帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る

すかい@小説家になろう

温泉①

 シャノンさんの作った車型の魔道具は、よく言えばオープンカー、悪く言うなら遊園地で見るような、屋根のない構造の乗り物だ。荷物と合わせて四人が乗るには十分なスペースがある。
 全員が準備を整え、魔物の森に背を向け走り出す。と同時に、背後の森から白い光があふれ出た。
  
「あれは……」
「なにがあったかわかるのか?」
「ルナリア様が最後におっしゃっていた聖魔法かと思われますが、あの規模となるとどのような魔法か見当もつきません」
  
 ルナリア様はシャノンさんと並び、ルズベリーの大魔法使いの一人である。
 王女という立場上、目立った戦果もなく注目されることはなかったが、使用する魔法に聖魔法のような特殊なものが多く、高位の魔法使いの間では話題に上がることが多いそうだ。
  
「優しそうな王女様ってイメージしかなかったけど、すごい人だったんだな……」
  
 そもそも王女様ってだけですごい人なんだ。この世界に来ていきなり出会ったのが王女の一人と国を代表する大魔法使いの一人。そのあとも立て続けにそう言った身分の人たちと交流してきたから感覚が狂っていた。
  
「今の時点で森で大きなエネルギーの衝突は感じられません」
「ルナリア様がうまくやったと考えていいかな?」
「楽観視はできませんが、少なくとも安全にこの場を離れることはできるかと」
  
 大丈夫だと信じて、戻ってあの魔物と衝突するようなことになればすべてが無駄になってしまう。
 状況がわからない以上当初の予定通り聖都を目指すべきだろう。
  
「話を聞いている限り、少し余裕ができたのかしら?」
「ひとまずは大丈夫だと思われます」
「そう。ならこんな肩ひじ張らず、楽に行きましょう」
  
 ロベリア様は徹底してこの事態に対して軽い反応を繰り返す。もちろんそれが無理をしたものであることは、全員がわかっていた。から元気のようなものだが、いまはそれに乗っかろう。
  
「楽にって言っても、意識すると難しいなあ」
「楽しいことを考えればいいのよ。たとえばそうね……。ルズベリーを離れて聖都へ向かうなら、しばらくこういう旅が続くのでしょう?この旅でしたいことを考えましょう」
  
 旅でしたいこと……。
 そもそもこのメンバー、王女、元宮廷魔法使い、貴族の娘なはずなんだけど、旅に対して抵抗がなさすぎると言うか、新世界での生活を考えるとワイルドすぎるところがあるけど、この世界はみんなそんなもんなんだろうか……。
  
「あ、聖都に向かう時にあえて山の方いかない?」
  
 ミュリが提案する。
  
「確かに、魔物の追手がないとも限りませんし、そのほうがいいかもしれません」
  
 シャノンさんはあくまで真面目だ。
  
「違うでしょ、シャノン。あっちに行って楽しいことといえば」
  
 ロベリア様はあくまでも楽しんでいる。
 気を使っているとか無理をしているとかではなく、本当に気が緩み始めている気配すらある。
  
「温泉だよ!温泉!」
「温泉が湧いてるようなところがあるのか?」


 ミュリが嬉しそうにロベリア様の言葉に続く。
 こんなタイミングで温泉という言葉が聞けるとは……。


「あなたが前に言っていた火山があるわ」
「ソラも好きでしょ?温泉。わざわざ新世界にも大浴場を作ったくらいだし」
「あれは良かったです……」
  
 この世界は何となく俺が想像している西洋っぽいイメージが結構反映されていて、湯船にゆっくりつかるという習慣はなかった。
 我慢しきれず土魔法を駆使して湯船を作り、水魔法と火の魔法をつかって自作の風呂を作って楽しんでいたところをロベリア様に見つかった結果、新世界に大浴場が作られた。
  
「火竜の山脈には温かい水が湧き出るところがあるって聞いたことあるよ!」
「それはまさに温泉だろうなぁ」
「それをうまく土魔法で貯めることができれば、温泉になる。そうでしょう?ソラ」
  
 風呂の話をした時に確かに温泉の話はした。
 この世界にも火山があることが分かり、それなら温泉もあるのではという話はしていたが……。ミュリはそこまで知っていたのか。そして、まさか本当に行くことになるとは……。
  
「確かに火山と温泉はイメージの中ではセットだけど、当然危ないぞ」
「大丈夫よ、いざとなったらシャノンとあなたの魔法でなんとでもなるでしょう?」
  
 ロベリア様は火山を舐めていた。
  
 それからしばらく、もちろん足を止めることなく車で移動しながらだが、火山の恐ろしさを説明する。
 シャノンさんが百人いれば止められるかもしれないが、いくら魔法が使えたところで、天災に立ち向かえるほどの力はない。
 この世界の火山の実態は知らないが、“火竜の山脈”と呼ばれている時点でこの辺の知識がないのだろう。天候も比較的穏やかだったし、地震らしい現象もあの魔物たちが一斉に復活した時に感じた揺れだけだ。海も見たことがないので津波など知識があるのかさえ怪しいものだった。
  
