すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

46話 俺の問題、レオンの問題

 目の前のステーキにフォークを突き刺しナイフを入れる。
 意外にも、ナイフはスッと入り、極厚の肉は簡単に切断された。これはナイフが上等なのかとそれを見るも、明らかに何処にでもある大量生産風のナイフだということがわかる。
 切り分けられた肉を持ち上げると、切断面から肉汁が溢れた。


 すごい美味そうだ。それに、なんていう良いにおい。空腹なのもあって、ゴクリと俺は喉を鳴らす。
 それでも俺は、その肉を食べるのを躊躇った。
 見た目は、極上の肉のようにしか見えない。ステーキというと牛なわけだが、それと比べてもなんら遜色は無く、どころかそれ以上にすら見える。


 食堂の中、テーブルに同席する、レオン、アイラ、パルミラを順に見る。
 三人とも何も言わない。じっと俺を見ている。これは、あの夜、スパークワインを俺に勧めてきた雰囲気に似ている。とにかく俺の様子と、感想が見たい。そういう顔だ。
 正直、そんな顔をされればされるほど、躊躇う。
 だが、見た目も臭いも、特上のステーキ。見ているだけで、口腔内は涎でいっぱいになり、感情はともかく、本能がそれを食べることを欲している。


 ええい、ままよ。
 誘惑に負け、俺はその肉に齧り付いた。


 「う、ふあ」


 口の中で、囓った部分から肉汁が迸る。
 それが口腔内に行き渡り、濃厚な脂の旨みで一杯になる。
 柔らかな肉を咀嚼するごとに、それは次から次へとあふれだし、俺を夢中にさせた。もっとその旨みを感じていたいのに、意思に反して口の中のそれをゴクリと飲み込んでしまう。


 「はああぁぁ」


 美味い。美味いってもんじゃない、すげえ美味い。
 自分でも何言ってんだかわかんないが、とにかく美味い。有り得ないほど美味い。


 これが―――竜の肉だなんて。


 「どうでしたか?」


 にこにこ顔のレオンが俺に感想を求める。
 アイラもよこでによによし、パルミラも無表情ながら、俺が何か言うのを待っているようだった。


 「……いや、美味い。ビックリだな。初めて食べた」


 竜どころかモンスターの肉など。
 分厚く切られて、今は食料。
 竜の肉が今、要塞の主食と化していた。










 アイラとパルミラが来た後、ただの寝過ぎでフラフラしてた俺は、それ以上に腹が空いていて、程なくして食事に行くことにした。
 病室は半壊した司令塔ではなく、北塔といわれる要塞内防衛塔の一角にあり、現在、親衛隊の面々もそこに居るという状態にあった。
 北塔は竜の襲撃によるダメージはあまりなく、施設もほどほどに整っている、というのがその理由だった。


 病室から抜け出し、食堂へ。
 素直に俺以上にしんどそうなレオンは、寝ていれば良いのに、付き合い宜しく食堂にまでついてきた。
 付き合いが良いにも程があると思う。


 そしてそこで出されたのが、竜の肉のステーキだった。
 討ち取られた竜は、未だその巨体を司令塔に突っ込んだ状態で晒していて、撤去するのも問題だった。
 その中で、誰かが食えるんじゃないかということを言ったらしい。
 それで食ってみると美味かったので、その後解体しつつ食料に回すという方向に決定したという。なんとも大雑把で豪快な話ではあった。おそらく、ゲイリーの仕業だろう。


 竜の肉。
 考えてみれば、もの凄いレアな食材な気がする。
 十分過ぎるほどに美味い竜の肉は、腐る前にともの凄い勢いで消費されていく。主に、要塞兵士の胃袋へと。
 または、それに価値を見出した、目聡くも運の良い商人によって運び出されていく。
 とにかくバスラゲイト要塞は、竜によってかなり深刻なダメージを負いながらも、竜に勝利したこともあり、ちょっとしたお祭りのような状態だった。


