すわんぷ・ガール!
12話 魔法の顕現
「そっかぁー、みんなホント苦労してるんだね……なんか気軽に聞いてごめん」
今更過ぎるだろ!ごめんじゃねーよ、と思ったが、何だかんだで二人の過去が聞けて俺的には良かったと思った。
知ってしまうこと。
それは重い。
知ってしまったが故に、しがらみが生まれ、離れることが容易ではなくなる。
それは、俺たちのような冒険者稼業では、ちょっとした恐怖だった。
今日に出会い、明日に別れる。
もしかするとそこにある死。すぐそばにある別れ。
そんな世界で、あまりにも相手を知ってしまうのは、辛いだけだと相場が決まっていた。
だから俺は、何だかんだと理由を付けて、出来るだけ二人を知ろうとはしなかった。
だけど、俺に聞いて欲しい。
わかって欲しい。
二人はそう、思っていたのだろう。
確かに明日どうなるかわからない。だからこそ、今日、聞いて欲しい。
そうした想いを避けていた俺は、不誠実だったに違いない。
「んじゃ、最後はクリスちゃん!」
「クリスちゃんやめろ」
さっき気軽に聞いてゴメンとか言いながら、ノリノリで聞いてくるこの女の精神が知れない。
既に、ガールズトークだもん、とかいう範囲をかなり超えてる。
「えー、いいじゃん。そんな可愛いのに」
「可愛い言うな。クリスでいいんだ、クリスで」
ぶー垂れるアイリンを封殺しつつ、ケーキを一口、口に運んだ。うまい。
「んじゃ、クリス。教えてよ。正直一番貴女の話が気になるし。なんていうかさー、何かが違う、気がするんだよね」
鋭い。
と思うべきだろうか。
今のところ、俺は自分の秘密を誰にも語ってはいない。
実はもと男で……などと、一体誰が信じるだろう。
そして、信じられたらどうなるんだろうという不安が、どうしてもそれを語ることを俺に躊躇わせる。
アイリンは別として、アイラに、パルミラに、或いはレオンに。
それを話して、果たして俺は許されるのだろうか。
「私もすごく気になります」
「私も」
そんな二人も、興味津々で俺を見つめる。
話す、べきなのだろう。
既に二人の話は聞いた。だったら。
「……まあ、そうだな。明日、無事だったら教えてやるよ」
結局、俺はそう言って話すのを避けた。
「えー……、でも明日何かあったらわからないままですよ。私たち」
アイラが不満たらたらに迫ってくる。それはそれでわかるし、そうすべきなのかもしれない。
「いや、そうじゃない。むしろ明日ちゃんと無事に帰って、俺の話を聞けよって事だ」
そう言って、俺はニヤッと笑い、自分でもわかるぐらい不器用にウィンクした。
……我ながら上手い事言ったような気がする。
なんとなく心がシクシクと痛むが、俺にも覚悟が必要だ。話さなければならない。でも、それならタイミングを取りたい。
「わかった。約束して」
パルミラが健気に理解を示してくれる。他の二人を見ると、同じように頷いた。
「当然だろ。しっかりやって帰るってくるぞ」
流石にこのタイミングで本当に言いたい『死ぬなよ』とは言い出せなかった。
「しょーがないなぁ、じゃあクリスちゃんの話は明日にとっておくかな」
お前には教える気はないからな!と、心の中で言っておく。この無遠慮女に知られたが最後、ろくな事にならなさそうな気がしてならない。
もし、明日迫られたら、こいつにだけでっち上げた話をしようと心に決める。
「そんじゃ、魔法の話、しよっか」
折角だから、みたいなノリで本題に入られた。
本当に大丈夫なのだろうかコイツ。
何となくさっきの軽薄男級に、俺の中の評価が低下していくアイリン。不安すぎる。
「取りあえず、まずは施術前に、魔法について簡単に説明するね」
いよいよか……。
当のアイリンがそんなノリなので、緊張感もクソも無いが、本来こうした秘奥中の秘奥とみなされている魔法に関する話が聞けるなど、かなりレアな状況だ。
