すわんぷ・ガール!
59話 花火
「つ、つかれた……」
一人、会場からバルコニーに繋がる開け放たれた扉を抜けて、外に出る。
それだけで中の喧噪から切り離された気がした。
中から差し込む光によって広いバルコニー全体は明るく照らされているものの、人気の無いそこは、中が騒がしく煌びやかであることが対比されて、むしろ寒々しく感じる。
そのまま、バルコニーの端へ歩く。
中では、未だ姦しくも奥方女性陣によって話が続けられているだろう。
そこにやたら気に入られた、今思えばさっぱり本当の事がわからないパルミラ20歳改め14歳を人身御供に差し出して、適当な事を言いながら一人抜け出した。
秋の風が、すごく気持ちいい。
中の空気は澱んでるとは言わないけど、やっぱりどこか息苦しかった。多分、普通に居心地が悪かったのだろう。自分でも無理をしているのがわかっているだけに。
バルコニーの端、欄干に手を突いて、控えめにのびをする。何処で見られているのかわからないから、油断は出来ない。
それにしても、お腹減ったし、喉も渇いた。
食事はいくらでもあったものの、慌ただしくて手を伸ばす暇も無かったし、飲むものは勧められはしたが、館を出る前にアイラとパルミラに酒を飲むことを固く禁じられていていて、どれがアルコールでそうでないのかわからない俺としては、手を出しようが無かった。
それでも少しぐらいはとグラスに手を伸ばしたら、もの凄く自然にパルミラに阻止された。パルミラが出来過ぎて怖い。というか、むしろその為にパルミラが従者に選ばれたんじゃないだろうかとすら思う。
まあいいか。今日は我慢だ。
欄干から、街を見下ろす。城は丘とも山とも言える土地の最も高い場所に建っている為、全てを見下ろす事が出来る。
手前は外界との遮断の為に植えられたと思われる木々の梢に防がれているが、その間から見える街は、いつも以上に煌びやかに見えた。街全体を照らす明かりが、ちらちらと揺れるのが見える。
そういえば、祭りがどうとか言っていたな。
だから、今日は特別なのかも知れない。
祭りといえば、勿論知らないわけでは無い。
いつも以上に夜が長く、そして特別なものを売る露天が出る。だから特別な気分になる特別な日だ。
それも、あそこに居れば、だが。
ここからだと、それが如何にも楽しそうに見えた。
下々の暮らしに憧れる姫様気分という感じだろうか。俺にとっては勿論ここも特別なのだが、気疲れしかしない。
特別な日はやはり解放感を感じたいものだ。
「あーあ、あっちの方が良かったなあ」
思わず本音が俺の口から零れる。
「お疲れ様です。ですが、もう少し我慢して頂けますか」
背後から声を掛けられた。最早驚くことも無い。
振り返ると、そこには当然のようにレオンが居た。両手にグラスを持っている。
差し出された片方を受け取る。
「果実のジュースですよ」
俺としてはそれがアルコールであっても飲むつもりだったが、わざわざレオンがそう断るからには、アイラ、パルミラのその警告が、レオンにも正しく理解されているのかもしれない。
別に、アルコールに拘っているわけでもないので、有り難くそれを飲み干した。
「ふう、ありがとな。喉がカラカラだったんだ。助かったよ」
「それは何より」
にこりと笑って、自らも手にしたグラスを煽る。俺のように全てではなく、極めて上品に少しだけ。
その様に、ついでなので俺は前々から気にしている事を言ってみることにする。
「前から思ってたけどさ。レオン。なんていうか、その敬語の口調。いい加減素にならないの?」
それは何となく程度の提案だった。
正直、その口調は俺にとっても、レオンのレオンらしさであって別段不自然には思わない。
