すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

29話 ささやかな脱走

 「これって絶対怒られますよね?怒られますよね?」


 四つん這いで移動する俺の後ろで、同じような格好で着いてくるアイラがちょっと涙目で俺に小声で訴えかけてくる。正直うざい。
 仕方なくその姿勢のまま、背後を振り返り、小声で言う。


 「そんなに嫌だったら、無理についてこないでもいいんだぞ?」


 「一人、置いてけぼりなんて嫌ですよぅ~」


 「じゃあ、文句言うな。喋るな。黙ってろ。見付かったらどうするんだ」


 アイラの泣き言に容赦なく言い放ち、前を向いて引き続き少しずつ移動する。
 俺の前にはパルミラ。同じように四つん這いで、黙々と前進している。少しはパルミラを見習って欲しい。


 駐屯地は、壁によって街と切り離されていて、入ってきた門を別にして、街への入り口は一つの門だけしかない。
 部屋から見る限り、そこには多分駐屯兵としてもともとから居るのだろう兵士が一人、門番として詰めていた。親衛隊ではないが、さすがにそこから街に行くのは止められてしまうだろう。


 となると、他の場所から出られないだろうかと眺めてみた結果、最終的に普通に壁を越えれば良いじゃないかと思い立った。
 街もそうだが、戦略的要素の低いこのビレルワンディは、駐屯地の壁もかなり低い。せいぜい2メル程度だ。それにいちいち整備してないのか、所々ひび割れていて補修もされていない様子だった。
 さらに都合の良いことに、駐屯地の壁の内側には壁よりもよほど高い木が植えられていて、中からの視界を遮っている。もちろん所々は木が無い場所があるが、その辺りは長い下生えが生えていて、十分隠れられると俺は踏んだ。


 そこで俺たちは、こっそり建屋から外に出た後、壁沿いに木と下生えの向こうを移動して、割れた壁の場所から、なんとか外に出ることに成功した。多分、誰も気付いていないはずだ。










 どちゃ、という音と共に、アイラが壁から落ち、尻餅をついた。


 「ぎゃん!いたたたー」


 その音と悲鳴に、誰かに気付かれてないか、周りを見回す。
 ……運良く誰も居ない。
 アイラが最後だったので、これで一安心だった。痛そうに腰をさするアイラを一応労っておく。


 「大丈夫か?」


 「いたた……、はい~」


 あまり大丈夫そうで無い様子で、それでも立ち上がるアイラ。まあ、立てるんだったら大丈夫なのだろう。
 振り返って壁を見るが、こちら側には特に木は植えられていないし、ひび割れも少ない。帰る時は、門を通る必要がありそうだ。レオンに怒られるかもしれないが、用事さえ終えていれば、そこは我慢できる。
 日の傾きを見るに、夕暮れまではそんなに時間がなさそうだ。悪い事をしている自覚はあるので、せめてレオンの言う夕食までには戻ってきておきたい。


 「行くぞ」


 何とか持ち直したアイラと、真っ先に壁から降りて油断無く周りを警戒するパルミラに声をかけ、ギルドへ繋がる大通りへと歩き始めた。










 「にぎやかな街ですねー」


 この時間になってなお、通りには幾人もの人が歩いている。その殆どは、商人の風体で、多分だが、これからどこかの宿に逗留するか、その前の晩飯の場所を探しているのだろう。
 通りにはそれに対応するように、馬車止めのある宿や、オープン気味な飯屋が連なっている。
 そこでは既に、幾人かの客が歓談する姿も見えた。それに挟まるように、何かを売っている店が挟まっている。全体的には外向けの街であり、地の産業的なものが少ないこともあって、ビレルワンディ自体に住む住人は意外と少ない。


 「……という感じだ」


 そんなことを二人に話しながら歩く。


 「この街のことに、詳しいんですね」


 素直にへぇ顔で聞くアイラ。ひじょうに教え甲斐がある。
 ひょっとしたらアイラはかなりの聞き上手なのかもしれない。テラベランでもルーパートが凄い得意そうだったし。
 一方で、パルミラはその逆だ。基本的には無言だし、無表情でもある。ちゃんと聞いているのかと思うが、実際はちゃんと聞いているので侮れない。その上で、必要なときはきちんと聞き返してくるので、その時改めて聞いていたのか、などと思い直したりする。


 「まあ、案外長く居たこともあったし、何度も来てるしな」


 実際、ここはテラベラン以上によく知っている街だった。全体から見ると滞在期間はそこまでではないが、何しろ他と比べて街が小さいので、把握しやすい。
 それに、つい最近、長逗留した街でもある。


