すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

32話 ムーンライト・ラッペリング

 部屋にあるベッドのシーツを三人でびりびりと破る。
 パルミラは無表情で、アイラは諦めた顔で、それぞれの作業を黙々とこなしている。
 確か、下の部屋の窓までは2~3メルなので、2枚ほど破ればいけるはずだ。


 「うっ、うっ……明日絶対また怒られますよぅ……」


 諦めきってなかったらしいアイラが、しくしくしながら弱音を吐く。それでも手伝ってくれてる辺りは、付き合いがいいと言うべきなのか。


 「それはクリス次第」


 まあ、大丈夫だろう。パルミラが言うように、ある意味、俺次第だ。
 明日の朝、大変な目にあうかも知れないが、明日のことは、明日考えれば良いのであって、今は出来る事をすべきだ。


 「ん、もういいぞ」


 破ったシーツで縒りを入れたロープが三条ほど出来たところで、それを繋いでいく。何度かそのロープを引っ張って、強度を確かめる。


 よくわからんが、多分、大丈夫だろう。
 男の俺なら危ないのかもしれないが、今の俺なら体重の面から平気な筈だ。
 そのままロープの端を、最も窓に近いベッドの足にくくりつけた。
 まだ、下には垂らさない。確かに下の部屋は明かりが消えていたものの、入ってみたら誰か居た、というのも困る。ここまでして不用意に行動した結果、レオンに会う前に誰かに見付かったら、その時こそ言い訳できない。


 そのまま、もう一方の端を窓のそばへ持って行く。
 俺は何度かカーテンのロープを引っ張って強度を確認すると、余ったロープを抱え込んで窓の縁に立った。


 「んじゃ、行ってくる」


 部屋に残る、心底不安そうなアイラと、特に気にしてなさそうなパルミラに、何でも無いように声をかける。


 「い、いってらっしゃい?」


 「頑張って」


 二人の微妙な応援に、俺は頷き、下をのぞき込んだ。
 三階っていうのは、結構高いもんだな。と思い直す。部屋から見るのと、踵を浮かせて窓の縁に立っているのとでは、やはり受ける印象が違う。普段ならまったく気にならないほどの微風がやけにうっとうしい。
 俺ははたと気付いて一度部屋の中に入ると、着ていた丈の長いワンピースの裾を膝上まで一気に引き裂いた。上等そうな服だったが、努めて気にしないことにする。毒を食らわば皿まで、だ。


 「よっ……と」


 じゃあ、と改めて二人に手を上げて、改めて俺は窓の縁に足をかけた。ロープを掴んでそのまま外に背中を向ける。
 部屋の中から、アイラが複雑な顔で、パルミラが無表情で、俺に手を振る。


 そのまま、俺は出来る限り慎重に、ロープを手繰りながら、降下を始めた。
 実際、結構この高さは恐ろしい。しかも持っているロープがシーツなどであれば、尚更だ。しかも月だけが、唯一の明かりだといっていい。
 月夜にワンピースの女の子が懸垂降下というのは、ロマンチックかも知れないが、やってる本人は必死だ。


 ともかくも俺は何とか下の階の部屋までたどり着き、中から見られないように苦労して窓の前を迂回すると窓の横のわずかな突出部に足をかけた。


 「ふぅ」


 1階分。わずかな間だったはずなのだが、全身汗でびっしょりになっていた。息も荒くなっている。
 手の平の汗を腰で拭う。もちろん片手ずつだ。


 「さて、と」


 少し落ち着いたところで俺はゆっくりと部屋の中を窺った。薄いカーテンが掛かっているが、僅かに開いている隙間からなんとか中の様子を探ることはできる。


 そこそこに広い部屋だった。
 誰かの居室みたいで、俺たちの部屋とあんまり変わらない。シーツが乱れたベッドが一つあるが、そこには誰も寝てないようだ。
 すぅっと体をゆらし、角度を変えながら部屋の中を見回す。
 空き部屋なのか?
 もちろん死角はあるが、差し当たってそこに誰かが潜んでいるという気配は感じられない。


 俺はゆっくりと窓の桟に指を引っかけて、そっと窓を引いた。
 その時初めて窓に鍵がかかっているかもしれないという可能性に気付いたが、俺の懸念をよそにあっさりと窓は開いた。
 そして開いた窓から部屋の中に素早く滑り込み、足音を立てないように、四つんばいになって床に着地する。
 その格好のまま部屋の中を見回した。
 やはり誰もいない。