むしろ、俺としてはこんな軽い場で、教えられて良いものだろうかと心配になる。
冒険者含む普通の人の感覚では、魔法は秘技であって、日常から外れた理解できない謎の力という思いが強い。
それが発現するやいなや見た者は死ぬ、とかわりと本気で思っていて、それを行使する魔法士など、畏怖の対象でしか無い。
世の深奥を覗く賢者、的な。
……筈なんだが。そういう存在って、実際一皮むいたらこんなものなのかも知れない。
もう一杯とか言いながら、自分のカップに手酌で紅茶を注ぐアイリンを、ぼんやり見ながらそう思った。
「ごほん、では、魔法についてだけど、そもそもみんな、魔法ってなんだと思う?」
咳払いして雰囲気を作る努力をしたあと、アイリンが始めた話は、案外哲学的な話から始まった。
なんとなく「魔法=すごい力!」の一言辺りで済んでしまうんじゃないだろうかとか思っていた俺は、ちょっと拍子抜けする。
魔法とはなんぞや。
……確かに、言われてみれば、それが何なのか俺もよく知らない。すごい力!じゃないのだろうか。
「すごい力」
「すごい力?」
「すごい力」
「がっかりだよキミたち!」
3人が3人とも同じ答えを言うと、アイリンは机を叩いて激高した。
なんかもうちょっと違う反応を期待していたのかもしれない。
「だってしょうがないだろ。正直に言って、俺ですら魔法ってあんまり見たこと無いんだよ。普通、魔法っていったらそういうイメージしかねえよ」
「……まあぁ、そうかな、うん、じゃあ、しょうがないか……」
テンションがすっかり下がったアイリンは、どことなくうらぶれた感じで、懐から何かを取り出し、テーブルに置いた。
それは、赤いのっぺりした石だった。大きさは俺がちょうど人差し指と親指で輪っかを作ったらそれぐらい。宝石のように見えなくも無いが、それにしては少し煌びやかさが足りない気がする…………?
なんかどこかで見た気がしなくも無い。
「これは?」
「これは、降魔石っていってね、一言で言うと、魔法の元、かな」
そう言って再び石を手の中に戻すアイリン。再び手を開き、小さく短く、何かを唱えた。
「……Zi」
「わ、わわ!」
そのとたん、赤い石はほんの少し手のひらから浮いて、鈍い光を放ちながらクルクルと回り始める。
いきなりそんな理外の力を目の当たりにしたアイラが目を丸くして驚く。もちろん俺も驚いた。珍しくパルミラも、ビックリ顔で固まっている。
「今、私は魔法が使える状態になった。そこでぇー……」
妙なタメを作りつつ、空いた左手の人差し指で、空中に何かを記述するように素早く動かすアイリン。その指先に小さな光が灯り、空中に軌跡を描いていく。光の軌跡はそのまま空中に滞留し、文字らしきものを形作った。
それだけでも十分な奇蹟だったが、文字列が二段目に入り、それが終わると同時に、アイリンは「えい」と声を上げて、正面に居た呆然顔のアイラの口に、その指先をつっこんだ。
「もが!」
突然の出来事に、目を白黒させるアイラ。あまりの出来事に、何も反応することが出来ない。
すると、アイリンはにやっと笑って、すぐに指をアイラの口から引き抜いた。
「おっけ、施術完了」
呆然としてされるがままのアイラは、その声を聞いて、いきなり自分の両耳をふさいだ。同時に、激しく動揺した顔になる。
「お、おい、アイラ、大丈夫か?」
「声が……」
いつものアイラらしからぬ、その尋常で無い様子に俺が声をかけると、アイラは青ざめた顔でぽつりと言った。
「声が?……っていうか、何したんだよお前」
アイリンに殆ど食ってかかる勢いで詰め寄る。
すると、アイリンは浮いた赤石を再び手に握り込んで、すまなそうに両手を挙げた。
「まったまった。今ちゃんと説明するから、落ち着いて、ね?」
さすがのアイリンも、俺の剣幕にばつが悪い顔になって、すぐに説明を始めた。
