すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

69話 クリス・テトラ

 そして再びその沼に、落ちた。
 生まれたそれは、もうそこには戻る事は無かったはずなのに。
 ごぼごぼと、沈む音。
 無くなってしまったそれが、空虚にぽっかりと空いていたとしても。
 下へ下へと、沈んでいく。
 最早、目は見えない。
 耳も聞こえない。
 身体は動かない。
 哀しみは無い。恐怖も、絶望も、なにも無い。
 ただひたすらに、おちていく。
 その、底に向かって。


 そして、その身体に再び何かが、纏わり付いた。
 黒く暗いベールが、グルグルと再び形を作っていく。
 それはかたまりとなって、そして真っ黒く、染め上げられた。
 瞳が開く。手を伸ばす。
 水面へと向かって。あの、光のする方へ。
 ああ、私は戻ってこれた。
 再び、あの場所へ。
 朽ち果てる恐怖の向こう側。
 奪うために。










 苦しい。
 苦しい。苦しい。
 苦しい。苦しい。苦しい。
 苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。
 ―――許さない。


 人々の為だった。私の魔法の力。その理。
 その頃、人々は弱く、そして簡単に死んだ。
 自然の力は強く、怪物どもは容赦が無かった。


 人は、知恵があったが、それを生かすほどには、時間が無かった。
 生かす前に、何かを生む前に、死んでしまうのだ。


 私は運が良かった。


 死ぬ前に、何かを生むことが出来た。それが魔法だった。
 魔法は、人々の生活に劇的な変化をもたらした。厳しすぎる自然の驚異へ対抗し、そして襲い来る怪物どもを撃退した。
 そしてそれにより、生きることに精一杯だった人々は、次第に余裕をもって、新たな何かを生み出した。
 そうやって、だんだんと人々は豊かになった。怯え、隠れて、生きるだけだった人々は、そうして栄えた。


 私は、嬉しかった。


 私が生みだした魔法は、人々を幸せにした。それは間違いの無いことだったからだ。
 純粋に、それだけのため、私は生きた。
 そして、死ぬつもりだった。


 だけど、豊かさは、別のものをも生んだ。
 欲望という名前の、魔物だ。


 今までは、そんなものは精一杯を生きる中で、取るに足らないものだった。
 でも、今は一生懸命にならなくても、生きていける。そうしたとき、他の事を考える余裕が出来る。それは、豊かになるべき沢山のものを生んだけど、でも負のモノも、同時に生まれた。


 その一つが、それだった。


 私は、魔法を作り出した祖として、多くのものを生みだした。その元になるのは、5つある応門から伝導する魔力を元にしている。
 それは、後に続く者達よりも、かなり大きい。


 それを理解している者達は、豊かさのために、最後に私を使った。


 私は、捕らえられ、そして魔力源として封じ込められた。
 より豊かになるため、より、栄えるため。


 確かに私は、人々のため自分の魔力を使い続けた。


 でも、それらは、私という役目を終え、そして後の世代に託す為。
 そしてより良い死を、私が迎えるためだ。


 今、私は、死すらも剥奪されて、永遠に全てを奪われ続ける存在だ。


 私は与えた。
 でも、そうして私に与えられたものは、何も無い。


 今は、奪われている。何もかもを。私は、何も与えられていないのに。
 どうして私は、そうならなければならなかったのだろう。与えたのは、罪だったのか。
 そしてこれは、罰だというのだろうか。


 私が与えたもので、或いは私から奪ったもので、今日も人々は栄える。
 それなのに、私だけが、そこに居る事を許されない。私は、幸せになることなどない。


 許さない。許せない。
 絶対に、許さない。
 私は、与えた。奪われた。
 だから、今度は私が奪うのだ。


 全部を奪おう。私が与えた全てを、私は奪おう。










 ゆっくりと目を開く。
 視界は、ひどく澄んでいた。腕を動かし、手の平を見る。
 幾度か、握って、開くを繰り返す。


 「ふふふふ」


 思わず、笑みが漏れる。その声は、喉を通り、自然に口から吐き出された。
 この実感。仮初めに奪ったあの人形とは全く違う。魔力で作り出した影などは問題外。
 懐かしい感覚。この、感覚を得るために、一体何年が過ぎたのか。
 一体何年を、私はあの狭い場所に閉じ込められたのか。
 上を見る。あの、心臓と呼ばれた封印があった。私を、拘束していたあの封印。
 泣き叫んでも、許しを請うても、決して私を離すことが無かった忌々しき塊。


 「Ziiiiiiiiiiii」


 青い炎が、文様を為す。5つの文様が重なったとき、私はその力を解放した。


 瞬間、私の目の前に衝撃が発生する。指向性をもって飛ばしたそれは、頭上にある忌々しき封印を飲み込み、跡形も無く吹き飛ばした。


 「うお?!」


 「ぐっ!」


 その余波が、空気を震わせ頬を撫ぜる。その破壊の実感に身体を震わせた。自然と口元が歪む。


 それにしても、あれしきを消し飛ばすのに、力を少し使いすぎたようだ。
 しかし、試しとしては上々。
  あの封印を封じた時と同じ力を感じる。或いは、それ以上かも知れない。
 この身体が、余程優秀だと言うことだろう。


