すわんぷ・ガール!
57話 決意
「クリス、そろそろ城に行きましょうか」
「っ!!!???」
日が落ちて城から帰ってきたレオンが、夕食の席で突然俺にそう告げた。
その話の前は、確か、「実は帝都では秋祭りがありまして」という話だった。それをふーんという顔で聞いてたら、自然な感じでそのまま通告されたという状況だった。
超展開というのはこういうことを言うのだろう。何言ってんのと思わず突っ込みそうになる。
「……それはつまり、その、なんていうか、俺を両親というか、皇帝に紹介するって話なのか。もしかして……」
レオンの言葉に、談笑の声がぴたりと止み、静寂の中、たどたどしい俺の声が響く。
行きませんか?ではなく、行きましょうか。
同意を求めない、その当然とも言える言葉に、凄まじく動揺する俺。
いや、いや、当然だよな。確かに。実際、随分前からそういう話だったわけだし。そもそもここでこうしている目的も、その為だったはずだ……だったはずだよな。
でも、余りにも敷居が高過ぎるだろう。両親に会えっていう段階でかなり大概なのに、その両親は要するに皇帝及び皇后様なわけで。もう、その段階で何も考える事が出来ない。
いやでも、それもわかってたことだしな……。
それにしても。
行きましょうか。行きましょうか。って!
ああもう。なんなんだよ。そこは普通聞くだろ。疑問形だろ。なんでそんな当然みたいなんだよ。そんなあっさり言うなよ。まだ心の準備が出来てないんだよ。
「……どうしよう。お姉様がもの凄く可愛い」
「はぁ?!」
気付いてみれば、ぼーっと心持ち上気した顔でアイラが俺を見ていた。
それどころか、見回してみると、パルミラもメイド達も一様に、感嘆したような、そんな顔で俺を見ていた。
一体なんなんだ。これは。
「全部声に出てたし、顔も真っ赤にしてクネクネしてた」
パルミラが俺を指さして、そんなことを宣った。無表情だが、やや頬が赤い。
……えっ?
絶句して周りを見る。全員に頷かれた。機械人形のような動きで首を回し、レオンを見る。
はにかんで苦笑するレオンと目が合った。
恥ずかしさと、何故か怒りがこみ上げてくる。
「いや違うからなレオン!急すぎるから驚いただけだっ!大体そういうのはもっと前もって言っておくもんだぞお前!大体、皇帝陛下とかどうやって挨拶したらいいんだよ……!」
カッとなって席を立ちながら、レオンを指さし俺は叫ぶ。
自分でも何を言っているかわからない。
「いえ、違うんですよ。勿論、最終的には両親に会って貰わなければいけませんが、今回は、祭りに伴って城でパーティが行われるので、そちらに一緒に行きませんか、という話です」
「なっ!?」
実は別段超展開でもなんでも無い事に気付いて絶句する俺。
横で、ぐっとか何かをかみ殺した声が聞こえた。ギッと目線を向けると、アイラとパルミラがさっと顔を背ける。
くっそ、仕方ないだろ……、城って言われたら、ついに来たかとか思うに決まってるじゃないか……。
「そ、それにしても、城のパーティってアレだろ。ドレスとか着て、ダ、ダンスとか踊ったりするんだろ……俺まだ、ダンスとか知らないぞ……」
パーティといえば、思い出せばバスラゲイト要塞で参加した思い出がある……が、流石にあれと、お城のパーティを一緒にしたらいけないだろう。
お城のパーティ。カボチャの馬車で登城して……。いやまて、何か違う。違うが、そういうものじゃないのだろうか。やはり舞踏会とか、有るんじゃ無いのか。
考えてみると、それはこの先、というか既にすぐ先だが、避けては通れない話だったんじゃないだろうか。
それなのに、そんなの一度も習ったことなんか無い……。
「大丈夫ですわ、クリス様。この為に、あえてダンスは教えませんでしたの」
悩む俺に、カレンが驚くべき事を言った。
どういうことなんだ。疑惑の目線を向けると、カレンはにっこりと微笑む。
