すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

58話 デビュー

 やがて馬車はゆっくりと速度を落とし、そして止まった。
 時間としては、考え事をしていたこともあって、そんなに経ってない気もした。
 それに実際に、城が近い、というよりも、レオンの館が城に近いのだろう。第三王子の館だけに。大体、毎日レオンも城に出仕してるわけだし。


 とはいえ。


 着いた。着いてしまった。
 早くも、緊張する俺。往生際悪いのはわかってはいるが、超帰りたい。オナカイタイとか言ったら、帰してくれないだろうか。
 そんな俺の内心を見透したように、タイミング良く、或いは悪く、馬車の扉が外から開け放たれた。御者が先に降りて、開けてくれる段取りのようだった。なるほど自分の手を煩わせないという意味で、貴族っぽい感じだった。


 銃士なので、まずパルミラが降りる。続いて―――レオン。そして俺だ。
 順番とかも重要らしい。その辺は、ちゃんと聞いている。わりと土壇場だったが。
 嫌々な内心を押し殺し、馬車の扉を潜る。


 「―――!」


 そして俺は眼前の光景に絶句した。


 目の前にあったのは、城。それも、白亜の尖塔が幾つも立ち並び、それを繋いで出来た巨大な構造物だった。
 中央にある天にも届くのかと思われるほどの巨大で、他とは比べものにならないほど高い尖塔を中心に構成された、集合構造体。


 大帝国皇帝のおわす場所。ストロイデル城。


 それはなるほどと十分納得出来る威容だった。それが、日の落ちた今にあってなお、月明かりによって照らされ、闇に浮かぶ。


 改めて俺は、とんでもない場所に来てしまったことを実感し、緊張にごくりと唾を飲み込んだ。
 マジかよ、という言葉しか思い浮かばない。


 「クリス」


 その呼び声に我に返った俺は、城に釘付けになった目線をレオンに向ける。
 先に降り立ったレオンが、笑みを浮かべたまま俺に手をさしのべていた。


 その様に、ほう、とため息を付く。


 安心しただけではなく、その姿が余りにも様になっていて、素直に格好いいと俺は思った。思ってしまった。


 そうだよな。城に見取れはしたけど、案外近くにも、負けない対象が居たな。それに何時も会っている訳だし。


 そう思うと、緊張がすこし解れた気がした。
 フッと笑いながら、その差し出された手を取る。出る前に、カレンに言われた言葉が脳裏に甦る。曰く、殿方の言うとおりにしなさい。恥をかかせてはいけませんよ。


 確かに、ここまで来て恥をかかせるつもりは無いし、むしろどちらかというと、レオンにはより格好良くあってほしい。
 なんというか、そうであるほうが、俺も嬉しい。
 それは自慢したいとかそういうのじゃなくて……この気持ちをなんと言えば良いんだろう?


 「ありがとう、レオン様」


 地面に降り立ち、にっこり微笑んで、準備しておいた外行きの台詞を口にする。
 何となく不思議な感覚だった。ともすればレオンも同じなのか、ほんの少しだけ驚いた顔になった。


 「どうしましたか?」


 「いえ……そうですね。私としたことが、少し見とれてしまいました」


 その言葉に、ぐっと胸が詰まるような間隔を覚える。
 最初の頃こそ、そうした言葉を良く言っていたものの、最近ではあまり聞かなくなった類いの言葉だった。
 改めて言われると、さすがに恥ずかしい。浮ついてしまう。
 というか、あまり浮つかせるなよな……。なんか失敗しそうになるだろうが。


 「行きましょうか」


 「ええ」


 その言葉にパルミラが反応して、先に歩き始める。案外その銃士然した行動が様になっている。余程俺より堂々としている気もした。
 それに続いて、レオンが俺の手を軽く引きながら歩を進める。


 見れば、城の入り口から煌々と光が漏れ、数人がそこに同じように入っていくのが見えた。余裕が無かったから気付かなかったが、次々と馬車は到着し、煌びやかな服を着た老若男女たちが、やはり城に向かっていく。


 全員、貴族なんだよな。


 ふと、来る時思っていた事を思い出す。キョロキョロしないようにしなければ。


 開け放たれた城の大きな扉まで来ると、パルミラがさっと横に避けた。
 疑問に思う間もなく、レオンがそれが当然のように、扉を潜る。なるほど、城の外では露払い。入場するのは主人が先、ということらしい。細かい。
 それにしてもパルミラのその順応っぷりが凄い。完全に従者だった。ちっこいのを除けばだが。


 そのまま、腕を引かれ扉を潜る。
 そこは高い天井のエントランスホールだった。他の城どころか、初めて城というものに入った俺としては、それが普通なのかどうなのかすらもわからない。
 その大きさに圧倒されつつホールを抜け、そして一人の執事らしき初老の男の佇む扉に進む。


