すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

15話 引き出された力

 誰かしらやってくるのだろうとは思っていたが、本人がわざわざ来るとは思わなかった。
 いや、この場合これが正しいのだろうか。
 何しろ俺たちは重要な商品だ。
 グイブナーグは俺たちを見て、満足そうに頷くと、カンテラを置いてゆっくりと近付いてきた。
 俺の後ろにピッタリくっついたアイラが震えるのがわかる。


 「……俺たちをどうするつもりなんだ」


 ここまで来て取り繕うのも馬鹿馬鹿しいので、そのままの口調で、俺はグイブナーグを睨み付けながら言った。
 近寄ってくんな、という牽制も含めて。


 「……ふむ、貴女は私の経験上、最高の評価でしたが、その口調は頂けませんねぇ」


 「はっ、大きなお世話なんだよ」


 (お姉様?!)


 (クリス、駄目!)


 二人の制止の声が入る。だが、俺もここまで来て引き下がれなかった。
 だいたい、後は相手任せなどという状況が気に入らない。
 会議の中でも、捕まった後どうしろなどという指示は全くなかった。臨機応変に、などという、曖昧なことも言いたくは無かったのだろう。それはわかる。
 だが、だからこそ、俺は俺の好きにすることに決めた。
 さっきはそれでも私兵が居たため自重した。だが、今ならヤツ一人。何とでもなる。


 「ほうほう、どうやら貴女だけは教育する必要がありそうですねぇ」


 例によってニヤニヤと笑いながら近づいてくるグイブナーグ。俺はゆっくりと腰を落とし近づくのを待つ。
 それが一投足の距離担ったとき、俺は行動を起こした。


 「くたばれ!」


 力はともかく、体は経験のままに動く事はわかっていた。だとするならば、的確に狙うことによって、このハゲぐらいは倒すことが出来る。
 こんなになっても俺は冒険者だし、それだけの死地を歩いてきた。ヤッてやる。他のことは後で考える。
 上半身を捻り込み、渾身をもって左足を軸に、右脚をグイブナーグに向かって振るう。
 狙いは頭。怯んだら、金的だ。
 体は十分に動いた。
 鞭のようにしなる脚が、グイブナーグの頭に、


 がしっ


 届かなかった。


 「なっ?!」


 果たして俺の足は、ニヤつくグイブナーグの手によって事も無げにふせがれた。
 驚愕の為に、一瞬対応が遅れる。
 態勢を整える前に足首を掴まれ、信じられない力で引っ張られた後、まるで引き抜くように俺は鶏のごとく宙に逆さに吊された。それも片腕で。


 (クリス!)


 宙に吊された視界の端で、パルミラが駆け寄るのが見えた。
 駄目だと言う間もなく、グイブナーグが素早く動き、パルミラを事も無げに足蹴にし、後ろに吹き飛ばす。


 「パルミラっ!」


 「ふほほ。全く……手間をかけさせないでほしいですねぇ……面倒です。二人は先に行って貰いましょうか」


 ムカツクほどに余裕をもって、グイブナーグは俺を捕まえたまま、もう片手を、あの謎の扉に向かって指さした。


 「Zi」


 (なんだと!?)


 そしてその言葉を口にした。それは魔法の起動呪文。
 アイリンが、そして俺が唱えたそれそのものだった。
 驚く俺の目に、幾つも付けた指輪の一つが赤く発光する。


 「……アイラ!パルミラ!その扉から離れがふっ」


 直感であの謎扉に危険を覚えた俺は、それを背後にする二人に警告を発しようとするが、しかしそれは、グイブナーグの膝が俺の腹にめり込むことによって中断させられる。


 「黙っていなさい」


 (ち、くしょう……)


 目の前で、更にグイブナーグの指先が光る。それはアイリンのそれより遙かに短くサインを宙に記述した。
 嘔吐く俺の視界で、二人の背後の扉が勢いよく奥に向かって開いた。
 その向こうは、部屋の壁などということはなく、黄金に光る波のようなもので満たされている。


 「きゃあああっ!?」


 「クリス……!」


 突然の音と光に振り返る間もなく、二人は声だけを残して、その光に吸い込まれた。
 瞬間、扉が閉じる。
 あっという間の出来事に、俺は声も出せなかった。拘束された両手を伸ばす仕草が出来ただけだった。
 呆然とする間もなく、すぐに念話を飛ばす。


 (アイリン!二人がどこかに飛ばされた!)


