すわんぷ・ガール!
16話 事後処理
何だかんだで救出されてレオンの屋敷に戻ってみると、そこには先に到着したらしいアイラとパルミラが、多分一緒に救出されたのだろう他の奴隷と一緒に待っていた。
二人とも俺を見るなり、駆け寄ってきて俺に抱きつく。
「お、お姉様ああぁぁぁぁ!」
「無事で良かった……」
それぞれそんなことを言いながら、ぐりぐりと顔を、俺のお腹と胸に押しつけてくる。
アイラは明らかに泣いていて、パルミラもどことなく涙声だった。
仕方ないな。
俺は二人の頭をゆっくりと撫でてやった。
それにしても、結局二人はどこで見つかったのだろう。
周りを見回すが、とりあえず数人の兵士が居るだけで、見知った顔が見当たらない。思わずアイリンに念話を飛ばそうかと思ったが、今は忙しいのかもしれないと思い、自重した。
確かに俺たちの仕事は終わった。
だが、やはり事後処理というものがあるだろう。そして見る限りに兵士も少ないのを思えば、今まさに、そうした処理をしている最中なのかもしれない。
結局どこで?などという話は、落ち着いた二人に聞くことになった。
「あの後、私たち気付いたら、全然知らない部屋に居て……」
「周りをみたら、奴隷だらけだった」
掻い摘まんで言うと、飛ばされた先は件の船の中に設けられた牢屋の中だったらしい。
扉は一方通行らしく、イキナリそこの先が牢屋だったなんて想像外だった俺は、とりあえず驚いた。なんというか、効率重視過ぎるだろう。
ともかく、残された俺に連絡が付かない事にパニックになりながら、アイリンと連絡を取り位置を特定。近くで待機していたらしいルーパート率いる第二小隊が直ぐさま船に突入。救出されたというワケだ。
つまりそこだけは、少なくともほぼ計画通り。というか、それ以上に進んだことになる。
冷静になってみると、あのとき俺が変な抵抗しなかったら、俺も普通にそっちに転送されて万事問題なく終わったのかも知れない。
……終わったことは、あまり深く考えないことにする。
「そいえば、レオン見なかったか?レオン」
後ろで兵士とメイドに連れられゾロゾロと館に入っていく、明らかに俺たち以上に衰弱して、それでいて喜び半分、不安半分顔の奴隷達を見ながら、ふとレオンの事を思い出し、二人に聞く。
館側で俺を救出したのは、こっちはこっちでバイド率いる第一小隊だった。
そしてそれだけだったので、結局俺もレオンを見ていない。
よく考えてみると、レオンどころか、レパードや、レグナム。声だけだったアイリンも見ていないが。
「こっちでも見てない」
パルミラがふるふると首を振る。
「でも、かなりバタバタしてたから、居たのかも知れないし、居なかったかも知れない」
つまり、よく知らない、ということだろう。
一体、あいつ何やってるんだ。いざって言うとき守ってくれると思ってたのにな。
……いや、まあ、仕方ないか。
「あなたたちも、中に入ってくださーい!」
気付いたら、他の奴隷達の移送はほぼ終わっていた。
向こうでメイドが俺たちを呼んでいる。
取りあえず、終わったんだ……いろんな事があったけれど。
「ま……よく頑張ったな。二人とも。これで俺たちの仕事も終わりだな」
二人の肩にぽんと手を載せて言う。
二人ともその言葉に、安心した顔になって、小さくこくりと頷いた。
「じゃあ、行くか」
何時までここに居るかはわからないが、ほんの二日居ただけに過ぎないこの場所は、帰るべき場所のように感じた。
だからこそメイドに促され玄関を潜る時、無事に帰ってこれたんだと、心からそう思った。
屋敷では、他の奴隷達と一緒に風呂にたたき込まれ、改めて綺麗に磨かれた。
その後、簡素な服をあてがわれ着替え終わる頃には既に日が落ちていたので、前とは違う兵舎の大きな食堂で、奴隷達と一緒になって飯を食う。それは昨日一昨日のように、豪華なそれではなく、他の奴隷と同じ、ささやかなものだった。
そうした部分は仕方ないだろう。