ただ、例えばクロトーや、アーリィなどと話しているところを聞くに、敬語が素であるわけでもなさそうだった。もちろん、その言葉すらも素ではなさそうだとも思ったが。
でも、もしそれが作ってそうなのだとしたら、少し寂しい気もする。
「……そうですねえ。ですが会ってからこの方、ずっとこうですから今更という気もするのです。別に気取っているわけでもないのですが」
「じゃあ、『クリス』にもそうだったのか?」
夢の中、レオンがどのような口調だったのかまでは、よくわからない。その辺り、靄がかかったように曖昧だ。
だけど、今のような口調でなかったことだけはわかる。
別に、『クリス』と同じように接しろというわけじゃない。ただ、もし、レオンがそうした口調で無理をしてるならばと思ったのが一つ。
後は、素直に、素なレオンを見てみたかったというのが一つ。
―――ああ、いや、うん。思えば、無理はしてないな。多分。
これは俺が、ただ素のレオンを見たいだけだ。
「そういうわけでは―――ありませんでしたね。確かに。ですが、正直いまさらと思えば、やはり恥ずかしいものなんですよ」
「ふん、恥ずかしいとか、それこそ今更だろうによ……強情な奴だな。まあ、いいけどさ」
とはいえ、そこまで拘ってるわけじゃない。
それはちょっとした好奇心だし、確かに今更なのだろう。
はぁ、とため息を着く。
ドドン!
「んんっ?!」
気を抜いていた俺は、突然響いた大気を震わす音に、ビクッと身体を震わせ、背後を振り返った。
夜空に輝く、大きな光の輪。
色とりどりの煌めきを放ち、広がり、そして消えていく。
「な、なんだ、あれ?」
その魔法のような光景に、俺の目は釘付けとなった。
消えたと、思えばまた、光の輪が広がり、そして遅れてドンという大きな音。
不思議で、そして美しい光景だった。
それが一体なんなのかとか、どうなっているのかとか、理屈なんかどうでもいいほどにそれは燦爛だった。
「花火、ですね。初めてでしたか?」
「ああ、うん。うわあー……」
次々と、夜空に咲く光の花に見とれる。
本当に、なんて綺麗なんだろう。
ぞくぞくするほどの美しさがそこにはあった。
「レ、レオン!すごいな!初めて見たよ!」
一瞬もそれを見逃さないように、ちらちらとレオンを窺いながら、俺は興奮して声を上げる。
花火か。こんな凄いものが、世界にあったなんて。
黒々とした闇を背景に、それを払うかのように大輪の花が咲き続ける。
それは多分に幻想的で、その美しさの虜となった俺は、それ以上の言葉も無く、夜空を見上げ続けた。
「クリス」
「んあ?」
それに気を取られていた耳にレオンの声が届く。
間抜けな声で応答したその時、俺はいきなり背後からレオンに抱きすくめられた。
「……って、レ、レオン」
突然のことに驚き、後ろを振り返ろうとしても抱きすくめられていて、レオンの顔がよく見えない。
それ程には、強く俺は拘束されるように抱き付かれていた。
驚いて、思わず振り解こうと手を欄干から離す。
「―――クリス」
瞬間、耳元でささやくようにその声が俺に届く。
ゾクッと俺は身体を震わせて、身体を強張らせた。振り払う気力が萎えていくのがわかる。
なんなんだよ。
レオンにも、自分にも、その言葉を思う。
振り解こうとした両腕を固めて、何かに堪えるように、拳をぎゅっと握った。
「な、なあ。レオン―――」
「―――クリス。必ず俺が守る。何があっても、信じてくれ」
「っ!」
再び、それは耳元で囁かれた。
ぞくりとするほどの、強烈な感情が脳髄から身体を駆け抜け、俺は震えた。
これは、一体、誰の、言葉なんだ。
そう理性は告げても、当然のように本能がそれを追い越し、これが素の―――本当のレオンなんだと理解して、その強い言葉に痺れるような喜悦を俺は感じてしまう。
言葉の意味は、わからない。
何があっても。
