すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

61話 迷宮

 「どっちだろう?パルミラ?」


 扉を抜けると、既にその男の姿は無かった。
 気にせず出たけど、どうもその扉は入った時のそれとは違っていて、そこは全然見知らぬ場所だった。
 同じエントランスホールだが、作りが違うし、入り口に比べて薄暗い。


 「あっち」


 パルミラが、その広いホールの反対側を指さした。


 見ると、成る程その男らしき影が、向こうの扉へ入っていくのが一瞬見えた。
 俺は今やうっとうしいだけのドレスの裾を両手で持ち上げ、小走りで駆ける。
 考えるに相当間抜けな行動ではあるが、流石に裾を破って捨てるほどの大胆さはない。
 それだけに、パルミラの方が早い。
 他に人が居ないからなのか、殆ど全速力で、そのドアに向かう。


 「居た?」


 部屋を覗きこんで立ち尽くすパルミラに漸く俺は追いついて、パルミラに問う。
 そして同時に、部屋の中を見た。


 ―――そこには何も居なかった。


 応接間のように、見える。客間のようにも。ただ、そのように使われる予定がさしあたり無いのか、今は倉庫のようになっていた。中は暗く、エントランスからの明かりも満足に届いていない。
 部屋はそう広いわけでは無いが、雑多なものが置かれていて、中の様子が見難かった。
 ただ、それでも、人の気配が無いことぐらいはわかる。


 「パルミラ、ここ入ったよな。さっきの男」


 「入ったはず」


 一応、パルミラにも確認するものの、中の状況にいまいち自信が無いようだった。
 ただ、それでもハズという程度には、確かだと思っているようなので、自分の目も信じて部屋の中に踏み込む。


 中にあるのは、ソファ、テーブル、大きな棚、暖炉。あとは木箱や樽などの雑多なもの。使われなくて長いようだった。ソファなどは、所々破れている。
 あの男がこの部屋に入ってから、俺たちがのぞき込むまではそんなに時間はかからなかったはずだ。その間に、男は消えてのけた。
 逆に言えば、その程度で隠れることが出来る何かがこの部屋にはある。ともすれば、その木箱の影や、ソファの裏側に息を潜めてるかも知れない。


 ただ、もしそうであるなら、ともすれば見つけた瞬間、襲いかかってくる可能性もあり得る。俺は、今更ながらに自分が丸腰なのに気付いた。さすがに例の黒い短剣も、今日は持ち合わせていない。


 「クリス、私が行く。そこで待ってて」


 そんな葛藤に足を止めた俺を追い越し、パルミラが剣の柄に手を添えたまま、ゆっくりと歩を進めていく。
 パルミラも同じ事を考えたようで、まずソファの裏側が見えるように回り込み、そしてそのまま大回りしながら、木箱の裏が見える位置に進んだ。
 見ているだけで、ハラハラしてくる。


 「……居ない」


 木箱の裏まで近付いてから、剣から手を離し、パルミラはぽつりと言った。
 とりあえず男が居ない事に安堵して、盛大にため息をつく。そして、でも居ない事を訝しみながら、同じく部屋の中に歩を進めた。パルミラも、あちこちを矯めつ眇めつしながら、こっちに戻ってくる。


 「変。確かにここに入ったと思った。クリスはどう思う?」


 「俺も間違いなくここに入ったと思ったんだが……」


 「だったら、どこかに多分抜け穴があるのだと思う」


 抜け穴、か。
 そういえば、テラベランのレオンの屋敷にもそんなものがあった。
 確かあの時は、暖炉が動いてその後ろに隠し扉があった。試しに、暖炉に近付いて手で押してみる―――びくともしない。


 「クリス、あった」


 そんな事をしている横で、暖炉の中をのぞき込んでいたパルミラが言う。パルミラが指さす暖炉の中を覗くと、確かにその奥の壁が四角く縁取るようにうっすらと光っている。
 多分、向こうにある光がこっちに漏れているのだろう。そうだとしたら、思いの外、ずさんな隠し扉だと言えた。


 「本当だ。何か開きそうだな」


 「どうする?行ってみるの?」


 俺を振り返りながら、パルミラが聞いてくる。
 少し、考える。正直、これ以上は素直に危険な気がした。そもそも俺はなぜ、あの男を追っているのだろう。気になったから。その程度だったはずだ。だから、ちょっと声をかけて顔なり何なりを見たかっただけだと思う。


 その程度の事を、これ以上のリスクを負って、求めるべきなのだろうか。レオンを置いてまでここまで来ているわけだし、変な事をして心配をかけるのもどうかと思う。それにドレスも汚れてしまいそうだ。