俺たちと違って、他の奴隷達は十分に衰弱していて、豪華なそれだと胃が受け付けない可能性もある。もちろん、普通に金銭的事情なのかも知れない。
俺たちの知る豪華なそれは、あくまで客としての身分にあった。だからこれが普通であって、むしろ身分を考えると、これでも十分豪華だとも思う。
俺たちも特に昨日までの生活で、そこまで堕落したつもりも無く、普通に旨いその食事を文句なく平らげた。
その後は就寝。
場所が無いので、全員毛布を一枚与えられて、兵舎に雑魚寝だ。
流石に昨日までのベッドに比べたら、かなり寝心地は悪いが、それでも全然問題は無い。
それはそれで懐かしい気分になる。冒険者の頃は、ほとんどがこうやって寝たものだし、まだ屋根があるだけましだった。
そう思えば、多分明日、或いはあさって、ここを出て行くにあたって、リハビリをしているような気にもなる。
少しだけ寂しい気もするが、それでいいと思う。
むしろ、未練を残さないだけ、この方が良かった。
ただ、レオンにはもう一度会って、文句を言っておきたい。
まあ、そのうち会えるだろ。報酬も受け取ってないし。
あまり気にせず、俺は毛布をかぶって意識を溶かした。
「……なんでだよ」
目が覚めて、俺は開口一番そう言った。
そこは、昨日までのベッドにほかならなかった。目に映るのは、例の天蓋。
確かに寝たときは兵舎の床だったはずだ。
一体なにが起こったのか。
また俺は、変な力を発揮して、この場所に転移でもしたのだろうか。
そこまで考えて、半身をベッドから起こす。
そして、その場所を振り返った。
「おはようございます」
「……ああ、おはよう」
予想通りというべきか、その壁際の定位置に、当たり前のように座るレオンがさわやかに、少し疲れた様子で俺に挨拶をした。
一応、ちゃんと挨拶を返す。
そして俺は胡座をかいてレオンに向き直り、詰問を始めた。
「……まず、なぜ俺がここで寝ているかについて説明してもらおうじゃないか」
最早、なぜお前がここに居るのか、などという野暮なことは聞かない。
ただ、それでも俺の質問が予想外だったようで、レオンは軽く驚いた顔になった。
「いや、私はてっきり、なぜ自分たちがあんな場所で寝ていたのか、と言われるのかと思ってましたよ」
つまり、こうだ。
昨日俺たちが、他の奴隷と同じように扱われたのは、ただ単なるメイドたちの勘違いであって、そして連絡ミスが重なった結果、そうなったということらしい。
別に、去ってしまう俺たちをリハビリしたかったわけでも、冷遇したわけでもないようだ。そう考えると、むしろ俺たちが摩れてたと言えなくも無い。
「そもそも、今回最も重要な役割を為してくれたあなた方をそんな扱いするわけないでしょう」
「そうは言うが、実際そーいう扱いされたのだからしょうが無いだろ」
「そこは確かに、謝罪しますけれどね……ただ、もう少し信用してくれても良いですのに」
気持ちはわからんことも無いが、ただあの場所で俺たちだけ、なんでこんな扱いなんだよオカシイだろ的な事をいうのもかなり度胸が要ると思う。
他の奴隷も居ることだし、そもそも俺たちの立場などは、他の奴隷は知らないのだ。
「そういわれればそうですね……まったく申し訳ない。配慮が足りませんでした」
それを言うと、レオンは素直に謝罪した。
まあ、これも仕方ない事なのかも知れない。レオンとしても昨日は忙しかったはずで、少々予定がズレることもままあるだろうし。
「別に、気にしてないよ。飯もうまかったしな」
実際気にしてなかったので、取りあえずそう声をかけておいた。
付け加えた後半は、素直半分、皮肉半分だ。それくらいは言っても良いんじゃ無いかと思う。
「いや、本当に申し訳ありません。朝食は、きちんと既に準備していますので、ご一緒にどうですか?」
もちろん、他も二人も、と付け加えた。
さしあたりこの場でこれ以上レオンをいじめても仕方ないと思った俺は、素直に頷きベッドから降りた。