 「商人ばっかりですねぇ」


 「まあな」


 ただ、今見かけるのが、殆ど商人だということからわかるように、基本的に冒険者はここには居着かない。目玉のアートル遺跡が枯れている上に、治安が良いためだ。この付近で怪物が出たという情報も殆ど無い。


 隊商護衛依頼も、普通ここでは受けない。
 テラベランや、カクラワンガへ行くほうでは、そこそこリスクがあるので任務はあるが、普通はその根っこである帝都で受けるのが通例だ。逆にここから帝都方面では、あまりリスクが無い為、やはりここで受ける事は無い。


 要するに依頼が無いのだ。
 なので、冒険者は居るが、商人と同様通過するばかり。アートルさえ問題なければ、居着く者もいるのだろうが……。


 「それなら、今、冒険者を見ないのは、クリスの言う12番迷宮がしられてないから?」


 口を開いたパルミラが、いきなり的確な事を言った。
 確かに、それはあり得る。新しい迷宮は、金鉱のようなもので、それが発見されたという話が知られるやいなや、一攫千金を狙う山師、もとい冒険者がどこからともなく集ってくる。
 なのでパルミラの洞察も、かなり良いところをついているといえる。


 「そうかもしれないが、あれはあれで、既に枯れているしな……そこまで難易度は高くないし、縦には深かったが、広さもさほどでもないし……」


 枯らした本人がいうので間違いない。大体が、相当無謀ではあったものの、俺一人でなんとかなってしまった迷宮だ。所詮大した規模ではない。
 迷宮とは、普通4名以上のパーティを組んで挑むものだ。無論、俺のようなソロもいるにはいるが、かなり少数な部類に止まる。そもそも俺が一人でその12番迷宮に挑んだのも、その迷宮が未踏破だったからであって、普通ならば俺だってどこかのパーティに潜り込むぐらいのことはする。
 それぐらい、本来迷宮とは危険な場所なのだ。


 「だから、既に枯れてる事が知られていて、人が集まってないのかも知れない」


 そう結論すると、パルミラは納得できないのか、考えるような顔つきになった。
 まあ、今色々詮索しても仕方が無い。それに直ぐにはっきりした答えがわかる。
 俺は目の前に見えてきた大きな冒険者ギルドの建屋を見て、ゴクリとつばを飲み込んだ。










 ビレルワンディ冒険者ギルドは、テラベランのそれとは違い、作りそのものから違う。
 テラベラン冒険者ギルドは、まるで酒場を改装したかのようなオープンな雰囲気だったが、ここビレルワンディのギルドは、あえて言えば屋敷のようだった。
 4階建ての如何にも古そうな、煉瓦と漆喰で構築された建屋は、その目的からかけ離れた、むしろ入る者を拒絶するかのような印象を受ける。もし、入り口に看板がなければ、そこがギルドなどと、誰も思わないに違いない。


 入り口は、普通の両開きの大きな扉になっていて、実際、開けるとそれが分厚い木材で作られたものだということが分かる。
 こうした構造は、結局のところ、あまりこのギルドに冒険者が来ない事を前提にしているのだろうと思う。このため、改善などされていない。
 テラベランのギルドのように、オープンにし過ぎたところで人は来ないのだから、防犯的な観点から、むしろ入りにくい構造にした―――というのは、以前訪れた際に文句を言ったら、係員が言った答えだった。


 とりあえず、そんな扉を開けて中に入る。以前より重く感じるのは、純粋に俺の力が弱いせいだと思う。こんなところでも、自分が女になってしまったことに気付かされ、嫌な気分になった。
 俺に続いて、パルミラ、アイラの順に中に入る。
 アイラはかなり緊張、というか、おっかなびっくりな感じでこそこそと中に入った。きっとテラベランのそれが彼女にとってのトラウマなのだろう。


 「ふあ」


 そんなアイラだったが、さすがに中に入れば、その光景に感嘆の声を漏らした。
 すぐに感じる雰囲気は、広い、ということだろう。おそらく2階までぶち抜かれているホールは異様なほど広く、そしてある種荘厳な印象を受けるほど、石作りの内観がまるで神殿のような厳粛さを伴って見る者を圧倒する。
 そこまでの広さを誇るにも関わらず、誰一人としてそこには居ない為、雰囲気としてはいっそう重苦しい静謐さに満ちていた。
 おそらく初めてこのギルドに訪れた者は、その雰囲気に飲まれ、立ち尽くしてしまうだろう。俺も初めての時はそうだった。


 ただ、今回はわかっているので、石畳の床をコツコツと靴音響かせながら、奥のカウンターに近づく。
 そこには若い女性係員が、一人で詰めていた。間違いなく暇な仕事であろう彼女は、それでも近づく俺たちを和やかに迎える。


