すわんぷ・ガール!
06話 遭遇
「あ、あー、見えてきましたよ!あれじゃ無いんですか?!」
あれから二日経ち、その日の昼になる頃、テラベランの外壁が見えてきた。
それをめざとく見つけたアイラが、嬉しそうに筏から立ち上がる。
「立ちあがんな、揺れるだろ」
それを諫めつつも、俺も漸くの旅路の終焉に、ほっと息をつく。
思い出せば、いろんな事があった。
本当にいろんな事だった。多分だが、わずか一ヶ月足らずでここまでの経験をした者は、この世に存在しないに違いない。
そして、問題の一部はまだ継続中なのだ。
自分の両手を見て、そして貫頭衣の胸元を摘まみ、その中をのぞき込む。
ため息をついた。
まだまだ、これだけで終わりそうには無かったし、終わるつもりもない。
これからだ。
テラベランは、それなりに大きな都市が、およそすべてそうであるように高い塀に囲まれた、いわゆる城塞都市だ。
無論、この都市ももともとは小さな港町だったのだと思う。その頃は、精々あっても堀切や柵ぐらいだっただろう。
だが人口が増え、何万という単位になった頃、たいていの場合は国から派遣される、いわゆる領主サマがやってきて統治を始める。その上で、壁が築かれはじめる。
人口の多い都市は、つまり大きな税収、そして戦略拠点となり得る。それ故に、特に外患が無くとも壁は築かれ、果たして城塞都市となる。
詰まる話、それは体裁の問題だといっていいかもしれない。
俺たちは街に近づく前に筏から下りて、徒歩で街に近づいた。
城塞都市だけに、そこには門がある。街に入るには、その門を抜けなければならない。
街に入る方法は、幾つかあった。例えば、港町と言うぐらいだから、当然、壁の向こうにも海に面した部分があるわけで、流石にそこまでは壁があるわけではない。なので、夜に筏で侵入するという方法も採れる。
およそ一般的なこうした街は、街に入るに当たり、何かしらの身分を明かさなければ入れない。つまり検問がある。
そして俺たちの現在の身分は、逃亡奴隷だ。一応、法的にアウトの存在なので、もしかすると正直にそう言えば、すんなり入れてくれるかもしれない。
……というか、保護されるような気もする。
それならそれでいいじゃないか、ということになる筈なのだが、正直それはそれで俺としてはゴメンだった。
なぜなら、面倒くさい。
そして、少しだけ嫌な予感がする。
というのは、現在この街の領主であるグイブナーグとかいうおっさんの存在だ。
以前、ここに滞在しているときから聞いていたが、ここの領主はやたら市民の評判が悪かった。もの凄くぞんざいに説明するが、つまりよくある傍若無人な御仁らしい。
ただ、そういうのは別段珍しい存在では無かった。
領主という存在は、国から派遣されるのであって、別にその場所に住む者達から推戴されてなるものではない。
だから偶にそういう、平たく言ってハズレな領主も来てしまう。
もちろん国だってそんな反乱の種にしかならない筈の領主とか、わざわざ派遣するつもりはないのだろう。とはいえ、そこはマツリゴトであって、色々あってそうなってしまう。
当の市民からしてみれば迷惑千万この上ないが、どうしようも無いこともあって、あきらめるしかない。
そうした存在にハンパな抵抗を示したところで、投獄されるか、永久追放されるのがオチだ。
とにかくそんな愉快な領主様がいらっしゃる街だ。
逃亡奴隷として『保護』されて、そのまま奴隷になりかねない。
実際、上の方に行くと、奴隷を持つというのは違法でありながら有名無実みたいなところがあり、何だかんだで奴隷を持った領主様というのも珍しくない。
そしてそうした噂は、少なくともグイブナーグにもあった。
曰く、大量の奴隷を持っている、と。
ちら、と、アイラとパルミラを見る。
色々あるが、何だかんだでこいつらは十分美女で、美少女だ。俺はどうか知らないが、アイラが言うぐらいなので、それなりに美女……なのだと思う。かなり複雑だが。
そんな三人で領主の前にでも連れて行かれようものなら、その先の事など想像するに難くない。
なにしろ逃亡奴隷であって、つまり身元など存在しない。心置きなく保護されてしまう。
そう、一生でもだ。
もちろん、考えすぎなのかもしれない。
ただ、それでも警戒しておくに超したことは無い。最悪のケースは、この場合心底シャレにならない。