「はー、なんか私たちもう、元に戻れそうに無いですねー」
天気が良いので、などという理由で、朝食はテラスで食べた。
パンとスープ。卵の料理。ベーコン。チーズ。
それらはやはり一級品で、昨日夜、食べたものとは明らかに違った。十分すぎるほど食べた後、アイラがそんなことを漏らす。
満足しました!みたいな顔で言ってもぜんぜん不安そうには見えないのがアレだが。
「今、食べれるなら、食べておくのが正義」
パルミラなどは完全に開き直って、未だにもきゅもきゅと食べている。
確かにそれも一理ある。
結局、深く考えない方がいいということだろう。
実際、このテラスの向こうでは、今日も、昨日と同じような飯を食っている奴隷たちが居るわけで、その辺まで考えてしまうとかなり食が進まなくなる。
それはただ、運の問題だったとも考えられた。
少し遅れれば、俺たちもその奴隷に混じってあそこで飯を食っていたかも知れない。それどころか、間に合わなくて船の上とか、遠い異国という可能性も十分にあった。
無論、そんなことは考えてもどうしようもなく、気にしても仕方ない事でもある。
席を立って、テラスの手すりに寄りかかり、街を見下ろす。
今日、泊まっている船は一隻だけ。あれが例の船なのだろう。
兵士達がせわしなく船に乗ったり降りたりしているのが、小さく見える。
「なあ、結局あれはどうするんだ」
背後に気配を感じて、顔を向けずに聞く。
「そうですね。取りあえず証拠という証拠を全部回収して、船そのものは拿捕して回航しますね。乗組員の処遇は追々です」
背後に居るレオンが言う。
俺はその声に「ふうん」と、聞いたにも関わらず興味なさげに答えた。
実際あまり興味は無い。一応、関わっただけに、聞いてみたかっただけだった。
それでも少し踏み込んで考えると、結構苛烈な処置だと言える。
「領主は?」
視線を巡らし、昨日、俺たちが捕まっていた館を見る。
流石にそちらは、ここからだと何が行われているかは遠くて見えない。だが、やはり同じように、バイドか、ルーパートが兵士を率いて何かをしているだろう。
「グイブナーグはとりあえず帝都に召還。貴族の地位を剥奪、と。取りあえずここまでで、後はどうなるかは、本国次第でしょうね」
グイブナーグ、死んでなかったのか……。
あの後、俺自身はあっという間にあの部屋から連れ出されたこともあって、ヤツのその後については全く知るよしも無かった。
死んで無くて良かったのか、それともあの場で死んでいた方が良かったのか、それは本人次第だろうし、正直そこもどうでもよかった。
確かに死ぬほど屈辱的な目にあったものの、それを恨むなどとは不思議とあまり思えず、今では割と気にならない。
別段、尻も、今日をして腫れ上がってるなどと言うことも無く、改めてこの体が頑丈なのを思い知るだけだった。
きっとそれは、俺が言わなければ誰もわからない事だろう。そして、俺は誰にも言うつもりが無かった。
「近日中に、帝都から三千人ほどの応援が到着します。領主の私兵も現在は拘束していますので、差し当たっての治安維持などに投入ですね。新領主はその後ですよ」
「あの奴隷達は?」
聞いてもいない話を喋るレオンを無視するように、俺は最後に兵舎を見ながら、奴隷の処遇を聞いた。
それは、一時なりとも一蓮托生だっただけに、気になることでもあった。
「そうですね、もし帰るところがあるというのであれば、そのように手配。無ければ、この街で職を斡旋、ですかね。領主の館で人手が要るでしょうし、しばらくはそこで使うのもいいかもしれません」
「へえ、結構ちゃんとするんだな」
「助けた責任が、ありますからね」
その言葉に、俺は漸くレオンに振り返った。
やはり、こいつは信頼に値する。
それが例え嘘であったとしても、責任を取ると断言できる者は、そう多くない。
よほど地位があればあるほど、そんな言葉は、軽々しくは言えないものだろうし。
だから、俺は決心した。