 「これはこれは王子。今日はお早いお着きですな」


 「クロトー、皆は?」


 男は王子……レオンを認めると、物腰柔らかく、深々と礼をした。さすがに城の人は顔見知りなんだなと今さらのように感心する。


 「半数以上が既に参集なさっております。流石に今回は最後ではありませんな」


 「ああ、クロトー。紹介しておこう。彼女はクリスティーン・ルエル・フェルミラン。こちらは、従者のパルミラ・ウィルバックだ」


 この執事っぽい男は執事なんだろうが、普通、そんな執事にまでこうして声を掛けるものなんだろうかと思いつつ、紹介された手前、軽く頭を下げる。
 無言なのは、どういう態度を取れば良いのかわからないからだ。


 「クリス。彼は、この城での雑事一切を取り仕切ってる、クロトー・カトレットだ。およそ城の事では彼以上に知っている者は居ないだろう。もし、クリスがここで何か困ることがあったら、彼に頼ると良い」


 「過分なお言葉ですな。クリスティーンお嬢様、パルミラ様、宜しくお願いしますぞ……レオン様を」


 「……っ!」


 最後にそう付け加えて、意味をひっくり返すクロトー翁。茶目っ気たっぷりにウィンクまでしてのける。
 予想外なその言葉に度肝を抜かれた。
 真面目で堅物そうに見える執事ながら、案外どうして好々爺と言って差し支えない感じだ。
 こういうのは嫌いじゃ無いんだが、驚かすのは止めて欲しい。


 「全く……良いことでもあったのか。クロトー」


 その様を嘆息しながらも、しょうが無いなという口ぶりでレオンは言う。
 当然なのだろうが、レオンはクロトーがこういう人物なのをよく知っているという感じだった。多分には、長い付き合いなのだろう。


 「良いこと?そうですなぁ。何時もこういった集まりには態度には出さずとも嫌々に一人で最後の最後に現れては真っ先に帰られるレオン様が、まさか見目麗しい女性を連れて登城なさった―――この驚きを重畳として何の不自然がありましょう?」


 「そうなのですか?」


 クロトー翁の言葉に意外な事実を聞いて、俺は思わず聞き返す。
 社交的なレオンの事。こうした慶事では、それなりに振る舞っているのだと思っていた。


 「そうですとも。レオン様は昔からこうしたパーティが好きでありませんでな。どうにも女性に言い寄られるのが苦手のようでしてな……そのような事で皇帝の血筋たる者が怯まれて如何するのですと、何時も私も言っておりましたが、それにしても」


 「クロトー、もういい。入る」


 俺にとっては心底興味深い話を、珍しく軽く仏頂面になったレオンが無理矢理中断させた。


 女性に言い寄られるのが苦手、と。


 余りにも意外な話に、イヤらしい笑みを浮かべてしまう。
 今までの事を思えば、それは一番想像出来ない話だった。大体が、俺こそ毎回レオンに良いように遊ばれてる感があった。それに結構遠慮無いし。
 それを思い出しても、女性の扱いには手慣れているというイメージこそあれ、言い寄られるのが苦手などという話にはどうにも結びつかなかった。


 聞いてみれば、あまりにも意外なそれ。
 何となくレオンの秘密にまた触れたようで、案外悪い気分では無かった。


 「ははは、わかりました。何にしても今日は目出度い。どうぞ、こちらへ」


 レオンの態度など何処吹く風。呵々と笑い、クロトーは大きな両開きの扉を開いた。


 「うわ……っんん」


 途端中から漏れ出してくる、煌びやかな光。
 その部屋は広く、そして豪奢な雰囲気で満ちていた。ありとあらゆる場所で光が灯り、夜にあってそこだけは別世界のように、煌々と照らし出している。そしてそこに居る、色とりどりの服やドレスを着た人々。色んな意味で、眩しい光景だった。


 思わず口に出た感嘆の言葉を慌てて飲み込む。
 その光景に気圧され、固まっていた俺に、クロトー翁が軽く耳打ちしてきた。


 「クリスティーン様、腕を」


 その声にハッと我に返って、慌てそうになる心を抑え、そして自然な感じに差し出されているレオンの腕を軽く取る。
 危なかった。付け焼き刃だけに、ボロが出そうだ。
 早速やってしまった感満載な俺の視線を捕らえ、レオンが軽く笑みを作り、そしてそのパーティ会場へと歩を進める。


 途端、談笑に包まれていた会場の、俺たちの周りが静かになり、そして俺は何度目かの好奇の視線に晒された。遠慮無遠慮取り混ぜたそれに顔を下げそうになる。


 ―――背筋を伸ばし、顎を軽く引く。目線は真っ直ぐ前を。


 カレンの言葉が頭に甦り、俺は呼吸を意識しながら、姿勢を正す。
 ここまで来たんだ。やりきってやろうじゃないかという妙な克己心が芽生える。付け焼き刃とは言え、十分過ぎるほど頑張ったんだ。見せてやらなきゃもったいない。


 レオンを追い、静々と歩を進める。
 緊張してはいけない。顔に出る。表情は柔らかく。胸を張って、足を運ぶ。
 見れば、きっと地位の高い者達なのだろう。そんな者達の視線を集めながら堂々と進むことに、段々快感めいたものを感じる。自分が、ではなく、自分たちが、だ。


