すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

26話 アイラの悩み

 翌日起きてみると、既に馬車は出発した後だった。
 単純に、俺は寝坊してしまったようだった。朝は、普通、野営片付けから朝食。それから出発の段取りの筈なので、朝飯を食い損ねたとも言える。


 「……おはよう」


 当たり前のようにアイラも、パルミラも起きていた。
 その様に、バツが悪くなり、なんとなくぼんやりした意識のまま、気まずい気持ちで挨拶をする。


 「おはようです。お姉様」


 「おはよう」


 それぞれの挨拶を聞きながら、馬車の小窓から外を見ると、わりとだらだらした感じで、兵士達が歩いているのが見えた。
 視界に騎乗のレオンが見えたので、窓から目を離す。
 昨日、あの後俺は馬車に戻って寝ようとしたのだが、結局、眠れなくて悶々とした気持ちのまま、夜更かしをする羽目になった。


 眠れなかった理由はわかっている。


 なぜ俺は、昨日河原で、レオンの頼みを受けてしまったのだろうか。
 なぜ、されるがままになっていたのだろう。
 なぜ俺は怒ったのだろうか。
 それらは、俺がそうしたにも関わらず、あまりに不可解だった。
 何度考えても、その理由が見えてこない。
 確かに『クリス』の事は気になる。それは何かの理由で俺が憑依するに至ったこの体の本来の持ち主だ。だから、もしその『クリス』の事がわかれば、俺がこの体に憑依するに至ったその経緯がわかるかもしれない。
 俺が元の体に戻るためには、それを知る必要がある。


 ……そうかというとあの時、別にレオンの頼みを聞く必要はなかったようにも思える。
 レオンは、その情報を教える交換条件として、代役の話をしてきた。だから、俺はそれを受けざるを得なかった。


 と、言えばかなり聞こえが良い。
 だが、本当に俺は交換条件の為に、レオンの頼みを受けたのだろうか。
 ひょっとしたら、受けてやりたい理由を、そこに求めただけなんじゃないだろうか。


 そんな考えが、どうしても頭から離れず悩んだ結果、やっと眠れたのは夜が白み始めてからという体たらくだった。
 結局、こんな時間に起きることになったものの、それでもはっきりわかるほど寝不足のような気がする。


 大きくあくびをして、体を伸ばす。
 どうせ今日も馬車の旅なのだから、このまま二度寝しても問題はないはずなのだが、何となくそんな気にもならず、俺はため息をついて馬車の壁にもたれるように座り直した。


 憂鬱だった。することもない。


 アイラを見ると、顔を小窓に向けたまま、昨日と同じようにぼんやりと何かを考えている風体だった。
 パルミラは剣を抱いたまま、こちらはこちらで何を考えているのか、じっとしている。
 それを見ながら、俺はふと、二人に昨日、レオンの頼みを受けた事を伝えてないことを思い出した。


 ……どうしよう。言うべきなのだろうか。
 いや、言うべきだ。二人にも、関係のある事なのだから。


 「あのよ」


 「……こうしてると」


 俺が躊躇いがちに口を開くと、アイラが視線を外に向けたまま、突然話し始めた。
 躊躇いがちだった上に出鼻を挫かれた俺は、仕方なく口を閉じる。


 「こうしてると、なんだか奴隷だった時を思い出しますよね」


 「……ああ」


 アイラが何を考えてその言葉を口にしたのかはわからないが、そう言われてみれば、馬車に揺られている今のシチュエーションそのものは、奴隷の時と同じだった。
 というか、今ではそんなことは思い出したくもない。きっとアイラも同じ考えの筈なのに、わざわざそれを口にする意図が読めない。


 「奴隷になって、お姉様に助けられて……そこから色々あったような気がするんですよ。私。街に入れなくてレオン様に見つかったとき結構ピンチだったかなって思ったし、また奴隷になって、お姉様が領主様に捕まったりしたこともあったし、街に行って、楽しかったけど、ギルドで馬鹿にされて」


 断片的に思い出を語るアイラの口元が、薄笑いのそれになる。
 アイラが何を言いたいのかわからない。パルミラに視線を送るが、パルミラも同様にアイラを不思議そうに見ていた。
 そうすると、最後にぽつりと、アイラは言った。