つまり俺が狙うのは、何とかして検問をかいくぐって、街に入ることだった。
と、そんな話を、一応二人にもしておく。
「……なるほど」
ワナワナしながら声も出ないアイラに変わって、パルミラが頷く。
「そんなぁ……ここまで来て、入れないなんて……」
がっかり落胆して、恨めしそうに門を見るアイラ。
既に門が見える場所まで歩いてきたものの、あまり良い案が浮かばず、草むらに隠れながら、門の様子をうかがう俺たちだった。
確かに、俺もアイラと同じ気持ちだった。死ぬような目に遭いながら、それでもここまで来て最後の最後でお預けを食らっている状態なのだ。焦れる。
ただ、それだからこそ、最後のツメを誤りたくない。
街に入ってしまいさえすれば、何とかなる。
だが良い案が見当たらない。ここはチャンスを待つべきだろう。
奴隷商人の馬車から逃げた時も、俺は待った。今回もそうする。
「ねえ、お姉様。あれ、なにかな?」
しばらくして、日が落ち始める頃、門を伺う俺に、パルミラがいつものように俺の服を引っ張って、声をかけてきた。
あれ?
俺は無言でパルミラが指さす方向を見た。
俺たちがやってきた方……つまり街道の向こうから、確かに何かが近づいてくる。
見た瞬間は遠すぎてよくわからなかったが、間もなくして近づくそれが何であるのかがはっきりしてくる。
兵士だ。
騎馬の兵士、徒歩のそれ、輜重の馬車。
鎧を着込み、行軍するそれは、軍隊だった。それも雰囲気からして帝国の正規兵。
少なく見ても、100人ほどは居る。それが足を蹴立てて、近づいてくる。
それは直ぐに、ここまでやってきてしまうだろう。
―――まぎれるか?
一瞬そう考えて頭を振る。
これが不正規隊とかだったらともかくとして、明らかに統一された装備を持った正規兵の集団だった。そんなところにまぎれに行ったところで、奴隷然した格好の俺たちは浮いてしまうのがオチだ。兵士そのものに捕まってしまうかもしれない。
ただ、それでも変化ではある。あの軍隊は間違いなく街へ入るのだろうから、入り終わった瞬間とかなら、門番が移動するなりして通過できるかもしれない。
「……とりあえず、やり過ごして様子を見よう」
「……うん」
「わかった」
俺の言葉にそれぞれ頷く。不満はあるだろうが、しかたない。
これで駄目だったら、本当に海から回り込むことも考えた方が良いかもしれない。
軍隊はいよいよ迫り、草むらに隠れる俺たちの横を通過していく。装備と、練度が良い。肩の紋章を見るに、帝国の第Ⅱ軍団の一部、ということらしい。
しかし正規軍が何だってこんなところまで?
疑問が尽きない。一部とは言え正規軍だ。普通そう簡単には帝都を離れたりしないはずなのに。
続く隊列は結構長く、わりと近距離に居ることになってしまった俺たちはヒヤヒヤしっぱなしだった。アイラなんかは真っ青な顔をして目を閉じている。
とにかく早く行ってくれ。そう願うしか無かった。
隊列が後尾に近づくと最後は輜重の馬車が続いてくる。そこに明らかに他とは違う騎馬の兵士が付き添っていた。
……あれが隊長だろうか。
その男は、兜もかぶらず、豪奢な金髪を周囲に晒している。
若い。30にも達していないだろう。そして、嫌になるぐらいの美男だった。一人、真っ白い鎧を着込み馬にまたがるその姿は、確かに様になっていた。
その姿に素直に感嘆するほどに。
気付いてみると、俺はその姿から目が離せなくなった。実際目立つのだが、それだけじゃない。なんというか、存在感がすごい。
カリスマとか、オーラとかいうものなのだろうか。もしそうした不確実な物を説明するとしたら、あれがそうだと言えば足る程度に、その男だけが周囲からやけに浮いて見える。
―――いや、それだけじゃない。
何か、自分の中に違和感があった。
あの男を見ると何故か心がざわつく。それが何なのか、全くわからない。
一体何だ。この焦燥感に似た感情は―――
その理由を探りながら何かに憑かれたようにじっと見つめていると、突然その男は、俺の視線に気付いたように、こちらを見た。
「!」
横でパルミラが息を飲む。どうやら同じものを見ていたようだ。
果たして、その隊長らしき男は馬を巡らせこちらに近づいてきた。
見付かった?見付かったのだろうか?