 教えられるまで気付かなかったが、昼食には少し早い時間だった俺の食事は、ゆっくりしている間に普通に昼食の時間になり、それに伴って食堂内が少し混雑してきた。
 北塔では親衛隊が詰めていることもあって、ぞろぞろ集まる兵士達は、みな、どこかで見たような者達ばかりだった。


 「こんにちわ!レオン様!ハロー、みんな。クリスも起きたんだね!良かった!」


 などと無遠慮に同席してきたのは、アイリンだった。
 どこかで見たようなどころか、あの夜の当事者だ。とりあえず、見た目には怪我とかは無い。
 口には出さないが、とりあえず安堵する。


 「なんだ、アイリン。それ」


 彼女が持ってきた、木のトレイに乗った不思議な食べ物に注目する。
 パン、だったが、そのパンが上下に分かたれ、その間に多分竜の肉が挟まっている。案外ボリュームのある食べ物だった。


 「何って、クリスサンドでしょ?」


 問われたアイリンは、キョトンとした顔で聞き捨て無い事を言った。


 「はぁ?なんだその名前……って」


 問い詰めようとした俺は、妙な雰囲気を感じて、レオンを見る。
 レオンは、横を向いて俺に顔を見せていない。


 アイラを見る。
 アイラはによによしながら、目をそらした。パルミラは、ぼそっと『お酒禁止』と意味のわからないことを言う。


 「……なんなんだよお前ら」


 それには誰も答えず、目の前でアイリンだけが、そのクリスサンドとやらをマイペースで頬張った。


 よくわからないが、クリスサンドなどと呼ばれる肉を挟んだパンは、北塔食堂で人気らしく、他のテーブルを見ても、わりかし同じ料理を食べている兵士の姿を見かける。
 そして、目が合うと、例外なく目をそらされた。本当になんなんだ、一体。


 「まぁ、いいじゃないですか」


 レオンが少し赤みがかった顔で、誤魔化しにかかる。
 いいわけないし、納得出来かねるが、それでも何となくそれ以上突っ込めない気分になり、渋々と俺は黙った。


 「ところで、何時までここに居るんだ?」


 昼の時間も過ぎていき、食堂も疎らになってきたところで、俺はレオンに聞いた。
 実際予定としては、既に3日の遅れを見せている。
 といっても、そもそも急ぐ旅なのかどうなのか、全く知らない俺としては、別段遅延したところであまり気にはならないが。


 竜による損害がどれくらいかはわからないものの、要塞とは言え、ここはちょっとした街と変わらない施設がある。
 別に暫くここに居ても気にはならない。なので、聞いたのもかなり何の気無しだ。


 「ルーパートが動けなく、そしてマドックスが生きている現状、今要塞より移動するのは危険です。現在、先行したバイドを呼び戻しているところなので、その到着を待って、といったところですか。それに、恩義的には、要塞の復帰も出来うる限りには助力していきたいですしね。それにまあ、もともと帰還もあまり急いでは居ませんし」


 バイドか……。実直で、ひたすら地味な、第一小隊隊長を思い出す。


 バイドを呼び戻し、ルーパートの代わりにするという事なのだろうが、だとしたらバイドもルーパートと同じぐらいには強いのだろう。
 今現在までのところ、その強さを全く目の当たりにはしていないので、どうにもイメージが付かないが。


 「じゃあ、後どれくらいここにいるんですか?」


 「五日ほどですかね。おそらく、その程度でバイドが到着するでしょうから」


 アイラの問いに、そう答えるレオン。


 五日か。まあ、長いようで短いな。
 特に、帝都が楽しみでもなんでもない俺としては、無理に移動してマドックス辺りの襲撃を受けることを思えば、レオンのそのプランに全然同意する。
 とりあえず、反対する道理が無い。


