すわんぷ・ガール!
24話 ギルドにて
武器屋を後にした俺たちは、昼までの間と適当に商業区を流す。
アイラは相変わらずおのぼりさん風味であちこち見て回っては色々質問していたし、ルーパートは付き合い宜しくそれに答えている。
パルミラはさっき買った、布で巻いた小剣を両手に抱え、満足そうだ。最初は佩いていくと言っていたが、ワンピースにそれは無いだろうと説得した結果そうなった。
空を見ると、太陽も中天に差し掛かろうとしている。時間的にそろそろギルドに行っても良いが、その前に飯だろう。
丁度時間がそうなだけに、街のそこかしこから美味そうな臭いが漂ってくる。
「ルーパート、そろそろ飯にしよう」
アイラに吊られて先行気味のルーパートに声をかける。
「ああ、もうそんな時間かぁ……そーだな」
ある意味ゴキゲンのデートを邪魔された様子で、胡乱にルーパートは空を見上げた。
お前俺たちの護衛だってこと忘れてないか?
まあ、いいけど。
「なんか食いたいものある?俺としたらここは魚がお勧めではあるけど」
「じゃあ、魚がいいですねー」
「私も」
「じゃあ、魚な」
おい、俺の意見は。
と思う間もなく、心当たりがある場所があるのか、体を翻すルーパート。
とりあえず魚でいいが、コイツにはしっかり立場というのをわからしたほうがいいようだ。
「だってお前、この街初めてじゃ無いだろ?だったら初めての方を優先するさ」
ルーパートの案内で、こんな場所があったのかと思うような小洒落たレストランに入って席に着いた後、そのへんを責める俺にルーパートはきっぱりと言った。
……って。
「……初めてじゃ無いってなんでわかる」
注文を取りに来たウェイトレスにあれこれと好きなように頼むルーパートを、警戒の目で見る。横でパルミラも同じように体を硬くするのがわかった。
「じゃあ、よろしく……ってよ。わからないわけないだろ。そーゆー歩き方してたぜ?お前」
アイラと愉快デートばかりしてたと思ったが、案外見られていたようだ。確かにそう言われれば迷い無く歩いていたかも知れない。迂闊だった。
とはいえ、勝手知ったるテラベランの街だ。多分、演技したとしても、結局見抜かれたかも知れない。そもそもそういう演技とかは、俺は苦手だ。
だが、既に何人かは知っているとはいえ、あまり自分の正体を知られたくは無い。もう少し注意すべきかもしれない。
「だいたいよ。既に男が居る女を特別扱いしてもしょーがないべよ」
そう決意するも間もなく、ルーパートが聞き捨てならないことを言った。
「はぁぁあ?」
何言ってんだコイツわけわかんねぇ。
アイラとパルミラを見る。二人は、何とも言えない顔で下を向いていた。時折ちらちらと俺を見る。
なんだ、この雰囲気は。まるで俺だけがわかってないような。
「いや、確かにクリスは美人かもしれないけどよ。ボスも帝都に戻ったらたいへ」
「ひょっとしてそれはレオンの事を言ってんのか?」
こいつらのボスといったら該当者は二人居るが、レパードはあり得なさすぎるので、残るのは一人だけだ。ルーパートの言葉を遮って、俺はそれを問い詰める。
すると、今度はルーパートがはぁ?という顔になり、俺に向き直った。
「それ以外に一体誰が居ンだよ」
あとあんまりボスの名前を出すな、と付け加えられた。いや、お前そのボスを今それ呼ばわりしなかったか?それ以前にボスってどうよ。貴族じゃないのか。
とはいえ、そう言われて俺もなんとなくテーブルに両手をついて身を乗り出し、小声でルーパートに抗議する。
「……何故そういう話になってるんだよ」
そうすると、合わせてルーパートもテーブルに手をついて、身を乗り出してきた。テーブルの上で顔つき合わせて相対する俺ら。なんだこれは。
「つうか、みんなそう思ってるぞ。あの屋敷の」
「はぁ?一体どういうことなんだよ」
「どういう事も何も、ボスが毎日お前の寝室に行ってるだろ。それにお前と話すときはボスがやたら機嫌がよさそうなんだよ。ああいう顔もするのかと思うぐらいにな」
……絶句する。
それは、奇しくも昨日アイラが言っていた内容とほとんど一緒だった。
なんてこった。なぜこうなった?
