帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る

すかい@小説家になろう

ベイルと魔物の森

 ゾンビの魔物を倒した後、二人で周囲を探索する。


「いない、な」
「おかしい。ゾンビだけじゃ無い、魔物が全くいない」


 ゾンビを倒した地点を中心に範囲を広げながら円状に探索を進めたが、不思議なほどにゾンビどころか魔物を全く見かけられなかった。


「森で魔物がこんなにいないこと、あるのかい?」
「少なくとも新世界の周りではなかった。倒してもいつの間にか湧いてくるし」
「強い個体ほど数が少ないという、希望的観測もできるけど」


 確かにそうだが、それで済ませるのは危険だろう。


「奥に踏み込んでみるか?」
「いや、魔物がいないならちょうどいい。少し話しておきたいことがある。休憩にしないか?」


 ベイルは普段のおどけた様子を抑え、こちらを見据えた。


「真面目な話か」
「割と、ね。どこから話そうかな」
「まあ、暇人同士だし、のんびり聞くさ」




 手頃な木を二本切り倒し、切株を椅子にする。本当に森での行動全てが三下の悪人のそれで気になるが、どうせ一度は更地にしなきゃいけないんだ。いいだろう。


「暇人同士のんびりと、か。なら、その剣のことから話すか」
「剣?」


 ギルディア王子から授かった剣を見ながら告げる。


「ギルディア王子はその剣をなんて?」
「竜にまつわるものだと。竜を倒したのか、竜の体を素材にして作ったのか、そういった逸話のある剣だと」
「ああ……。それはね、どちらも不正解なんだよ」
「なんであんたがそんなことわかるんだ……?」


 この剣はギルディア王子が所有していたものだ。ギルディア王子の言葉をベイルが強く否定できることには違和感がある。


「その剣はね、私がギルディア王子に渡したものなんだ」
「え……?」


 ギルディア王子は貰い物を渡したのか?いや、それにしては何も言っていなかったし、何も悪びれる様子もなかった。ベイルが嘘をついているのか?


「竜にまつわる剣であることは間違いないよ。だけどね、それは竜にもらった剣なんだ」
「竜に……?お前は竜に会ったっていうのか?」


 竜は実在する。これは事実としてこの世界に広まっている。だが、どこにいるのか、どんな存在か、そういったあらゆる情報がないのだ。例えるなら邪馬台国や卑弥呼と同じような感覚だ。


「この森を北に進むと、大山脈にぶつかるんだ。険しい山々をいくつも越えた先に、竜はいる」
「すぐに信じろっていうのは無理があるぞ……」
「わかってるよ。これから話す内容全てがこのレベルだ。信じる信じないは一旦置いておいて、最後まで聞いてくれ」
「わかったよ」


 ベイルはこれから何を話そうというのか……。こんな都市伝説のような信憑性の薄い話を重ねるつもりらしい。


「ギルディア王子の噂は知っているね?」
「ああ……」
「ゾンビを見て、君はどう思った?」
「難しい質問だな……。俺からすれば存在を見たのは初めてでも、概念はあったから」
「私が竜と会った時と同じか」
「竜とゾンビを並べるのは流石に竜に申し訳ないような……」
「確かに、竜は叡智の塊であり、力の根源であり、全ての支配者と言っていい」
「神様みたいだな」
「そうだね、この世界の神は、もしかしたら竜かもしれないね」


 さらっとそんなことを言うベイル。半信半疑ながらも興味がわく。


「竜の話、詳しく聞かせてくれ」
「構わないけど、この話は掘り下げてもそんなに面白くはないよ?」
「まあまあ、時間はあるんだ」
「そうだな……」


 10年以上前の話らしい。当時まだ騎士団に所属していなかったベイルは、遺憾無く"戦闘鬼"としての力を奮っていた。
 ほとんど全ての機会で遠征に参加し、誰よりも早く、深く森に踏み込んだ。特に苦戦することもなく戦い続けていたベイルだったが、ある日、初めてみる魔物に圧倒され、なんとか逃げ延びた経験があったと言う。