多分、それでもレオンは俺に言えない何かが、きっとまだ、あるのだろう。
それでも信じてくれと、レオンは、恐らく自分に出来る最も強い言葉でそれを伝えてきた。
こんなの……卑怯だ。肝心なことは言わないで。でも。
信じないなんて―――出来るわけないじゃないか。
「わ、かった、よ。レオン」
自分でもわかるほどに心臓がドキドキと高鳴る。
それが、尚恥ずかしい。抱き付かれているだけに、それは間違いなくレオンにも伝わっているに違いない。
レオンは一体どんな顔をしているんだろう。無性にそれを確認したくなる。
どこかで、それは駄目だと警鐘が鳴っているが、それでも俺は、殆ど何かに操られているかのように、肩口にあるはずのレオンに振り向いた。
「っ!」
当然のように、俺はレオンの顔を至近距離で見る事になった。
息を飲み、離れようとするものの、俺を見つめるレオンの瞳に囚われて逃げられない。
背後に煌めく花火の光に照らされて、レオンの顔が、瞳が不思議な色に輝く。
吸い込まれてしまいそうだった。
「……クリス」
駄目だ駄目。その声で、その顔で、その目で、今は俺を呼ぶな。
耳が、脳が、心が、溶けてしまいそうになる。
どうにでもなれという、気になってしまう。
本能が、俺を塗りつぶしてしまう。
俺は何度も何度も瞬きをして、目を閉じそうになる自分を抑えた。
でも、気持ちも裏腹。間違いなく俺の奥底が、それを望んでいる。二律背反。欲しくないのに、欲しくて堪らない―――
―――何時か、この身体を出て行かなければならない―――
「んっ!」
瞬間、甦ったその決意の言葉と、そして恐怖に、俺はレオンを間一髪で押しのけた。
まるで自分を引き剥がすかのような強烈な罪悪感が俺を襲う。
心底の本能に抗う。
それが恰も間違った行為であるように受け止めてしまうからだろう。ひょっとすると本当に間違っているのかも知れないが。
だから俺は、無理矢理に身体から引き剥がしたレオンの顔が、まともに見れない。
どう思っているんだろう。衝撃なのか、失望なのか。
そう思えば、胸が張り裂けそうだった。
どうして俺はこんなことを思ってしまうんだろう―――
―――それは、俺が今示したのが、明確な拒絶だったからだ。
「レオンっ!」
俺は焦って、レオンの顔を見ずに、その手を強引に取った。
そうしないと、レオンが何かを言ってしまう。そうしたら、俺はレオンがどう考えているかを悟ってしまうだろう。それが怖かった。
勘違いされてしまうことが、恐ろしかった。
別に俺は、お前が嫌いなわけじゃ―――
「レオン。俺と、踊ろう。踊ってくれないか?……踊って下さい?踊って……」
捲し立てながら、顔を見る。何を言ってるかわからなくなって、段々それが尻すぼみになった。火を噴きそうな程、恥ずかしい。
でも、そう言われたレオンの顔は、素直な驚きの表情で、それからフッと笑顔になり―――その顔に呆然とした瞬間、自然に俺を引き寄せ、そして軽く俺の額にキスをした。
一瞬の、出来事だった。
「な、な、な!?」
「―――喜んで」
「~~~っ!」
嬉しさなのか、怒りなのか、ぐちゃぐちゃになる思考の中、レオンはそれを封殺するように、満面の笑みで、俺の要請を受けた。
卑怯だと思う。何かを言おうとするが、パクパクと口が動くだけで、全然声が出ない。
「行きましょうか。クリス」
そのまま、少し強めに手を引かれ、会場へと連れ去られる俺。
自分の額に手を添える。それが驚くほど熱く感じた。
今の、一方的に俺が負けただけじゃないのか。
良いようにされているような不満と、それに相反するわき上がる感情に打ちのめされながら、いつも以上に強引なレオンに手を引かれ、俺は、未だ空に浮かび続ける光の大輪に照らされ続けるバルコニーを後にした。