「アイラちゃんは、今、私が施した魔法で……そうだね、私の声が2重に聞こえてるんじゃないかな?それはね、えっと」
今度は指先を自分の口に当て、無言でアイラをのぞき込むアイリン。それを見ながら、両手で耳をふさいだままのアイラは、青ざめた顔のまま、うんうんと頷く。
「……え、っと。それは、んんっ」
そこまでアイラが言った時、アイリンがもう片手の指先で、アイラの口をふさいだ。
殆ど涙目のアイラが何度か頷くと、今度はぎゅっと目を瞑る。
一体なんなんだ。
しばらくその様子を見守っていると、何かが終わったのか、アイラが目を開き、わなわなと震えながら、混乱半分の妙な笑顔を作った。
「うん、今のはね、私の魔法で、私とアイラちゃんは声じゃなくって、心で会話してたの」
えっ?
驚いて、アイラを見る。アイラは混乱笑顔のまま、俺を見て大きく頷いた。
「お姉様、私、魔法使いになったみたい……」
「ちなみにさっきの話の内容は、『クリスの今日の下着の色は青』でした」
「何を話してるんだよお前ら」
折角の魔法で、そんな残念な会話すんな。青かったっけ?いや、その前に、なぜアイラが知ってるんだよ。
というか、それはともかく、アイラが魔法使いに?今ので?
「ん、正確には、私が魔法で、そうできるようにした、というべきかな?つまりね……」
彼女が言うには、一言に魔法っていっても、その人その人で、使える魔法の幅が違うということだった。
そういえばレオンがそんなことを言っていたが、彼女は付与魔法という系統の魔法士になるらしい。
付与魔法とは、簡単に言うと、魔法の力を何かに与える魔法。この場合、心で会話できるという魔法を、アイラに与えたということだった。
ちなみに、その魔法はモノにしか付与出来ないらしく、最初に指先をアイラの口につっこんだのは、彼女の奥歯に魔法を付与したらだという。
「この種の魔法って、人に付与する時は奥歯って相場が決まってるの」
そう言われたら、そうなんだと納得するしか無い。
視界の端で、魔法使いになったわけじゃないんだ、と落ち込むアイラをパルミラが微妙に慰めていた。まあ、そんな簡単に魔法使いになれたら、世の中もっと魔法使いが溢れてるだろと思う。
「とにかく、わかった?こうしておけば、声が届かなくても、遠くの誰かと会話できるってこと」
ああ、そういえば、そういう話だったな、と思い出す。
つまり、この力を付与さえしてもらえれば、明日、奴隷として捕まったとしても、その状況を外に、しかもバレずに伝えることが出来る。
それに、これはかなり心強い。捕まった後どうなるかは、細かい点ではわからないのだ。それが常時連絡が取れるのであれば、イレギュラーな事態にも対応できる可能性が高まる。
改めて魔法って凄いと感じる。
それにこの魔法には、もっと色々な可能性がある気もする。
「ちなみに効果は丸一日で切れるから、明日出発前にみんなにかけ直すね」
その言葉に、更にショックを受けるアイラ。
どうやら魔法使いはともかく、この能力だけは永続的に続くと思っていたらしい。
まあ、世の中そんなおいしい話はないってことだ。
結局、魔法のことはほとんど説明されてないことに気付いたのは、晩餐が終わって、ベッドに横になった時だった。
例えば、魔法の系統があるのであれば、付与以外の系統もあるということだろう。
他にもあるのだとしたら、それは何なのか。
そもそも魔法の力の源はなんなのか。適正とは。
あと、降魔石とは、結局なんだったのか。
そこまで考えた時、俺はふと、思い出した。
ベッドから身を起こし、チェストの上に置かれていた、ぼろぼろのポーチに手を入れる。そしてそこから、あの謎の赤石を取り出した。
これは、降魔石だ。
アイリンの降魔石を見たとき感じた、どこかで見た感じの正体はこれだったのかと独りごちる。その場で思い出せなかったのは、形がかなり違っていたため。あのすべっとした石に比べ、こちらの石はかなり形が歪だ。