 「いや……ここまでにしとく」


 首を振り、言いながらも、でも実のところあの男の正体がもの凄く気になった。
 どこかで確かに会った事がある。ただ、どうしても思い出せない。
 どんな形であったのかすらも、記憶していない。なのに、妙な胸騒ぎと共に、気になって気になって仕方ない。


 「開けるだけ、開けてみる?」


 止めると言った割に迷ってる俺を察したのだろうパルミラが、結構魅力的な提案をしてくる。何となく泥沼に填まってきてる気もするが、でも確かにこれほどはっきりと見えてるのだから、男の正体云々はともかく、開けてみたくはなってくる。


 更に迷っていると、パルミラが腰の剣を、鞘ごと外し、暖炉の奥のその光っている真ん中に向かって剣先を差し出した。そしてこっちを見てくる。
 何だかんだ言って、パルミラもかなり気になるのだろう。俺は無言でパルミラに頷く。
 それを見て、パルミラが剣の先でその扉らしき真ん中をそっと突いた。


 がこっ!


 「えっ?」


 瞬間、俺たちの目の前で、その扉らしきものはその全体が向こう側にむかって少し凹んだ、ように見えた。
 扉では無い?と思う間もなく、俺とパルミラのしゃがみ込んでいた床が突然、暖炉に向かって落ち込むように傾斜する。


 「うわっ!?」


 「きゃあっ!」


 途端、俺たちはバランスを崩して、その傾斜の奥に向かって転がった。
 暖炉の下を潜るように滑り転がっていく。何が起こったのかはっきり理解出来ないまま、体勢を立て直すことも出来ず、俺たちは床の下に向かって滑り落ちた。










 「いだだっ!」


 多分、殆ど一瞬程度だったと思う。
 相当な傾斜のついたスロープを二人、絡み合いながら転がり落ちた。そして、そのまま明るく広い空間に投げ出されるようにして止まった。


 「な、なんだったんだ。どこだここ」


 眩しい。目がぼやける。身を起こして何度か瞬きして視覚が戻るのを待つ。


 「ううー……」


 背後でパルミラが呻くのが聞こえた。振り返って見るものの、別段怪我をしているわけでは無いようだった。ただ、派手に転がっていたので目が回ったのかも知れない。


 目が慣れてきたので、周りを見回す。
 そこは、先ほど居た部屋とは全然様相が違う部屋だった。壁はのっぺりしていて、金属なのか石なのかわからないもので構成されている。床もつるつるしていて、やたら滑らかな何かで作られていた。全体的にはコバルトグリーンの色合いで統一されている。


 「……」


 さっきの落とし穴が、罠だとするならばここは牢屋なのか……と思ったら、そうでも無いらしく、普通に通路が部屋の正面から伸びていた。
 扉などは無かった。奥に向かってどれほど伸びているのか、先は暗くなっていてよく見えない。


 背後を振り返ると、パルミラが落ちてきた穴をのぞき込んでいた。


 「もどれそうか?」


 言いながら、俺も穴をのぞき込む。
 穴は壁から駆け上がるような状態になっていて、こっちは全く真っ暗で、上が見えない。
 床や壁と同じ素材で作られているようで、つるつるしていてとても登って行けそうに無かった。パルミラも同意見らしく、ふるふると首を振る。


 「困ったな」


 「クリス、ごめんなさい。私のミス」


 どうしたものか考える俺の横で、パルミラがシュンとした顔で俺に謝ってくる。罠を起動させたのを、自分のせいだと思っているようだった。
 それは事実なんだが、勿論俺も同意したことだし、それでパルミラを責める気には到底なれない。


 「気にすんなよ。俺も同意してたことだろ。それよりも、戻る手段を考えなきゃな……」


 俺はパルミラの頭の上に手を載せて少し乱暴に髪をかき回す。されるがままなパルミラは、コクンと頷き、俺の手から離れていった。やはり通路が気になるようだった。
 それにしても、変な場所だった。基本石で作られた城とは、全く様相が異なる。いや、城どころか、それは今現在の俺たちが持つ文化に対して明らかに異質だった。


 ただ、これに近い雰囲気を持つ場所を俺は知っている。


 迷宮だ。
 場所にも依るが、それは古代の、と名をつける場合の迷宮の様相に少し雰囲気が似ている。この、何とも言えない異質な感じ。全く異なる文化によって構成された構造物。