一人、会場からバルコニーに繋がる開け放たれた扉を抜けて、外に出る。
それだけで中の喧噪から切り離された気がした。
中から差し込む光によって広いバルコニー全体は明るく照らされているものの、人気の無いそこは、中が騒がしく煌びやかであることが対比されて、むしろ寒々しく感じる。
そのまま、バルコニーの端へ歩く。
中では、未だ姦しくも奥方女性陣によって話が続けられているだろう。
そこにやたら気に入られた、今思えばさっぱり本当の事がわからないパルミラ20歳改め14歳を人身御供に差し出して、適当な事を言いながら一人抜け出した。
秋の風が、すごく気持ちいい。
中の空気は澱んでるとは言わないけど、やっぱりどこか息苦しかった。多分、普通に居心地が悪かったのだろう。自分でも無理をしているのがわかっているだけに。
バルコニーの端、欄干に手を突いて、控えめにのびをする。何処で見られているのかわからないから、油断は出来ない。
それにしても、お腹減ったし、喉も渇いた。
食事はいくらでもあったものの、慌ただしくて手を伸ばす暇も無かったし、飲むものは勧められはしたが、館を出る前にアイラとパルミラに酒を飲むことを固く禁じられていていて、どれがアルコールでそうでないのかわからない俺としては、手を出しようが無かった。
それでも少しぐらいはとグラスに手を伸ばしたら、もの凄く自然にパルミラに阻止された。パルミラが出来過ぎて怖い。というか、むしろその為にパルミラが従者に選ばれたんじゃないだろうかとすら思う。
まあいいか。今日は我慢だ。
欄干から、街を見下ろす。城は丘とも山とも言える土地の最も高い場所に建っている為、全てを見下ろす事が出来る。
手前は外界との遮断の為に植えられたと思われる木々の梢に防がれているが、その間から見える街は、いつも以上に煌びやかに見えた。街全体を照らす明かりが、ちらちらと揺れるのが見える。
そういえば、祭りがどうとか言っていたな。
だから、今日は特別なのかも知れない。
祭りといえば、勿論知らないわけでは無い。
いつも以上に夜が長く、そして特別なものを売る露天が出る。だから特別な気分になる特別な日だ。
それも、あそこに居れば、だが。
ここからだと、それが如何にも楽しそうに見えた。
下々の暮らしに憧れる姫様気分という感じだろうか。俺にとっては勿論ここも特別なのだが、気疲れしかしない。
特別な日はやはり解放感を感じたいものだ。
「あーあ、あっちの方が良かったなあ」
思わず本音が俺の口から零れる。
「お疲れ様です。ですが、もう少し我慢して頂けますか」
背後から声を掛けられた。最早驚くことも無い。
振り返ると、そこには当然のようにレオンが居た。両手にグラスを持っている。
差し出された片方を受け取る。
「果実のジュースですよ」
俺としてはそれがアルコールであっても飲むつもりだったが、わざわざレオンがそう断るからには、アイラ、パルミラのその警告が、レオンにも正しく理解されているのかもしれない。
別に、アルコールに拘っているわけでもないので、有り難くそれを飲み干した。
「ふう、ありがとな。喉がカラカラだったんだ。助かったよ」
「それは何より」
にこりと笑って、自らも手にしたグラスを煽る。俺のように全てではなく、極めて上品に少しだけ。
その様に、ついでなので俺は前々から気にしている事を言ってみることにする。
「前から思ってたけどさ。レオン。なんていうか、その敬語の口調。いい加減素にならないの?」
それは何となく程度の提案だった。
正直、その口調は俺にとっても、レオンのレオンらしさであって別段不自然には思わない。
ただ、例えばクロトーや、アーリィなどと話しているところを聞くに、敬語が素であるわけでもなさそうだった。もちろん、その言葉すらも素ではなさそうだとも思ったが。