 「―――よし」


 「何が、よし、なんだ」


 「うわひゃっ?!」


 ふうっと、安堵の息をつく間もなく、背後から声が声をかけられた。四つん這いの格好から、妙な声を出しつつ文字通り飛び上がって驚く俺。
 慌てて声の主を探して振り返る。


 開け放たれた窓にかかるカーテンが、風に揺れる。それに伴って、月明かりが部屋に差し込んで、それが窓際に立っていた人物を照らし出した。
 レパード。
 いつもと同じ難しい顔で、腕組みをして俺を見下ろしている。


 「夜闇に男の部屋に窓から侵入とは、ロマンティックかもしれないが、あまり感心はせんな」


 「……その顔でロマンティックとか良く言うぜ」


 内心冷や汗をかきつつそう毒突いて、俺はなるべく平静を装いつつ立ち上がる。


 心の中では、最悪だ、とか、なぜここにレパードが、とか、そうした感情が渦巻く。
 正直、今、最も会いたくない人物でもある。何しろ、レオンの副官、側近な上に、俺はさっきそのレオンに対して、十分すぎるほど暴言を吐いた後だった。
 このまま部屋に連れ戻され……或いは、最悪牢屋とかかもしれない。
 そして、レパードの話を聞いたレオンは、より態度を固くするだろう。
 牢屋はともかく、レオンとの仲がこれ以上悪くなるのは嫌だった。


 ただ、それではどうしたらいいのかと言えば、何も思いつかない。
 レパードは窓側に居るだけに、部屋の扉にダッシュすれば振り切れるかも知れないが、それはどう考えても、悪手のようにしか思えない。その上、振り切れる自信も無かった。
 その程度には、レパードの立ち振る舞いに隙が無い。


 「それで、何をしに部屋を抜けた?」


 表情一つ変えずに、単刀直入、レパードは言った。
 毒突く言葉にも乗るつもりも無いその問いに、一瞬逡巡したあと、俺は開き直った。
 既に現状、最悪なのだ。これ以上悪くなることも無い。どうにでもなれ。


 「……レオンに、会うためだよ」


 それでもバツ悪く、視線をそらしてその言葉を絞り出す。
 実際、俺にしても、何を今更とか、そもそも俺が会ってどうするのか、とか、そうした後ろめたい気持ちで満載だった。
 会って話をすべきだ、ただそれだけで、それ以外の事を考えていない自分に今更気付く。
 いい加減すぎるな、俺。


 「ふん……わかった。案内しよう」


 俺の言葉に盛大にため息を付いた後、レパードは腕組みを解きつつ短くそう言った。つい自分の耳を疑う。


 「……えっ?」


 「何にしても、今の若……レオン様には、それが必要なことはオレも理解している。レオン様の命令故そうしたが、オレとしてはお前がそうする事を期待していた。まあ、まさか窓から抜けるとは思わなかったがな」


 「あ、う……」


 若干の呆れを滲ました顔で、レパードはオレを睨め付ける。
 予想外の言葉に、俺はそれが望み通りであるにも関わらず、動揺して不審な言動になってしまった。それを押さえようと両手で頬を軽く叩く。


 「部屋の外に、兵士を配してはいるが、もしお前らが抜けようとした場合、無理に引き留めずオレに報告しろと言ってあったのだがなぁ」


 動揺する俺が見て楽しいのか、レパードの口調が少し和らいだものになった。
 くそ、恥ずかしいな。


 「それでも報告なんだな」


 「当たり前だ。抜けてレオン様を探すなら良いが、そのまま再び脱走されたらオレが困る」


 ……あまり信用されていない。でもまあ、それは当然だ。俺でもそうする。
 その上で、命令に背かないギリギリのラインを、レパードはなぞったのだろう。


 「まあいい。行くなら早く行くぞ……その前にその、扇情的すぎる格好をどうにかしてからだがな」


 俺を上から下まで眺めて、レパードは背後を向いた。その言葉と行動に、改めて俺も自分の格好を見る。
 邪魔だと破ったワンピースの裾が、腰まで破れていた。降りる前は膝上までだったはずなのだが、降りる最中に更に破れたようだ。下着まで見えてしまっている。
 確かに、刺激的な格好かもしれない。
 今、悲鳴を上げたら、レパードの立場がアヤシくなるな。
 ふと、そんなことを考えた。