 「良かった。正直、あんまり帝都には行きたくないのよねー」


 「なんでだよ」


 「うーん、だって帝都に帰ったら、魔導院に顔出さなきゃいけないし、あそこに行くと変な仕事が増えるのよね」


 およそ軍属らしからぬ素直すぎる感想を、そのボスの前で吐くアイリン。
 魔導院の変な仕事とやらが気にはなったが、その辺アイリンの突っ込み待ちのような気がする上に、なんだか面倒そうな話になりそうだったので、あえて放置する。


 「それよりお前、仕事はどうしたんだよ」


 おおよそ昼は終わり、周りに居た兵士達も散っていって閑散とした食堂に戻っていた。
 レオンの言葉によると、親衛隊は要塞復帰の助力をしているはずなので、多分ではあるが、アイリンも同列のはずだ。
 もちろん彼女も今や昼食を食べきっていて、でも、席を立つわけでも無く当たり前のようにここに居る。そっちのほうが余程疑問だった。


 「いえ、彼女は私が呼んだのですよ」


 「あ、そうなのか」


 「そうよ。流石に私だって呼ばれもしないのにレオン様と同席するほど礼儀知らずじゃ無いわ」


 レオンのフォローに、調子に乗るアイリン。
 礼儀知らずも何も、呼んだら同席して昼食まで食べ始めたというのが真相な気がしてならない。


 「そういうことにしといて、アイリンに何か用だったのか?」


 「ええ、そろそろはっきりしておく必要があると思いまして」


 「何を?」


 思わせぶりなレオンの発言に、ふと不安になる。
 アイリンを呼んでの話。なんだろう。
 共通項というと……俺が元男だって言うことを知ってるって所か……。
 とはいえ、そこをはっきりさせるというのは、今さらな気もする。


 「貴女が使う、不思議な魔法の事ですよ」


 レオンはそう言って、真顔で俺を見据えた。


 ……言われれば、そうだ。
 それ以外の部分に気をとられすぎて、実際、何故か魔法が使える自分というのに、かなり疑問を持たなくなってきていた。
 そもそも自分の体では無いというのがはっきりしてからは、俺の魔法の発動形式が変だということにすら解決を見たような気がして、気にならなくなっていたのも確かだった。


 冷静になってみると、俺が魔法らしき力を行使したのは、たった2回。
 そのうち1回は、不幸なグイブナーグしか、それを目にしていない。しかも思い出してみれば、その発動形式が変だという事実ですら、俺しか知らない。
 何となく当たり前のように感じていたのは俺だけで、あの夜実際に目にした者達は驚いただろう。


 「正直言うとね、クリス。変なのよ。貴女が魔法を何故使えるかっていう事実は置いとくにしても、発動に、降魔石も使わなければ、詠唱術式もないなんて、前代未聞過ぎるの。その上、あんな魔法なんて、聞いたことも見たこともないわ。少なくとも六応門のどれなのかもわからない。無理矢理解釈すれば、光と風……と火の融合形式のようにも思えるけど、どう組み上がっているかすらも、理解できないわ。あれは一体、なんなの?」


 「なんなの?って言われてもな……」


 一転して急に興奮気味に詰め寄るように話すアイリンに鼻白む。
 本当に、そんなことを言われても以上の言葉が出てこない。
 はっきり言って、教えて貰いたいのは俺の方なのだ。


 「差し支えなければ、クリスが魔法を使えるようになった経緯を教えてくれませんか」


 にこっと笑う、レオン。
 なんでそこで、その笑顔なんだよと思いつつも、どうにもその笑顔に俺は弱い。


 別に隠すつもりなど、どこにもないんだがなぁ。
 俺は、頭の隅でそんなことを考えながら、出来るだけ細かく、その経緯を語り始めた。


 最初はなんだったか。
 ああ、あの屋敷で、夜、拾った降魔石で遊んでいた時だったかな。
 降魔石が手に吸い込まれて、青の文様が体に出て……それで終わり。


 そういえば、あの時、レオン、俺の部屋に血相変えて入ってきたんだったなあ。あの後聞いたら惚けてたけど、見たんじゃないか?俺の、文様。


 それから、二度目はグイブナーグの時。
 グイブナーグの降魔石で、ビビらせてやろうって思って。
 その時、何となく出来そうな気がして。そしたら、こう、何となく出来たっていうか。