でも、もしそれが作ってそうなのだとしたら、少し寂しい気もする。
「……そうですねえ。ですが会ってからこの方、ずっとこうですから今更という気もするのです。別に気取っているわけでもないのですが」
「じゃあ、『クリス』にもそうだったのか?」
夢の中、レオンがどのような口調だったのかまでは、よくわからない。その辺り、靄がかかったように曖昧だ。
だけど、今のような口調でなかったことだけはわかる。
別に、『クリス』と同じように接しろというわけじゃない。ただ、もし、レオンがそうした口調で無理をしてるならばと思ったのが一つ。
後は、素直に、素なレオンを見てみたかったというのが一つ。
―――ああ、いや、うん。思えば、無理はしてないな。多分。
これは俺が、ただ素のレオンを見たいだけだ。
「そういうわけでは―――ありませんでしたね。確かに。ですが、正直いまさらと思えば、やはり恥ずかしいものなんですよ」
「ふん、恥ずかしいとか、それこそ今更だろうによ……強情な奴だな。まあ、いいけどさ」
とはいえ、そこまで拘ってるわけじゃない。
それはちょっとした好奇心だし、確かに今更なのだろう。
はぁ、とため息を着く。
ドドン!
「んんっ?!」
気を抜いていた俺は、突然響いた大気を震わす音に、ビクッと身体を震わせ、背後を振り返った。
夜空に輝く、大きな光の輪。
色とりどりの煌めきを放ち、広がり、そして消えていく。
「な、なんだ、あれ?」
その魔法のような光景に、俺の目は釘付けとなった。
消えたと、思えばまた、光の輪が広がり、そして遅れてドンという大きな音。
不思議で、そして美しい光景だった。
それが一体なんなのかとか、どうなっているのかとか、理屈なんかどうでもいいほどにそれは燦爛だった。
「花火、ですね。初めてでしたか?」
「ああ、うん。うわあー……」
次々と、夜空に咲く光の花に見とれる。
本当に、なんて綺麗なんだろう。
ぞくぞくするほどの美しさがそこにはあった。
「レ、レオン!すごいな!初めて見たよ!」
一瞬もそれを見逃さないように、ちらちらとレオンを窺いながら、俺は興奮して声を上げる。
花火か。こんな凄いものが、世界にあったなんて。
黒々とした闇を背景に、それを払うかのように大輪の花が咲き続ける。
それは多分に幻想的で、その美しさの虜となった俺は、それ以上の言葉も無く、夜空を見上げ続けた。
「クリス」
「んあ?」
それに気を取られていた耳にレオンの声が届く。
間抜けな声で応答したその時、俺はいきなり背後からレオンに抱きすくめられた。
「……って、レ、レオン」
突然のことに驚き、後ろを振り返ろうとしても抱きすくめられていて、レオンの顔がよく見えない。
それ程には、強く俺は拘束されるように抱き付かれていた。
驚いて、思わず振り解こうと手を欄干から離す。
「―――クリス」
瞬間、耳元でささやくようにその声が俺に届く。
ゾクッと俺は身体を震わせて、身体を強張らせた。振り払う気力が萎えていくのがわかる。
なんなんだよ。
レオンにも、自分にも、その言葉を思う。
振り解こうとした両腕を固めて、何かに堪えるように、拳をぎゅっと握った。
「な、なあ。レオン―――」
「―――クリス。必ず俺が守る。何があっても、信じてくれ」
「っ!」
再び、それは耳元で囁かれた。
ぞくりとするほどの、強烈な感情が脳髄から身体を駆け抜け、俺は震えた。
これは、一体、誰の、言葉なんだ。
そう理性は告げても、当然のように本能がそれを追い越し、これが素の―――本当のレオンなんだと理解して、その強い言葉に痺れるような喜悦を俺は感じてしまう。
言葉の意味は、わからない。
何があっても。
多分、それでもレオンは俺に言えない何かが、きっとまだ、あるのだろう。