「お待たせしましたー」
そのままの体勢で苦悶する俺の耳に、ウェイトレスの声が届く。ウェイトレスを困らせても仕方ないので体を起こし、給仕を促す。
「皆さん綺麗な方ですねー?テラベランは初めてですか?」
ウェイトレスはこのタイミングでは、かなり余計なことを言った。つい渋面になる俺を見て、アイラがあわてて『そうなんですよー』と追従する。
目の前に並べられる、屋敷の料理ほどには洗練されていないが、これはこれで十分に美味そうな料理を眺めながら、ルーパートの言葉を反芻する。
やばい。何一つ嘘がない。
「うわー、おいしそう!」
「じゃ、ごゆっくり」
「あんがとさん」
気付いたらテーブル一杯な料理を並べ終えて去って行くウェイトレスに、ルーパートが慣れた感じにチップをはずむ。
「まあ、食おうぜ。ここのはウチの連中も美味いって評判なんだよ……いつまでもそんな顔してんなよクリス」
「お、おう」
促され、釈然としないままフォークを持つ。確かに、美味そうだ。
中央になにかの魚のパイ。あと、ムニ……エルだったか、焼いた切り身。ピカタ。トマト煮。
「ほら、皿貸せ」
言われるまま皿をルーパートに渡すと、パイを器用に切り分けてくれた。続いてアイラの分、パルミラの分。
「わ、ありがとう、ルーパートさん」
「ありがと」
「当然。どーいたしまして」
最後に自分の分を取って、食い始める。それを見て、俺たちもフォークを刺した。
「おいしいー」
早速、心底幸せそうな顔でアイラが感嘆の声を漏らす。
何時も思うが、アイラは本当に美味そうに飯を食う。あんまり悩みがなさそうで、羨ましくなる。
それにつられ、俺もパイを口に運ぶ。
……確かにうまい。
「そんでよ、今日も俺のトコに来てよ、『私が行けないのは心から残念だが、君にクリスさん達の案内を頼む』ってよー。心底残念そうな顔で言ってたぜ」
「クリスさん達、ですかぁ」
……その話まだ続けんのかよ。アイラも意味深な事いってんじゃねーよ。
「今回お前を帝都に連れ帰んのも、結婚前のお披露目の為だと、屋敷中その噂で持ちきりだな」
いや、その話は断ったから……という事は言えない。結構複雑だし、おいそれと話して良い内容でも無い。
しかしなんでそんな話になっているのか。発信源はアイリンだな。間違いない。
「そもそもだ、お前がそーいう気持ちじゃないとしたら、あんまりにもボスが可愛そうだとしか言えねぇ。どうなんだとはあえて聞かねぇけどよ、ここまでされて気付いてねーんだとしたら、お前どんだけ罪作りなんだよ」
呆れるように、ルーパートは言った。
どうやら、俺が男だってことだけは知られてないようだ。さすがのアイリンもそこは秘密にしたのだろう。
そこはいいのだが、逆にだからこそ、周囲ではこんな話になっているんじゃないだろうか。ひょっとすると、大声で俺は男なんだと叫んだ方がマシなんじゃなかろうか。
そんなことを考えていると、裾を引っ張られた。
見ると、口いっぱいに何かを頬張ったパルミラが俺を見て、首を振る。
その目はこう語っているように見えた。
無駄だ、と。
「ふーぅ、食った食った」
「おいしかったですねー」
「満足」
三者三様、複雑な気分になって微妙に食が進まなかった俺を差し置き、満足そうな顔で店を出て通りを歩く。
結局、昼飯代はルーパートが出した。
『今日は俺の、お、ご、り』とか、気色悪い事を言っていたが、取りあえず容赦なく奢られることにする。
このまま晩飯も奢られることにしよう。
「いや、日が落ちる前に帰るぞ?」
その辺察されたのか、先にルーパートに釘を刺された。
「日が落ちたら、結構まだ物騒になるしな。俺は望むところだが、万一、何かの加減で朝帰りなんかした日にゃあ、ボスにぶっ殺される。俺が」
……まあ、それもそうか。
望むとことろなどと言う辺りが如何にもこの男らしいが、分別はわきまえているらしい。当たり前のことではあるが。
「ま、とりあえずギルドだな。そろそろ空いてんじゃねえの?」
「たぶんな」
そんなことを言い合いながら歩いていると、わりとすぐにギルドに着いた。
見る限り、朝の喧噪は既になりを潜め、外から見る分には、閑散としているようにも見える。それは比較的というものであって、何人かは中に居るようではあるが。
跳ね戸を開けて、中に入る。
そこは、武器屋と同じく俺にとっての懐かしい空間だった。
広めのホールに、テーブルとカウンター。一見して酒場のようにも見えるが、殆ど出入りの無くなる午後からは、実際酒場として機能する。