この距離で有り得ないと思うが、目が合った。
勘違いかも知れない。でも、こっちに向かってきている。
―――どうする?どうしたらいい?
心臓が早鐘を打ち、額に変な汗が滲む。色々と考えるが、焦りもあってなかなか考えがまとまらない。
そうこうしているうちに、徐々に近づいてきて距離が詰まっていく。
確実に、こっちに来ている。間違いない。
「……っ!」
焦る俺の横で、パルミラが小さく呻いた。
何かと見ると、手に俺のナイフを持って足首を押さえている。顔には軽い苦痛の表情。押さえる指の間から、血が漏れていた。
いったいなにを?
混乱する俺の前で、パルミラはナイフを捨て、さらに横のアイラに何かを素早く耳打ちする。
ハッとした表情を作り、そしてすぐに真剣な顔になって頷くアイラ。
理解が追いつかない。その間に、もう男は近くまで来ていた。
男は馬から下りて、俺たちが潜む草むらに分け入ってくる。
目が合った。今度こそ間違いなく、はっきりと見付かった。男は軽く驚いた表情をした後、こちらに近づいてきた。
「どうしました?お嬢さん」
しゃがむ俺たちに対して、頭上からの声。それは美男に違わぬ、優しい美声だった。それが、俺の耳朶を打つ。そのまま、男は和やかに俺たちを見つめていた。
認めたくないが、その声、その表情に、緊張がほぐれていくのがわかる。
なんて野郎だ。完璧すぎる。心でそう毒づいても、俺の口からは意に反してホッとため息が出た。
「わ、私の妹が、あ、足を怪我して……」
見惚れてぼーっとする俺の耳に、アイラの思いがけない言葉が届いた。
びっくりして二人を見ると、足を押さえて痛そうにするパルミラと、それを庇うようなアイラの姿が映った。
それは言う通り、どう見ても怪我した妹を気遣う姉の姿そのものだった。
驚く。
パルミラの機転もそうだが、咄嗟にそう言ったアイラにも。
「……なるほど。傷は浅いようですが、確かにちょっと心配ですね。少し待って頂けますか?」
男はパルミラのそばにしゃがみ込み、軽く傷口を見て立ち上がる。いちいち動作が様になる男だ。その姿、立ち振る舞いから目が離せない。
「レパード!レパード!来てくれないか!」
そのまま男は、兵士の方に声をかけた。
程なくして、もう一騎の兵士が、駆け寄ってくる。その兵士も、やはり身分があるのだろう。こちらは副官といったところだろうか。隊長の優男っぷりに対して、荒武者という表現がピッタリすぎる程の強面。
歴戦の荒武者。そういう印象を受ける。
「若、どうしましたか?」
若?!