それでも信じてくれと、レオンは、恐らく自分に出来る最も強い言葉でそれを伝えてきた。
こんなの……卑怯だ。肝心なことは言わないで。でも。
信じないなんて―――出来るわけないじゃないか。
「わ、かった、よ。レオン」
自分でもわかるほどに心臓がドキドキと高鳴る。
それが、尚恥ずかしい。抱き付かれているだけに、それは間違いなくレオンにも伝わっているに違いない。
レオンは一体どんな顔をしているんだろう。無性にそれを確認したくなる。
どこかで、それは駄目だと警鐘が鳴っているが、それでも俺は、殆ど何かに操られているかのように、肩口にあるはずのレオンに振り向いた。
「っ!」
当然のように、俺はレオンの顔を至近距離で見る事になった。
息を飲み、離れようとするものの、俺を見つめるレオンの瞳に囚われて逃げられない。
背後に煌めく花火の光に照らされて、レオンの顔が、瞳が不思議な色に輝く。
吸い込まれてしまいそうだった。
「……クリス」
駄目だ駄目。その声で、その顔で、その目で、今は俺を呼ぶな。
耳が、脳が、心が、溶けてしまいそうになる。
どうにでもなれという、気になってしまう。
本能が、俺を塗りつぶしてしまう。
俺は何度も何度も瞬きをして、目を閉じそうになる自分を抑えた。
でも、気持ちも裏腹。間違いなく俺の奥底が、それを望んでいる。二律背反。欲しくないのに、欲しくて堪らない―――
―――何時か、この身体を出て行かなければならない―――
「んっ!」
瞬間、甦ったその決意の言葉と、そして恐怖に、俺はレオンを間一髪で押しのけた。
まるで自分を引き剥がすかのような強烈な罪悪感が俺を襲う。
心底の本能に抗う。
それが恰も間違った行為であるように受け止めてしまうからだろう。ひょっとすると本当に間違っているのかも知れないが。
だから俺は、無理矢理に身体から引き剥がしたレオンの顔が、まともに見れない。
どう思っているんだろう。衝撃なのか、失望なのか。
そう思えば、胸が張り裂けそうだった。
どうして俺はこんなことを思ってしまうんだろう―――
―――それは、俺が今示したのが、明確な拒絶だったからだ。
「レオンっ!」
俺は焦って、レオンの顔を見ずに、その手を強引に取った。
そうしないと、レオンが何かを言ってしまう。そうしたら、俺はレオンがどう考えているかを悟ってしまうだろう。それが怖かった。
勘違いされてしまうことが、恐ろしかった。
別に俺は、お前が嫌いなわけじゃ―――
「レオン。俺と、踊ろう。踊ってくれないか?……踊って下さい?踊って……」
捲し立てながら、顔を見る。何を言ってるかわからなくなって、段々それが尻すぼみになった。火を噴きそうな程、恥ずかしい。
でも、そう言われたレオンの顔は、素直な驚きの表情で、それからフッと笑顔になり―――その顔に呆然とした瞬間、自然に俺を引き寄せ、そして軽く俺の額にキスをした。
一瞬の、出来事だった。
「な、な、な!?」
「―――喜んで」
「~~~っ!」
嬉しさなのか、怒りなのか、ぐちゃぐちゃになる思考の中、レオンはそれを封殺するように、満面の笑みで、俺の要請を受けた。
卑怯だと思う。何かを言おうとするが、パクパクと口が動くだけで、全然声が出ない。
「行きましょうか。クリス」
そのまま、少し強めに手を引かれ、会場へと連れ去られる俺。
自分の額に手を添える。それが驚くほど熱く感じた。
今の、一方的に俺が負けただけじゃないのか。
良いようにされているような不満と、それに相反するわき上がる感情に打ちのめされながら、いつも以上に強引なレオンに手を引かれ、俺は、未だ空に浮かび続ける光の大輪に照らされ続けるバルコニーを後にした。
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