 「―――感謝する」


 先ほどの破壊の余波に当てられて、床に這いつくばっている二人の男に、私は礼を述べた。頭を下げることも忘れない。


 何しろ、あの牢獄から私を出してくれたのだ。それは、感謝しても感謝してもしきれるものではない。


 「はは、は、いや。気にしないでほしいな。僕は―――」


 「ふふ―――それでは死ね」


 何かを言っている男の一人に向かって、衝撃波を放った。
 礼は述べた。最早、借りは無い。故に、奪う。全て、奪う。


 そのニンゲンは、驚いた顔をした後、衝撃波をまともに受けて吹き飛んだ。それは、封印を消したほどには強くは無いが、十分に強かったようだ。
 短い悲鳴を上げて、そのニンゲンは玉のように飛んで奥の壁に叩き付けられた。
 バシャッと音がして、壁に赤い花を咲かせる。
 成る程、あの力で壁に激突した場合は、裂けるのだな。


 「王子!」


 それでも今、吹き飛ばした男からは、一瞬魔力が発生したのを感知した。
 瞬間的に衝撃波を防御したようだったが、壁への激突という物理的衝撃には耐えられないわけだ。今の魔力の使い方を鑑みるに、あまり魔法は進化してないことはわかった。それとも今の男の力があの程度なのか。


 ……ふむ、一応まだ生きてはいるようだが、時間の問題だろう。最早死ぬのがわかっているなら、それは興味は無い。


 それよりも、もう少し力の検証をしたい。こっちの男はどうだ。


 「くそっ、一体なんだってんだ!」


 いつの間にか剣を抜いて構える男に視線を向ける。
 剣、か。この辺りは何年経ってもかわらない。それとも、何か進化したものがあるのか。たとえば、剣に魔力を纏わせている、とか。


 ひどく気になる。


 「オマエ……斬りかかってくるがいい」


 ゆっくりと両手を広げて、その剣を迎える態勢を取る。


 「な、に……!」


 「どうした。私はオマエらの敵だぞ。」


 罠でも警戒しているのか、身長に私を窺う男に挑発的な言葉を投げる。
 だが、それでも何かしらの葛藤なのか、剣を揺らめかせてこちらを窺っている。成る程、それなりに優秀な戦士なのだろう。私がそうであるように、男もこちらの戦力を測っている。故に慎重。ふむ、だが、焦れるな。


 「こなければこちらからいくぞ……Ziiiii」


 魔力文様を、これ見よがしに展開する。青い光を纏って回転を始める。


 「くそ!やるしかないってのかよ!」


 戦士はそうやって意を決した表情に鳴り、剣を構え直して突進してくる。


 それでいい。


 私は余裕を持って、片手を突き出し術式を顕現させた。青い膜のようなものが周囲に広がり、果たして近接し、私に向かって容赦なく振り抜いた戦士の剣を止めた。


 「なんだと!?」


 ガキンと硬質の音が響く。青い膜が、剣に対し抵抗を見せている。


 その様に眉を寄せ驚愕する戦士を見ながら、私は、こんなものかと落胆した。
 ただの、鋼剣だ。なんの魔術的付与も無い。
 詰まる話、昔私が与えた魔術は、恐らくには一部は衰退している。少なくとも昔はそうではなかった。どんな者でも、付与程度の魔術式は使えてもおかしくなかった。


 「つまらない……Ziiii」


 私はそう独り言ち、もう片手で更に破壊の魔法を詠唱する。


 もう、この戦士はいい。
 片付けて、外に出ることにしよう。左手に魔力塊が宿る。


 それを呵責無く振り抜き破壊の力をまき散らそうとした瞬間、ズキッと首筋の辺りが痺れるように痛んだ。


 「ぐ……?」


 それは些細な痛みだった。だが、それに気を取られている刹那に、戦士は私から離れ距離を取った。


 一体、なんだ。


 些細なそれは、不快だった。今までが気分が良かっただけに、ほんの少しのそれが、気に障る。
 その怒りは、目の前で距離を取り、剣を構え直す弱小に過ぎない戦士に向いた。


 「……消えろ!」


 再び、魔力を放出する。痛みは引かないが、お構いなしに払うように力を展開した。
 扇状に広がる力に当てられ、戦士が吹き飛ぶ。


 「ぐあっ!」


 とはいえ、拡散しすぎた力は、最初に飛ばした男ほどには吹き飛ばず、床を転がっただけだった。
 だが、それでも気にはしない。もう、ここで確認することなど無い。


 外に出て、復讐を始めよう。
 痛みは引いた。それが何だったのか、わからないが、最早どうでも良い。


 奪うのだ。
 全てを、奪う。
 裏切った、全てに、復讐を―――


 「……?」


 心を黒く染め、それを為そうと踏み出した歩の先に、突如魔力が高まるのを感じた。無論、私の仕業ではない。


 歩を止め、想いに耽る目線を上げる。
 その魔力が何を表しているのか、解析する前にそれは顕現した。黄金の壁が何も無い空間に形成されていく。ここまでくると、解析する必要も無い。転移の魔法。その終端がここに接続されようとしている。


 それを乱すのは、難しいことでは無い。だが、私はそこから何が出てくるのかが気になった。
 結果、術式が完全に終わるのを待つ。


 果たしてその壁から、数人の者達が現れた。そのうち何人かは、先ほど見た記憶がある。この身体を奪う際に、その場に居た者達だった。
 だが、その中でも知らない者も混じっている。そのうちの一人が、私を見るなり叫んだ。


 「クリス!」


 ずきり、と、再び首筋が痛んだ。その瞬間、その痛みの正体を悟る。
 ―――成る程、未だこの身体に有ったその想いは、消えていないということか。


 ならば、それをも奪おう。
 この、目の前の男達を、殺すことによって。

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