ただ、あののっぺりした質感の赤だけは、間違いなく同じだった。
「うーん」
月明かりだけの部屋で、その赤石をいろんな角度から見る。あの奴隷商人はどこでこれを手に入れたのだろう。
そもそも、この赤石は、どこから来るものなのだろうか。
アイリンは魔法の元、とか言っていたが、よく考えればそれ以外の事を、俺は知らない。魔法を使うのに関係するってぐらいだ。
俺は戯れに、アイリンがやっていたように、それを手のひらに載せてみる。
……何も起こらない。当然だが
いやいや、そういえば、あのとき、アイリンは何か短く唱えたはずだ。
それは、確か、単音節で、
「Zi」
それっぽく発音してみる。
……何も起こらない。
まあ、そんなものだよな。と、思いながら、急に恥ずかしくなった俺は、その石をもとあったチェストに置こうと、ぐっと握り込んだ。
その瞬間、視線が大きくぶれた。
「え……?」
驚いて、手を開く。
赤石が、光っていた。あの時と、同じように。
俺は、何が起こっているのか理解できないまま、手の上の赤石を見つめる。
「っ!!」
また、大きく視界がぶれる。
なんだ、と思う間もなく、赤石は、浮かんで回るのではなく、俺の手のひらに、ずぶずぶとめり込み始めた。
「うおあっ?!」
慌てて、赤石を投げ捨てようと手を振り回す。必死になっているにも関わらず、石はどんどん手のひらに、吸い込まれるようにめり込み続ける。
痛みは無かった。ただ、それだけに気持ち悪い。
「う、うわああ!?」
焦って何も出来ないうちに、その石は手のひらに消えた。
そこに傷一つ残さず。光まで、消失して。
「はーっ、はーっ」
その身の毛もよだつ体験に、数瞬だけだったにもかかわらず、俺はどっと汗をかいて荒い息をついた。
一体何なんだ。気持ち悪い。
降魔石を取り込んだはずの、手を揉んでみる。少なくとも、手のひらに入ったであろう石の感触は、そこには無かった。
「・・・?」
ただ、何か違和感がある。なにかがおかしい―――!
「がはっ!?」
そう思って手を裏返した瞬間、また視界が大きく揺らいだ。
思わず、片手で目を覆う。その覆う指の間から、俺は見てしまった。
手の甲。
そこに、何かの文様が青く発光して、浮かんでいた。それは円形の、複雑な迷路のように見えた。
なんだ、これは。
次々に、起こる自分の体の変化に戦慄する。
「うぐうっ!」
視界がぶれる。
間隔が短くなってきている。
そう思う間もなく、その文様から、すーっと、青い線が腕、肘、肩に向かって伸び始めた。
「うわ、うわああっ?!!」
それを半ば錯乱したように目線で追うが、肩まで到達した青い光は、そこでもう一つの同じような文様を描き、更に背中へと消えた。
「ああっ??!!」
さっきよりもいっそう酷く視界がぶれた。
そして、今度はそれだけに止まらず、視界に青く同じ文様が、大きく写った。それは、目の前で、グルグルとパズルのように変化しながら回転する。
「うやああああああ!?」
叫びながら両手で目を押さえる。それでも消えない。
圧倒的な恐怖が、俺の心臓を鷲づかみにする。
「ああああああ!」
俺はそのまま、意識を飛ばして、その場に崩れ落ちた。
最後に一瞬見えたのは、部屋の扉を跳ね開けて、飛び込んでくるレオンの姿だった。
今更過ぎるだろ!ごめんじゃねーよ、と思ったが、何だかんだで二人の過去が聞けて俺的には良かったと思った。
知ってしまうこと。
それは重い。
知ってしまったが故に、しがらみが生まれ、離れることが容易ではなくなる。
それは、俺たちのような冒険者稼業では、ちょっとした恐怖だった。
今日に出会い、明日に別れる。
もしかするとそこにある死。すぐそばにある別れ。
そんな世界で、あまりにも相手を知ってしまうのは、辛いだけだと相場が決まっていた。
だから俺は、何だかんだと理由を付けて、出来るだけ二人を知ろうとはしなかった。