「殿方との初めてのダンス。ぎこちないクリス様を、きっとレオン様が優しくリードしてくれますわ。何しろ初めてですから。クリス様は安心してレオン様にその身をゆだねていれば何も問題ありませんわ。きっと素敵な一夜になることでしょう!」
「身をゆだねてって、おい……」
……なんだろう。何故か盛り上がるカレンが黒く見える。弄ばれてる感がハンパない。
  ま、まあ、レオンの事だし、確かにダンスにしたって任せてれば何とかなるのかもしれないが。
チラっとレオンを見る。
「大丈夫ですよ。落ち着いて合わせて頂ければ問題ありませんから」
「お、踊らないからなっ?!」
目が合った瞬間、心を見透かされたように言われた言葉に、つい反発する俺。
なんとなく、その余裕な感じがムカツク。あえて言えば、何もかも見わかっていますよという感じだ。
前からそんな感じではあったが、最近は少し俺が押してたハズだ。なんだこれ。反撃なのか。それとも、俺が―――
「案外お姉様って、押しに弱いですよね。迫られると断れない的な」
「断ってるだろ!」
翌日夕方、館の門で待つ俺の前に、一台の馬車が止まった。
その馬車は随分昔に絵本で読んだと思われた記憶の中にある、お城行きといえばこんな感じと想像したのと同じ、豪華な真っ白の馬車だった。
最初は、窓も無い奴隷の馬車。
次は、親衛隊の実用一辺倒だが、クッションの敷き詰められた馬車。
今度は、これか。
俺も偉くなったもんだなと、妙な感慨を抱く。
「さあ、行きましょうか」
何時もと違う、なんだか見た目重視な軍服に身を包んだレオンが俺に手を差し出す。
……何着ても様になる奴だ。なるほど王子様といわれれば、今や全く疑いも無い。
この手を取ると、後戻りできなくなるなと思いながらため息を付き、しかし今さらな事もわかっているので、真っ白のロンググローブをつけた手を仕方なく重ねた。
今日のドレスは、エメラルドグリーンのホルターネック。これで白なら完全にウェディングなアレな感じだが、流石にそこは自重されたようだった。
大体がカレンによってコーディネートされたが、それはさながらプチファッションショーのようになり、この格好に決まるまでに恐ろしく時間が掛かった。間違いなく、メイドによって俺は弄ばれていたと思う。
頭に花の髪飾り。首に宝石編み編みのネックレス。耳に小さなイヤリング。腕にバングル。
重武装完全装備だった。今なら竜をも倒せよう。
「行ってらっしゃいませ。御館様、お嬢様!」
ついさっきまで俺を人形扱いにして遊んでいたアイラ含むメイド達が整列し、馬車に向かう俺たちを礼を持って見送る。その後ろから、帯剣したパルミラが続いた。
こうした社交なパーティでは、通常一名の銃士を同行させることができるそうだ。この役目は、今までレパードだったらしいが、特に理由が有るわけでも無く、また別段城郭内で危険もない事から、パルミラが選ばれた。
一応、俺の従者として認められた格好になる。有り難いと思うべきなのだろうか。
そんな俺の思いは裏腹、パルミラ本人は結構嬉しかったらしく、表情には出てないもののかなりの張り切りようだった。真っ白な軽鎧に身を包み、例の剣を腰に差す様は、一端の剣士に見える。その身長を別にすれば、だが。
「パルミラ、頑張って」
そんなパルミラにアイラが小声で声を掛ける。それに対して軽く拳を握って応答し、レオンに伴われ馬車に乗る俺に続いて、パルミラも同じく馬車に乗り込んできた。
こうした場合、従者は通常同じ馬車に乗ることはなく、御者台に座るものだが、色々あって同じだった。勿論、その理由はよくわからない。レオンの何かしらの配慮なのだろう。
「出してくれ」
俺たちが座ったのを確認したレオンが、御者に告げる。御者も馬車も城からの使いであって、レオンの配下というわけではない。いや、ある意味配下なのか。
