帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る

すかい@小説家になろう

不穏な遠征

 ベイルを倒した魔物は、単体で現れたらしい。
  
「ゾンビに近いといったが、こいつも人の死を連想させるものだったんだよ」
  
 それは、骨だけで構成された戦士だった。
 俺のイメージではその手の魔物は、RPGの中盤辺りで出てくるが、あくまでよく出てくる雑魚キャラだ。“はじまりの森”といえるこの森ですでに人間一人では相手できない魔物が出てくる世界なのだから、中盤に出てくるようなイメージの魔物は確かに脅威だろう。だが、この魔物の森と向き合い続けてきた国の中でも、最強の男が負けたとなれば、話は変わる。
  
「そんなに強かったのか」
「いや、強さで言えばそうだな……一般の兵士、三人がかりで相手になるかどうか、かなあ」
「いまのこちらの戦力を考えると、十分脅威だな」
「まあ、その時はここよりさらに奥に踏み込んだからねえ」
  
 領民が半数以上を占める戦力であることを考えると、兵士より強い相手がいるというだけで恐るべき事態だった。今のところ狼男が兵士と一対一なら互角かどうかといった程度で、それ以上の強さは確認されていない。単純にその三倍だ……。
  
「一応聞くけど、今相手すれば勝てるんだよな?」
「相手がその時と同じ強さなら、ね」
  
 魔物の強さは種族で一定である。人間のように、強いやつ、弱いやつという個体差は基本的には見られない。


「成長する可能性があるってことか……?」
「私との戦いの中で、学習するところは見せていたね」
「それは、本当に厄介だな」
「いや、ここまでならまだ良かったんだ」


 その魔物は、死ななかった。


「何度斬っても、壊しても、すぐに再生した」
「まじかよ……」
「一度に全てを吹き飛ばせばさすがに再生はしないと思うんだけどね」


 アンデッド系の良くある話といえばそれまでだが、スライムでも苦戦する世界であることを考えれば洒落にならない。


「一匹だけのボスキャラって考えていいのか?」
「いや、複数出てきてもおかしくないよ。竜ですら私の会った一体だけではないんだからね」
「そうか……」


 しかし、いままでのランク付けを根底から崩す話だな……。狼男をBランクとするなら、同じ強さで耐久力の高いゾンビは少なくともその上にするべきだ。ましてベイルが勝てなかった魔物などはもうどうすればいいのかわからない。


「さてと、そろそろ兄のことを話そう」
「ああ」
「そうだね。ずいぶん横道に逸れてしまったけど、ようやく本題だ」


 ギルディア王子とベイルは、この話を受けて戦力の増強に努めた。ここまでは良い。


「ただね、兄の戦力の増やし方は、異常なんだよ」
「そうなのか?」
「考えても見てくれ。一万の兵士だ」


 一万……。専属で兵士をやらせておくには確かに物々しい数だ。


「最も、数だけならまだよかったんだ」
「ほんとにこの話、次から次に悪い方向にばかりすすむな……」
「目前に迫った戦いを前に、主力と言っていい二人が時間を取って話しているんだ。それなりの話じゃないとね」
「実際には戦いが始まるまで暇人二人なんだけどな……」


 苦笑するベイルだったが気を取り直し話を進める。


「この一万、どこから調達しているかと言うと、おもにスラムの子供たちだ」
「スラム……」
「兄、ギルディア王子の納める領地は広く、また身分ごとに明確に境界線の敷かれた構造だ」
「そういえばそうだったな」


 城を中心に何重かの壁で囲まれていたギルディア領を思い出す。


「結果的に格差は明確になり、どうしてもそういった地域は生まれてしまったわけだ」
「そこから兵士を?」
「ギルディア王子は差別をせず、どんな身分にもチャンスを与え、どんな種族でも敬意を払う。これが国民の兄に対する印象だ」
「まあ、やたら懐の深い人ではあったしな」
「実際は、少し違う」


