すわんぷ・ガール!

ノベルバユーザー361966

14話 拷問部屋

 「おおお、今回は少ないと思っていましたが、素晴らしいではないですか!」


 目の前で、両手を広げ、その太った体を震わせる男。
 俺も全く初見だが、こいつこそが現テラベラン領主、グイブナーグだ。
 正直、予想通り過ぎるその姿に、不思議な感慨を覚える。
 脂ぎった、という表現がかなりしっくりくる、太った容姿とはげ上がった頭。
 やたら華美な衣装を身にまとい、首に、腕に、指という指に、趣味の悪い豪華すぎるアクセサリーを付けている。その姿はいかにも成金チックであって、完全に衣装負けしている状態だ。
 とはいえそんな事は、きっと本人は全く気付いていないのだろう。


 「ほうほうほうほう」


 グイブナーグはフクロウのようにホウホウ言いながら、鼻息も荒く俺たちに近寄ってきて、そのぽってりとした指で俺の顎を捕まえ、自分の方に向けさせた。
 抵抗してやりたいが、両手はここに来るまでに、鎖付き手かせで拘束されている。


 ギラギラした目が、間近に迫る。
 俺は思わず、股間を蹴り上げてやりたい衝動に駆られるが、ぐっと堪える。そうするのは難しくない。だが、それでは目的を達成できない。
 代わりに、絶対ぶっ殺してやる、と心の中で強く誓う。


 (お姉様我慢して~~~!)


 強く願った結果、どうやらその思考が漏れたらしく、隣で顔を青くしているアイラから言葉が流れてきた。


 (わかってるよ畜生)


 表情に出ないように苦労しながら、されるがままにされる。グイブナーグは満足そうに俺の顔を右に左に向かせながら、品定めする。
 顔が近い。鼻息荒い。息が臭え。


 「ん~!久々の、いや、今までで一番の上玉です。奇跡的だと言って良いでしょう!体の方は未成熟のようですが、それでも十分すぎるほどです」


 「恐縮です」


 背後で奴隷商人頭バイドの声が聞こえた。
 今現状何の役にも立たないだろうが、一応、味方が近くに居るということがわかり、俺は少し安心する。
 その間に、今度は両手で肩、胸、腰、尻、脚を順々に触られた。


 「~~~っ!」


 触られるたびに、俺の中の怒り度がどんどん上昇していく。
 こういう手つきで体を触られたのは初めてだ。しかも男に。気色悪さしか感じない。
 今すぐその手をねじ切ってやりたい衝動に駆られながら、それでもなんとか耐える。


 (殺す!殺す!殺す!)


 (お姉様だめえ~!)


 (我慢)


 「良いでしょう。他の二人も十分に上玉ですし、今回は150支払いましょう」


 俺がハラワタねじ切れる程の我慢をしている間に満足したのか、アイラ、パルミラに視線を移しつつ、グイブナーグは背後に向かって、そう言った。
 150。皮肉すぎる。それは、俺たちの今回の報酬額そのものと一致した。
 つまり、最初は凄いと感嘆した報酬額は、案外適正だったということなのだろう。一般市民と、貴族では金の価値観が全く違うということを、それは、はっきりと俺に教えてくれた。


 「恐縮です」


 再び背後から声がした。
 こういうボキャブラリの少なさが、逆にこの任務に割り振られた理由なんだろうと、俺は何となく思った。










 俺たちが馬車に乗り込んで、一刻も経たない間に、馬車はあっさり門を潜り、そのまま街中をつっきって、領主の館へと到達した。
 といっても窓も無い馬車の事。揺れる感覚と、外から漏れ聞こえる音でそう推測したに過ぎない。
 ただそれでも、馬車の扉が開き、外に連れ出されてみると、予想通りそこが館だということがすぐにわかった。
 連れ出された場所は薄暗い場所ではあったが、そこから移動させられる間に、きちんとアイリンから声が聞こえたからだ。
 どうやらちゃんと位置のトレースも出来ているようだ。胸をなで下ろす。
 奴隷を移動させるルートが館にあるらしく、外も見えないような通路を、バイドと、あと領主の私兵らしき二人に先導され移動する。
 そして最後にたどり着いたのが冒頭の場所だった。部屋に入ると既にグイブナーグらしき男が待ちきれないとばかりに、そこで待っていた。
 という状況だった。


 「それにしても、ふひひひ、何という上玉でしょうか。今回は本当に運が良いですね」


 何だかんだでバイドが退出させられて、俺たちと、あとグイブナーグ、そして私兵二人の部屋で、改めて品定めされてる俺たちだった。
 というか、むしろほぼ焦点は心底不本意ながら俺のようだ。
 アイラやパルミラに被害が行かない事を考えれば、これはこれでいいのだろうが、色々な意味で複雑な気分になる。


 (……さすがにちょっと不愉快です)


 (私も)