レパードと呼ばれた兵士のその台詞に、思わず優男に振り返る。
確かに普通じゃ無い高貴さが、その立ち振る舞いから滲んでいる。ひょっとすると、それなりに高い地位にある男なのかもしれない。
例えば貴族とか。
男は、そうであっても全くおかしくない雰囲気だった。
そんな優男は、ついマジマジと見つめる俺の方をちらっと見た後、優しい顔で微笑んだ。
「ああ、こちらのお嬢さんが怪我をしてるみたいでね。馬車に乗って貰おうかと思うんだが」
なんていい男なんだ。と、つい思ってしまう俺が恐ろしい。
俺は、他人をあまり信用しない類いの人間であると自覚している。そんな俺でも、こいつを目の前にしてみると無条件で信用しそうになってしまう。
何らかの魔法なのかとか思うほどに、この男の魅力は強い。
「成る程。確かに怪我をした美しいお嬢さん方を放っておいては、我が隊の名折れでしょう。馬車を呼びますか?」
「いや」
そう言って男は有無を言わせず、パルミラを横に抱きかかえた。いわゆるお姫様ダッコだ。これにはさすがのパルミラも驚いたらしく、目を丸くしている。
「レパード、馬を頼む。君たち、ついて来て下さい」
「は、はぁい」
あまりの展開に、演技をしてたアイラも混乱顔でフラフラと男についていく。
……正直、危険だとも思う。
不思議と信頼させられるこの男は、危険なのではないか。
天邪鬼なだけかもしれないが、懐柔されきってしまいそうな心の残った部分が、警告を上げている。
「さあ、貴女も」
「あ、あ……ん」
促され、不安に思いながらも、ああ、と言いそうになって二人の演技を思い出し、変な返答をする俺。
なんとなく、屈辱的だった。
とはいえ事ここに至っては何が出来るわけも無く、そのままパルミラを横抱きにしてスタスタと歩く男について行く。
何にしても、ここまできたら腹をくくるしか無い。パルミラがあの状態だし、これから下手な事を言うのも不自然すぎる。
それに馬車に乗せてもらえさえすれば、普通に街へ入る事が出来るだろう。結果的でしかないが、それは願ったり叶ったりと言って良い状況だった。
断る理由が、何処にも無い。
「ところで、どうして怪我を?」
「実は、薬草を採りに外へ出たらイノシシに追われて……逃げたんですけど、妹は怪我しちゃいましたし、持ってるものは全部なくしちゃって……」
男の問いに、すらすらと嘘八百並べ立てるアイラ。ここまで全く役立たずだった彼女のその変貌っぷりに、軽く引く俺。
やはり、女は強か、ということだろうか。
あれから二日経ち、その日の昼になる頃、テラベランの外壁が見えてきた。
それをめざとく見つけたアイラが、嬉しそうに筏から立ち上がる。
「立ちあがんな、揺れるだろ」
それを諫めつつも、俺も漸くの旅路の終焉に、ほっと息をつく。
思い出せば、いろんな事があった。
本当にいろんな事だった。多分だが、わずか一ヶ月足らずでここまでの経験をした者は、この世に存在しないに違いない。
そして、問題の一部はまだ継続中なのだ。
自分の両手を見て、そして貫頭衣の胸元を摘まみ、その中をのぞき込む。
ため息をついた。
まだまだ、これだけで終わりそうには無かったし、終わるつもりもない。
これからだ。
テラベランは、それなりに大きな都市が、およそすべてそうであるように高い塀に囲まれた、いわゆる城塞都市だ。
無論、この都市ももともとは小さな港町だったのだと思う。その頃は、精々あっても堀切や柵ぐらいだっただろう。
だが人口が増え、何万という単位になった頃、たいていの場合は国から派遣される、いわゆる領主サマがやってきて統治を始める。その上で、壁が築かれはじめる。
人口の多い都市は、つまり大きな税収、そして戦略拠点となり得る。それ故に、特に外患が無くとも壁は築かれ、果たして城塞都市となる。
詰まる話、それは体裁の問題だといっていいかもしれない。
俺たちは街に近づく前に筏から下りて、徒歩で街に近づいた。
城塞都市だけに、そこには門がある。街に入るには、その門を抜けなければならない。
街に入る方法は、幾つかあった。例えば、港町と言うぐらいだから、当然、壁の向こうにも海に面した部分があるわけで、流石にそこまでは壁があるわけではない。なので、夜に筏で侵入するという方法も採れる。