実際、仕事にあぶれたのか冒険者風の男達が何人か、テーブルで昼間っから酒を飲んでくだを巻いている。まあ、そんな男達は、突然現れたかなり場違いな闖入者に目が釘付けになっているが。
一方で、カウンターにバーテンダーが居るわけではなく、一応係員が常駐している。
依頼を終えて戻ってくる冒険者が来るためだ。後は事務的な処理など。
反対側の壁には、大きなボードがかかっていて、幾つかの紙がピンで留めてある。
それは依頼そのもので、依頼を受けたい時は、そこから目的の紙を外し、カウンターに持って行けば契約が成立する仕組みだ。今は、もう午後だけに、依頼の紙は少ない。めぼしい依頼は既に持って行かれた後だろう。
残っているのは洒落にならない高難易度任務か、もしくは報酬が極端に低いかどちらかだ。
もちろん、俺は別に依頼を受けに来たわけじゃ無いので、そこは関係ない。
今日、ここに来たかった理由は別にある。
「こんにちは」
「ああ?ああ」
俺はカウンターで何か事務的仕事をしているじいさんに声をかけた。
よほど集中していたのか、ペンを動かす手を止めてこちらを二度見し、ズレていたメガネを直しながら俺に向き直る。
「なんだね?」
「登録したいんだよ。俺と、あと二人ほど」
後ろに立っているアイラとパルミラを指さしながら俺は言った。
突然そうフられた、二人が『えっ?』という声を漏らすのがわかる。
「ふうん。歳は?」
「俺が18。後ろのは、19と、あとちっこいのは信じられんだろうがあれで20だ」
「ほおぅ」
じいさんはメガネを浮かせながら、俺と、後ろの二人をじろじろと見る。
「ギルドの規定は知っているかね?」
「ああ、問題ない。すべて自己責任。だろう?」
もちろん、他にも色々なルールがある。だが、もっとも基本的なのは、この自己責任、というものだ。
先も言ったとおり、ギルドは仕事を斡旋し、情報をも提供する。
だが、その斡旋された仕事を選ぶのは、冒険者本人だ。
だから、もし選んだ依頼でどんな損害が出ようとも、掴んだ情報が嘘っぱちでそれによっていかな被害がでようと、すべて自己責任というのが原則になっている。
要するに、ギルド自体の責任回避なのだが、そうでなければギルドが成り立たないのも事実ではあるのでそういうものなのだと全員が納得するしか無い。
「わかっているならいい。三人分で鉄貨三枚だ」
「ほらよ」
すぐにカウンターに鉄貨を三枚放る。
慣れている事をアピールするためだ。如何にも自分はわかっていますとすれば、余計な話に煩わされることも無くなる。
「……ふん」
それを確認したじいさんは、自分の足下から、皮で装丁された小さな冊子を三つ取り出して、カウンターに重ねる。それからもう一つ分厚い大きな本を出し、それをベラベラとめくると、それもカウンターに置いた。ページには誰かの名前がズラズラと並んでいる―――名簿だ。
「名前を書いてくれ。あとこっちにもな」
そこでようやく、俺はアイラとパルミラを呼んだ。いつの間にかルーパートは壁際に移動して、憮然とした顔で俺たちを見ている。
「ここに名前を書くんだ」
少し急かすように、渡されたペンをアイラに渡す。パルミラにも。
パルミラは特に疑問もないようで、手帳と名簿に名前を書いた。
「え、その、私」
が、アイラはペンを持ったままオロオロとしている。
「いいから早く」
「……字が書けないんです」
アイラは泣きそうな声で、そう零した。
途端、周囲からどっと笑い声が響く。酔っ払いどもだ。
こうなることは、予想出来ていた。だから早くしたかったのだが。
「うははは、なんか変わったのが来たと思ったら字も書けないのかよ、お前」
「おじょーちゃーん。俺だったら字書けなくってもすぐに登録してやるよ。俺にな」
下品で粗野なヤジが、周囲から浴びせかけられる。悪意に近いそれを受けて、アイラは俯いて何かを堪えている様子だった。もちろんそれが何かなどと、言うまでもない。
その様子を見ながら俺は、急いでじいさんに向き直り、ペンを取った。
「おい!代筆でもいいな?!」
「あ、ああ」
手早くアイラの名前を手帳と、名簿に記入する。それから自分の名前……少し悩んだが、クリスと書いた。
「これでいいな?ナンバーの説明はいい」
ヤジが続くホールで、三人分の記名入り手帳をじいさんに見せる。
じいさんは、名簿とそれを見比べて、頷いた。
よし、終わった。
俺は勢いよく振り返って、酔っ払いのクソどもに
どがっ!
