すわんぷ・ガール!
18話 居るべきで無い場所
そのまま夕方になった。
結局、失礼したレオンは、少なくとも俺の前には姿を現さなかった。
よほど、ショックだったのかも知れない。
ただ、その『よほどショック』な理由を想像してみると、何となくレオンが哀れな気がしたので、それが自分が感じたレオンに対する何とも言えない感情を相殺してしまった。
別に、だましたわけじゃ無い。
だましたわけじゃ無いけれど、考えてみると、結果的にレオンに酷いことをしたような気がする。
……いや、騙したというか、嘘はついたな。最初に。
ただ、それはレオンにはすっかりバレていたわけで、そこを考えると、今回の告白も、ひょっとしたら『知ってましたよ』の一言で終わるんじゃないかな、なんて思っていた自分もあった。
だが、結果は、あの予想だにしなかったほど狼狽えるレオンだったワケで……。
そう考えると、やはり何となく凄く悪いことをしたような気がする。
思い出せば、確かに例の依頼があったものの、それは両者合意のイーブンなものだったので無かったこととしてしまうと、残るのはただ、レオンから俺たちに対する恩だけだということに気付く。
逃亡奴隷だった俺たちを匿ってくれた。
美味いものを食わせてくれた。
寝るところをくれた。
それは十分すぎるほどの恩だった。
結局、恩を仇で返すような状態だともいえる。
いやでも、真実は真実なわけだし。じゃあ、そんな告白しなくて女の自分を突き通すかといわれれば、今までの想像からくる未来は、少なくとも自分にとっては明るくなさそうだった。
たとえばまあ、レオンにコクハクされるとか。
それは……困る。
困る以外の言葉が出てこない。
それを思えば、今今、自分の真実についてきちんと正直に伝えておくのは、俺のためでもあり、そしてレオンのためでもあったはずだ。
うん、だから、俺は悪くない。
なんか、想像が飛躍しすぎてる気がするが、悪くないはず。
「……クリス?」
パルミラの声に、没頭していた思考を中断して、ぼんやりと彼女を見た。
「んあ?」
「スープが冷める」
間抜けな返答に、少し心配そうに俺を見るパルミラ。数瞬、その意味を頭の中で考えて、我に返る。
「あ、ああ」
そして俺は慌てて、晩餐のスープにスプーンを入れた。
一口すする。美味い。
美味い、んだが……。
「レオン様、どうしたんですかねー」
間延びした感じで、あまり深刻そうでない感じにアイラが呟く。
レオンは、晩餐にも居なかった。
だからこそ、俺はそんなことを考えてしまっていた。
「やっぱり、悪いことしたかなあ……」
「そうだねぇ」
などときっぱり切って捨てたのは、何故かこの席に居るアイリンだった。
事後処理が終わったのか、昼過ぎに屋敷に戻ってきたアイリンは、忘れていれば良いのにしっかり俺との約束を覚えていて、屋敷のベランダで惚けていた俺に一直線に告白を聞きに来た。
最初は適当な事を言って煙に巻くつもり満々だった俺だが、レオンの事もあってめんどくさくなり、そのままの事実をアイリンに伝えた。
取りあえず生まれ云々は置いといて、女になった部分を。
ドン引きだった。
いやまあ、普通そうだよな。と思う。散々自分でも思っていた通り、自分だったらドン引きだと思ってたワケだし。
ただ、アイリンのそれは少し方向性が違い、罵倒とも誹謗とも取れるその垂れ流される言葉を要約してみると、『男から女になったくせに、そんな美人でズルイ』というものだった。
そこは、俺のせいちがう。そもそも女になりたくて女になったわけでも無いので、全く批難される覚えも無い。
ただまあ、それは彼女にして、わかってるけど何か言わないと気が済まないという事らしかったので、そうストレートに言われたほうが、救われた気もした。
言うだけ言った彼女は、そのまま去って行った。