「じゃあ、今度は」
レオン、アイラ、パルミラを順番に見る。
「約束通り、俺の話をしようか」
二人とも俺を見るなり、駆け寄ってきて俺に抱きつく。
「お、お姉様ああぁぁぁぁ!」
「無事で良かった……」
それぞれそんなことを言いながら、ぐりぐりと顔を、俺のお腹と胸に押しつけてくる。
アイラは明らかに泣いていて、パルミラもどことなく涙声だった。
仕方ないな。
俺は二人の頭をゆっくりと撫でてやった。
それにしても、結局二人はどこで見つかったのだろう。
周りを見回すが、とりあえず数人の兵士が居るだけで、見知った顔が見当たらない。思わずアイリンに念話を飛ばそうかと思ったが、今は忙しいのかもしれないと思い、自重した。
確かに俺たちの仕事は終わった。
だが、やはり事後処理というものがあるだろう。そして見る限りに兵士も少ないのを思えば、今まさに、そうした処理をしている最中なのかもしれない。
結局どこで?などという話は、落ち着いた二人に聞くことになった。
「あの後、私たち気付いたら、全然知らない部屋に居て……」
「周りをみたら、奴隷だらけだった」
掻い摘まんで言うと、飛ばされた先は件の船の中に設けられた牢屋の中だったらしい。
扉は一方通行らしく、イキナリそこの先が牢屋だったなんて想像外だった俺は、とりあえず驚いた。なんというか、効率重視過ぎるだろう。
ともかく、残された俺に連絡が付かない事にパニックになりながら、アイリンと連絡を取り位置を特定。近くで待機していたらしいルーパート率いる第二小隊が直ぐさま船に突入。救出されたというワケだ。
つまりそこだけは、少なくともほぼ計画通り。というか、それ以上に進んだことになる。
冷静になってみると、あのとき俺が変な抵抗しなかったら、俺も普通にそっちに転送されて万事問題なく終わったのかも知れない。
……終わったことは、あまり深く考えないことにする。
「そいえば、レオン見なかったか?レオン」
後ろで兵士とメイドに連れられゾロゾロと館に入っていく、明らかに俺たち以上に衰弱して、それでいて喜び半分、不安半分顔の奴隷達を見ながら、ふとレオンの事を思い出し、二人に聞く。
館側で俺を救出したのは、こっちはこっちでバイド率いる第一小隊だった。
そしてそれだけだったので、結局俺もレオンを見ていない。
よく考えてみると、レオンどころか、レパードや、レグナム。声だけだったアイリンも見ていないが。
「こっちでも見てない」
パルミラがふるふると首を振る。
「でも、かなりバタバタしてたから、居たのかも知れないし、居なかったかも知れない」
つまり、よく知らない、ということだろう。
一体、あいつ何やってるんだ。いざって言うとき守ってくれると思ってたのにな。
……いや、まあ、仕方ないか。
「あなたたちも、中に入ってくださーい!」
気付いたら、他の奴隷達の移送はほぼ終わっていた。
向こうでメイドが俺たちを呼んでいる。
取りあえず、終わったんだ……いろんな事があったけれど。
「ま……よく頑張ったな。二人とも。これで俺たちの仕事も終わりだな」
二人の肩にぽんと手を載せて言う。
二人ともその言葉に、安心した顔になって、小さくこくりと頷いた。
「じゃあ、行くか」
何時までここに居るかはわからないが、ほんの二日居ただけに過ぎないこの場所は、帰るべき場所のように感じた。
だからこそメイドに促され玄関を潜る時、無事に帰ってこれたんだと、心からそう思った。
屋敷では、他の奴隷達と一緒に風呂にたたき込まれ、改めて綺麗に磨かれた。
その後、簡素な服をあてがわれ着替え終わる頃には既に日が落ちていたので、前とは違う兵舎の大きな食堂で、奴隷達と一緒になって飯を食う。それは昨日一昨日のように、豪華なそれではなく、他の奴隷と同じ、ささやかなものだった。
そうした部分は仕方ないだろう。
俺たちと違って、他の奴隷達は十分に衰弱していて、豪華なそれだと胃が受け付けない可能性もある。もちろん、普通に金銭的事情なのかも知れない。