そもそも第三王子の立場から考えて、配下ではないとはっきり言える者は、城には少ないだろうし。
軽く馬の嘶く声と同時に、がくんと馬車が動き出す。
窓から外を見ると、整列したままこちらを見るメイドと館が少しずつ遠ざかっていく。なんか出荷される気分だった。
出発したばっかりだが、正直もう帰りたい。
「不安ですか?」
そんな気分で外を見ていると、レオンが声を掛けてきた。
「……正直、不安だらけだ」
ぶすっとした顔で、外を見たまま答える。
不安じゃないわけがない。
そもそもの身分は、底辺の代名詞、冒険者だ。城、上流階級、社交パーティ。どれ一つとっても、全く身に覚えが無い。
実際、その上流階級な人間に、レオン以外まともに会った事が無い。まとも以外の経験は、冒険者だった頃、遠くでロクデモナイ演説をぶちかましてた貴族ぐらいだ。ああ、いや。グイブナーグが居たな。そういえば。あれも貴族だったか……。
そんなわけで、俺の貴族のイメージは最悪だった。素直に、レオンが居るのでバランスが取れていた部分もあるのだが、その一方で、やはりレオンだけは特別なんだろうと意識の何処かが告げている。その他の貴族はクズばっかだと思う。いや、そう思いたいのかも。
人間は、見たいものを見たがる。
俺たちみたいな底辺な冒険者で、およそ貴族に好意をもっている者は居ない。
なぜなら、羨ましいから。
かけがえのない命をかけて稼ぐ身銭を超えて、やつらは金を持っている。しかも、大した努力もしていないのに。なんてヤツらだ―――
だから、貴族は悪で無ければならない。そうでなければ、自分たちが惨めすぎる。
そうやって、自分に都合の良い貴族像を作り上げる。それが最悪であるのも、当然だろう。
ただ、理性的になってみると、そんなわけがない。
貴族どころか王子だったが、レオンがそうであるように、結局それは殆ど幻想のようなものだと思う。そりゃ、貴族に悪い人間も居るだろう。でもそれは、別に貴族に限ったことじゃない。だから普通に、良い奴も居る。そうでなければ、流石に国が保たない。
ただ、そう理解したとしても、やっぱり不安だった。素直に言えば、怖かった。
やっぱり心の底では悪い奴らだったりするし、しかも想像するしかない世界の住人だ。わからない。わからないから、怖い。
「大丈夫ですよ」
柔らかく微笑んで、レオンが言う。その何時もの様に、少しの安心を覚えつつも、つい反抗する俺。
「……レオン、そればっかだな。他に何か、こう……無いのかよ」
軽く睨め付けると、レオンはふとこれ以上無い優しい笑みを見せて言った。
「それでも私が必ずクリスを守ります。ですから安心してください」
「っ!」
その顔、その言葉。
自分でも即座にわかるぐらい、顔が紅潮する。
そういえば、帝都に入るときも、同じような事を言っていた。
本当にこいつは―――大した奴だ。そんな言葉を、恥ずかしげも無く心から断言できるというのは素直にすごい。それが例え嘘であっても、それ程までに強く言われれば、嬉しくならないはずもないからだ。
そこにあるのは、傲慢さ。
俺ならば、そこまでの言葉は言えない。無責任になってしまうから。
でも、『それでも守る』と断言するレオンの強さに、俺は心が痺れるのを抑えられない。
「くそ……卑怯だぞ……」
俺はそう言うのが精一杯だった。下を向いて、顔を隠す。今顔を見られるのは恥ずかしい。見られなくても、恥ずかしさに火が出そうだ。
唇を噛んで、口元が歪むのを抑える。
そうしていると、横に座ったパルミラが、俺をつついて宣言した。
「クリス、大丈夫。私も守る」
空気を読まないパルミラの言葉が、なんだか心底有り難かった。
よく考えてみれば、俺は今や二人に守られる立場だ。
ほんの少し前までは、違った気がする。俺が守っていたはずだった。
いつから、俺は守られる立場になったのだろう。何故、そうなってしまったのか。何の気なしに考えるそれが、ふと結論に至る。