だけど、俺に聞いて欲しい。
わかって欲しい。
二人はそう、思っていたのだろう。
確かに明日どうなるかわからない。だからこそ、今日、聞いて欲しい。
そうした想いを避けていた俺は、不誠実だったに違いない。
「んじゃ、最後はクリスちゃん!」
「クリスちゃんやめろ」
さっき気軽に聞いてゴメンとか言いながら、ノリノリで聞いてくるこの女の精神が知れない。
既に、ガールズトークだもん、とかいう範囲をかなり超えてる。
「えー、いいじゃん。そんな可愛いのに」
「可愛い言うな。クリスでいいんだ、クリスで」
ぶー垂れるアイリンを封殺しつつ、ケーキを一口、口に運んだ。うまい。
「んじゃ、クリス。教えてよ。正直一番貴女の話が気になるし。なんていうかさー、何かが違う、気がするんだよね」
鋭い。
と思うべきだろうか。
今のところ、俺は自分の秘密を誰にも語ってはいない。
実はもと男で……などと、一体誰が信じるだろう。
そして、信じられたらどうなるんだろうという不安が、どうしてもそれを語ることを俺に躊躇わせる。
アイリンは別として、アイラに、パルミラに、或いはレオンに。
それを話して、果たして俺は許されるのだろうか。
「私もすごく気になります」
「私も」
そんな二人も、興味津々で俺を見つめる。
話す、べきなのだろう。
既に二人の話は聞いた。だったら。
「……まあ、そうだな。明日、無事だったら教えてやるよ」
結局、俺はそう言って話すのを避けた。
「えー……、でも明日何かあったらわからないままですよ。私たち」
アイラが不満たらたらに迫ってくる。それはそれでわかるし、そうすべきなのかもしれない。
「いや、そうじゃない。むしろ明日ちゃんと無事に帰って、俺の話を聞けよって事だ」
そう言って、俺はニヤッと笑い、自分でもわかるぐらい不器用にウィンクした。
……我ながら上手い事言ったような気がする。
なんとなく心がシクシクと痛むが、俺にも覚悟が必要だ。話さなければならない。でも、それならタイミングを取りたい。
「わかった。約束して」
パルミラが健気に理解を示してくれる。他の二人を見ると、同じように頷いた。
「当然だろ。しっかりやって帰るってくるぞ」
流石にこのタイミングで本当に言いたい『死ぬなよ』とは言い出せなかった。
「しょーがないなぁ、じゃあクリスちゃんの話は明日にとっておくかな」
お前には教える気はないからな!と、心の中で言っておく。この無遠慮女に知られたが最後、ろくな事にならなさそうな気がしてならない。
もし、明日迫られたら、こいつにだけでっち上げた話をしようと心に決める。
「そんじゃ、魔法の話、しよっか」
折角だから、みたいなノリで本題に入られた。
本当に大丈夫なのだろうかコイツ。
何となくさっきの軽薄男級に、俺の中の評価が低下していくアイリン。不安すぎる。
「取りあえず、まずは施術前に、魔法について簡単に説明するね」
いよいよか……。
当のアイリンがそんなノリなので、緊張感もクソも無いが、本来こうした秘奥中の秘奥とみなされている魔法に関する話が聞けるなど、かなりレアな状況だ。
むしろ、俺としてはこんな軽い場で、教えられて良いものだろうかと心配になる。
冒険者含む普通の人の感覚では、魔法は秘技であって、日常から外れた理解できない謎の力という思いが強い。
それが発現するやいなや見た者は死ぬ、とかわりと本気で思っていて、それを行使する魔法士など、畏怖の対象でしか無い。
世の深奥を覗く賢者、的な。
……筈なんだが。そういう存在って、実際一皮むいたらこんなものなのかも知れない。
もう一杯とか言いながら、自分のカップに手酌で紅茶を注ぐアイリンを、ぼんやり見ながらそう思った。
「ごほん、では、魔法についてだけど、そもそもみんな、魔法ってなんだと思う?」
咳払いして雰囲気を作る努力をしたあと、アイリンが始めた話は、案外哲学的な話から始まった。