およそ一般的なこうした街は、街に入るに当たり、何かしらの身分を明かさなければ入れない。つまり検問がある。
そして俺たちの現在の身分は、逃亡奴隷だ。一応、法的にアウトの存在なので、もしかすると正直にそう言えば、すんなり入れてくれるかもしれない。
……というか、保護されるような気もする。
それならそれでいいじゃないか、ということになる筈なのだが、正直それはそれで俺としてはゴメンだった。
なぜなら、面倒くさい。
そして、少しだけ嫌な予感がする。
というのは、現在この街の領主であるグイブナーグとかいうおっさんの存在だ。
以前、ここに滞在しているときから聞いていたが、ここの領主はやたら市民の評判が悪かった。もの凄くぞんざいに説明するが、つまりよくある傍若無人な御仁らしい。
ただ、そういうのは別段珍しい存在では無かった。
領主という存在は、国から派遣されるのであって、別にその場所に住む者達から推戴されてなるものではない。
だから偶にそういう、平たく言ってハズレな領主も来てしまう。
もちろん国だってそんな反乱の種にしかならない筈の領主とか、わざわざ派遣するつもりはないのだろう。とはいえ、そこはマツリゴトであって、色々あってそうなってしまう。
当の市民からしてみれば迷惑千万この上ないが、どうしようも無いこともあって、あきらめるしかない。
そうした存在にハンパな抵抗を示したところで、投獄されるか、永久追放されるのがオチだ。
とにかくそんな愉快な領主様がいらっしゃる街だ。
逃亡奴隷として『保護』されて、そのまま奴隷になりかねない。
実際、上の方に行くと、奴隷を持つというのは違法でありながら有名無実みたいなところがあり、何だかんだで奴隷を持った領主様というのも珍しくない。
そしてそうした噂は、少なくともグイブナーグにもあった。
曰く、大量の奴隷を持っている、と。
ちら、と、アイラとパルミラを見る。
色々あるが、何だかんだでこいつらは十分美女で、美少女だ。俺はどうか知らないが、アイラが言うぐらいなので、それなりに美女……なのだと思う。かなり複雑だが。
そんな三人で領主の前にでも連れて行かれようものなら、その先の事など想像するに難くない。
なにしろ逃亡奴隷であって、つまり身元など存在しない。心置きなく保護されてしまう。
そう、一生でもだ。
もちろん、考えすぎなのかもしれない。
ただ、それでも警戒しておくに超したことは無い。最悪のケースは、この場合心底シャレにならない。
つまり俺が狙うのは、何とかして検問をかいくぐって、街に入ることだった。
と、そんな話を、一応二人にもしておく。
「……なるほど」
ワナワナしながら声も出ないアイラに変わって、パルミラが頷く。
「そんなぁ……ここまで来て、入れないなんて……」
がっかり落胆して、恨めしそうに門を見るアイラ。
既に門が見える場所まで歩いてきたものの、あまり良い案が浮かばず、草むらに隠れながら、門の様子をうかがう俺たちだった。
確かに、俺もアイラと同じ気持ちだった。死ぬような目に遭いながら、それでもここまで来て最後の最後でお預けを食らっている状態なのだ。焦れる。
ただ、それだからこそ、最後のツメを誤りたくない。
街に入ってしまいさえすれば、何とかなる。
だが良い案が見当たらない。ここはチャンスを待つべきだろう。
奴隷商人の馬車から逃げた時も、俺は待った。今回もそうする。
「ねえ、お姉様。あれ、なにかな?」
しばらくして、日が落ち始める頃、門を伺う俺に、パルミラがいつものように俺の服を引っ張って、声をかけてきた。
あれ?
俺は無言でパルミラが指さす方向を見た。
俺たちがやってきた方……つまり街道の向こうから、確かに何かが近づいてくる。
見た瞬間は遠すぎてよくわからなかったが、間もなくして近づくそれが何であるのかがはっきりしてくる。
兵士だ。
騎馬の兵士、徒歩のそれ、輜重の馬車。
鎧を着込み、行軍するそれは、軍隊だった。それも雰囲気からして帝国の正規兵。
少なく見ても、100人ほどは居る。それが足を蹴立てて、近づいてくる。
それは直ぐに、ここまでやってきてしまうだろう。
―――まぎれるか?