「わかったか?火山を舐めちゃいけないんだよ」
「ソラの言うことはわかったわ。でも、行きましょう」
「ええ……」
  
 ロベリア様は基本的に人の話を聞いていなかった。
  
「まあまあソラ、火竜の山脈は大丈夫だよ」
  
 すでにノリノリなミュリも止める気配はない。
 一人事態に付いていけないシャノンさんは、ロベリア様に言われるがままに“火竜の山脈”にむけて車を走らせた。
  
  
  
「なるほど……ほんとに火竜の山脈なんだな……」
  
 遠目に見える小高い山の向こうに、火を吐きながら飛ぶ爬虫類の姿があった……。
  
「こんなところで竜を見るなんて……ギルディア様やベイルも言ってたし、やばいやつなんだよな?」
「いや、あれはただの竜だから、私でも一対一なら勝てるよ?」
「ん?どういうことだ?」
  
 “龍”と“竜”には別の意味が込められていた。聞いているだけでは判別がつかないが、その辺は話のニュアンスで判別しているらしい。
  
「お兄様たちの言う龍は、半分神様みたいなもの。竜はただの飛ぶトカゲ」
「飛ぶトカゲって……」


 異世界憧れの動物の筆頭であるドラゴンも、ロベリア様にかかればただの飛ぶトカゲになってしまっていた。伝説の生物も形無しである。


「もちろん、ここにいる方々が少し特殊なだけで、竜でも一匹で小さな村を破壊できる“天災”として恐れられる魔物ですよ……」
  
 シャノンさんがしっかり補足してくれたが、ロベリア様のせいでもうただの飛ぶトカゲにしか見えなくなってしまった。
 同時にこのメンバーが天災に対して無警戒である理由もわかった。ただの飛ぶトカゲが天災と呼ばれているのなら、天災に対して脅威を感じることはないだろう。
  
「とにかく、あれなら危険はないでしょう?」
「危険はないけど、あれのせいで火山って呼ばれてるんであれば温泉は期待できないぞ?」
「それも大丈夫よ、ソラのいう火山もちゃんとあるわ」
「私が直接この辺にはお湯が湧いてるって聞いたことがあるんだから、温泉はあるよ!」
「じゃあ結局危ないんじゃないか……」
「あの竜がいる山よりさらに奥、私たちは火ノ国って呼んでる国があって、そこの人たちが結界を張ってから爆発は起きていないのよ」


 火ノ国……。一般人にとっては脅威である火竜の巣に囲まれた火山地帯に住む者たちがいるらしい。
 ルズベリー王国との交流はないが、山を一つ挟んだ隣国の一つだそうだ。


「あまりこの火山から出てこないみたい。もちろんこちらから行くのも難しいところだし。まあそんなわけだから、安全でしょ?」


 ロベリア様の言葉にミュリが付け加え、安全性を強調する。
 火ノ国とやらが謎に包まれている以上、なんとも言えないところではあるが、まあ2人がいうなら無理に反対することもないだろう。


「この辺なら火竜も火ノ国も干渉して来ないんだな?」
「そうね、国境はあくまで火竜の住処より内側のはずだから、仮にあの火竜を撃ち落としても問題はないわ」
「いやいやなんの罪もないトカゲ殺したくないよ」


 山の方では小さく竜の姿が見えていた。一匹ならミュリでも勝てるようだし、この距離なら大丈夫か。


「まあ問題は、温泉を見つけられるかだよな」
「それでしたら問題ありません。先程から地下を魔力探知しておりましたので、ソラ様の言う温泉と思われる水脈を発見しています」


 何事にも全力で真面目なシャノンさんのおかげで、最大の難関も取り払われた。


 もうこうなったら楽しもう。正直遠征が始まって以来気を張り詰め続けてきたところがある。もちろん警戒は続けるが、こういった休憩も時には必要だ。ずっと気を張り詰めてたらどこかで綻びが生じるかもしれないし……。
 一緒に戦ってきた人たちへの申し訳なさか、頭の中をぐるぐる言い訳が駆け巡る。


「なにやってるの?ソラ。早く温泉を掘りなさい」
「犬みたいな扱いだな!?」


 そんな葛藤は、ロベリア様の言葉にかき消された。


「大丈夫よ。あなたは良くやっている。今くらいこうして過ごしたって、誰もあなたを責めないわ」


 すれ違いざまの一瞬だ。こちらが返事をしようとした時にはもう、シャノンさんとミュリのところまで行ってしまっていた。
 ずるい人だ。本当に……。





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