 壁に手を当ててみる。床と同じく、冷たい無機質な滑らかさが、グローブを通して尚、感触として残る。それが何によって作られているのかもよくわからない。
 強いて言えば良く磨き上げた御影石のその感触に似ているが、それでは無い事はわかる。そもそも御影石はコバルトグリーンの色はしてない。


 「……城の地下に古代迷宮か……」


 当たり前だが、そんな話など聞いたことも無い。
 よもや帝都の、それも城の地下にこんな場所があろうとは、冒険者はもとよりギルドだって知りはしないだろう。そして、知っていたとしてもどうにもならないに違いない。
 何しろ、ここは帝都なのだ。入る事すらままならないし、そもそも帝国をして、そこに迷宮があるからという理由で冒険者を呼び込む道理も無い。


 「クリス、どうしよう?」


 通路の先を注意深く観察していたパルミラが戻ってきた。先ほどの事もあり、かなり慎重になっているようだった。


 どうしよう、と言われてもな。


 今一度、今居る部屋を見回す。
 転がり落ちた穴を除けば、正面の通路以外には何も無い。穴から上に上がるのは無理なので、結局出来る事はたった二つしか無い。通路の先に行くか、それとも待つかだ。
 行くと言っても、ここが迷宮と同じだと思ってしまうと、自分たちに全く準備が無いことに気付く。一応、パルミラが剣を持っているものの、それだけだった。俺などは、何も持っていないどころか、ドレス姿だったりする。
 履いてる靴のヒールも高い。およそ戦えるような格好では無い。


 言うまでも無いことだが、迷宮には普通、モンスターか、ガーディアンと呼ばれる敵が潜んでいる。これらは、それなりに強力で、そして数も多い。
 今の部屋が安全かどうかは別として、少なくとも先に進むよりはまだマシだろう。先にモンスターが潜んでないとは、とても言えないからだ。


 そうかと言えば、ここで待つのもそれはそれで悩む。多分、俺たちが消えた事に気付いたレオンが、そのうち助けに来てくれるのかも知れない。


 それを想像すると、心底申し訳ない気分になる。
 レオンは俺を守ると言ってくれた。なのに、今、俺は自らそこから離れようとしている。これはレオンの信頼に対する、裏切りのようにも思えた。きっと、レオンは俺をそれこそ血眼になって探すだろう。それを思えば、胸が締め付けられるように痛む。


 本当に、何やってんだ俺。


 ……が、今はどうするかを考えなければ。
 取りあえず、レオンの助けを待つ。
 それはそれで悪くない考えではあると思う。何しろ地下とはいえ、城なので、ひょっとするとこの場所のことも、レオンは知っているかもしれない。確実では無いが、最終的には、ここに至ってくれるだろう……多分。


 ただ、それを延々と待ち続けるのも、どうかとも思う。考え方を変えてみると、ここは行き止まりだし、モンスターに襲われる可能性も無いとは言い切れない。しかも隠れる場所も皆無だし、返り討つのも論外だ。


 だったら、先に進んでしまうのも一緒なんじゃ無いだろうか。
 それに、やはりあの男も気になる。恐らく、あの謎の男も間違いなくここへ来たはずだ。だとしたら、この通路を通って奥に向かったはず。目的はわからないものの、それを追うのも今の状況下だと悪くない。
 男のルートをなぞれば、モンスターが居たとしても先に向こうが襲われるはずなので、多少危険性が薄まる―――


 「進もう」


 悩んだが、結局俺は通路を進むことに決めた。パルミラに告げる。
 あまり悩み続けても、パルミラが不安になるだろうし、男もどんどん離れていくだろう。それに、個人的にこの先がどうなっているのかというのも、純粋に気になった。
 結局、ここは何なのだろう。そうした考えが、冒険者的好奇心を刺激する。古代迷宮であるとした場合、先にはきっと何かがある。
 正直、それも気になって仕方が無かった。


 「……わかった。私が前を進むから、クリスは後ろを警戒して」


 「うん、頼む。パルミラ」


 パルミラは頷くと、腰から剣を引き抜いて片手に構えた。その姿が、今は心強い。
 最悪、俺も力を使わなければならないかも知れない。発動の条件が未だ確定的ではないために、ギャンブルでしかないが、切り札として考えておく必要があるだろう。
 暴走の可能性も無くはないが、二人屍をさらすよりは、遙かにましだ。


 俺は、片方のロンググローブを脱いで、その場に置いた。
 もしレオンが追ってきたら、その痕跡が残っているように。
 同時に、そこに居ないレオンに謝る。


 ごめん。行くよ。


 通路に向かうパルミラに続いて、歩を進める。
 俺たち二人の足音が、やけに大きく通路に響いた。

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