一瞬そう考えて頭を振る。
これが不正規隊とかだったらともかくとして、明らかに統一された装備を持った正規兵の集団だった。そんなところにまぎれに行ったところで、奴隷然した格好の俺たちは浮いてしまうのがオチだ。兵士そのものに捕まってしまうかもしれない。
ただ、それでも変化ではある。あの軍隊は間違いなく街へ入るのだろうから、入り終わった瞬間とかなら、門番が移動するなりして通過できるかもしれない。
「……とりあえず、やり過ごして様子を見よう」
「……うん」
「わかった」
俺の言葉にそれぞれ頷く。不満はあるだろうが、しかたない。
これで駄目だったら、本当に海から回り込むことも考えた方が良いかもしれない。
軍隊はいよいよ迫り、草むらに隠れる俺たちの横を通過していく。装備と、練度が良い。肩の紋章を見るに、帝国の第Ⅱ軍団の一部、ということらしい。
しかし正規軍が何だってこんなところまで?
疑問が尽きない。一部とは言え正規軍だ。普通そう簡単には帝都を離れたりしないはずなのに。
続く隊列は結構長く、わりと近距離に居ることになってしまった俺たちはヒヤヒヤしっぱなしだった。アイラなんかは真っ青な顔をして目を閉じている。
とにかく早く行ってくれ。そう願うしか無かった。
隊列が後尾に近づくと最後は輜重の馬車が続いてくる。そこに明らかに他とは違う騎馬の兵士が付き添っていた。
……あれが隊長だろうか。
その男は、兜もかぶらず、豪奢な金髪を周囲に晒している。
若い。30にも達していないだろう。そして、嫌になるぐらいの美男だった。一人、真っ白い鎧を着込み馬にまたがるその姿は、確かに様になっていた。
その姿に素直に感嘆するほどに。
気付いてみると、俺はその姿から目が離せなくなった。実際目立つのだが、それだけじゃない。なんというか、存在感がすごい。
カリスマとか、オーラとかいうものなのだろうか。もしそうした不確実な物を説明するとしたら、あれがそうだと言えば足る程度に、その男だけが周囲からやけに浮いて見える。
―――いや、それだけじゃない。
何か、自分の中に違和感があった。
あの男を見ると何故か心がざわつく。それが何なのか、全くわからない。
一体何だ。この焦燥感に似た感情は―――
その理由を探りながら何かに憑かれたようにじっと見つめていると、突然その男は、俺の視線に気付いたように、こちらを見た。
「!」
横でパルミラが息を飲む。どうやら同じものを見ていたようだ。
果たして、その隊長らしき男は馬を巡らせこちらに近づいてきた。
見付かった?見付かったのだろうか?
この距離で有り得ないと思うが、目が合った。
勘違いかも知れない。でも、こっちに向かってきている。
―――どうする?どうしたらいい?
心臓が早鐘を打ち、額に変な汗が滲む。色々と考えるが、焦りもあってなかなか考えがまとまらない。
そうこうしているうちに、徐々に近づいてきて距離が詰まっていく。
確実に、こっちに来ている。間違いない。
「……っ!」
焦る俺の横で、パルミラが小さく呻いた。
何かと見ると、手に俺のナイフを持って足首を押さえている。顔には軽い苦痛の表情。押さえる指の間から、血が漏れていた。
いったいなにを?