―――弱い、からだ。
その結論に、俺は目を細める。
そう、俺は弱い。
剣はパルミラに及ばない。魔法だって不安定だ。今、魔法を放てといわれて、ちゃんと出るかどうかもわからない。
それ以上に、暴走する恐ろしさもあって、今では不用意に使うことも出来ない。未だに、自分の事がわからず、そして、心すらも定かではない。
あれ以来、『クリス』は出ては来ないが、消えたわけではない。それは直感的にわかる。
今でも俺の中のどこかにあって、息を潜めている。レオンにすら言えていないが、既に俺は『クリス』を敵のように見なしていた。
何かの事情があるのはわかる。だが結果としてそれは、レオンを害しようとしている。
だとしたら、こればかりは俺が守らなければならない。
守られるだけではない。守らなければならない。
しっかりと、心に刻んでおこう。
ふと、思う。
もし、いつか俺がこの身体から出ていく時が来たとき、この身体は『クリス』に戻るのだろうか。
その『クリス』はどうするのだろうか。
それはあまり、良い結果にはならないような気がした。
だが、レオンは何を望むだろう。
もし俺が出て行くことで『クリス』が戻ってくるのであれば、それを望むだろうか。
―――望まないわけが無い。
レオンも、『クリス』に会いたがるだろう。それが悲劇の結果になったとしても。
夜の河原で、楡の木の下で、語られた話は、きっとそうだと確信出来るに足る内容だったから。
……何時か俺は、この身体から出て行かなければならない。元の身体に、戻らなければならない。
そう思ってここまで来た。何があっても、その決意だけは変えるべきじゃない。
この身体は決して―――俺のものではない。
何時か『クリス』でなくなる俺は、その時、きっとたくさんのものを失ってしまうのだろう。
それでも、レオン。
その時まで、俺が守るよ。
そして出来れば、その先『クリス』とお前が幸せでいられるように、何とかしてやろうじゃないか。
「っ!!!???」
日が落ちて城から帰ってきたレオンが、夕食の席で突然俺にそう告げた。
その話の前は、確か、「実は帝都では秋祭りがありまして」という話だった。それをふーんという顔で聞いてたら、自然な感じでそのまま通告されたという状況だった。
超展開というのはこういうことを言うのだろう。何言ってんのと思わず突っ込みそうになる。
「……それはつまり、その、なんていうか、俺を両親というか、皇帝に紹介するって話なのか。もしかして……」
レオンの言葉に、談笑の声がぴたりと止み、静寂の中、たどたどしい俺の声が響く。
行きませんか?ではなく、行きましょうか。
同意を求めない、その当然とも言える言葉に、凄まじく動揺する俺。
いや、いや、当然だよな。確かに。実際、随分前からそういう話だったわけだし。そもそもここでこうしている目的も、その為だったはずだ……だったはずだよな。
でも、余りにも敷居が高過ぎるだろう。両親に会えっていう段階でかなり大概なのに、その両親は要するに皇帝及び皇后様なわけで。もう、その段階で何も考える事が出来ない。
いやでも、それもわかってたことだしな……。
それにしても。
行きましょうか。行きましょうか。って!
ああもう。なんなんだよ。そこは普通聞くだろ。疑問形だろ。なんでそんな当然みたいなんだよ。そんなあっさり言うなよ。まだ心の準備が出来てないんだよ。
「……どうしよう。お姉様がもの凄く可愛い」
「はぁ?!」
気付いてみれば、ぼーっと心持ち上気した顔でアイラが俺を見ていた。
それどころか、見回してみると、パルミラもメイド達も一様に、感嘆したような、そんな顔で俺を見ていた。
一体なんなんだ。これは。
「全部声に出てたし、顔も真っ赤にしてクネクネしてた」
パルミラが俺を指さして、そんなことを宣った。無表情だが、やや頬が赤い。
……えっ?
