すわんぷ・ガール!
63話 急転
「レオンに……一体何が関係しているって言うんだよ」
その言葉が持つ不愉快さに、思わず言葉が素に戻る。殴りかかった時ですら、戻らなかった口調ではあるが、正直そんなことはどうでも良かった。
それほどまでに、その出てきた言葉が、そこから連想される先の話が、不愉快に過ぎた。
「おっと。やっぱりレオンの名前が出てくるとショックなのかい?」
「……うるさいな」
言い当てられたことにイライラが募る。
最早不敬とか不敬で無いとか、関係は無かった。先ほど俺が止めたパルミラの方が、今やオロオロとしている。だがそれを気にする余裕も無い。
言うな。聞きたくない。
心の中、本能が最大級の警告を上げる。ルシアンの言葉は、目は危険だ。前に会ったとき、そうだったように。
俺の中にある、『クリス』が目覚めてしまう。
―――だが、それでいいんだろうか。
それは、知りたくないというだけで、真実から目を背けているだけじゃないだろうか。
本当は、知るべきなんじゃないだろうか。
『クリス』と、レオン。そしてルシアンを含めた真実を。
そうでなければ。
そう、そうでなければ。
俺がこの身体から居なくなって、そしてその後、『クリス』とレオンはどうなるのだろう。
だから、俺は知らなくてはならない。
レオンの為に、知らなければならない。何時か居なくなる時に向けて。
胸がチリチリして、息苦しい。無意識に、胸に手を当てた。
大丈夫。大丈夫だ。それが正しい。俺はそうするべきだ。そうしなきゃならない。
下唇を噛んで堪える。
「……レオンと、あんたは、ここで一体何をしてるっていうんだ」
意を決して、俺はルシアンに問うた。
「今にも外れそうな封印。暴発必至の魔力の固まり。自ずと、結論は出るだろう?……このテトラの心臓をどうにかするためさ」
それは当たり前すぎる話だった。
壊れそうだったら、直せば良い。ただ、それだけの話だ。
ただ、それで済むなら、そもそも俺という存在はここで関係ない。
それを聞き返す前に、ルシアンは続けた。
「―――君という存在を使ってね」
ルシアンの目が、一気に冷たいものへと変わった。
まるでその目は、人では無く、何かモノを見るような視線だった。
ギリッと奥歯を噛みしめる。
それは想像以上に、不愉快だった。自分が使われるということが、ではない。
その話にレオンが関わっているということがだ。
ルシアンの話が真実なのだとしたら、結局のところ、レオンが最後に隠している事というのは、このことになってしまう。それは、余りにも辛い話だった。
俺という存在が、必要だった。それは、この心臓のため。帝都のため。
「わかってきただろう?レオンがどうしてクリス。君に拘っているかということが」
やめろ。
想像したくないんだ。考えたくないんだ。思いたくないんだ。
でも、必要なのは、俺そのものなんかじゃ無くて。
「方法を言おうか?正確には、欲しいのは『クリス』の身体なんだよ。テトラの五応門を超えて六応門の適性を持つ、『クリス』ならば、このテトラの力を抑えられるんだよ。その為に、クリス、君は帝都まで来た。なんて言われて来たのかな?でも真実はこれだ。嘘は、それだよ。君は騙された―――裏切られたんだ」
―――裏切られた。
あの時、街の外で見付けられた事も。
館で保護されていたことも。食べ物を与えてくれたことも。
寝室で、話したことも。
河原で、語られたことも。
楡の木の下で、言われたことも。
バルコニーで―――されたことも。
嘘は、それだった。真実は、これだった。
俺は―――私は、裏切られ
「ちーーーーーーがーーーーーーうーーーーーーっっっ!!!!」
「クリス?!」
進む思考を遮るように、俺は思いっきり叫んだ。パルミラがぎょっとした顔で俺を見ている。だけどそれを気にする余裕も無い。
どこに俺の本心があるのかはわからない。
理屈も、そして本能も、その結論へと至ろうとしている。
でも、違う。違う。違う!
そんなことは無い!裏切られてなんかいない!騙してなんかいない!