「お前がそんなことになるような魔物がこの森にいるのか……」
「ああ、とはいえあの頃の私はとても弱かったのだけどね」


 こいつの基準は当てにならない……。少なくとも遠征中、単身で森の奥深くに踏み込めるだけの実力はあったことは確実なのだから。


「右も左も分からないまま走り続けていたら、竜がいたんだよ」
「えらい唐突だな」
「そうだね、その時、私はどうしたと思う?」
「聞いてる限り剣をくれるくらい友好的な竜なんだろ?助けを求めたんじゃないのか?」
「いや、それがね、斬りかかっちゃったんだよ」


 呑気そうに笑いながら告げる。


「竜って、斬りかかったら勝てそうな相手なのか……?」


 自分の中の竜のイメージは、恐竜に羽が生えたようなものだ。大きさに違いがありすぎて、斬りかかったところで勝てる気がしないどころか、傷をつけられるイメージも湧かない……。


「いや、概ね色んな人が理解している姿形、大きさをイメージしているならそれだ。斬りかかって勝てる相手ではないよ」
「じゃあなんでそんな無茶したんだよ」
「いやぁ、必死に逃げてさ、ようやく落ち着いたと思ったら目の前に竜だよ?もうパニックだったんだよ。気付いたら斬ってた」


 さすが戦闘鬼……。


「まあ結果は分かりきってたけど、竜には触れることすらできなかった」
「俺のイメージだと竜って結構でかいんだけど、触れられない程早く動くのか」
「いや、おそらく竜の魔術の一つじゃないかな」


 存在そのものが最強と言っていい生物が、よくわからない魔術まで使う……。勝てる相手じゃないな。


「変わり者の竜でね、一通り相手をしてもらった後、その剣と、この力をもらった」
「力……?」
「私の強さ、少し常識から外れてるようには思わないかい?」
「自分で言うのかよ……。まあ確かに、この世界で色んな人間を見てきたけど、あんたは特別おかしいよ」
「それがまさに、竜からもらった力だよ」


 それまでのベイルは、せいぜい気を使っても身体能力は2倍程度に引き出すのがやっとだったらしい。まして今のような木々を物ともせずぶった切ったり、魔法を切り裂いたりといった人間離れした技は使えなかった。


「なら、この剣って結構大事なんじゃないのか?」
「いや、私にとってはこの力こそが大切だった。実際竜とのやり取りの中でも、その剣はおまけのようなものだったからね」


 その時の遠征を呼び掛けたのが、ギルディア王子だった。剣は戦利品として献上したそうだ。


「兄は持っておけと言ってくれたんだが、その時の俺は丸々三日間行方不明になっていた。迷惑をかけた分、何かをしなければ示しがつかない」


 王族としての誇りのようなものだった。三日間、森の奥で竜と戦い続けた。竜を倒し、手に入れた剣がこれだと、大々的に広めることによって、三日間行方不明の原因を説明した。


「さて、ここからが本番だよ」
「結構ここまでで色々な情報を聞いて、頭がパンクしそうなんだが」


 だからつまらない話だと言ったのに、と言っているが、この話はこの話で結構重要だ。


「最初に戻るよ。私を倒した魔物の話だ」
「この森にそんなのがいるんだとしたら、普通もっと大々的に伝えておかないか?」
「そうしたら、遠征が行えなくなるだろう?」


 なんだかんだ言ってもこの国にとって遠征は重要だ。これによって領地を拡大し、そこから人の動き、金の動きを作って国を潤わせている。
 遠征はある意味国民の娯楽でもある。死ぬことはほとんどない。稀にけがをすることもあるが、一方的に魔物を倒していくわけだから、スポーツ感覚で楽しんでいる節もある。もちろん兵士になると話は変わるが、志願してやってくる領民たちの中にはそういった感覚のものも一定数存在する。


「森の魔物は弱くないといけないんだ」


 これが、二人の王子の共通見解だった。国民には相変わらず安全が確保された狩りとして認識させる必要がある。


「このことを重く受け止めた私と兄は各々戦力を整えた。兄はそれまで1000人もいなかった私兵団を1万人規模にまで拡張している。私は、知っての通り王都の戦力をまとめ、あの魔物に対抗できる戦力を整えたつもりだ」
「逆に言うと、そのくらいその魔物が強いってことか」
「そういうこと。その魔物なんだけど、今回のゾンビと無関係じゃないと思うんだよ」


 いよいよベイルですら勝てなかった魔物についての説明が始まった。



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