絶句して周りを見る。全員に頷かれた。機械人形のような動きで首を回し、レオンを見る。
はにかんで苦笑するレオンと目が合った。
恥ずかしさと、何故か怒りがこみ上げてくる。
「いや違うからなレオン!急すぎるから驚いただけだっ!大体そういうのはもっと前もって言っておくもんだぞお前!大体、皇帝陛下とかどうやって挨拶したらいいんだよ……!」
カッとなって席を立ちながら、レオンを指さし俺は叫ぶ。
自分でも何を言っているかわからない。
「いえ、違うんですよ。勿論、最終的には両親に会って貰わなければいけませんが、今回は、祭りに伴って城でパーティが行われるので、そちらに一緒に行きませんか、という話です」
「なっ!?」
実は別段超展開でもなんでも無い事に気付いて絶句する俺。
横で、ぐっとか何かをかみ殺した声が聞こえた。ギッと目線を向けると、アイラとパルミラがさっと顔を背ける。
くっそ、仕方ないだろ……、城って言われたら、ついに来たかとか思うに決まってるじゃないか……。
「そ、それにしても、城のパーティってアレだろ。ドレスとか着て、ダ、ダンスとか踊ったりするんだろ……俺まだ、ダンスとか知らないぞ……」
パーティといえば、思い出せばバスラゲイト要塞で参加した思い出がある……が、流石にあれと、お城のパーティを一緒にしたらいけないだろう。
お城のパーティ。カボチャの馬車で登城して……。いやまて、何か違う。違うが、そういうものじゃないのだろうか。やはり舞踏会とか、有るんじゃ無いのか。
考えてみると、それはこの先、というか既にすぐ先だが、避けては通れない話だったんじゃないだろうか。
それなのに、そんなの一度も習ったことなんか無い……。
「大丈夫ですわ、クリス様。この為に、あえてダンスは教えませんでしたの」
悩む俺に、カレンが驚くべき事を言った。
どういうことなんだ。疑惑の目線を向けると、カレンはにっこりと微笑む。
「殿方との初めてのダンス。ぎこちないクリス様を、きっとレオン様が優しくリードしてくれますわ。何しろ初めてですから。クリス様は安心してレオン様にその身をゆだねていれば何も問題ありませんわ。きっと素敵な一夜になることでしょう!」
「身をゆだねてって、おい……」
……なんだろう。何故か盛り上がるカレンが黒く見える。弄ばれてる感がハンパない。
  ま、まあ、レオンの事だし、確かにダンスにしたって任せてれば何とかなるのかもしれないが。
チラっとレオンを見る。
「大丈夫ですよ。落ち着いて合わせて頂ければ問題ありませんから」
「お、踊らないからなっ?!」
目が合った瞬間、心を見透かされたように言われた言葉に、つい反発する俺。
なんとなく、その余裕な感じがムカツク。あえて言えば、何もかも見わかっていますよという感じだ。
前からそんな感じではあったが、最近は少し俺が押してたハズだ。なんだこれ。反撃なのか。それとも、俺が―――
「案外お姉様って、押しに弱いですよね。迫られると断れない的な」
「断ってるだろ!」
翌日夕方、館の門で待つ俺の前に、一台の馬車が止まった。
その馬車は随分昔に絵本で読んだと思われた記憶の中にある、お城行きといえばこんな感じと想像したのと同じ、豪華な真っ白の馬車だった。
最初は、窓も無い奴隷の馬車。
次は、親衛隊の実用一辺倒だが、クッションの敷き詰められた馬車。
今度は、これか。
俺も偉くなったもんだなと、妙な感慨を抱く。
「さあ、行きましょうか」
何時もと違う、なんだか見た目重視な軍服に身を包んだレオンが俺に手を差し出す。
……何着ても様になる奴だ。なるほど王子様といわれれば、今や全く疑いも無い。
この手を取ると、後戻りできなくなるなと思いながらため息を付き、しかし今さらな事もわかっているので、真っ白のロンググローブをつけた手を仕方なく重ねた。
今日のドレスは、エメラルドグリーンのホルターネック。これで白なら完全にウェディングなアレな感じだが、流石にそこは自重されたようだった。