 二人も何か納得がいかないような感じで、俺と、興奮するグイブナーグを見ている。
 気持ちは、少しわからなくもないが、俺だって別に狙ってそうなってるわけじゃないんだから勘弁してほしい。
 正直、代わってやってもいいんだぞ、という気持ちになってしまいそうだ。


 「今回は、取引先も十分満足されるでしょう。では、何時もの部屋に連れて行ってください……傷を付けてはいけませんよ?」


 「はっ!」


 取引先?
 そんなことを言って、グイブナーグは少し残惜しそうな顔をして俺から離れていった。
 それに伴って、背後に控える二人の私兵が動きだし、俺たちの前に立って『付いてこい』と、無感情に言ってから、歩き始める。
 それに対し、少しだけ躊躇うフリをしてから追従する。
 多分、これで他の奴隷達と合流できるだろう。そうすれば俺たちの仕事も終わりのはずだ。


 (アイリン、アイリン、聞こえるか?)


 部屋を出て、再び暗い回廊を歩きながら、アイリンを呼び出す。


 (……クリスちゃん。無事だった?)


 すると、待機していたのだろうアイリンから、すぐに返信があった。
 一応ちゃんとやっている事に、ほっと胸をなで下ろす。


 (問題ない。クリスちゃんはやめろ。取りあえず、移動を始めた。位置は特定できてるか?)


 (うん、うん、大丈夫。まだ館に居るのが確認できてるよ!)


 一体位置がどうやって確認できているかわからないが、ちゃんと追跡できているようだ。
 ただ、精度はどうなのだろう。館のどの辺あたりまで追跡出来るのだろうか。
 ……まあ、それを今気にしたところで仕方ない。信用することにする。


 (取りあえず、他の奴隷と合流できたところでまた連絡する)


 (オーケー、わかったわ)


 一端、会話を終わらせる。今のところ順調だ。


 そこで丁度、下に降りる階段に突き当たった。先導していた私兵がそれを降りていく。
 やはり、地下なのだろうか。そこでも少し躊躇うそぶりをすると、しんがりを進む私兵から『早く降りろ』と、声がかかった。


 仕方ないふうを装い、一歩一歩、石の階段を降りる。
 下り階段は今までの整然とした回廊とは違い、荒い作りとなっていて、それが歩を進めるほどに増していく。
 明かりは所々に蝋燭が立っていて照らしてはいるものの、十分ではなく、かなり足下も覚束ない。
 なんていうか、雰囲気がある。


 (こわい……)


 アイラの意識が流れ込んでくる。そうだろう。俺も少し不気味に思う。


 おそらくには、3階建て分ぐらい降りたところで、扉に突き当たった。
 その扉も、鉄では無いが実用一辺倒ぽい頑丈そうな木の扉になっていて、更に所々シミがついたりしていて、たいそう不気味な雰囲気を醸し出していた。
 先導する私兵が鍵を取り出し、ガチャンと大きな音を立てて開ける。
 そしてそのまま扉を押し、重苦しい音を立ててそれを開いた。


 「入れ」


 先導する私兵はそこに立ち、俺を中に促した。ここが終点、ということだろう。中に入ったら逃げられない、ということなのだろう。
 流石に本気で一瞬躊躇して、それから意を決して扉を潜る。


 (…………っ!)


 そこは、拷問部屋、だった。


 それなりに広い部屋に、拷問に使用されるのだろう、道具類、機械類が所狭しと並んでいる。
 部屋は同じく蝋燭で照らされていて、そんな微妙な明かりが、それら凶悪な道具類の凄みを浮かび上がらせていた。
 Xの字になった磔台。
 拘束具の取り付けられたトゲだらけの椅子。
 何に使われるかわからないローラーの付いたベッド。
 天井から伸びる手かせの付いた何本もの鎖。水槽。胴体が三角形になった木馬。
 それらの機械類は、一様にして何かどす黒いものが付着した跡があり、そこで一体何が行われたのか想像するに容易だった。
 壁には、様々な形の縄やムチのたぐいが何本もかけてあり、それらも十分使い古された痕跡があった。
 俺は、流石にその部屋の異様さに圧倒され、その場に立ち尽くした。


 「ひっ!」


 (・・・っ!)


 続けて後ろから入ってきたアイラが、さすがに今ばかりは叫び声を上げる。パルミラからはその思念が漏れ、頭に響いた。


 「早く奥に行け!」


 その声とともに、背中をドンと押された。思わず振り返ると、私兵がその口元に押さえられない笑みを浮かべて俺たちを見ている。
 こいつらは、俺たち奴隷がここに連れてこられて、戦慄し、恐怖に竦むのを何度も見てきたに違いない。
 それが、こいつらの優越感のようなものを刺激するのだろう。


 (……クズどもが)


 一瞬、私兵達を睨み付ける。薄暗がりだけに気付かれないと思ったが、一人とその瞬間目が合った。


 「なんだ、可愛い顔して、ずいぶん気が強いんだな」


 そう言いながら、にやにやと嫌な笑いを顔に貼り付け、俺に近づく兵士。
 しまった……。
 面倒くさい事になった。
 なったが、この際だから思いっきり睨め付けてやる。


 「大抵ここに連れてこられた女どもは、ここを見るだけで泣き叫ぶもんなんだがなぁ」


 無造作に近づいてきた兵士が、手かせで拘束された俺の腕を掴んで、上に向かってひねり上げた。


 「大きなっ……お世話なんだよっ!」


 抵抗するが、やはり、力では叶わない。
 悔しいが、それが現実だった。それでも相手を歯を食いしばってキツく睨み付ける。それが今の俺に出来る精一杯だったからだ。


 (お姉様っ!)