怒鳴り散らしてやろうとしたら、先にソイツの顔面は床にめり込んでいた。
「……るっせーぞ、クズどもが」
その声の主は、予想通りルーパートだった。
そして同時に俺が見たのは、多分もっともゲスいヤジを飛ばしていたのだろう男の後頭部を押さえつけ、床に顔面をたたきつける姿だった。
その顔は、今までヤツが見せていたいい加減でヘラヘラしたそれではなく、思わず俺が固まるほどの怒りに満ちたそれだった。
……一言でその表情を言うならば、凶悪。
あまりにもギャップがありすぎるその姿に、俺も、アイラもパルミラさえも、声が出ない。
「なんだテメエはぁ!」
「ぶっ殺してやる!」
一瞬の間を置いて、状況が理解できたのか次々と立ち上がる他の冒険者もとい、酔っ払いども。剣を抜いたヤツまで居る。
それでも俺は、ルーパートを心配したり、加勢する気持ちにならなかった。
むしろ、動く事が出来なかった。
不幸な床男の後頭部からゆっくり手を引いたルーパートの顔が、戦慄するほどの凄絶な笑みを見せていたからだ。
「ほら、アイラちゃん元気だしなってよー」
夕暮れも迫る大通り。トボトボ歩くアイラをおどけた様子で励ましているのは、やはりルーパートだったりする。
対して、俺もパルミラも、それに対して何も言えずに居た。
正直、この男が怖い。
それが素直な感想だった。
あの後、ルーパートは、それが当たり前のように、一瞬でその場に居た酔っぱらい全員を、嬉々として半殺しにした。しかも、素手で。
格が違うという言葉をもし説明して欲しいと言われたら、ああいう感じと簡単に説明できてしまうだろう。
それほどに、ルーパートの強さは隔絶していた。多分、もし俺が元の姿だったとしてもやはり一瞬でやられていただろう程に。
しかも、いとも簡単に全員を文字通り殲滅したあと、すげえスッキリしたみたいな事を言いながら、ケロッとしていた。
ギルドはそれなりに壊れたが、ルーパートが多分金を払って黙らせた。じいさんに幾ら払ったかはわからない。
「おーい、クリス。クリスからも何か言ってやれよな」
そして今現在、何も変わらないすっとぼけた顔でそんなことを言う。何かさっきのことが嘘みたいな反応ではある。そのギャップが、逆に恐ろしい。
とはいえ。
ルーパートが俺たちを助けてくれたのは、確かだった。そしてその原因は、ある意味俺にある。
「……いや、悪かった。ちゃんと先に説明しとけばよかったな」
それが目的だったので、ちゃんと持ってきた手帳をアイラに手渡す。
12-68776。手帳の表紙には、そう書かれている。パルミラは68775。俺は68777だ。
「……これは?」
「まあ……保険みたいなものだ。先々、もしまた街に入れないなんて事になったりしたとき、これか、このナンバーさえ覚えていれば身分の代わりになるからな」
それは街に入れなかった前の経験に基づくものだった。今は確かにレオンの元、身分が保障されている。だが、その保障も何時まで続くかわからない。だからこそ、保険としてアイラをも含む三人分をギルド登録した。
それは本当にただの保険として。結果的にあまり意味が無いかも知れない。ただ、俺としては今出来る事をしておきたかっただけだった。
ただ、その結果、アイラを傷付ける事になってしまった。これは俺の思慮が足りなかったせいでもある。
何かするときは、相談してから。
失敗したと、今はかなり後悔するばかりだ。
「そーゆことね」
それを聞いて、ルーパートは何か納得したような顔になった。
聞いてみるとルーパートは、俺が突然三人の冒険者登録をし始めたことを見て、ひょっとしてこのまま冒険者として出奔してしまうつもりなのかと思っていたらしい。
憮然としていたのはそのせいだったのかと今にして思う。こいつにもちゃんと説明しておけばよかったか。
まあ、説明しておいたところで、結果はあまり変わらなかったとは思うが。
「……」
手帳を見つめ、アイラは何かを考えているようだった。
その様子は、何時ものアイラとは違っていて、それが自分のせいだと思えばこそ、俺は気になって仕方なかった。
ただ、俺はそれに対して、殆ど何も言うことが出来なかった。
不甲斐ない。それしか出てこない。
結局、俺たちは微妙な空気のまま、屋敷に続く坂を登っていった。
アイラは相変わらずおのぼりさん風味であちこち見て回っては色々質問していたし、ルーパートは付き合い宜しくそれに答えている。
パルミラはさっき買った、布で巻いた小剣を両手に抱え、満足そうだ。最初は佩いていくと言っていたが、ワンピースにそれは無いだろうと説得した結果そうなった。
空を見ると、太陽も中天に差し掛かろうとしている。時間的にそろそろギルドに行っても良いが、その前に飯だろう。
丁度時間がそうなだけに、街のそこかしこから美味そうな臭いが漂ってくる。
「ルーパート、そろそろ飯にしよう」
アイラに吊られて先行気味のルーパートに声をかける。
「ああ、もうそんな時間かぁ……そーだな」
ある意味ゴキゲンのデートを邪魔された様子で、胡乱にルーパートは空を見上げた。
お前俺たちの護衛だってこと忘れてないか?