俺たちの知る豪華なそれは、あくまで客としての身分にあった。だからこれが普通であって、むしろ身分を考えると、これでも十分豪華だとも思う。
俺たちも特に昨日までの生活で、そこまで堕落したつもりも無く、普通に旨いその食事を文句なく平らげた。
その後は就寝。
場所が無いので、全員毛布を一枚与えられて、兵舎に雑魚寝だ。
流石に昨日までのベッドに比べたら、かなり寝心地は悪いが、それでも全然問題は無い。
それはそれで懐かしい気分になる。冒険者の頃は、ほとんどがこうやって寝たものだし、まだ屋根があるだけましだった。
そう思えば、多分明日、或いはあさって、ここを出て行くにあたって、リハビリをしているような気にもなる。
少しだけ寂しい気もするが、それでいいと思う。
むしろ、未練を残さないだけ、この方が良かった。
ただ、レオンにはもう一度会って、文句を言っておきたい。
まあ、そのうち会えるだろ。報酬も受け取ってないし。
あまり気にせず、俺は毛布をかぶって意識を溶かした。
「……なんでだよ」
目が覚めて、俺は開口一番そう言った。
そこは、昨日までのベッドにほかならなかった。目に映るのは、例の天蓋。
確かに寝たときは兵舎の床だったはずだ。
一体なにが起こったのか。
また俺は、変な力を発揮して、この場所に転移でもしたのだろうか。
そこまで考えて、半身をベッドから起こす。
そして、その場所を振り返った。
「おはようございます」
「……ああ、おはよう」
予想通りというべきか、その壁際の定位置に、当たり前のように座るレオンがさわやかに、少し疲れた様子で俺に挨拶をした。
一応、ちゃんと挨拶を返す。
そして俺は胡座をかいてレオンに向き直り、詰問を始めた。
「……まず、なぜ俺がここで寝ているかについて説明してもらおうじゃないか」
最早、なぜお前がここに居るのか、などという野暮なことは聞かない。
ただ、それでも俺の質問が予想外だったようで、レオンは軽く驚いた顔になった。
「いや、私はてっきり、なぜ自分たちがあんな場所で寝ていたのか、と言われるのかと思ってましたよ」
つまり、こうだ。
昨日俺たちが、他の奴隷と同じように扱われたのは、ただ単なるメイドたちの勘違いであって、そして連絡ミスが重なった結果、そうなったということらしい。
別に、去ってしまう俺たちをリハビリしたかったわけでも、冷遇したわけでもないようだ。そう考えると、むしろ俺たちが摩れてたと言えなくも無い。
「そもそも、今回最も重要な役割を為してくれたあなた方をそんな扱いするわけないでしょう」
「そうは言うが、実際そーいう扱いされたのだからしょうが無いだろ」
「そこは確かに、謝罪しますけれどね……ただ、もう少し信用してくれても良いですのに」
気持ちはわからんことも無いが、ただあの場所で俺たちだけ、なんでこんな扱いなんだよオカシイだろ的な事をいうのもかなり度胸が要ると思う。
他の奴隷も居ることだし、そもそも俺たちの立場などは、他の奴隷は知らないのだ。
「そういわれればそうですね……まったく申し訳ない。配慮が足りませんでした」
それを言うと、レオンは素直に謝罪した。
まあ、これも仕方ない事なのかも知れない。レオンとしても昨日は忙しかったはずで、少々予定がズレることもままあるだろうし。
「別に、気にしてないよ。飯もうまかったしな」
実際気にしてなかったので、取りあえずそう声をかけておいた。
付け加えた後半は、素直半分、皮肉半分だ。それくらいは言っても良いんじゃ無いかと思う。
「いや、本当に申し訳ありません。朝食は、きちんと既に準備していますので、ご一緒にどうですか?」
もちろん、他も二人も、と付け加えた。
さしあたりこの場でこれ以上レオンをいじめても仕方ないと思った俺は、素直に頷きベッドから降りた。
「はー、なんか私たちもう、元に戻れそうに無いですねー」