「あはっ!君は強いなぁ!『クリス』は、それで済んだんだ。でも君はそれだけじゃ駄目みたいだね。よっぽどレオンが好きなのかな?それとも信用かな?信頼なのかな?」
身を焦がすような葛藤に悶える俺に、畳み掛けるようにルシアンは続ける。
『クリス』の時は、それで済んだ?
その意味がわからない。なんだ。ルシアンは、一体何をしようとしているのか。何をしたのか。俺に、『クリス』に一体何を。
「もう少し、細かく言うとね。クリス、君が邪魔なんだ。このテトラを封じ込めるには器が要るんだよ。器は、その身体さ。でも、中身は要らないんだ。中身があったら困るんだよ。だからクリス。君には消えて貰わなきゃいけない。本来君はその中にあるべきじゃ無いんだ。返してもらおうか。『クリス』を」
「勝手なこと、を……!言われなくたって、出ていくさ!」
そう、言われるまでもない。消えるのかといわれれば、何時か俺が俺の身体に戻るとき、『クリス』の中から俺は消えるのだろう。
でも、それは今じゃ無い。
今は、まだ、戻るわけにはいかない。
まだ、俺は何も出来ていない。『クリス』の事も、レオンにも、そして俺の事も。何も。
「違うんだよ。君は、沼男なんだよ。本来そこにあるべきじゃ無い。君は誰だ?」
「俺はクリスだ!」
突如論調を変えたルシアンに、俺は問われるままに答えた。
なんだ。何が言いたい?沼男とは、なんだ?
「―――そこまでにしましょう。ルシアン様」
その、今の場にそぐわない冷徹な第三者の声は、俺の背後から聞こえた。
突然のことに息を飲み、パルミラと共に背後を振り返る。
そこには、ローブを着た偉丈夫が立っていた。
全くいつの間にそこに居たのか、わからない。
少なくとも、ルシアンには見えていたはずだ。それなのに、ルシアンも同様に、戸惑いを見せていた。まるで、急にそこに発生したように、男はそこに佇んでいた。
ただ、その男に俺もパルミラも会った事がある。
背後から、ルシアンの忌々しげな声が聞こえた。
「アルクか!全く君は本当に、何時も一番のタイミングで現れるな!」
アルクツール・バンベルク。
それは、ビレルワンディ冒険者ギルド、ギルドマスターその人だった。
「やあ、クリス。パルミラ。どうやら一番いいタイミングだったらしいよ」
一気にトーンを変化させたルシアンに対して、アルクは前会ったときと同じような、飄々とした口調で俺たちに声を掛けた。
「ギルマス……なぜこんな場所に?」
パルミラが警戒心露わに、アルクに剣先を向ける。相手が高貴な身分で無いだけに、パルミラに迷いが無い。
実際、アルクの登場は怪しすぎた。
何故ここに居るのか。そして敵なのか味方なのかすら、定かでは無いだけに。
「やだなあ、僕の事はアルクと呼んでくれって言ったじゃないか……ま、後始末の為かな。ルシアン王子」
にもかかわらず、その態度を変えないアルク。
未だにそれ、拘ってるのか。
「……お前は……また僕の邪魔をしようと言うのか」
先ほどまでの余裕のある口調はどこへやら。ルシアンの顔は苦渋に満ち、そして視線には殺気さえ混じっていた。
何にしても、突然闖入してきたアルクと、ルシアンは、何か因縁があるのだろう。それも、あの心臓と、『クリス』に関係して。
  「邪魔。そうですね。邪魔しますよ。何度でも。何度でもね。責任を取らなきゃいけませんし。私も、貴方も、ね」
「何が責任だ。何が邪魔だ!きれい事を言うな!―――マドックス!」
仮面を脱ぎ捨てたようにわめくルシアンは、最後に聞き捨てならない名前を叫んだ。
マドックス、だって?