まあ、いいけど。
「なんか食いたいものある?俺としたらここは魚がお勧めではあるけど」
「じゃあ、魚がいいですねー」
「私も」
「じゃあ、魚な」
おい、俺の意見は。
と思う間もなく、心当たりがある場所があるのか、体を翻すルーパート。
とりあえず魚でいいが、コイツにはしっかり立場というのをわからしたほうがいいようだ。
「だってお前、この街初めてじゃ無いだろ?だったら初めての方を優先するさ」
ルーパートの案内で、こんな場所があったのかと思うような小洒落たレストランに入って席に着いた後、そのへんを責める俺にルーパートはきっぱりと言った。
……って。
「……初めてじゃ無いってなんでわかる」
注文を取りに来たウェイトレスにあれこれと好きなように頼むルーパートを、警戒の目で見る。横でパルミラも同じように体を硬くするのがわかった。
「じゃあ、よろしく……ってよ。わからないわけないだろ。そーゆー歩き方してたぜ?お前」
アイラと愉快デートばかりしてたと思ったが、案外見られていたようだ。確かにそう言われれば迷い無く歩いていたかも知れない。迂闊だった。
とはいえ、勝手知ったるテラベランの街だ。多分、演技したとしても、結局見抜かれたかも知れない。そもそもそういう演技とかは、俺は苦手だ。
だが、既に何人かは知っているとはいえ、あまり自分の正体を知られたくは無い。もう少し注意すべきかもしれない。
「だいたいよ。既に男が居る女を特別扱いしてもしょーがないべよ」
そう決意するも間もなく、ルーパートが聞き捨てならないことを言った。
「はぁぁあ?」
何言ってんだコイツわけわかんねぇ。
アイラとパルミラを見る。二人は、何とも言えない顔で下を向いていた。時折ちらちらと俺を見る。
なんだ、この雰囲気は。まるで俺だけがわかってないような。
「いや、確かにクリスは美人かもしれないけどよ。ボスも帝都に戻ったらたいへ」
「ひょっとしてそれはレオンの事を言ってんのか?」
こいつらのボスといったら該当者は二人居るが、レパードはあり得なさすぎるので、残るのは一人だけだ。ルーパートの言葉を遮って、俺はそれを問い詰める。
すると、今度はルーパートがはぁ?という顔になり、俺に向き直った。
「それ以外に一体誰が居ンだよ」
あとあんまりボスの名前を出すな、と付け加えられた。いや、お前そのボスを今それ呼ばわりしなかったか?それ以前にボスってどうよ。貴族じゃないのか。
とはいえ、そう言われて俺もなんとなくテーブルに両手をついて身を乗り出し、小声でルーパートに抗議する。
「……何故そういう話になってるんだよ」
そうすると、合わせてルーパートもテーブルに手をついて、身を乗り出してきた。テーブルの上で顔つき合わせて相対する俺ら。なんだこれは。
「つうか、みんなそう思ってるぞ。あの屋敷の」
「はぁ?一体どういうことなんだよ」
「どういう事も何も、ボスが毎日お前の寝室に行ってるだろ。それにお前と話すときはボスがやたら機嫌がよさそうなんだよ。ああいう顔もするのかと思うぐらいにな」
……絶句する。
それは、奇しくも昨日アイラが言っていた内容とほとんど一緒だった。
なんてこった。なぜこうなった?