 「……なのに、私って、なにもできてない……役立たずなんじゃないかって……」


 アイラはゆっくりと俺に視線を移した。薄笑いのまま、目に涙をためて。ふるふると震えながら。


 俺は息を飲んだ。
 俺はようやく、ここ二日ほどアイラが悩んでいた理由、そして今の薄笑いの意味を悟った。
 それはアイラの自分の無力に対する嘲笑だったのだ。


 「一昨日から、ずっと考えてたんです。私に出来る事ってなんだろうって。パルミラも自分で剣を買って、自分で出来る事をしようとしてるじゃないですか。何かをしようとしているじゃないですか。だから、私だってそうしたい。何も出来なくて、ただ付いていくだけの私になりたくない。でも、私に何が出来るんだろう。私は何が出来る?ってずっと考えるんです。剣も使えないし、魔法も駄目。文字だって書けないんですよ?私。そんな私は何が出来るんだろうって。でも、全然思い、つかな、くて……」


 ボロボロとアイラの目から涙が零れる。


 ああ、そうか。


 俺は純粋に、あのギルドの一件からこちら側、アイラが鬱いでいるのは、ルーパートのバイオレンスな一面に普通にショックを受けたんだろうと思っていた。実際に俺も多少なりとも受けただけに。
 ただ、今思えば、それは少しアイラを馬鹿にしすぎていたような気もする。流石のアイラもそんなことで二日以上も鬱ぎはしないだろう。


 結局、アイラは気付いてしまったのだ。自分が何も出来ていない事に。
 ある意味、それは俺もわかっていた。ここまでのどの局面を見ても、アイラは確かにあまり役に立っているとは言いがたい。
 彼女が言うように、筏で流れている時も、門でレオンに捕まったときも、再び奴隷になったときも、ギルドでいざこざがあったときも。アイラはただ、そこに居ただけで何かに役立ったという事は無かった。


 少なくとも、表面的には。


 「役立たずなんてことはねぇよ」


 だから、俺は即座に否定した。


 「……ぇ」


 「思うに、役に立つってなんだろうな?それって、平たく言って、誰かにとって、そいつが居る事の価値があるってことなんじゃないか。確かに今のところ、お前はなにも出来てないかもしれない。ただ、それが無力だっていうなら、じゃあ俺はどうなんだよ」


 「だってお姉様は」


 反論しようとするアイラを押さえて、続ける。


 「俺だって別に何も出来てねえよ。出来てると思ったら、それは結構な勘違いだ。見てみろよ。俺の姿をよ。ただの小娘だろうが。今は剣も何も使えねえ。パルミラより弱いぞ、きっと」


 パルミラを見る。するとパルミラは心なしか得意な顔をして、剣をすっと抜いた。
 私の方が強い、というジェスチュアだろうか。おそらく事実なので何も言えない。


 って、あれ?
 その剣は、一昨日武器屋で買った新品だったはずだが、少し使った跡が残っていた。そういえばパルミラは晩飯の後、何処へ行っていたのだろう。剣を使って何かをしていたのだろうが……今晩、見に行ってみるか。


 「でも、なんだかんだで頼られてる俺は、お前らにとって、なんか価値があるんだろ?だったら俺が頼ってるお前らも、価値があんだよ。役にたってんだよ」


 「わ、私……」


 目を見て、強く、伝える。
 アイラは零れる涙をそのままに、俺を見つめる。
 正直、俺だって悩むばかりだ。こんな体になって、それで、次々に不可解な事が起こる。


 ただ、それでも。
 あえて言えば、二人の存在に、助けられている。


 今まで俺は一人でなんでもやってきた。でも、今ははっきり言える。一人で抱え込むよりは二人が、三人が、多い方が良い。そうやって軽くする方が良い。
 それはシンプルすぎて、陳腐で、月並みで、でも、それだけに正しい。
 だから、役に立ってないなんて言うな。アイラ。
 パルミラも含めて、俺には二人が必要なんだよ。


 ……という言葉を素直に直接口にするほど、俺は器用では無いが。
 まあ、それでも。
 それでも。
 泣き止んで、薄笑いじゃなく、不器用に微笑むアイラを見るに、何かが伝わったのだろうと思った。
 ふん、全く、単純なんだよ。お前。