大体がカレンによってコーディネートされたが、それはさながらプチファッションショーのようになり、この格好に決まるまでに恐ろしく時間が掛かった。間違いなく、メイドによって俺は弄ばれていたと思う。
頭に花の髪飾り。首に宝石編み編みのネックレス。耳に小さなイヤリング。腕にバングル。
重武装完全装備だった。今なら竜をも倒せよう。
「行ってらっしゃいませ。御館様、お嬢様!」
ついさっきまで俺を人形扱いにして遊んでいたアイラ含むメイド達が整列し、馬車に向かう俺たちを礼を持って見送る。その後ろから、帯剣したパルミラが続いた。
こうした社交なパーティでは、通常一名の銃士を同行させることができるそうだ。この役目は、今までレパードだったらしいが、特に理由が有るわけでも無く、また別段城郭内で危険もない事から、パルミラが選ばれた。
一応、俺の従者として認められた格好になる。有り難いと思うべきなのだろうか。
そんな俺の思いは裏腹、パルミラ本人は結構嬉しかったらしく、表情には出てないもののかなりの張り切りようだった。真っ白な軽鎧に身を包み、例の剣を腰に差す様は、一端の剣士に見える。その身長を別にすれば、だが。
「パルミラ、頑張って」
そんなパルミラにアイラが小声で声を掛ける。それに対して軽く拳を握って応答し、レオンに伴われ馬車に乗る俺に続いて、パルミラも同じく馬車に乗り込んできた。
こうした場合、従者は通常同じ馬車に乗ることはなく、御者台に座るものだが、色々あって同じだった。勿論、その理由はよくわからない。レオンの何かしらの配慮なのだろう。
「出してくれ」
俺たちが座ったのを確認したレオンが、御者に告げる。御者も馬車も城からの使いであって、レオンの配下というわけではない。いや、ある意味配下なのか。
そもそも第三王子の立場から考えて、配下ではないとはっきり言える者は、城には少ないだろうし。
軽く馬の嘶く声と同時に、がくんと馬車が動き出す。
窓から外を見ると、整列したままこちらを見るメイドと館が少しずつ遠ざかっていく。なんか出荷される気分だった。
出発したばっかりだが、正直もう帰りたい。
「不安ですか?」
そんな気分で外を見ていると、レオンが声を掛けてきた。
「……正直、不安だらけだ」
ぶすっとした顔で、外を見たまま答える。
不安じゃないわけがない。
そもそもの身分は、底辺の代名詞、冒険者だ。城、上流階級、社交パーティ。どれ一つとっても、全く身に覚えが無い。
実際、その上流階級な人間に、レオン以外まともに会った事が無い。まとも以外の経験は、冒険者だった頃、遠くでロクデモナイ演説をぶちかましてた貴族ぐらいだ。ああ、いや。グイブナーグが居たな。そういえば。あれも貴族だったか……。
そんなわけで、俺の貴族のイメージは最悪だった。素直に、レオンが居るのでバランスが取れていた部分もあるのだが、その一方で、やはりレオンだけは特別なんだろうと意識の何処かが告げている。その他の貴族はクズばっかだと思う。いや、そう思いたいのかも。
人間は、見たいものを見たがる。
俺たちみたいな底辺な冒険者で、およそ貴族に好意をもっている者は居ない。
なぜなら、羨ましいから。
かけがえのない命をかけて稼ぐ身銭を超えて、やつらは金を持っている。しかも、大した努力もしていないのに。なんてヤツらだ―――
だから、貴族は悪で無ければならない。そうでなければ、自分たちが惨めすぎる。
そうやって、自分に都合の良い貴族像を作り上げる。それが最悪であるのも、当然だろう。
ただ、理性的になってみると、そんなわけがない。
貴族どころか王子だったが、レオンがそうであるように、結局それは殆ど幻想のようなものだと思う。そりゃ、貴族に悪い人間も居るだろう。でもそれは、別に貴族に限ったことじゃない。だから普通に、良い奴も居る。そうでなければ、流石に国が保たない。