少し寂しい気もしたが、そのうち別れる彼女だし、むしろその方がさっぱりして良いのかも知れないと思う。
「だってさぁ、こんな美少女が元男とか、信じらんないもん。レオン様もショックだっただろうなって思うし」
なのになぜか、晩餐にも居た。わけがわからん。
そして好きなことを言いながら、俺たちと同じものを食ってる。
それどころか、今や手酌でワインをぐいぐい飲んでた。凄く、たちが悪い。
「そんなことよりなんでお前までここに居るんだよ。お前は向こうだろ」
「向こう今、助けた奴隷で一杯だし、レパード隊長がこっちで食べていいって言ったもん」
今はどんな身分かわからないが、多分客としてここに居る俺たちはともかく、レパードの言う、こっち、は、多分ここじゃないと俺は思う。
そういえば、前にお茶会と称して、ケーキを山ほど持ってきていたが、アレは一体どこから調達したのだろう。
ひょっとして、給仕のメイドさんあたりや、コックさんとかに、もの凄い迷惑をかけてる人なのだろうか。そんな気もしなくも無い。
「あーあ、くそー、レオン様、こんなのに惚れないで私に惚れてよう」
そうストレートに言われてみると、実際レオンは俺に惚れていたのだろうか、と、ふと疑問に思った。
なんとなくその反応から、そうだったのかなあと思っていたのだが、冷静になってみると、まあそりゃ美少女かもしれんが、彼女が言うとおり、中身は『こんなの』でしかない。割と普通に俺って言ってたし。
そう思えば、もし『自分に惚れてた』などという事が、事実と異なる場合、正直俺がかなり恥ずかしい。自意識過剰というべきなのだろうか。この場合。
ただ、もしそうじゃないなら、あのときのレオンの態度はなんだったのだろう。
他の理由だとしたら。
……思いつかない。うーん。
「だいたいさー、私じゃ無くてもアイラちゃんもパルミラちゃんも居るじゃん。きれーどころばっかりなのにさ。何でアンタなのよ。納得いかない」
「……あはは」
「私は気にしない」
何も言えなくて苦笑するアイラに、興味ナシと言わんばかりに切って捨てるパルミラ。というか、まだ食ってる。
そんなに食うのに、なぜこの姿なのか。パルミラ20歳。これはこれで女に変身した俺と同じぐらい、謎な気がする。
じっと見てたら目があって、ムっとされた。鋭い。睨んでるような目が怖い。
「……そんなの知るかよ。そもそも惚れられたところで身分が違うだろ。だいたい俺たちもそのうちここを出て行かなきゃいけないし」
パルミラから目をそらしつつ、言う。
本当に、知るかよ。
正直、考えるのがおっくうになってきた。
「……私たち、何時までここに居れるんですかね……」
アイラが、ぽつんと不安げに漏らした。
……確かに。
俺たちの今の身分は、一応、客なのだろう。最初のレオンの言によると、確か、パルミラの怪我が治るまで、だったはずだ。
無論、そんな話は、嘘を見破られた時点で無効になっているはずだし、もし無効でなくとも、そもそもパルミラの怪我とやらは元々大したことなかっただけに、すでにほぼ治っている。
そう考えると、自分たちを引き留めていたものは、その後の依頼によるもので、そしてそんな依頼はもう終了している。
最早、自分たちがここに居る理由はない。
あとは、報酬を貰うだけだ。
そう、報酬を。
「そうだった!報酬だよ!」
居心地のいいここに戻ってきた事に、重要すぎる事を忘れていた。
50万!
ここを出て行くにしても、報酬を貰わなければ、お話にならない。
結局昨日の死ぬような目も、その為に努力したのだから。
50万かぁ。50万あったら。
……何をするんだっけ?
くれると聞いた時は、色々な事を考えた気がする。
ただ、今、改めて考えると、不思議なほど頭の中にやることが浮かばない。
ここを出て、50万をもって、そして、何をする?
何かは出来る気がする。取りあえずお金に困らない。
でも、何をしよう?