 「……こんちわ」


 「はい。こんにちは。ビレルワンディ冒険者ギルドへようこそ」


 見事な笑顔の丁寧な対応だった。
 この辺りも、他のギルドとは全く違う。歴史があったり、本部的役割だったり、何よりも暇なことが、この対応に繋がっているのだろう。
 素直に調子が狂うが、それでも俺としては割と最近ここに来たこともあって、まだ気にならないほうだ。そもそも以前ここに来たとき対応してくれたのも、彼女に他ならなかった。
 当然向こうは、それを覚えていたとしても、わからないだろうが。


 一方で、アイラやパルミラは、そもそも冒険者ギルドというとテラベランのそれしか知らないだけあって、場所が変わればこんなものなのかもぐらいは思っているだろう。
 あとで、ここだけだと言うことを教えておく必要があるかも知れない。
 それは後のこととして、とりあえず俺はテラベランで貰った手帳をカウンターに置いた。


 「聞きたいことがあるんだけど―――最近アートルで新しい迷宮が発見されたって話はある?」


 軽く驚いた顔をした彼女に何かを言われる前に、俺は不本意だが、なるべく怪しまれないように微妙な言葉使いで単刀直入に質問をする。
 おそらく俺たちが冒険者だとは思ってなかったところにカードを出されたので、驚いたのだろう。
 だが、俺がそう質問を続けると、彼女は妙に納得したような顔になった。
 それは、ああ、またか、という表情だった。


 「はい。確かに半月ほど前に、発見されています―――ですが」


 半月ほど前。
 背後でアイラが息を飲むのがわかる。俺も同じような反応をしようとして、すんでの所でそれを堪えた。
 ですが、なんだ。


 「あまり規模が大きくなかったようで、既に調査完了の報告が上がっていますね」


 そう言って、彼女は済まなさそうに頭を下げた。
 最初の反応を考えるに、彼女はここ最近、同じような来訪者に同じような対応をしてきたのだろう。だが、俺たちの目的は別に、迷宮にいきたいわけじゃない。
 むしろ、これで目的の半分は終わった。残るのは、あと一つ。


 「そうっか。残念だな。ついでなので聞くけど、そこで何が発見されたか、知ってたら教えて欲しいんだけど」


 努めて平静を装い、如何にも普通の冒険者を演じながら、ついでと言いつつ本題を尋ねる。


 「詳しくは言えませんが、結構な量の財宝が出たと確認されてます」


 そりゃ、そうだろう。中途半端な階層で、一塊で見付かったに違いない。
 そこは分かっているから良い。重要なのは、お宝なんかじゃない。


 「へぇ、それは羨ましいな―――他にも何か聞いてない?何か変なものがあったとか。気になることがあったとか」


 ちょっと強引か、などと思いながら、更に突っ込んだ質問をする。
 そんな内心など裏腹、係員は少し考えるようなそぶりをしたあと、はっきりと言った。


 「―――特に、なにも聞いてないですね」


 聞いて、いない。
 それは、報告されていないのか、実際に何も無かったのか、どっちなのだろう。
 よく考えてみれば、こういう答えが返ってきた場合、判断が出来ない。答えが、例えば『妙な死体があって財宝がそこにあった』とかだと、話はそこで終わるのだが、『聞いていない』ならば、どちらもあり得る。


 「……そもそも、それぐらいの人が潜ったの?」


 考えながら、適当な問いで話を繋げる。


 「そうですね……都合3パーティほど潜られましたが、成果があったのは最初に潜った人だけだったようですね」


 つまり、最初に潜ったその者だけが、そこに何があったのか、はっきりと知っているということだ。要するに、その者から話を聞けば。


 「その人の名前は?!」


 「―――それは、申し訳ない。教えられませんね」


 焦った俺の問いの答えは、係員の彼女の口からでは無く、男の声で、上の方から聞こえた。
 驚いて目線を上げると、そこにはフード付きの濃い藍色のローブに身を包んだ男が、こちらを見ながら、ホールの大きな階段を降りてくるのが見えた。
 その男は、柔和な顔に笑みを浮かべながら、ゆっくりと降りてくる。
 結構な長身で、体つきもかなりがっしりしている為か、異様な存在感があった。一瞬、それがレオンのそれに似ていると感じた。


 「……誰だ」


 「マスター?」


 俺が誰何するのと同時に、同じように階段に振り返った係員がそう口にした。
 マスター。
 つまり。


 「初めまして。当ギルドのギルド長、アルクツール・バンベルクと申します」


 階段を降りきって、俺たちの前に立ったその男は、物腰柔らかく頭を下げ、そしてそう名乗った。

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