なんとなく「魔法=すごい力!」の一言辺りで済んでしまうんじゃないだろうかとか思っていた俺は、ちょっと拍子抜けする。
魔法とはなんぞや。
……確かに、言われてみれば、それが何なのか俺もよく知らない。すごい力!じゃないのだろうか。
「すごい力」
「すごい力?」
「すごい力」
「がっかりだよキミたち!」
3人が3人とも同じ答えを言うと、アイリンは机を叩いて激高した。
なんかもうちょっと違う反応を期待していたのかもしれない。
「だってしょうがないだろ。正直に言って、俺ですら魔法ってあんまり見たこと無いんだよ。普通、魔法っていったらそういうイメージしかねえよ」
「……まあぁ、そうかな、うん、じゃあ、しょうがないか……」
テンションがすっかり下がったアイリンは、どことなくうらぶれた感じで、懐から何かを取り出し、テーブルに置いた。
それは、赤いのっぺりした石だった。大きさは俺がちょうど人差し指と親指で輪っかを作ったらそれぐらい。宝石のように見えなくも無いが、それにしては少し煌びやかさが足りない気がする…………?
なんかどこかで見た気がしなくも無い。
「これは?」
「これは、降魔石っていってね、一言で言うと、魔法の元、かな」
そう言って再び石を手の中に戻すアイリン。再び手を開き、小さく短く、何かを唱えた。
「……Zi」
「わ、わわ!」
そのとたん、赤い石はほんの少し手のひらから浮いて、鈍い光を放ちながらクルクルと回り始める。
いきなりそんな理外の力を目の当たりにしたアイラが目を丸くして驚く。もちろん俺も驚いた。珍しくパルミラも、ビックリ顔で固まっている。
「今、私は魔法が使える状態になった。そこでぇー……」
妙なタメを作りつつ、空いた左手の人差し指で、空中に何かを記述するように素早く動かすアイリン。その指先に小さな光が灯り、空中に軌跡を描いていく。光の軌跡はそのまま空中に滞留し、文字らしきものを形作った。
それだけでも十分な奇蹟だったが、文字列が二段目に入り、それが終わると同時に、アイリンは「えい」と声を上げて、正面に居た呆然顔のアイラの口に、その指先をつっこんだ。
「もが!」
突然の出来事に、目を白黒させるアイラ。あまりの出来事に、何も反応することが出来ない。
すると、アイリンはにやっと笑って、すぐに指をアイラの口から引き抜いた。
「おっけ、施術完了」
呆然としてされるがままのアイラは、その声を聞いて、いきなり自分の両耳をふさいだ。同時に、激しく動揺した顔になる。
「お、おい、アイラ、大丈夫か?」
「声が……」
いつものアイラらしからぬ、その尋常で無い様子に俺が声をかけると、アイラは青ざめた顔でぽつりと言った。
「声が?……っていうか、何したんだよお前」
アイリンに殆ど食ってかかる勢いで詰め寄る。
すると、アイリンは浮いた赤石を再び手に握り込んで、すまなそうに両手を挙げた。
「まったまった。今ちゃんと説明するから、落ち着いて、ね?」
さすがのアイリンも、俺の剣幕にばつが悪い顔になって、すぐに説明を始めた。
「アイラちゃんは、今、私が施した魔法で……そうだね、私の声が2重に聞こえてるんじゃないかな?それはね、えっと」
今度は指先を自分の口に当て、無言でアイラをのぞき込むアイリン。それを見ながら、両手で耳をふさいだままのアイラは、青ざめた顔のまま、うんうんと頷く。
「……え、っと。それは、んんっ」
そこまでアイラが言った時、アイリンがもう片手の指先で、アイラの口をふさいだ。
殆ど涙目のアイラが何度か頷くと、今度はぎゅっと目を瞑る。
一体なんなんだ。
しばらくその様子を見守っていると、何かが終わったのか、アイラが目を開き、わなわなと震えながら、混乱半分の妙な笑顔を作った。
「うん、今のはね、私の魔法で、私とアイラちゃんは声じゃなくって、心で会話してたの」
えっ?