 すぐにそれが何だったか、冒険者の記憶から予想する。
 あれは、間違いなく魔導器だ。魔力によって起動する、古代の遺物。
 グイブナーグの魔法によって起動して、二人はここから転移させられたのだ。
 今、目の前にして気付く。移送するのがわからなくて当然だ。こういう仕掛けだったとは。


 (まって!すぐ位置を特て)


 (……?!アイリン?!)


 アイリンからの返信は期待通り直ぐだったが、その言葉は途中で中断された。
 明らかに不自然な切れ方に、焦ってアイリンを再度呼び出すが、返信は無い。
 何故だ。何が。


 「さあ、貴女はしっかりと調教してさしあげましょう」


 混乱する俺を余所に、俺を逆さに吊り下げたまま歩を進めるグイブナーグ。
 それにしても軽いとはいえ俺を片手に抱えたまま、事も無げな様子のこのハゲは、実際ただ者では無かった。
 ただの小娘だと油断を期待した俺は、ただの太ったハゲだと、逆に相手に油断していた。痛恨過ぎるミスだった。
 ただ、その言動から、今、アイリンとの連絡が切れた原因がグイブナーグにあるわけではないことだけはわかる。
 何故連絡が切れたかわからないが、それがグイブナーグによるものであった場合、それは最悪に過ぎる。


 (アイリン!アイリンっ!)


 運ばれながら再びアイリンを呼び出すが、やはり全く反応が無い。勝手に魔法が切れたのか?1日保つんじゃなかったのか。
 焦る間に、俺は部屋の中央に垂れ下がった天井からの鎖の一つに、逆さまのまま吊り下げられた。
 さっきまでもそうだったが、元々貫頭衣しか着ていなかった俺の裾はまくれ上がり、辛うじて腰で止まっている状態だった。前と違って下着を着けているだけが救いだったが、それを考えても屈辱的な格好なのは変わりない。


 「くそっ!離せ!このハゲ!」


 そうしておいて、俺から離れていくグイブナーグの背中に悪態をつく。
 実際そうした事と、拘束が外れないか、体をくねらせる以外に何も出来なかった。それは拘束された両足首が痛むだけでなんの効果も無かったが、『調教』などと言ったグイブナーグの言葉から連想出来てしまう未来に、無駄だと解りつつも抵抗を止める事が出来ない。


 「さて、あまり商品を傷つけたくはありませんから、軽くいきましょうか」


 そうこうしているうちに向こうで何かを手にしたグイブナーグが戻ってきた。
 手に持っていたのは……鞭だ。
 持ち手の先端が何本もの皮によってバラバラと分かれている。それは、他に並ぶ拷問機械を使われるより遙かにましに思えたが、それでもその凶悪な黒いそれを見て、俺は息を飲んだ。
 それで俺を打ち据えるつもりなのは簡単に想像できる。
 だが、それがどれほどのものなのかは全く想像できない。言うまでも無いが、経験も無い。


 「それでは」


 グイブナーグは、俺の反応を待たず、ヒュッと、事も無げにそれを振りかぶった。
 次の瞬間、自分の尻にそれが打ち下ろされた。


 バシーン!


 「ぎゃっはあっ!」


 俺はその痛みに、恥も外聞も無く、悲鳴を上げた。
 痛い……!痛い!痛い!
 打ち据えられた瞬間の、まるで皮膚をはぎ取られるかのような痛み。そのあと皮下に浸透する重い痛み。それが脳天を貫いて、俺は吊られたまま体を仰け反らせる。
 残る痛みに歯を食いしばり、目を瞑る。じわっと俺の目に涙がにじむのがわかる。
 情けない、などとは思えない。それほどの痛みだった。


 「おや、まだ一回だけですよ?この程度で音を上げてもらっては……困りますねぇ」


 「ま、待て!まって!」


 グイブナーグが全く容赦なく鞭を振りかぶったのを見て、俺は臆面も無くそれを制止する言葉を叫んだ。まだ……!