「―――やれやれ、ここじゃ俺の出番は無かったんじゃなかったのか?」
ルシアンの背後から、切迫する場の雰囲気にそぐわない悠長とも取れる声でそう言いながら、新たな仕手として再びその男は現れた。
少なくともその姿は、要塞で見たときと何ら変わるところは無かった。確かに、壁の向こうへ吹き飛ばしたハズだった。
死んでは居ないとは思っていたが、全くの無傷で、しかもこんな短期間で再会するとは、俺は夢にも思わなかった。対戦したルーパートなんかは未だに要塞で寝ているはず。
結局の所、俺の魔法は、この男に大したダメージを与えてなどいなかった。
そういうことなのだろう。
「ああ、嬢ちゃんか。そう睨むな。この前の事は驚いたが、別に根に持ったりはしてねえよ。おもしれえとは思ったが、魔法士と戦うのはそもそもあんまり好きじゃないしな」
緊張が高まり、ルシアンよりも遙かに直接的な危険度の高いマドックスを、俺は無意識に睨んでいたようだ。
一応、俺はそんなマドックスを撃破した者ということになる以上、再戦になるのかと思っていたが、どうもマドックスにはその気が無いらしい。
有り難い話だった。あの時はそれでもこちらの手の内を知らないから不意を突けたただけで、改めて戦って勝てるかと言えば、絶対負けるとしか言いようが無い。
「マドックス。あの女を確保しろ。後ろの男は殺せ」
事も無げに言うルシアン。それを聞いて、気丈にもパルミラがマドックスに向かい剣を構え直す。
少なくとも、マドックスはルシアンに雇われているという状況なのだろう。そんなマドックスは、以前要塞で、レオンを含む俺たちを襲ってきた。
だとするならば、ルシアンと、レオンの繋がりは無い?
ルシアンは、レオンと自分の目的は同じと言う。
だが、目的を同じとしていたからといって、味方同士ではない、ということなんだろうか。それとも、目的が同じということ自体が、嘘なんだろうか。
「いやぁ、王子サマ。あれはアルクだろ。あいつと戦っても面白いことにはなんねーぞ。つぅか、まともに戦う気がないと思うぜ」
「よくわかってるじゃ無いか。マドックス」
それに答えるアルクの声は、すぐ後ろから聞こえた。知らない間に、間を詰めていたようだった。マドックスに正対し、全く怯む声も無い。
アルクも実際、怪しい。
怪しいが、少なくともルシアンとマドックスに敵対しているのは確かだ。だとしたら、この場にあって殆ど無力な俺たちが、頼るべきはアルクという事にしかならない。
他人、しかもいまいち信じ切れない者に任せるしかないのは悔しいが、今この場での正解はそうなのだろう。
どう考えても、俺とパルミラだけで、この場を乗り切る事が出来そうに無い。
「そういうワケで、僕は逃げる。いいかな?君たち」
良いも悪いもない。その方法などもわからないが、アルクに頷く。
「Zi」
それを見たか見てないのか、同時ぐらいのタイミングで、アルクは件の呪文を唱えた。
そういえば、こいつ魔法士だったな、などと思う間もなく、何時取り出したのか、アルクの目の前で宙に浮いた降魔石が赤く発光をはじめる。それと同時に、アイリンを遙かに超える凄まじいスピードで、中空に呪文を描きはじめた。
少し遅れて、もう片手でも。直感的に、アルクが行っているのが、両手を使って二つの魔法を同時に詠唱しているのだと悟る。
「マドックス、逃がすな!アルクを止めろ」
「いや、無理だろ」
「その通りだ」
その三者の声は殆ど重なって聞こえた。それ程までに早く、アルクの魔法は完成を見た。記述された一つ目が、閃光を発し、発現する。
瞬間、光となってほどけた呪文が目の前で黄金に光る壁へと変化した。
それは、あのグイブナーグが魔導器でもって発現させた魔法に似ていた。というよりも、同じなのだろう。つまり、転移呪文。
そう思っている間に、アルクのもう一つの呪文が完成した。同様に呪文が発光する。
「ちょっとゴメンね」
その呪文を記述した手で、軽くそう俺に断りながら、アルクは俺の肩口に触れた。
「がっ!?」
その瞬間、肩口からバシっと凄まじいショックが体中に駆け巡った。同時に、ぱきん、と頭の後ろで何かが弾けた音がした。