「お待たせしましたー」
そのままの体勢で苦悶する俺の耳に、ウェイトレスの声が届く。ウェイトレスを困らせても仕方ないので体を起こし、給仕を促す。
「皆さん綺麗な方ですねー?テラベランは初めてですか?」
ウェイトレスはこのタイミングでは、かなり余計なことを言った。つい渋面になる俺を見て、アイラがあわてて『そうなんですよー』と追従する。
目の前に並べられる、屋敷の料理ほどには洗練されていないが、これはこれで十分に美味そうな料理を眺めながら、ルーパートの言葉を反芻する。
やばい。何一つ嘘がない。
「うわー、おいしそう!」
「じゃ、ごゆっくり」
「あんがとさん」
気付いたらテーブル一杯な料理を並べ終えて去って行くウェイトレスに、ルーパートが慣れた感じにチップをはずむ。
「まあ、食おうぜ。ここのはウチの連中も美味いって評判なんだよ……いつまでもそんな顔してんなよクリス」
「お、おう」
促され、釈然としないままフォークを持つ。確かに、美味そうだ。
中央になにかの魚のパイ。あと、ムニ……エルだったか、焼いた切り身。ピカタ。トマト煮。
「ほら、皿貸せ」
言われるまま皿をルーパートに渡すと、パイを器用に切り分けてくれた。続いてアイラの分、パルミラの分。
「わ、ありがとう、ルーパートさん」
「ありがと」
「当然。どーいたしまして」
最後に自分の分を取って、食い始める。それを見て、俺たちもフォークを刺した。
「おいしいー」
早速、心底幸せそうな顔でアイラが感嘆の声を漏らす。
何時も思うが、アイラは本当に美味そうに飯を食う。あんまり悩みがなさそうで、羨ましくなる。
それにつられ、俺もパイを口に運ぶ。
……確かにうまい。
「そんでよ、今日も俺のトコに来てよ、『私が行けないのは心から残念だが、君にクリスさん達の案内を頼む』ってよー。心底残念そうな顔で言ってたぜ」
「クリスさん達、ですかぁ」
……その話まだ続けんのかよ。アイラも意味深な事いってんじゃねーよ。
「今回お前を帝都に連れ帰んのも、結婚前のお披露目の為だと、屋敷中その噂で持ちきりだな」
いや、その話は断ったから……という事は言えない。結構複雑だし、おいそれと話して良い内容でも無い。
しかしなんでそんな話になっているのか。発信源はアイリンだな。間違いない。
「そもそもだ、お前がそーいう気持ちじゃないとしたら、あんまりにもボスが可愛そうだとしか言えねぇ。どうなんだとはあえて聞かねぇけどよ、ここまでされて気付いてねーんだとしたら、お前どんだけ罪作りなんだよ」
呆れるように、ルーパートは言った。
どうやら、俺が男だってことだけは知られてないようだ。さすがのアイリンもそこは秘密にしたのだろう。
そこはいいのだが、逆にだからこそ、周囲ではこんな話になっているんじゃないだろうか。ひょっとすると、大声で俺は男なんだと叫んだ方がマシなんじゃなかろうか。
そんなことを考えていると、裾を引っ張られた。
見ると、口いっぱいに何かを頬張ったパルミラが俺を見て、首を振る。
その目はこう語っているように見えた。
無駄だ、と。
「ふーぅ、食った食った」
「おいしかったですねー」
「満足」
三者三様、複雑な気分になって微妙に食が進まなかった俺を差し置き、満足そうな顔で店を出て通りを歩く。
結局、昼飯代はルーパートが出した。
『今日は俺の、お、ご、り』とか、気色悪い事を言っていたが、取りあえず容赦なく奢られることにする。
このまま晩飯も奢られることにしよう。
「いや、日が落ちる前に帰るぞ?」
その辺察されたのか、先にルーパートに釘を刺された。
「日が落ちたら、結構まだ物騒になるしな。俺は望むところだが、万一、何かの加減で朝帰りなんかした日にゃあ、ボスにぶっ殺される。俺が」
……まあ、それもそうか。
望むとことろなどと言う辺りが如何にもこの男らしいが、分別はわきまえているらしい。当たり前のことではあるが。
「ま、とりあえずギルドだな。そろそろ空いてんじゃねえの?」
「たぶんな」
そんなことを言い合いながら歩いていると、わりとすぐにギルドに着いた。
見る限り、朝の喧噪は既になりを潜め、外から見る分には、閑散としているようにも見える。それは比較的というものであって、何人かは中に居るようではあるが。
跳ね戸を開けて、中に入る。
そこは、武器屋と同じく俺にとっての懐かしい空間だった。
広めのホールに、テーブルとカウンター。一見して酒場のようにも見えるが、殆ど出入りの無くなる午後からは、実際酒場として機能する。