 もちろん、それは王子であるレオンの補正であることはわかっていても、元々冒険者でそして奴隷でもあった俺が、貴族達の視線を集めて歩くなんて夢にも思わなかった。
 しかもその視線は、批難や蔑みのそれではなくて、感嘆、賞賛、憧憬、そうした肯定的なそれらばかりだった。
 気分が高揚しても、仕方ないだろうと思う。


 「レオン王子。本日はお早いお着きですな」


 「シルバーバーク卿。いつ帝都にお戻りに?」


 そんな浮ついたところに、急に声を掛けられた。
 俺が、ではなく、レオンが。
 見る限り、それは髭の濃い爺さんという印象だった。レオンと同じく、軍服姿。やや太り気味で顔つきも柔和なそれだが、片目に眼帯くれて、それでも隠しきれないほどの大きな傷が顔面に走っている。


 歴戦なのだろう。多分、ただ者でも無い。
 そんな爺さんは、上品そうな老境の女性を連れていた。恐らくは、爺さんの奥さんといったところだろうか。


 「一昨日ですな。南方域はこの季節は堪えますわい」


 そう言って笑うシルバーバーク卿とやら。悪い人では無いのだろう。雰囲気としてはどちらかというと、割と庶民的に見えた。


 とはいえ、軍服に見えるⅢの文字。多分、第三軍団の将軍か、その辺りなのかもしれない。何しろ帝都の真ん中で行われるパーティだ。誰が居たとしても全くおかしくは無い。


 「レオン王子。こちらの方は?」


 ハッとするほど穏やかな声で奥さんが俺を見ながら、レオンに語りかける。そりゃまあ、気にはなるだろう。
 クロトーの話だと、普段は一人で遅れて入場してるらしいし。


 「ああ、奥方。それに将軍。紹介しておきましょう。彼女はクリスティーン・ルエル・フェルミラン。故あって、私が保護しているひとです」


 ひとです、か。上手い事言うな。
 そこに自分の事ながら微妙なニュアンスを感じた俺は、少しだけ赤面して、二人に軽く会釈する。


 「フェルミラン、というと……侯爵家の」


 ひと、の部分はともかく、二人が反応したのは俺の名前だった。俺は本能的に身体を軽く震わせる。


 そうだ。ここでは確かに、俺の……じゃない『クリス』を知っている者が居ても全くおかしくない。知っている場合、俺の正体がばれてしまうのでは無いだろうか。
 軽く焦り、視線だけでレオンを窺う。レオンは……平然としていた。


 「そうですね。しかしながら、それについては少し長くなりますので……」


 そりゃ、長くなるだろうさ。
 いけしゃあしゃあとそう言うレオンに、内心で三白眼になる俺。


 「そうですの。何か事情がおありなのですね」


 良い感じに解釈する奥さん。優しい目で俺を見る。
 何もしてないのに、なんだか凄く悪い事をしてる気分になったが、ぐっと飲み込んで軽く頷いておいた。


 「それはそれとして、王子。北部域に赴かれたとか。如何でしたかな?何事か―――」


 「あらあら。こんな可愛らしい女性が居るのに、あの人ったら……、クリスティーンさん、殿方は難しい話がしたいようですから、よろしければご一緒しませんこと?私も、見てる方も、貴女のお話が聞きたいわ。私も皆に紹介したいし。もちろん、そちらの可愛らしい従者様も」


 あっさりと俺に興味を失ったようにレオンと話し始める将軍様に気を取られていると、奥さん、いや奥方、えーと、奥様が、俺にそう提案してきた。


 きっと、善意でそう言っているのだろう。それは間違いない。
 間違いないが、レオンと離れて大丈夫だろうか。俺が。不安すぎる。
 レオンをちらりと見る。うんと頷いた。いや、そうじゃねーよ。助けろよ。


 「私は、クレアリート。クレアと呼んでね」


 ハラハラしてる間に、話が進む。
 どうやらレオンは俺を千尋の谷に突き落とす気らしい。頷いてからこちらを見ることもなく、将軍と何かしら話し込んでいる。戦争がどうとか。裏切り者め。


 「……では、どうぞ私の事もクリスとお呼び下さい。クレア様。こちらは従者のパルミラと申します」


 仕方なく。本当に仕方なく覚悟を決めて、俺は奥様に頭を垂れた。
 有り難くもパルミラも誘われていることもあって、パルミラも巻き添えにする。正直一人なのも不安だったからだ。


 「そう、じゃあクリス。あちらのテーブルに参りましょう。それにしても可愛い従者様ね。お歳は幾つなのかしら」


 「14歳です。奥様」


 本当のことを言って面倒になるのを避けたのだろう。パルミラが即座に切り返す。


 ……そうだよな?実は14歳じゃないよな?


 「若いのにしっかりしてて、感心だわね。でもそんなに畏まらないで。貴女もクレアと呼んで暮れていいのよ?」


 「ありがとうございます。クレア様」


 そつが無さ過ぎるパルミラが、なんだかもの凄く頼もしい。
 あの館の教育も、最小限しか受けてなかったはずなのに。俺やアイラの立場はどうなるのだろうか。


 そんなことを考えながら二人、既にあれこれ矢継ぎ早に聞いてくるクレアの後を追って歩き始めた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品