ただ、そう理解したとしても、やっぱり不安だった。素直に言えば、怖かった。
やっぱり心の底では悪い奴らだったりするし、しかも想像するしかない世界の住人だ。わからない。わからないから、怖い。
「大丈夫ですよ」
柔らかく微笑んで、レオンが言う。その何時もの様に、少しの安心を覚えつつも、つい反抗する俺。
「……レオン、そればっかだな。他に何か、こう……無いのかよ」
軽く睨め付けると、レオンはふとこれ以上無い優しい笑みを見せて言った。
「それでも私が必ずクリスを守ります。ですから安心してください」
「っ!」
その顔、その言葉。
自分でも即座にわかるぐらい、顔が紅潮する。
そういえば、帝都に入るときも、同じような事を言っていた。
本当にこいつは―――大した奴だ。そんな言葉を、恥ずかしげも無く心から断言できるというのは素直にすごい。それが例え嘘であっても、それ程までに強く言われれば、嬉しくならないはずもないからだ。
そこにあるのは、傲慢さ。
俺ならば、そこまでの言葉は言えない。無責任になってしまうから。
でも、『それでも守る』と断言するレオンの強さに、俺は心が痺れるのを抑えられない。
「くそ……卑怯だぞ……」
俺はそう言うのが精一杯だった。下を向いて、顔を隠す。今顔を見られるのは恥ずかしい。見られなくても、恥ずかしさに火が出そうだ。
唇を噛んで、口元が歪むのを抑える。
そうしていると、横に座ったパルミラが、俺をつついて宣言した。
「クリス、大丈夫。私も守る」
空気を読まないパルミラの言葉が、なんだか心底有り難かった。
よく考えてみれば、俺は今や二人に守られる立場だ。
ほんの少し前までは、違った気がする。俺が守っていたはずだった。
いつから、俺は守られる立場になったのだろう。何故、そうなってしまったのか。何の気なしに考えるそれが、ふと結論に至る。
―――弱い、からだ。
その結論に、俺は目を細める。
そう、俺は弱い。
剣はパルミラに及ばない。魔法だって不安定だ。今、魔法を放てといわれて、ちゃんと出るかどうかもわからない。
それ以上に、暴走する恐ろしさもあって、今では不用意に使うことも出来ない。未だに、自分の事がわからず、そして、心すらも定かではない。
あれ以来、『クリス』は出ては来ないが、消えたわけではない。それは直感的にわかる。
今でも俺の中のどこかにあって、息を潜めている。レオンにすら言えていないが、既に俺は『クリス』を敵のように見なしていた。
何かの事情があるのはわかる。だが結果としてそれは、レオンを害しようとしている。
だとしたら、こればかりは俺が守らなければならない。
守られるだけではない。守らなければならない。
しっかりと、心に刻んでおこう。
ふと、思う。
もし、いつか俺がこの身体から出ていく時が来たとき、この身体は『クリス』に戻るのだろうか。
その『クリス』はどうするのだろうか。
それはあまり、良い結果にはならないような気がした。
だが、レオンは何を望むだろう。
もし俺が出て行くことで『クリス』が戻ってくるのであれば、それを望むだろうか。
―――望まないわけが無い。
レオンも、『クリス』に会いたがるだろう。それが悲劇の結果になったとしても。
夜の河原で、楡の木の下で、語られた話は、きっとそうだと確信出来るに足る内容だったから。
……何時か俺は、この身体から出て行かなければならない。元の身体に、戻らなければならない。
そう思ってここまで来た。何があっても、その決意だけは変えるべきじゃない。
この身体は決して―――俺のものではない。
何時か『クリス』でなくなる俺は、その時、きっとたくさんのものを失ってしまうのだろう。
それでも、レオン。
その時まで、俺が守るよ。
そして出来れば、その先『クリス』とお前が幸せでいられるように、何とかしてやろうじゃないか。
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