 三度目は、マドックスの時だな。
 前回何となく出来たから、また出来るんじゃないかって思って。あの時は俺も必死だったし、それ以外俺は思いつかなかったから。


 ただ、降魔石を砕かれたときは、どうしようかって思ったよ。
 でも、それでも、倒さなきゃ……なんていうか……その……レオンが、殺されるって思って。
 そしたら、文様がちらついたから、いけると思って。


 「って、ところ、かな」


 話し終えて、フウと一息つく。


 何となく、前に俺が男だと告白したときの事を思い出した。
 この「魔法」の話は俺的にはその時とは違って、大したことないことだと思っていた。


 事実アイラとパルミラは、『へぇー』みたいな顔をして、俺の話を聞いていた。実際、その程度だ。


 だが、レオンはともかく、アイリンにとっては、俺の話はかなり衝撃的だったようだった。あからさまに信じられないって顔をして固まっている。


 「なるほど、有り難う御座います。クリス…………今の話、アイリンはどう思う?」


 「あっ、え、ええ」


 レオンのフリに、ようやく再起動するアイリン。
 今、思ったが、二人が直に話をする場合は、案外ちゃんと上司部下なんだな。
 傍若無人なアイリンも、そういえば作戦会議の場では、かなり神妙にしてた。なんか懐かしい。


 「正直、その、有り得ない話だと思いました。何もかもが、今までの魔法の体系から外れた話です。もしかすると……魔法ですら無いのかとも思いましたけど、少なくとも降魔石が関係している以上、魔法の系統なのでしょう。ただ」


 アイリンは何時になく真面目な顔で、チラと俺を見てから続ける。


 「その降魔石を体内に取り込むという事。それから、文様が浮かぶという事。最後に、降魔石が無くても魔法が使えるという事。この三つは、何かの関連性があるのだと思います。ただ、その……私には結論が出せません……」


 「……なるほど」


 今の話のどこがなるほどなのかわからないが、レオンはそう頷いて、少し考えるふうになった。
 アイリンは、時折チラチラとこちらを見ながらも、俯いて黙ってしまった。


 「どうにもまだ、はっきりしないことの方が多いようですね……、取りあえず今は、ここまでにしておきましょう。帝都に戻って、もしクリスが必要であれば、もう少し調べていこうかとも思いますが」


 どうでしょうか?と、レオンは俺にフッた。


 ……フられてから気付いたが、よく考えてみれば、俺の問題だった。
 深く考えずに、レオンのペースで受け答えしていたものの、一から十まで俺の問題だと言える。他人にアレコレ詮索されるのもおかしな話ではあった。


 そもそも俺には、魔法が使えるとか使えないとか、そういう事はあまり重要では無い。
 俺の目的はあくまで元の体に戻ることであって、この体の謎を解明することとは違う。
 体さえ元に戻れば、魔法も、この体の謎も、別に知る必要は無くなるのだ。
 そう、体さえ元に戻れば。


 そこまで考えたとき、心の中でチクっと何かトゲのようなものが引っかかった。


 「クリス?」


 「―――!あ、ああ、とりあえずそれでいいぞ」


 そのトゲの正体に触れないように、俺は慌てて答えた。


 「?……それでは、この話はそうしましょうか」


 「で、では、私は仕事に戻りますね」


 一瞬だけ不思議そうな顔になってレオンがそう締めると、慌てたようにアイリンは席を立って逃げるようにどこかへ行ってしまった。
 その不自然さに奇妙な感覚にはなったものの、気にしないことにする。


 それよりも。
 今の引っかかりのようなものは、なんだったのだろう。
 それをはっきりと理解しないまま、あるいは、理解しようとしないまま、レオンを見る。
 俺も、はっきりさせておかなければならないことがある。


 俺は、元にもどらなければならない。


 ただ、その決意は、レオンを目の前に、俺の口から出てくることは無かった。

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