驚いて、アイラを見る。アイラは混乱笑顔のまま、俺を見て大きく頷いた。
「お姉様、私、魔法使いになったみたい……」
「ちなみにさっきの話の内容は、『クリスの今日の下着の色は青』でした」
「何を話してるんだよお前ら」
折角の魔法で、そんな残念な会話すんな。青かったっけ?いや、その前に、なぜアイラが知ってるんだよ。
というか、それはともかく、アイラが魔法使いに?今ので?
「ん、正確には、私が魔法で、そうできるようにした、というべきかな?つまりね……」
彼女が言うには、一言に魔法っていっても、その人その人で、使える魔法の幅が違うということだった。
そういえばレオンがそんなことを言っていたが、彼女は付与魔法という系統の魔法士になるらしい。
付与魔法とは、簡単に言うと、魔法の力を何かに与える魔法。この場合、心で会話できるという魔法を、アイラに与えたということだった。
ちなみに、その魔法はモノにしか付与出来ないらしく、最初に指先をアイラの口につっこんだのは、彼女の奥歯に魔法を付与したらだという。
「この種の魔法って、人に付与する時は奥歯って相場が決まってるの」
そう言われたら、そうなんだと納得するしか無い。
視界の端で、魔法使いになったわけじゃないんだ、と落ち込むアイラをパルミラが微妙に慰めていた。まあ、そんな簡単に魔法使いになれたら、世の中もっと魔法使いが溢れてるだろと思う。
「とにかく、わかった?こうしておけば、声が届かなくても、遠くの誰かと会話できるってこと」
ああ、そういえば、そういう話だったな、と思い出す。
つまり、この力を付与さえしてもらえれば、明日、奴隷として捕まったとしても、その状況を外に、しかもバレずに伝えることが出来る。
それに、これはかなり心強い。捕まった後どうなるかは、細かい点ではわからないのだ。それが常時連絡が取れるのであれば、イレギュラーな事態にも対応できる可能性が高まる。
改めて魔法って凄いと感じる。
それにこの魔法には、もっと色々な可能性がある気もする。
「ちなみに効果は丸一日で切れるから、明日出発前にみんなにかけ直すね」
その言葉に、更にショックを受けるアイラ。
どうやら魔法使いはともかく、この能力だけは永続的に続くと思っていたらしい。
まあ、世の中そんなおいしい話はないってことだ。
結局、魔法のことはほとんど説明されてないことに気付いたのは、晩餐が終わって、ベッドに横になった時だった。
例えば、魔法の系統があるのであれば、付与以外の系統もあるということだろう。
他にもあるのだとしたら、それは何なのか。
そもそも魔法の力の源はなんなのか。適正とは。
あと、降魔石とは、結局なんだったのか。
そこまで考えた時、俺はふと、思い出した。
ベッドから身を起こし、チェストの上に置かれていた、ぼろぼろのポーチに手を入れる。そしてそこから、あの謎の赤石を取り出した。
これは、降魔石だ。
アイリンの降魔石を見たとき感じた、どこかで見た感じの正体はこれだったのかと独りごちる。その場で思い出せなかったのは、形がかなり違っていたため。あのすべっとした石に比べ、こちらの石はかなり形が歪だ。
ただ、あののっぺりした質感の赤だけは、間違いなく同じだった。
「うーん」