 バシーン!


 「ぎゃあっ!」


 重なる痛みに再び体を仰け反らせる。がちゃがちゃと、足の拘束が音を立てる。


 いいいいいっ!


 浸透する激痛に、唇を噛む。
 駄目だ。
 こんな痛みは、冒険者の時ですら経験が無い。
 これは俺に耐えられ


 バシーン!


 「あがあっ!」


 一撃ごとに、意識が飛びそうになる。
 そしてそれは、多分に近い将来、そうなると俺は思った。
 そして一刻も早く、そうなって欲しいと、心から願った。










 ばしゃあ!


 「う……ああ……ぐうっ!」


 漆黒の闇から意識が戻る。同時に、痛みが戻り、うめき声を上げた。
 水をぶっかけられたのだろう。したたる水が、体を、顔を、腕を伝ってぽたぽたと床に滴る。


 「気がつかれましたか?」


 「あ……ああ……」


 その声に、心臓を鷲掴まれたかのような恐怖を覚える。
 気絶してなお、まだ終わっていない。何も、変わっていない。


 「そんなに早く気絶して貰ってもこまりますねぇ……まだ5回目ですよ」


 その言葉は、悪魔が発するそれに似た、絶望の威令だった。
 そして、鞭をビシッと、その手で鳴らす。


 また……またあれが。


 「も……もう」


 許してくれ。


 口が勝手にその言葉を紡ごうとする。
 だが、それでも。
 それでも、心のどこかが、それを止めていた。
 それは小さくて、今にも消えてしまいそう。
 だが、確かにそこにある。
 俺は、無理矢理それを奮い立たせた。
 アイラ。
 パルミラ。
 二人を想う。
 約束を、守らなければ。
 レオン。
 もう一度会って、文句を言わなければ。


 気力が戻ってくる。
 もっと火を付けろ。


 今だ!


 「うああああああっ」


 俺は上半身を跳ね上げて、驚くグイブナーグの両手を掴んだ。


 「なっ!?」


 グイブナーグは咄嗟に鞭を奪われまいと、それを引きはがす。
 だが、俺の狙いはそれじゃない。グイブナーグのその指先をとって、それを一気に引き抜いた。


 「Zi!」


 引き抜いた指輪を手に握りこみ、間髪無く単音節の呪文を唱える。
 果たしてそれは、俺の手の中で赤く光り始めた。


 「魔法を!?」


 その光景に驚くグイブナーグ。それを見て俺は、やってやったとニヤリと笑う。
 もちろん、魔法なんか使えない。
 ただ俺は、ヤツに一泡吹かせたくてそうした。驚く顔をさせたかった。
 ただ、それだけのために。


 手の中で、指輪に付いた降魔石が、俺の中に吸い込まれるのが伝わってくる。
 そしてそれが完了したのが、指から漏れる光が消える事によってわかった。


 「……何を……いや、驚きましたが……」


 何事かと身構えたグイブナーグが、その光が消えた事に安堵した声を出してその構えを解く。
 だが、それだけじゃない。
 それだけじゃないんだよ。


 「!?」


 一瞬遅れて、左手の甲に青い光が灯る。あの夜見た文様が、再び浮かび上がった。
 それを見て更なる驚愕に、慌てて身構え直すグイブナーグ。
 驚け。もっと驚け。
 この先が無いとしても、今、一泡吹かせてやる。


 文様から、光が流れる。同じようにして腕を遡り、肩へ、背中へ、光が伝う。
 そして目の前に、それが現れた。
 青く光り輝く大きな文様。グルグルと回転しながら。


 この先。
 この先は何だ。これは何を意味する?
 目の前の回る文様を見ながら、必死に考える。
 何らかの力なのか。
 力だとしたら、どうやって使えばいい?
 力、そう、力だ。
 今、この状況をはねのける力。守る力。それは。


 「う、う、あああああああっ!」


 頭に浮かんだイメージのまま、俺は吠えた。
 目の前の文様が、内から外に向かって、停止していく。
 そして最後の外輪が、止まった。


 「ああああああっ!」


 バシッ!