実際、仕事にあぶれたのか冒険者風の男達が何人か、テーブルで昼間っから酒を飲んでくだを巻いている。まあ、そんな男達は、突然現れたかなり場違いな闖入者に目が釘付けになっているが。
一方で、カウンターにバーテンダーが居るわけではなく、一応係員が常駐している。
依頼を終えて戻ってくる冒険者が来るためだ。後は事務的な処理など。
反対側の壁には、大きなボードがかかっていて、幾つかの紙がピンで留めてある。
それは依頼そのもので、依頼を受けたい時は、そこから目的の紙を外し、カウンターに持って行けば契約が成立する仕組みだ。今は、もう午後だけに、依頼の紙は少ない。めぼしい依頼は既に持って行かれた後だろう。
残っているのは洒落にならない高難易度任務か、もしくは報酬が極端に低いかどちらかだ。
もちろん、俺は別に依頼を受けに来たわけじゃ無いので、そこは関係ない。
今日、ここに来たかった理由は別にある。
「こんにちは」
「ああ?ああ」
俺はカウンターで何か事務的仕事をしているじいさんに声をかけた。
よほど集中していたのか、ペンを動かす手を止めてこちらを二度見し、ズレていたメガネを直しながら俺に向き直る。
「なんだね?」
「登録したいんだよ。俺と、あと二人ほど」
後ろに立っているアイラとパルミラを指さしながら俺は言った。
突然そうフられた、二人が『えっ?』という声を漏らすのがわかる。
「ふうん。歳は?」
「俺が18。後ろのは、19と、あとちっこいのは信じられんだろうがあれで20だ」
「ほおぅ」
じいさんはメガネを浮かせながら、俺と、後ろの二人をじろじろと見る。
「ギルドの規定は知っているかね?」
「ああ、問題ない。すべて自己責任。だろう?」
もちろん、他にも色々なルールがある。だが、もっとも基本的なのは、この自己責任、というものだ。
先も言ったとおり、ギルドは仕事を斡旋し、情報をも提供する。
だが、その斡旋された仕事を選ぶのは、冒険者本人だ。
だから、もし選んだ依頼でどんな損害が出ようとも、掴んだ情報が嘘っぱちでそれによっていかな被害がでようと、すべて自己責任というのが原則になっている。
要するに、ギルド自体の責任回避なのだが、そうでなければギルドが成り立たないのも事実ではあるのでそういうものなのだと全員が納得するしか無い。
「わかっているならいい。三人分で鉄貨三枚だ」
「ほらよ」
すぐにカウンターに鉄貨を三枚放る。
慣れている事をアピールするためだ。如何にも自分はわかっていますとすれば、余計な話に煩わされることも無くなる。
「……ふん」
それを確認したじいさんは、自分の足下から、皮で装丁された小さな冊子を三つ取り出して、カウンターに重ねる。それからもう一つ分厚い大きな本を出し、それをベラベラとめくると、それもカウンターに置いた。ページには誰かの名前がズラズラと並んでいる―――名簿だ。
「名前を書いてくれ。あとこっちにもな」
そこでようやく、俺はアイラとパルミラを呼んだ。いつの間にかルーパートは壁際に移動して、憮然とした顔で俺たちを見ている。
「ここに名前を書くんだ」
少し急かすように、渡されたペンをアイラに渡す。パルミラにも。
パルミラは特に疑問もないようで、手帳と名簿に名前を書いた。
「え、その、私」
が、アイラはペンを持ったままオロオロとしている。
「いいから早く」
「……字が書けないんです」
アイラは泣きそうな声で、そう零した。
途端、周囲からどっと笑い声が響く。酔っ払いどもだ。
こうなることは、予想出来ていた。だから早くしたかったのだが。
「うははは、なんか変わったのが来たと思ったら字も書けないのかよ、お前」
「おじょーちゃーん。俺だったら字書けなくってもすぐに登録してやるよ。俺にな」
下品で粗野なヤジが、周囲から浴びせかけられる。悪意に近いそれを受けて、アイラは俯いて何かを堪えている様子だった。もちろんそれが何かなどと、言うまでもない。
その様子を見ながら俺は、急いでじいさんに向き直り、ペンを取った。
「おい!代筆でもいいな?!」
「あ、ああ」
手早くアイラの名前を手帳と、名簿に記入する。それから自分の名前……少し悩んだが、クリスと書いた。
「これでいいな?ナンバーの説明はいい」
ヤジが続くホールで、三人分の記名入り手帳をじいさんに見せる。
じいさんは、名簿とそれを見比べて、頷いた。
よし、終わった。
俺は勢いよく振り返って、酔っ払いのクソどもに
どがっ!