月明かりだけの部屋で、その赤石をいろんな角度から見る。あの奴隷商人はどこでこれを手に入れたのだろう。
そもそも、この赤石は、どこから来るものなのだろうか。
アイリンは魔法の元、とか言っていたが、よく考えればそれ以外の事を、俺は知らない。魔法を使うのに関係するってぐらいだ。
俺は戯れに、アイリンがやっていたように、それを手のひらに載せてみる。
……何も起こらない。当然だが
いやいや、そういえば、あのとき、アイリンは何か短く唱えたはずだ。
それは、確か、単音節で、
「Zi」
それっぽく発音してみる。
……何も起こらない。
まあ、そんなものだよな。と、思いながら、急に恥ずかしくなった俺は、その石をもとあったチェストに置こうと、ぐっと握り込んだ。
その瞬間、視線が大きくぶれた。
「え……?」
驚いて、手を開く。
赤石が、光っていた。あの時と、同じように。
俺は、何が起こっているのか理解できないまま、手の上の赤石を見つめる。
「っ!!」
また、大きく視界がぶれる。
なんだ、と思う間もなく、赤石は、浮かんで回るのではなく、俺の手のひらに、ずぶずぶとめり込み始めた。
「うおあっ?!」
慌てて、赤石を投げ捨てようと手を振り回す。必死になっているにも関わらず、石はどんどん手のひらに、吸い込まれるようにめり込み続ける。
痛みは無かった。ただ、それだけに気持ち悪い。
「う、うわああ!?」
焦って何も出来ないうちに、その石は手のひらに消えた。
そこに傷一つ残さず。光まで、消失して。
「はーっ、はーっ」
その身の毛もよだつ体験に、数瞬だけだったにもかかわらず、俺はどっと汗をかいて荒い息をついた。
一体何なんだ。気持ち悪い。
降魔石を取り込んだはずの、手を揉んでみる。少なくとも、手のひらに入ったであろう石の感触は、そこには無かった。
「・・・?」
ただ、何か違和感がある。なにかがおかしい―――!
「がはっ!?」
そう思って手を裏返した瞬間、また視界が大きく揺らいだ。
思わず、片手で目を覆う。その覆う指の間から、俺は見てしまった。
手の甲。
そこに、何かの文様が青く発光して、浮かんでいた。それは円形の、複雑な迷路のように見えた。
なんだ、これは。
次々に、起こる自分の体の変化に戦慄する。
「うぐうっ!」
視界がぶれる。
間隔が短くなってきている。
そう思う間もなく、その文様から、すーっと、青い線が腕、肘、肩に向かって伸び始めた。
「うわ、うわああっ?!!」
それを半ば錯乱したように目線で追うが、肩まで到達した青い光は、そこでもう一つの同じような文様を描き、更に背中へと消えた。
「ああっ??!!」
さっきよりもいっそう酷く視界がぶれた。
そして、今度はそれだけに止まらず、視界に青く同じ文様が、大きく写った。それは、目の前で、グルグルとパズルのように変化しながら回転する。
「うやああああああ!?」
叫びながら両手で目を押さえる。それでも消えない。
圧倒的な恐怖が、俺の心臓を鷲づかみにする。
「ああああああ!」
俺はそのまま、意識を飛ばして、その場に崩れ落ちた。
最後に一瞬見えたのは、部屋の扉を跳ね開けて、飛び込んでくるレオンの姿だった。
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