「……」
アイラと、パルミラを見る。
そして、二人に何がしたいか聞こうとして、俺は何となく口を閉じた。
何となく自分が決めれないことを、丸投げのように他人に聞くのもおかしな話のような気がしたし、アイリンの前でそんな話も、野暮な気もした。
まあ、いいか、貰ってから考えよう。
結局のところ、ここを出るのが惜しいのかもしれない。
ここは確かに、居心地が良い。今現在のレオンのそれを抜きにしても。
ご飯はうまいし、何より安心して寝れる。
だからこそアイラも、不安になったのかもしれない。
何時までここに居られるのか。
ただ、それは本当は考えてはいけないことだろう。
いつかは、出て行かなければならない。
そしてそれは、多分、そう遠い未来の話ではない。
……静かになったと思ったら、アイリンは机に突っ伏して寝ている。実に幸せそうな顔で。
それを見ていると、なんだか羨ましく思えた。
「……寝るか」
ぽつりと言って、席を立った。
アイラが、不安そうな目で俺を追う。
ただ、俺もそれに対して、何も言えない。
パルミラも、一緒に席を立つ。
もしかすると、最も覚悟が出来ているのは彼女だけなのかもしれない。
明日をも、わからない。
何時だってそうして生きてきた。それが普通だった。そうした生き方が、好きだった。
ただ、今はそれが不安に思える。
早くここを、出て行かなければいけない。
所詮俺たちが居て良い場所では、ない。
結局、失礼したレオンは、少なくとも俺の前には姿を現さなかった。
よほど、ショックだったのかも知れない。
ただ、その『よほどショック』な理由を想像してみると、何となくレオンが哀れな気がしたので、それが自分が感じたレオンに対する何とも言えない感情を相殺してしまった。
別に、だましたわけじゃ無い。
だましたわけじゃ無いけれど、考えてみると、結果的にレオンに酷いことをしたような気がする。
……いや、騙したというか、嘘はついたな。最初に。
ただ、それはレオンにはすっかりバレていたわけで、そこを考えると、今回の告白も、ひょっとしたら『知ってましたよ』の一言で終わるんじゃないかな、なんて思っていた自分もあった。
だが、結果は、あの予想だにしなかったほど狼狽えるレオンだったワケで……。
そう考えると、やはり何となく凄く悪いことをしたような気がする。
思い出せば、確かに例の依頼があったものの、それは両者合意のイーブンなものだったので無かったこととしてしまうと、残るのはただ、レオンから俺たちに対する恩だけだということに気付く。
逃亡奴隷だった俺たちを匿ってくれた。
美味いものを食わせてくれた。
寝るところをくれた。
それは十分すぎるほどの恩だった。
結局、恩を仇で返すような状態だともいえる。
いやでも、真実は真実なわけだし。じゃあ、そんな告白しなくて女の自分を突き通すかといわれれば、今までの想像からくる未来は、少なくとも自分にとっては明るくなさそうだった。
たとえばまあ、レオンにコクハクされるとか。
それは……困る。
困る以外の言葉が出てこない。
それを思えば、今今、自分の真実についてきちんと正直に伝えておくのは、俺のためでもあり、そしてレオンのためでもあったはずだ。
うん、だから、俺は悪くない。
なんか、想像が飛躍しすぎてる気がするが、悪くないはず。
「……クリス?」
パルミラの声に、没頭していた思考を中断して、ぼんやりと彼女を見た。
「んあ?」
「スープが冷める」
間抜けな返答に、少し心配そうに俺を見るパルミラ。数瞬、その意味を頭の中で考えて、我に返る。
「あ、ああ」
そして俺は慌てて、晩餐のスープにスプーンを入れた。
一口すする。美味い。
美味い、んだが……。
「レオン様、どうしたんですかねー」
間延びした感じで、あまり深刻そうでない感じにアイラが呟く。
レオンは、晩餐にも居なかった。
だからこそ、俺はそんなことを考えてしまっていた。
「やっぱり、悪いことしたかなあ……」
「そうだねぇ」
などときっぱり切って捨てたのは、何故かこの席に居るアイリンだった。
事後処理が終わったのか、昼過ぎに屋敷に戻ってきたアイリンは、忘れていれば良いのにしっかり俺との約束を覚えていて、屋敷のベランダで惚けていた俺に一直線に告白を聞きに来た。
最初は適当な事を言って煙に巻くつもり満々だった俺だが、レオンの事もあってめんどくさくなり、そのままの事実をアイリンに伝えた。
取りあえず生まれ云々は置いといて、女になった部分を。
ドン引きだった。
いやまあ、普通そうだよな。と思う。散々自分でも思っていた通り、自分だったらドン引きだと思ってたワケだし。
ただ、アイリンのそれは少し方向性が違い、罵倒とも誹謗とも取れるその垂れ流される言葉を要約してみると、『男から女になったくせに、そんな美人でズルイ』というものだった。
そこは、俺のせいちがう。そもそも女になりたくて女になったわけでも無いので、全く批難される覚えも無い。
ただまあ、それは彼女にして、わかってるけど何か言わないと気が済まないという事らしかったので、そうストレートに言われたほうが、救われた気もした。
言うだけ言った彼女は、そのまま去って行った。
少し寂しい気もしたが、そのうち別れる彼女だし、むしろその方がさっぱりして良いのかも知れないと思う。