怒鳴り散らしてやろうとしたら、先にソイツの顔面は床にめり込んでいた。
「……るっせーぞ、クズどもが」
その声の主は、予想通りルーパートだった。
そして同時に俺が見たのは、多分もっともゲスいヤジを飛ばしていたのだろう男の後頭部を押さえつけ、床に顔面をたたきつける姿だった。
その顔は、今までヤツが見せていたいい加減でヘラヘラしたそれではなく、思わず俺が固まるほどの怒りに満ちたそれだった。
……一言でその表情を言うならば、凶悪。
あまりにもギャップがありすぎるその姿に、俺も、アイラもパルミラさえも、声が出ない。
「なんだテメエはぁ!」
「ぶっ殺してやる!」
一瞬の間を置いて、状況が理解できたのか次々と立ち上がる他の冒険者もとい、酔っ払いども。剣を抜いたヤツまで居る。
それでも俺は、ルーパートを心配したり、加勢する気持ちにならなかった。
むしろ、動く事が出来なかった。
不幸な床男の後頭部からゆっくり手を引いたルーパートの顔が、戦慄するほどの凄絶な笑みを見せていたからだ。
「ほら、アイラちゃん元気だしなってよー」
夕暮れも迫る大通り。トボトボ歩くアイラをおどけた様子で励ましているのは、やはりルーパートだったりする。
対して、俺もパルミラも、それに対して何も言えずに居た。
正直、この男が怖い。
それが素直な感想だった。
あの後、ルーパートは、それが当たり前のように、一瞬でその場に居た酔っぱらい全員を、嬉々として半殺しにした。しかも、素手で。
格が違うという言葉をもし説明して欲しいと言われたら、ああいう感じと簡単に説明できてしまうだろう。
それほどに、ルーパートの強さは隔絶していた。多分、もし俺が元の姿だったとしてもやはり一瞬でやられていただろう程に。
しかも、いとも簡単に全員を文字通り殲滅したあと、すげえスッキリしたみたいな事を言いながら、ケロッとしていた。
ギルドはそれなりに壊れたが、ルーパートが多分金を払って黙らせた。じいさんに幾ら払ったかはわからない。
「おーい、クリス。クリスからも何か言ってやれよな」
そして今現在、何も変わらないすっとぼけた顔でそんなことを言う。何かさっきのことが嘘みたいな反応ではある。そのギャップが、逆に恐ろしい。
とはいえ。
ルーパートが俺たちを助けてくれたのは、確かだった。そしてその原因は、ある意味俺にある。
「……いや、悪かった。ちゃんと先に説明しとけばよかったな」
それが目的だったので、ちゃんと持ってきた手帳をアイラに手渡す。
12-68776。手帳の表紙には、そう書かれている。パルミラは68775。俺は68777だ。
「……これは?」
「まあ……保険みたいなものだ。先々、もしまた街に入れないなんて事になったりしたとき、これか、このナンバーさえ覚えていれば身分の代わりになるからな」
それは街に入れなかった前の経験に基づくものだった。今は確かにレオンの元、身分が保障されている。だが、その保障も何時まで続くかわからない。だからこそ、保険としてアイラをも含む三人分をギルド登録した。
それは本当にただの保険として。結果的にあまり意味が無いかも知れない。ただ、俺としては今出来る事をしておきたかっただけだった。
ただ、その結果、アイラを傷付ける事になってしまった。これは俺の思慮が足りなかったせいでもある。
何かするときは、相談してから。
失敗したと、今はかなり後悔するばかりだ。
「そーゆことね」
それを聞いて、ルーパートは何か納得したような顔になった。
聞いてみるとルーパートは、俺が突然三人の冒険者登録をし始めたことを見て、ひょっとしてこのまま冒険者として出奔してしまうつもりなのかと思っていたらしい。
憮然としていたのはそのせいだったのかと今にして思う。こいつにもちゃんと説明しておけばよかったか。
まあ、説明しておいたところで、結果はあまり変わらなかったとは思うが。
「……」
手帳を見つめ、アイラは何かを考えているようだった。
その様子は、何時ものアイラとは違っていて、それが自分のせいだと思えばこそ、俺は気になって仕方なかった。
ただ、俺はそれに対して、殆ど何も言うことが出来なかった。
不甲斐ない。それしか出てこない。
結局、俺たちは微妙な空気のまま、屋敷に続く坂を登っていった。
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