 ベイル曰く、ギルディア王子が採用したスラムの子供のほとんどが、消息を絶っている。


「秘密裏に遠征を繰り返しているんだよ、兄は」


 王族の呼びかけによって行われる遠征では被害がほとんど出でいない。それは森の表面をなぞるだけのような、簡単な攻撃で終わるからだと、ベイルは言う。


「実際、森の奥地を探索しようと思えば、被害は避けられない」
「一応、うちも同じようなことしてるんだけどな」
「シャノンとソラが二人で5人程度を守るなら、そりゃ被害なんて出ないだろ」


 それだけの力を持った相手に、わざわざ強敵は挑んでこないと付け足す。


「そういった遠征では、ギルディア王子の兵士団の場合50人のうち15人ほどは帰ってこない。
「そんなに……?」
「ソラは実際に兄の兵士団を見ているだろう?」
「ああ、だからこそ信じられない。あの人たちがそんな簡単に……」
「違う。あそこにいたのは一流の兵士たちだ」


 秘密裏の遠征にかりだされるのはほとんどがスラムから連れて来られたばかりの、まだ兵士ともいえぬ子どもたちである。


「どうして、そんなことを……」
「一流の兵士を使っても被害は免れないんだ。身元の分からない子供たち出探索を進められるなら、そうするだろう」
「どうしてそうまでして」
「北部を少し進めば、私が例の魔物と戦った地点がある」
「まさか」
「ギルディア王子は、あの魔物に思うところがあるんだろうね」


 シャノンさんんの話を思い出す。
 ギルディア王子の二つ名は、死神。死を操ろうとしている。




「待て、話を聞いてる限りお前も森に詳しすぎないか」
「もちろん、私の騎士団を率いて公にせずにこの森を探索することがあるからね」


 主にギルディア王子やベイルが探索するのは森の北側であり、新世界はそこからみるとかなり南になる。


「北部には山岳があり、ここに竜がいる。これが関係あるかどうかは知らないけど、南に比べると浅い位置でも強敵とぶつかるんだよ」
「まだ強敵が出てくるのか……。話に付いていけなくなってきそうだ……」
「まあそう言わずに付き合ってもらいたいところだけど、確かにそろそろ時間も時間だし、まとめようか」


 気付けば夕暮れも近づいている。電気のない世界だ。わざわざ視界を確保するために魔力を使って光を求めることはせず、夜の森には近づかないことが鉄則になっている。


「兄に気をつけろ、といった理由だが、彼は死を操ろうとしている」
「それは聞いてる」
「そうだろうね。だからら私からは、この情報を伝えておこう」
「嫌な予感しかしない……」


 話を聞くだけでフラグが建つ気配がびんびんする。


「兄は、今回の遠征で動くつもりだ」
「動く?」
「兄は、一万の兵をすべて連れてきている。その上で、北部への配置を希望してきた」


 普段ギルディア王子が遠征に参加するときは、戦力はせいぜい3000人いれば多いほうだそうだ。それが今回は、すべての戦力を連れてくる。


「間違いなく何かあるな……」


 嫌な予感は的中する。


「北部で何かあればすぐに君たちに伝えるようにするけどね」
「俺たちはいつも通りでいいのか?」
「そうだね、むしろいつもより暴れてくれると助かるかな」
「暴れていいのか?」
「そちらで大きな動きがあれば、こちらの話など大したことではないと笑い飛ばせるだろうからね」
「それ、意味あるのか……?」


 ベイルとの二人旅は、結局のところどれだけの意味をもったのかはわからない。
 確実に言えることは、次の遠征は今までと違うということだけ。強敵が出現し、ベイルが苦戦し、俺が活躍するような話も期待できるかもしれない。


 異世界に来て一度もピンチらしいピンチに陥ったこともないし、次もなんだかんだなんとかなるんだろう。まさにこれがフラグ建設な気もするが、先のことだ。今考えたって仕方ないだろう。



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