 「おい、あまり乱暴にするな。御館様から言われてるだろう!?」


 アイラの悲鳴とともに、もう一人の私兵の制止が入る。それでも、俺と目の前の兵士はしばらく睨み合ったまま動かなかった。


 「おい!」


 「チッ!」


 再度の制止に、漸く兵士は拘束を解き、俺を突き飛ばすようにして離れていった。
 屈辱だった。
 クズに一瞬でもいいようにされたこと。
 それが堪らなく悔しかった。


 (クリス、お願いだから、我慢して)


 珍しく懇願するようなパルミラの思念に、ようやく昇った血が下がっていく。
 そうだ、俺からピンチに陥ってどうする。
 こいつらの為に、我慢しなければ……!


 「まあ、しばらくそこで待ってろ。すぐに楽しくなるはずだからよ!」


 私兵達は、そう言いながら再び重い扉を閉めて、鍵をかけ階段を上っていった。
 それにしても腹立つ。
 グイブナーグに続き、俺の中にある、殺すリストにヤツの顔を刻んでおいた。


 「お姉様、大丈夫でしたか?」


 私兵の階段を上る足音が十分遠ざかってから、アイラが俺にすり寄ってくる。微妙に涙目になっていた。悪いことをした気がする。


 「……すまん、大丈夫だ。パルミラも心配かけた」


 「大丈夫なら、いい」


 そう言って、ぷいと横を向くパルミラ……本当にすまん。
 ついその頭を、拘束された両手で撫でる。ムッとした顔で、撫でられるパルミラ。でも、悪い気分じゃなさそうなので、しばらくそのままなで続けた。
 そのまま、部屋の中をもう一度見回す。


 「……あれは」


 さっきは気付かなかったが、部屋の中には二つほど、気になるものがあった。
 一つは、部屋の奥の鉄格子。暗かったのでよくわからなかったが、部屋の奥は牢屋になっているようだった。
 それならと思い目をこらすが、そこに人はおらず、代わりに何体かの髑髏が中で転がっていた。


 ―――もしかすると。
 俺は最悪のシナリオを考え付く。


 例えば、グイブナーグはどうしようもない類いの変態で、奴隷を売るのではなく、奴隷をここで拷問するのが趣味、とか。
 だからこそ、この館から外に出る奴隷は居ない。実は皇国の船もシロ。


 ―――というオチを考えてみる。


 一応、スジは通っている。
 何しろここは拷問部屋で、奥には白骨化しているが、死体まである。
 ここが終点のため、館から出て行く奴隷が見つからないのも当然だ。


 ……いや、ないな。


 そこまで考えて、そのシナリオを頭から消した。
 よくよく見てみると、ここにある拷問機器はあまり使われた気配が無い。
 少なくとも最近使われた感じではなく、全体的にはホコリがかぶっていた。


 奥の髑髏も、冷静になってみれば、結構時間が経ったものであって、もし俺が考えるような話であるならば、そこには髑髏では無く、普通に死体があったはずだからだ。


 それにグイブナーグも言っていた。
 『取引先も十分満足されるでしょう』と。


 ……つまり、まだこの先がある。


 俺はそう結論し、もう一つの気になるものを見た。


 扉だった。


 ただそれは、壁にあるものではなく、衝立のように部屋に立っていた。
 それは一種異様な光景ではあった。拷問器具立ち並ぶこの部屋にあって、それはひどく浮いている。
 取りあえず、なぜこんな場所にあるのかがわからない。
 そして、何のために存在するかも、よくわからなかった。


 (お、お姉様!)


 そんな謎扉を矯めつ眇めつしていると、焦った感じのアイラの感情が流れてきた。
 振り返ると、アイラが怯えた顔で入ってきた扉を見つめている。
 何が?と思う間もなく、その向こうから、コツコツと誰かが階段を降りる足音が聞こえてきた。
 一気に俺は緊張し、半ば無理矢理二人を庇いながら、扉から距離をとる。


 コツ……コツ……


 その足音はいよいよ大きくなり、そして扉の前止まった。
 直後、やたら大きな音を立てて鍵を外す音がして、続いて軋らせながら扉が開く。


 開くに従って、外からの光が中に差し込んでくる。
 それは侵入者が手に持ったカンテラだった。


 そして、そのカンテラの光によって露わになった侵入者とは、


 「ふほほっ、驚かせてしまったようですねえ」


 グイブナーグ本人にほかならなかった。

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