混乱する俺の前で、パルミラはナイフを捨て、さらに横のアイラに何かを素早く耳打ちする。
ハッとした表情を作り、そしてすぐに真剣な顔になって頷くアイラ。
理解が追いつかない。その間に、もう男は近くまで来ていた。
男は馬から下りて、俺たちが潜む草むらに分け入ってくる。
目が合った。今度こそ間違いなく、はっきりと見付かった。男は軽く驚いた表情をした後、こちらに近づいてきた。
「どうしました?お嬢さん」
しゃがむ俺たちに対して、頭上からの声。それは美男に違わぬ、優しい美声だった。それが、俺の耳朶を打つ。そのまま、男は和やかに俺たちを見つめていた。
認めたくないが、その声、その表情に、緊張がほぐれていくのがわかる。
なんて野郎だ。完璧すぎる。心でそう毒づいても、俺の口からは意に反してホッとため息が出た。
「わ、私の妹が、あ、足を怪我して……」
見惚れてぼーっとする俺の耳に、アイラの思いがけない言葉が届いた。
びっくりして二人を見ると、足を押さえて痛そうにするパルミラと、それを庇うようなアイラの姿が映った。
それは言う通り、どう見ても怪我した妹を気遣う姉の姿そのものだった。
驚く。
パルミラの機転もそうだが、咄嗟にそう言ったアイラにも。
「……なるほど。傷は浅いようですが、確かにちょっと心配ですね。少し待って頂けますか?」
男はパルミラのそばにしゃがみ込み、軽く傷口を見て立ち上がる。いちいち動作が様になる男だ。その姿、立ち振る舞いから目が離せない。
「レパード!レパード!来てくれないか!」
そのまま男は、兵士の方に声をかけた。
程なくして、もう一騎の兵士が、駆け寄ってくる。その兵士も、やはり身分があるのだろう。こちらは副官といったところだろうか。隊長の優男っぷりに対して、荒武者という表現がピッタリすぎる程の強面。
歴戦の荒武者。そういう印象を受ける。
「若、どうしましたか?」
若?!
レパードと呼ばれた兵士のその台詞に、思わず優男に振り返る。
確かに普通じゃ無い高貴さが、その立ち振る舞いから滲んでいる。ひょっとすると、それなりに高い地位にある男なのかもしれない。
例えば貴族とか。
男は、そうであっても全くおかしくない雰囲気だった。
そんな優男は、ついマジマジと見つめる俺の方をちらっと見た後、優しい顔で微笑んだ。
「ああ、こちらのお嬢さんが怪我をしてるみたいでね。馬車に乗って貰おうかと思うんだが」
なんていい男なんだ。と、つい思ってしまう俺が恐ろしい。
俺は、他人をあまり信用しない類いの人間であると自覚している。そんな俺でも、こいつを目の前にしてみると無条件で信用しそうになってしまう。
何らかの魔法なのかとか思うほどに、この男の魅力は強い。
「成る程。確かに怪我をした美しいお嬢さん方を放っておいては、我が隊の名折れでしょう。馬車を呼びますか?」
「いや」
そう言って男は有無を言わせず、パルミラを横に抱きかかえた。いわゆるお姫様ダッコだ。これにはさすがのパルミラも驚いたらしく、目を丸くしている。
「レパード、馬を頼む。君たち、ついて来て下さい」
「は、はぁい」
あまりの展開に、演技をしてたアイラも混乱顔でフラフラと男についていく。
……正直、危険だとも思う。
不思議と信頼させられるこの男は、危険なのではないか。
天邪鬼なだけかもしれないが、懐柔されきってしまいそうな心の残った部分が、警告を上げている。
「さあ、貴女も」
「あ、あ……ん」
促され、不安に思いながらも、ああ、と言いそうになって二人の演技を思い出し、変な返答をする俺。
なんとなく、屈辱的だった。
とはいえ事ここに至っては何が出来るわけも無く、そのままパルミラを横抱きにしてスタスタと歩く男について行く。
何にしても、ここまできたら腹をくくるしか無い。パルミラがあの状態だし、これから下手な事を言うのも不自然すぎる。
それに馬車に乗せてもらえさえすれば、普通に街へ入る事が出来るだろう。結果的でしかないが、それは願ったり叶ったりと言って良い状況だった。
断る理由が、何処にも無い。
「ところで、どうして怪我を?」
「実は、薬草を採りに外へ出たらイノシシに追われて……逃げたんですけど、妹は怪我しちゃいましたし、持ってるものは全部なくしちゃって……」
男の問いに、すらすらと嘘八百並べ立てるアイラ。ここまで全く役立たずだった彼女のその変貌っぷりに、軽く引く俺。
やはり、女は強か、ということだろうか。
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