 「ただ、それでも今が不満だっていうなら、もっと悩めばいいと思う。何が出来るのか、なにをすればいいのか。そうやって考えていれば、そのうち出来ることがあるはずだから。俺も何かを頼むこともあるかも知れないし……ただまあ、焦らなくてもいいだろ、今は」


 そうこう言っている間にも馬車は勝手に進む。今の俺たちはまるで流れるようだ。
 だから、今はこの流れに乗りながら、ゆっくりと考えていけば良いと思う。
 焦る必要など、どこにもない。
 悩みたいだけなやんで、考えたいだけ考えて、それぞれの答えを見つければいい。
 アイラもそうだし、俺もそうだ。
 パルミラは……もう自分のすることを見つけているような気もする。
 俺もちゃんと考えなければな、と、パルミラを見ながら思った。


 「というところで、早速、お前らに話しておくことがある」










 「結婚するんですか!!!!!!」


 早速、話の一部しか聞いてなさそうなアイラが驚愕と、そして何とも言えない笑みを見せながら叫んだ。
 というか、なんだお前。さっきまでえらいこと悩んでいたくせに。


 「はー……おめでとうございます?」


 パルミラも心なしか、驚き顔のまま顔を少し赤らめている。お前らいい加減にしろよ。


 「フリだっつってんだろ」


 そんな二人に憮然と答える俺。
 言いながらも、フリとはいえ、そんな頼みを受けてしまった事にひどく後悔する。
 そうだよな。普通、受けないよな……そもそも俺、男なのによ……。


 「とにかく、受けた以上は仕方ない……まあ、要するにアレだ。あっちに着いても少し変な事に付き合わせてしまうが、よろしく頼む、という話だ」


 何故受けたのか、などと聞かれる前に、俺は早口でまくし立てた。


 言ってから、気付く。
 よく考えたら、結婚しているフリを、俺はするんだろうか?それとも、結婚するフリなんだろうか。もしくは、婚約のフリなのか、恋人のフリなのか。
 その辺りを全然聞いていない。
 聞いてはいないが、並べ立てると、それは程度の問題であって、話としてはどれもあまり変わらないような気もして、かなり滅入る。どれもこれも、ろくなもんじゃない。


 「ってことは、アレですよね。レオン様、貴族ですし、お姉様も貴族の一員ですよね」


 「まあ、フリだが、そういうことに……なるのかなぁ」


 演じる『クリス』は、多分一門の地位を持った人物だろうということはわかっている。
 おそらく、貴族なんじゃないだろうか。だとしたら、フリをする俺もその間は貴族、なのだろう。多分。正直そこは深く考えたくない。


 「わかりました!じゃあ、私はお姉様付きメイドということで頑張ります!」


 ……おい。
 さっきまでもっと悩めと言ったばかりなのに、アイラはあっさりと、自分のやることを見つけてしまった。しかも、変な方向に。
 いや、まあ、どうだろう。そっちの方が俺的に安心なのだろうか。


 「良かった。実は、お屋敷に居るとき、メイドさんに色々話を聞いたりしてたんですよ。多分、多分ですけど、きっとその知識が多分役に立つと思います。やったぁ」


 多分をそこまで連発されると不安しかない。やったぁ、じゃねーよ。
 まあでも、そうしてアイラが近くに居てくれるなら、メイドとしての能力はともかくとして、少し心強くはある、ような気がする。


 「じゃあ、私はお付きの護衛で」


 パルミラはパルミラで、更に不穏なことを言った。抜き身の剣を掲げ、もう何言っても無駄そうな構えだった。
 いやでも、お前。見た目的にそれは許されるのか。


 「安心して良い。私は20歳」


 ……なんでもかんでも20歳で解決しようとするなよ。


 とはいえ、実際、その間、二人をどうしようかというのは、気になるところではあった。
 二人ともあっという間に、自分の居場所を確保してしまったが、それはそれで、ありがたい話ではある。もちろん、レオンに承諾を得る必要があるが、きっとレオンは断りはしないだろう。


 「ま、よろしく頼むよ。アイラ、パルミラ」


 きっと着いた先は波乱が待っているのだろう。
 それでも、ほんの少しだけ、その不安が軽くなるのを、俺は感じ、心の中で二人に感謝した。

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