やっぱり、アルクは―――
俺の意識は、何かを結論する前に暗転し、途切れた。
その言葉が持つ不愉快さに、思わず言葉が素に戻る。殴りかかった時ですら、戻らなかった口調ではあるが、正直そんなことはどうでも良かった。
それほどまでに、その出てきた言葉が、そこから連想される先の話が、不愉快に過ぎた。
「おっと。やっぱりレオンの名前が出てくるとショックなのかい?」
「……うるさいな」
言い当てられたことにイライラが募る。
最早不敬とか不敬で無いとか、関係は無かった。先ほど俺が止めたパルミラの方が、今やオロオロとしている。だがそれを気にする余裕も無い。
言うな。聞きたくない。
心の中、本能が最大級の警告を上げる。ルシアンの言葉は、目は危険だ。前に会ったとき、そうだったように。
俺の中にある、『クリス』が目覚めてしまう。
―――だが、それでいいんだろうか。
それは、知りたくないというだけで、真実から目を背けているだけじゃないだろうか。
本当は、知るべきなんじゃないだろうか。
『クリス』と、レオン。そしてルシアンを含めた真実を。
そうでなければ。
そう、そうでなければ。
俺がこの身体から居なくなって、そしてその後、『クリス』とレオンはどうなるのだろう。
だから、俺は知らなくてはならない。
レオンの為に、知らなければならない。何時か居なくなる時に向けて。
胸がチリチリして、息苦しい。無意識に、胸に手を当てた。
大丈夫。大丈夫だ。それが正しい。俺はそうするべきだ。そうしなきゃならない。
下唇を噛んで堪える。
「……レオンと、あんたは、ここで一体何をしてるっていうんだ」
意を決して、俺はルシアンに問うた。
「今にも外れそうな封印。暴発必至の魔力の固まり。自ずと、結論は出るだろう?……このテトラの心臓をどうにかするためさ」
それは当たり前すぎる話だった。
壊れそうだったら、直せば良い。ただ、それだけの話だ。
ただ、それで済むなら、そもそも俺という存在はここで関係ない。
それを聞き返す前に、ルシアンは続けた。
「―――君という存在を使ってね」
ルシアンの目が、一気に冷たいものへと変わった。
まるでその目は、人では無く、何かモノを見るような視線だった。
ギリッと奥歯を噛みしめる。
それは想像以上に、不愉快だった。自分が使われるということが、ではない。
その話にレオンが関わっているということがだ。
ルシアンの話が真実なのだとしたら、結局のところ、レオンが最後に隠している事というのは、このことになってしまう。それは、余りにも辛い話だった。
俺という存在が、必要だった。それは、この心臓のため。帝都のため。
「わかってきただろう?レオンがどうしてクリス。君に拘っているかということが」
やめろ。
想像したくないんだ。考えたくないんだ。思いたくないんだ。
でも、必要なのは、俺そのものなんかじゃ無くて。
「方法を言おうか?正確には、欲しいのは『クリス』の身体なんだよ。テトラの五応門を超えて六応門の適性を持つ、『クリス』ならば、このテトラの力を抑えられるんだよ。その為に、クリス、君は帝都まで来た。なんて言われて来たのかな?でも真実はこれだ。嘘は、それだよ。君は騙された―――裏切られたんだ」
―――裏切られた。
あの時、街の外で見付けられた事も。
館で保護されていたことも。食べ物を与えてくれたことも。
寝室で、話したことも。
河原で、語られたことも。
楡の木の下で、言われたことも。
バルコニーで―――されたことも。
嘘は、それだった。真実は、これだった。
俺は―――私は、裏切られ
「ちーーーーーーがーーーーーーうーーーーーーっっっ!!!!」
「クリス?!」
進む思考を遮るように、俺は思いっきり叫んだ。パルミラがぎょっとした顔で俺を見ている。だけどそれを気にする余裕も無い。
どこに俺の本心があるのかはわからない。
理屈も、そして本能も、その結論へと至ろうとしている。
でも、違う。違う。違う!
そんなことは無い!裏切られてなんかいない!騙してなんかいない!