 部屋に寄ってなのかと思えば、レパードの部屋からわりとすぐだったらしい下働きの詰める部屋に立ち寄り、そこで代わりの服をあてがわれた。
 ここでは軍施設ということもあり、あの屋敷のような、メイドと華やかな服のラインナップとは無縁だった。さっさと、渡された飾り気が無いどころかややボロの目立つ上着と、薄い半ズボンに着替える。
 詰める下働きの女達は突然の闖入者に驚いてはいたが、レパードが居るためか、遠巻きにして何も言ってくることは無い。ともすればレパードが、服が破れた女の子を連れてきたなどという、わりと醜聞チックなシチュエーションではあるのだが、レパードが何もいわないので、そこは俺も気にしないことにする。


 「さっさと行くぞ」


 着替え終わりを見計らって、部屋外に居るレパードが声をかけてくる。流石に、着替える最中は外で待っていた。ルーパートだったら平気で中で待っていたかも知れないが、このあたり、レパードのなんと無い愚直さが窺えた。


 「今行く」


 部屋を出ると、殆ど間を置かずレパードが先に立って歩き始める。それを少し小走り気味に、俺は追った。


 思い出してみると、初めて会ってこちら側、レパードとは、ちょこちょこと会ってはいたものの、こうして近しく話をしたのは初めてな事に気付く。
 正面に出てくるのは、いつもレオンであって、俺の感覚的には、レパードは常にその影であり続けていたように思えた。
 ルーパートやアイリンには隊長と呼ばれる彼が、レオンにとっての副官なのか、側近であるかはよくわからない。ただはっきりしているのは、レオンにとっての彼だという事なのだろう。
 だからこそ、さっきのレオンを見て、今の行動に繋がっているのだと思う。レパードなりにレオンの事を慮って、そうしている。


 間違いない話だし、誤解するべきでも無い。
 それは、俺たちのためなどではなく、レオンの為だけに、そうしているのだ。
 殆ど俺たちは蔑ろになっているとも言えるが、ただ、その愚直さは俺には好意的に映った。
 レパードが何を思って、そこまでしているのかはわからないが、逆を言えば、レオンはそこまでされる人間なのだと、少し―――……思った。


 廊下を抜け、階段を降りる。レオンがどこに居るのか見当も付かない俺は、素直にそれに従って歩く。レパードは終始無言だが、時折さりげなく俺を振り返り、居る事を確認していた。


 今さら逃げやしないよ。


 と思うが、まあ、この辺りが彼の性格なのだろうし、文句を言える立場でも無いので、気にしないことにする。
 それにしても足が速い。テラベランでルーパートと街に行ったことを思い出すが、本当にレパードとルーパートは真逆なんだなと、いっそそれが微笑ましくも思った。


 「ここだ」


 示されたのは、門に続く出入り口の反対側。多分、建屋の裏に出る扉の前だった。
 少し戸惑う。もちろん、レオンが今現在どこにいるかなど、全く知らない俺ではあるが、外に居るというのは、ちょっと予想外だった。


 「ここ、で、いいのか?」


 「そうだ。後は自分で行け……いいな。俺は、何もしていない」


 頷くレパード。付け足すように、釘を刺す。


 「わかってる」


 レパードの立場的に、そう言わざるを得ないだろう。レパードの関与が無くても、そもそも俺がここに居る時点で、彼の立場は微妙にしかなってない。
 俺は軽くレパードに手を振って、それから、扉を開けた。


 その向こうは、予想通り、裏庭といえる場所だった。そこまで広いわけではない。
 駐屯地を囲む壁が、かなり近くを横切っている。それだけに、殺風景でいっそ侘しげにも感じる空間だった。建物と壁に挟まれ、月の光も届いていない。辛うじて星明かりだけが、そこを照らしている。
 その空間の真ん中に、一本の立派な木が立っていた。門側とは違い、立っているのはその木だけで、殺風景なだけに、星明かりの下、その場所だけは一種幻想的でもあった。


 そしてそこに、その木を見上げて佇むレオンの姿を、俺は見つけた。

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