かな意思ではあっても、今思えば、それが一体何だったかなどと、誰にもわからないものでした」


 語られ始めたその言葉は、殆ど観念的ともいえる内容だった。


 確かに、クリスはクリスではない。その報告は、秘密裏にこの館で受けた。
 クリストファー・カーゾンなる人物は、実在し、そして生存している。
 その報告は驚愕するには十分だった。クリスを思えば、とてもでは無いが話せる内容では無い。


 だがしかし、今改めて語られるのは不適当のように思える。


 「レグナム……!そんな悠長な話を」


 堪えきれなくなったらしいレパードが、口を挟む。俺はそれを手で制した。
 真っ直ぐに見つめてくるレグナムに頷き、先を促す。


 「レオン様は、そんな不確かなものにどれほどの価値をつけますか?」


 そう、結んだ。
 その通りだった。彼女は―――クリスは、結局、何だったのか。憑依であると思われていた意思は、その当人が存在することがレグナムによって確認されたことにより、否定された。


 だとしたら、そこにあったのは一体、何だったのだろう。


 転写された記憶に混乱した、『クリス』だったのだろうか。
 いや、そうではない。揺り戻った記憶に対して、彼女ははっきりと違うと拒絶した。10年前、意思が無くなった『クリス』が、その瞬間俺の事をどう思っていたかは、想像でしかないが、わかっている。
 それは少なくとも好意の対極であったことは間違いない。
 そしてそれを、彼女は明確に拒絶してみせた。


 それは、あの日、彼女が自分にナイフを突きつける事で示したことだった。


 そこまで考えた時、俺はふと、気付いた。
 そうだ。
 彼女は示した。自分の命を賭けるほどの、意思を。


 「―――私の命を賭けるほどの、価値を」


 レグナムに、そしてそれを聞いていた全員に、俺は自分にとっての彼女の価値をはっきりと宣言した。


 不確かかも知れない。わからないものなのかもしれない。
 だが、それは誰であっても同じ事。
 意思の存在。こころのありか。
 そんなものは、何時だってわからない。誰にも、証明しようがない。だから、彼女が一体何者だったかなどとは、そんなことは、どうでもいい。


 重要なのは、彼女が自分にとってどういう存在だったか。
 ただ、それだけだ。


 それならば、はっきりと言える。
 あの河原で、楡の木の下で、館で、そして城のバルコニーで触れた彼女の意思は、俺にとっての掛け替えの無いものだった。
 何があっても、絶対に、無くしてはならないもの。


 故に、命を賭しても惜しくなど無い。


 今、彼女の意思がどこにあるのかは、わからない。だが、それでも僅かにでも残っているのであればそれを拾い上げよう。
 ―――必ず。


 「クリスを救う。今、直ぐに。アルクツール。いけるか?」


 恐らくには、それは帝都を救うことも同義なのだろう。
 だが、俺はあえてそれを口にしない。
 これは、全くのエゴだ。俺がそうしたいだけの。だからこそ、今それ以外の事は考えない。本当に大切なものは何なのか。
 それを今、誤魔化したくはない。


 「はっ、今すぐにでも。人選を願います。私を含め、六人です」


 そう言われて、直ぐに周囲を見る。


 「レパード。お前は残り、部隊を纏め即時待機を行え。バイド、ルーパートは来て貰う」


 「はっ!」


 呼ばれた三人は、二言目もなく恭順の意思を示す。
 レパードは、不慮の事態に備えて貰う必要がある。必ずとは言ったものの、最悪の事態は想定しなければならない。


 バイドと、ルーパートは必須人員だ。行った先で何があっても、この二人がいれば何とかなるだろう。


 「レオン様!」


 あと二人。
 レグナムと、アイリンか、と決めようとしたとき、アルクツールに着いてきていた、今まで存在を気にもかけていなかった二人が前に出て俺に声を掛けた。


 アイラと、パルミラ。


 その目は、何かを訴えるように俺を見ている。その眼差しに、俺は言いたいことを悟り、頷いた。


 「ああ、二人にも来て貰う」


 実際、戦闘には全くに近いほど、意味は無い人選ではあった。
 だが、目的は戦闘では無い。


 クリスを救う事。


 だとすれば、今の彼女と最も長く一緒に居た彼女らが、何らかの役に立つだろう。


 俺がやろうとしていることは不確かだ。だが、それでも二人が居る事によって、何かが変わるのかもしれないのであれば、そうするべきなのだろう。


 そして二人も、そんな思いで俺に声を掛けたに違いなかった。


 「ありがとうございます!」


 礼を述べるアイラ。その横で、頭を下げるパルミラ。
 これで、俺とアルクツールを含む六人。
 準備は、終わった。


 「アルクツール。頼む」


 「わかりました。では―――飛ぶ前に、これを渡しておきます」


 そう言いながら、アルクツールは俺に黒いそれを差し出した。訝しみながらもそれを受け取る。


 これは―――


 「それが、今回の切り札となりましょう」


 それをどのように使えとは、アルクツールは言わなかった。
 だが、わかっている。
 一度それは、俺の目の前で使用された。忘れようはずも無い。


 「それではいきます―――Zi」


 短い魔法発動の言葉。続く、アルクツールの高速詠唱。
 程なくして、顕現する黄金の壁。


 「行くぞ」


 必ず、助ける。これ以上、奪われたりはしない。
 何よりも自分にそう告げながら、俺はその壁に飛び込んだ。

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