天気が良いので、などという理由で、朝食はテラスで食べた。
パンとスープ。卵の料理。ベーコン。チーズ。
それらはやはり一級品で、昨日夜、食べたものとは明らかに違った。十分すぎるほど食べた後、アイラがそんなことを漏らす。
満足しました!みたいな顔で言ってもぜんぜん不安そうには見えないのがアレだが。
「今、食べれるなら、食べておくのが正義」
パルミラなどは完全に開き直って、未だにもきゅもきゅと食べている。
確かにそれも一理ある。
結局、深く考えない方がいいということだろう。
実際、このテラスの向こうでは、今日も、昨日と同じような飯を食っている奴隷たちが居るわけで、その辺まで考えてしまうとかなり食が進まなくなる。
それはただ、運の問題だったとも考えられた。
少し遅れれば、俺たちもその奴隷に混じってあそこで飯を食っていたかも知れない。それどころか、間に合わなくて船の上とか、遠い異国という可能性も十分にあった。
無論、そんなことは考えてもどうしようもなく、気にしても仕方ない事でもある。
席を立って、テラスの手すりに寄りかかり、街を見下ろす。
今日、泊まっている船は一隻だけ。あれが例の船なのだろう。
兵士達がせわしなく船に乗ったり降りたりしているのが、小さく見える。
「なあ、結局あれはどうするんだ」
背後に気配を感じて、顔を向けずに聞く。
「そうですね。取りあえず証拠という証拠を全部回収して、船そのものは拿捕して回航しますね。乗組員の処遇は追々です」
背後に居るレオンが言う。
俺はその声に「ふうん」と、聞いたにも関わらず興味なさげに答えた。
実際あまり興味は無い。一応、関わっただけに、聞いてみたかっただけだった。
それでも少し踏み込んで考えると、結構苛烈な処置だと言える。
「領主は?」
視線を巡らし、昨日、俺たちが捕まっていた館を見る。
流石にそちらは、ここからだと何が行われているかは遠くて見えない。だが、やはり同じように、バイドか、ルーパートが兵士を率いて何かをしているだろう。
「グイブナーグはとりあえず帝都に召還。貴族の地位を剥奪、と。取りあえずここまでで、後はどうなるかは、本国次第でしょうね」
グイブナーグ、死んでなかったのか……。
あの後、俺自身はあっという間にあの部屋から連れ出されたこともあって、ヤツのその後については全く知るよしも無かった。
死んで無くて良かったのか、それともあの場で死んでいた方が良かったのか、それは本人次第だろうし、正直そこもどうでもよかった。
確かに死ぬほど屈辱的な目にあったものの、それを恨むなどとは不思議とあまり思えず、今では割と気にならない。
別段、尻も、今日をして腫れ上がってるなどと言うことも無く、改めてこの体が頑丈なのを思い知るだけだった。
きっとそれは、俺が言わなければ誰もわからない事だろう。そして、俺は誰にも言うつもりが無かった。
「近日中に、帝都から三千人ほどの応援が到着します。領主の私兵も現在は拘束していますので、差し当たっての治安維持などに投入ですね。新領主はその後ですよ」
「あの奴隷達は?」
聞いてもいない話を喋るレオンを無視するように、俺は最後に兵舎を見ながら、奴隷の処遇を聞いた。
それは、一時なりとも一蓮托生だっただけに、気になることでもあった。
「そうですね、もし帰るところがあるというのであれば、そのように手配。無ければ、この街で職を斡旋、ですかね。領主の館で人手が要るでしょうし、しばらくはそこで使うのもいいかもしれません」
「へえ、結構ちゃんとするんだな」
「助けた責任が、ありますからね」
その言葉に、俺は漸くレオンに振り返った。
やはり、こいつは信頼に値する。
それが例え嘘であったとしても、責任を取ると断言できる者は、そう多くない。
よほど地位があればあるほど、そんな言葉は、軽々しくは言えないものだろうし。
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