「だってさぁ、こんな美少女が元男とか、信じらんないもん。レオン様もショックだっただろうなって思うし」
なのになぜか、晩餐にも居た。わけがわからん。
そして好きなことを言いながら、俺たちと同じものを食ってる。
それどころか、今や手酌でワインをぐいぐい飲んでた。凄く、たちが悪い。
「そんなことよりなんでお前までここに居るんだよ。お前は向こうだろ」
「向こう今、助けた奴隷で一杯だし、レパード隊長がこっちで食べていいって言ったもん」
今はどんな身分かわからないが、多分客としてここに居る俺たちはともかく、レパードの言う、こっち、は、多分ここじゃないと俺は思う。
そういえば、前にお茶会と称して、ケーキを山ほど持ってきていたが、アレは一体どこから調達したのだろう。
ひょっとして、給仕のメイドさんあたりや、コックさんとかに、もの凄い迷惑をかけてる人なのだろうか。そんな気もしなくも無い。
「あーあ、くそー、レオン様、こんなのに惚れないで私に惚れてよう」
そうストレートに言われてみると、実際レオンは俺に惚れていたのだろうか、と、ふと疑問に思った。
なんとなくその反応から、そうだったのかなあと思っていたのだが、冷静になってみると、まあそりゃ美少女かもしれんが、彼女が言うとおり、中身は『こんなの』でしかない。割と普通に俺って言ってたし。
そう思えば、もし『自分に惚れてた』などという事が、事実と異なる場合、正直俺がかなり恥ずかしい。自意識過剰というべきなのだろうか。この場合。
ただ、もしそうじゃないなら、あのときのレオンの態度はなんだったのだろう。
他の理由だとしたら。
……思いつかない。うーん。
「だいたいさー、私じゃ無くてもアイラちゃんもパルミラちゃんも居るじゃん。きれーどころばっかりなのにさ。何でアンタなのよ。納得いかない」
「……あはは」
「私は気にしない」
何も言えなくて苦笑するアイラに、興味ナシと言わんばかりに切って捨てるパルミラ。というか、まだ食ってる。
そんなに食うのに、なぜこの姿なのか。パルミラ20歳。これはこれで女に変身した俺と同じぐらい、謎な気がする。
じっと見てたら目があって、ムっとされた。鋭い。睨んでるような目が怖い。
「……そんなの知るかよ。そもそも惚れられたところで身分が違うだろ。だいたい俺たちもそのうちここを出て行かなきゃいけないし」
パルミラから目をそらしつつ、言う。
本当に、知るかよ。
正直、考えるのがおっくうになってきた。
「……私たち、何時までここに居れるんですかね……」
アイラが、ぽつんと不安げに漏らした。
……確かに。
俺たちの今の身分は、一応、客なのだろう。最初のレオンの言によると、確か、パルミラの怪我が治るまで、だったはずだ。
無論、そんな話は、嘘を見破られた時点で無効になっているはずだし、もし無効でなくとも、そもそもパルミラの怪我とやらは元々大したことなかっただけに、すでにほぼ治っている。
そう考えると、自分たちを引き留めていたものは、その後の依頼によるもので、そしてそんな依頼はもう終了している。
最早、自分たちがここに居る理由はない。
あとは、報酬を貰うだけだ。
そう、報酬を。
「そうだった!報酬だよ!」
居心地のいいここに戻ってきた事に、重要すぎる事を忘れていた。
50万!
ここを出て行くにしても、報酬を貰わなければ、お話にならない。
結局昨日の死ぬような目も、その為に努力したのだから。
50万かぁ。50万あったら。
……何をするんだっけ?
くれると聞いた時は、色々な事を考えた気がする。
ただ、今、改めて考えると、不思議なほど頭の中にやることが浮かばない。
ここを出て、50万をもって、そして、何をする?
何かは出来る気がする。取りあえずお金に困らない。
でも、何をしよう?
「……」
アイラと、パルミラを見る。
そして、二人に何がしたいか聞こうとして、俺は何となく口を閉じた。
何となく自分が決めれないことを、丸投げのように他人に聞くのもおかしな話のような気がしたし、アイリンの前でそんな話も、野暮な気もした。
まあ、いいか、貰ってから考えよう。
結局のところ、ここを出るのが惜しいのかもしれない。
ここは確かに、居心地が良い。今現在のレオンのそれを抜きにしても。
ご飯はうまいし、何より安心して寝れる。
だからこそアイラも、不安になったのかもしれない。
何時までここに居られるのか。
ただ、それは本当は考えてはいけないことだろう。
いつかは、出て行かなければならない。
そしてそれは、多分、そう遠い未来の話ではない。
……静かになったと思ったら、アイリンは机に突っ伏して寝ている。実に幸せそうな顔で。
それを見ていると、なんだか羨ましく思えた。
「……寝るか」
ぽつりと言って、席を立った。
アイラが、不安そうな目で俺を追う。
ただ、俺もそれに対して、何も言えない。
パルミラも、一緒に席を立つ。
もしかすると、最も覚悟が出来ているのは彼女だけなのかもしれない。
明日をも、わからない。
何時だってそうして生きてきた。それが普通だった。そうした生き方が、好きだった。
ただ、今はそれが不安に思える。
早くここを、出て行かなければいけない。
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