「あはっ!君は強いなぁ!『クリス』は、それで済んだんだ。でも君はそれだけじゃ駄目みたいだね。よっぽどレオンが好きなのかな?それとも信用かな?信頼なのかな?」
身を焦がすような葛藤に悶える俺に、畳み掛けるようにルシアンは続ける。
『クリス』の時は、それで済んだ?
その意味がわからない。なんだ。ルシアンは、一体何をしようとしているのか。何をしたのか。俺に、『クリス』に一体何を。
「もう少し、細かく言うとね。クリス、君が邪魔なんだ。このテトラを封じ込めるには器が要るんだよ。器は、その身体さ。でも、中身は要らないんだ。中身があったら困るんだよ。だからクリス。君には消えて貰わなきゃいけない。本来君はその中にあるべきじゃ無いんだ。返してもらおうか。『クリス』を」
「勝手なこと、を……!言われなくたって、出ていくさ!」
そう、言われるまでもない。消えるのかといわれれば、何時か俺が俺の身体に戻るとき、『クリス』の中から俺は消えるのだろう。
でも、それは今じゃ無い。
今は、まだ、戻るわけにはいかない。
まだ、俺は何も出来ていない。『クリス』の事も、レオンにも、そして俺の事も。何も。
「違うんだよ。君は、沼男なんだよ。本来そこにあるべきじゃ無い。君は誰だ?」
「俺はクリスだ!」
突如論調を変えたルシアンに、俺は問われるままに答えた。
なんだ。何が言いたい?沼男とは、なんだ?
「―――そこまでにしましょう。ルシアン様」
その、今の場にそぐわない冷徹な第三者の声は、俺の背後から聞こえた。
突然のことに息を飲み、パルミラと共に背後を振り返る。
そこには、ローブを着た偉丈夫が立っていた。
全くいつの間にそこに居たのか、わからない。
少なくとも、ルシアンには見えていたはずだ。それなのに、ルシアンも同様に、戸惑いを見せていた。まるで、急にそこに発生したように、男はそこに佇んでいた。
ただ、その男に俺もパルミラも会った事がある。
背後から、ルシアンの忌々しげな声が聞こえた。
「アルクか!全く君は本当に、何時も一番のタイミングで現れるな!」
アルクツール・バンベルク。
それは、ビレルワンディ冒険者ギルド、ギルドマスターその人だった。
「やあ、クリス。パルミラ。どうやら一番いいタイミングだったらしいよ」
一気にトーンを変化させたルシアンに対して、アルクは前会ったときと同じような、飄々とした口調で俺たちに声を掛けた。
「ギルマス……なぜこんな場所に?」
パルミラが警戒心露わに、アルクに剣先を向ける。相手が高貴な身分で無いだけに、パルミラに迷いが無い。
実際、アルクの登場は怪しすぎた。
何故ここに居るのか。そして敵なのか味方なのかすら、定かでは無いだけに。
「やだなあ、僕の事はアルクと呼んでくれって言ったじゃないか……ま、後始末の為かな。ルシアン王子」
にもかかわらず、その態度を変えないアルク。
未だにそれ、拘ってるのか。
「……お前は……また僕の邪魔をしようと言うのか」
先ほどまでの余裕のある口調はどこへやら。ルシアンの顔は苦渋に満ち、そして視線には殺気さえ混じっていた。
何にしても、突然闖入してきたアルクと、ルシアンは、何か因縁があるのだろう。それも、あの心臓と、『クリス』に関係して。
  「邪魔。そうですね。邪魔しますよ。何度でも。何度でもね。責任を取らなきゃいけませんし。私も、貴方も、ね」
「何が責任だ。何が邪魔だ!きれい事を言うな!―――マドックス!」
仮面を脱ぎ捨てたようにわめくルシアンは、最後に聞き捨てならない名前を叫んだ。
マドックス、だって?
