受験生でしたが転生したので異世界で念願の教師やります -B級教師はS級生徒に囲まれて努力の成果を見せつける-

haruhi8128

怒涛の攻撃

アンに用意された服を店の人たちに強制的に着せられるライヤだが、これ以上ないほどの着心地の悪さを感じていた。
教師になってからというもの、教師用の白ローブとパジャマくらいしか着ておらず、生徒の時も生徒用の黒ローブとパジャマを行き来する生活だったため、堅苦しい服を着る機会などなかったのだ。
生徒の時の黒ローブは日本で言う制服のようなもので身分を証明しながら正装となるし、それは白ローブにも同じことが言える。
なんなら、白ローブを着ることのできる人間など限られているのでそれだけで一目置かれたりするので何かと便利なのだ。
しかし、今回はそんなことは許されない。

「うん、似合うわね。格好いいわよ?」
「……消えたい」

男にしては長く伸ばしている髪をセットされ、普段は隠れがちである目もしっかり露出させている。
視界の情報が違うというだけで人間かなりのストレスになるものだ。

「ほら、エスコートしなさいよ。それとも、私に恥をかかせるつもりかしら?」
「……一緒に来ていただけますか、お姫様?」
「ん、よろしい」

ドレスコードで長袖のライヤに腕を絡めるアン。
先ほどまでのデートしている市井の男女のような距離感ではなく、適切な距離感を保っている男女、それこそ貴族間で婚約している男女のような仕草である。
アンは今までの晩餐会などで見てきたものを参考にしているのだが、そんな場に出たことのあるわけないライヤにそれは伝わらない。
しかし、二人が向かうレストランはそういった身分の者しかいない。
言葉よりも雄弁にアンの意図は伝わる。


「なぁ、俺こういうお店のマナーとか一切わからないんだけど……」
「気にしなくていいわ。ライヤの食事態度がひどくおかしいと私が思ったことはないから、普通にしてればいいわ」
「とは言ってもな……」

今までこういう色んな意味で高い店に入るときは個室であることが前提だったのだ。
ライヤがこういう場に来るのはアンが一緒にいるか、アンの両親、つまり国王夫妻のどちらかが関わっているから彼らの食事を大衆の場で行うというわけにもいかないのだ。
しかし、今回は他の人も食事している広間で通りに面した大きな窓の横の席が用意されていた。

「今日というかけがえのない日に」
「……乾杯」

ワインのグラスを軽く合わせる2人。
王国では17歳から成人とみなされるので飲酒自体に問題はない。
しかし、ライヤは日本の感覚で20歳くらいが妥当だろうと思っていたので今まで積極的に飲酒したことはなかった。

「……苦いな」
「ワインは好き嫌いがわかれるでしょうね。でも、慣れたら美味しくなるわよ?」
「曲りなりにもお姫様ってことか」
「正真正銘のお姫様よ」

昼とは打って変わって淑やかに、穏やかに会話を交わす2人。
運ばれてくる料理に舌鼓を打つが、通りに面していることもあって道を通る人の視線は気になる。
貴族街だけあってじろじろと見てくるような輩はいないが、王家のトレードマークである白髪を惜しげもなくさらしたアンがライヤという男と食事しているとなると視線を集めずにはいられない。
アンの思惑通りに。

「それで、この後は……」
「ライヤの部屋に行くわ」
「何度も聞くが、本気か?」
「本気よ。何度も言わせないで」

ワインを傾けながら眉にしわを寄せるアンだが、そんな姿も愛らしい。
そんなふうに思うくらいにはライヤも酔っているようだ。

「わかった。じゃあ、部屋で話そうか」

食事を終え、店の外で待っているはずの馬車へアンをエスコートしようとするライヤだが、手を取ったアンは立ち上がろうとしない。

「? アン?」
「ライヤ」

酔っているのか、少し頬を赤くしたアンは小さいながらよく通る声で詰めろをかける。

「私は、あなたが好きよ」

王女の告白に静まり返る店内。
そう客は多くないが、今夜中にでも貴族の間でこの話題が騒がれるのは確定だろう。
そしてこの告白は今まで素直に言葉にしていなかったアンの一世一代の告白でもあった。

「は? ……むぐっ」

ポカンとするライヤの顔を愛おしいと感じたアンは立ち上がりざまにそのままライヤの唇を奪う。

「ぷはっ……」

お互いに初めてだが固まってしまったライヤとすこしでも長くしていたかったアンの状況が合致し、終わった後に息継ぎを大きくしないといけない程であった。

「ふふっ、こんなに幸せなら、もっと早くするべきだったわ」

未だに時が止まったような店内で事情を知っていた店長だけが動く。

「お客様、馬車がお待ちです」
「ありがとう、ほらライヤ。行くわよ。それとも、もう一回してほしいの?」
「……とりあえず、店を出よう」

思考が停止していたライヤは無理やり脳を再起動し、店を出る。

「いい夜を、アン王女」
「あら、それはライヤ次第かしら」
「……なるほど、グルか……!」
「何のことかしら? 御者をあんまり待たせるものじゃないわよ」

2人で馬車に乗るのを見送った店主は大きく息をつく。

「本当に大きくなられた。ライヤ様であればアン王女を孤独を癒せるでしょう……」

独り呟いて踵を返し業務に戻る。
願わくば、2人の将来に幸があらんことを。

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