 「げふっ!?」


 何かが体から放出されたのがわかった。
 その瞬間、派手な破壊音と、グイブナーグらしき悲鳴が聞こえた。
 それと同時に、突然俺は床に落下した。


 「いだっ!」


 咄嗟に頭を庇ったものの、背中を強く打って悶絶する俺。
 間違いなく俺がやった事なのだろうが、具体的には何が起こったのかわからない。しばらくその痛みに呻吟した後、ふらつく頭を抑えながら、ゆっくりと立ち上がり周りを確認した。


 部屋は、酷い有様だった。


 辛うじて残った一本の蝋燭の光を頼りに、周りを見回す。
 ところ狭しと並んでいた拷問機器は、一つ残らず壁に叩き付けられ破壊されていた。
 グイブナーグも同様、壁に叩き付けられたのだろう、今は血を流しながら床に倒れ伏している。生きているかどうかは、わからない。
 奥にあった鉄格子も外れてはいないものの、すべて奥に向かって拉いでいた。


 「……俺が」


 俺が、やったのか。


 夢中だったとはいえ、それは凄まじい破壊の跡だった。
 既に体に光は無く、目の前にも文様は無い。
 だが、自分を中心にして広がる破壊の痕跡が、間違いなく自分の仕業であると語っていた。


 この力は、或いは、この体はなんなのだろう。
 俺のこの体は、あの謎の5色の液体により変化したものだ。
 その結果、今も女になったまま。
 それはきっと、古代の魔法的ななにかであって、それだけのものだ。


 だが、本当にそうなのだろうか。


 それだけで、説明がついてしまうものだろうか。
 女になってしまった。
 それだけであれば、それで納得できたかもしれない。実際俺もそう思っていた。
 だが、今や新たな事実が追加されている。


 疲れない。
 強度がありすぎる。
 降魔石を取り込む。
 文様が浮かぶ。
 謎の力が発揮される。


 これらは、ただ単純に、魔法のクスリのせいだと切って捨てるには、あまりにもおかしいんじゃないだろうか。


 ……今はまだ、わからない。
 ただ、もう一度、考え直す必要がありそうだった。


 (……クリス、クリス?!聞こえる?)


 思い悩んでいると、急にアイリンの声が耳元で響いた。
 何故、途切れたのか。そして何故再び繋がったのか、取りあえず疑問はあるものの、その声に自分の立場を思い出し、慌てて返信する。


 (アイリンか?!)


 (……良かった。急に繋がらなくなったから、どうしようかと……大丈夫なの?)


 (俺は問題ない。だが、アイラとパルミラが)


 そう、扉に消えた二人の消息のほうが遙かに重要だった。扉は今や、さっきの力で同じように拉げ、無残な姿を晒している。


 (それなら大丈夫。繋がらなくなったのはクリスだけで、二人は追跡出来てたから……今はもう、保護できてる)


 (そうか……)


 ホッと胸をなで下ろす。一体どこでなのかはさっぱりわからないが、とにかく無事なのだろう。


 (取りあえずそっちの場所も特定したから、もう少しだけ待ってて。すぐ向かうわ)


 (わかった)


 念話を終えると、扉の外から騒がしい音が聞こえてきたのがわかった。
 多分、迎えが来たのだろう。
 色々な事があったが、今はみんなが無事だったことを素直に喜ぶことにする。
 他の事は、助かったあとで、聞けば良い。
 それはともかく。


 「困ったな」


 あの力の影響か、俺は下着を含めて完全に素っ裸だった。
 なんか俺、素っ裸になりやすい気がする。
 裸を見られるのはともかく、この部屋であらぬ誤解を受けるのは、なんかイヤだった。
 仕方なく俺は、倒れ伏したグイブナーグの服を、嫌々ながら剥がしにかかった。

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