「―――やれやれ、ここじゃ俺の出番は無かったんじゃなかったのか?」
ルシアンの背後から、切迫する場の雰囲気にそぐわない悠長とも取れる声でそう言いながら、新たな仕手として再びその男は現れた。
少なくともその姿は、要塞で見たときと何ら変わるところは無かった。確かに、壁の向こうへ吹き飛ばしたハズだった。
死んでは居ないとは思っていたが、全くの無傷で、しかもこんな短期間で再会するとは、俺は夢にも思わなかった。対戦したルーパートなんかは未だに要塞で寝ているはず。
結局の所、俺の魔法は、この男に大したダメージを与えてなどいなかった。
そういうことなのだろう。
「ああ、嬢ちゃんか。そう睨むな。この前の事は驚いたが、別に根に持ったりはしてねえよ。おもしれえとは思ったが、魔法士と戦うのはそもそもあんまり好きじゃないしな」
緊張が高まり、ルシアンよりも遙かに直接的な危険度の高いマドックスを、俺は無意識に睨んでいたようだ。
一応、俺はそんなマドックスを撃破した者ということになる以上、再戦になるのかと思っていたが、どうもマドックスにはその気が無いらしい。
有り難い話だった。あの時はそれでもこちらの手の内を知らないから不意を突けたただけで、改めて戦って勝てるかと言えば、絶対負けるとしか言いようが無い。
「マドックス。あの女を確保しろ。後ろの男は殺せ」
事も無げに言うルシアン。それを聞いて、気丈にもパルミラがマドックスに向かい剣を構え直す。
少なくとも、マドックスはルシアンに雇われているという状況なのだろう。そんなマドックスは、以前要塞で、レオンを含む俺たちを襲ってきた。
だとするならば、ルシアンと、レオンの繋がりは無い?
ルシアンは、レオンと自分の目的は同じと言う。
だが、目的を同じとしていたからといって、味方同士ではない、ということなんだろうか。それとも、目的が同じということ自体が、嘘なんだろうか。
「いやぁ、王子サマ。あれはアルクだろ。あいつと戦っても面白いことにはなんねーぞ。つぅか、まともに戦う気がないと思うぜ」
「よくわかってるじゃ無いか。マドックス」
それに答えるアルクの声は、すぐ後ろから聞こえた。知らない間に、間を詰めていたようだった。マドックスに正対し、全く怯む声も無い。
アルクも実際、怪しい。
怪しいが、少なくともルシアンとマドックスに敵対しているのは確かだ。だとしたら、この場にあって殆ど無力な俺たちが、頼るべきはアルクという事にしかならない。
他人、しかもいまいち信じ切れない者に任せるしかないのは悔しいが、今この場での正解はそうなのだろう。
どう考えても、俺とパルミラだけで、この場を乗り切る事が出来そうに無い。
「そういうワケで、僕は逃げる。いいかな?君たち」
良いも悪いもない。その方法などもわからないが、アルクに頷く。
「Zi」
それを見たか見てないのか、同時ぐらいのタイミングで、アルクは件の呪文を唱えた。
そういえば、こいつ魔法士だったな、などと思う間もなく、何時取り出したのか、アルクの目の前で宙に浮いた降魔石が赤く発光をはじめる。それと同時に、アイリンを遙かに超える凄まじいスピードで、中空に呪文を描きはじめた。
少し遅れて、もう片手でも。直感的に、アルクが行っているのが、両手を使って二つの魔法を同時に詠唱しているのだと悟る。
「マドックス、逃がすな!アルクを止めろ」
「いや、無理だろ」
「その通りだ」
その三者の声は殆ど重なって聞こえた。それ程までに早く、アルクの魔法は完成を見た。記述された一つ目が、閃光を発し、発現する。
瞬間、光となってほどけた呪文が目の前で黄金に光る壁へと変化した。
それは、あのグイブナーグが魔導器でもって発現させた魔法に似ていた。というよりも、同じなのだろう。つまり、転移呪文。
そう思っている間に、アルクのもう一つの呪文が完成した。同様に呪文が発光する。
「ちょっとゴメンね」
その呪文を記述した手で、軽くそう俺に断りながら、アルクは俺の肩口に触れた。
「がっ!?」
その瞬間、肩口からバシっと凄まじいショックが体中に駆け巡った。同時に、ぱきん、と頭の後ろで何かが弾けた音がした。
やっぱり、アルクは―――
俺の意識は、何かを結論する前に暗転し、途切れた。
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