帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る

すかい@小説家になろう

戦闘姫の想い

 ロベリア様の要求は単純だった。 
   
「私を強くしなさい」 
   
 さすが“戦闘姫”と言ったらちょっとドヤ顔で 「ふふん」 とか言い出した。褒めてない。 
   
「あなたが気の扱いを身につけたことはもうわかっているの」 
「そういうのって言わなくても気付くものなのか」 
「王家は元々そういうのを見抜く目に長けてる人間が多いのよ」 
   
 そういえばギルディア王子もそんなこと言ってたな……。 
 気を扱えるようになったことは、言うタイミングを逃して言えなかった。なんか自慢みたいになるしいいかという思いも少しあったが。 
   
「気も魔法も扱うあなたなら、今の私の状況を少しくらいは改善できないかしら」 
   
 普段の強気な様子が少し薄れ、期待するような眼差しを向けられる。 
 確かに気を扱えるようになって、ロベリア様にも応用ができそうな話はいくつも思いついている。自分でも実験した。だが……。 
   
「ロベリア様はもう、“戦闘姫”は卒業した方がよくないか」 
「何を言っているの?」


 いつもよりきつい視線に晒される。
 

「戦力は俺とシャノンさんで十分すぎるほどだろう?無理に王女が前に出て戦う必要はもうない」 
「それでも、あなたはそのうちいなくなる」 
「俺にいなくなるつもりがないんだ、大丈夫だろ」 
「それでも」 
「少なくとも、ロベリア様を王にするまでは帰るつもりはないぞ」 
「生意気ね……」 
「ロベリア様が言ったんだろ?待ってる人がいるかもしれない、その時に一緒にこう言ったはずだ。向こうに未練もあるだろうって」 
「そうね、言ったわ。そしてあなたは」 
「ないと言えば嘘になると答えた。だからこそだ」 
   
 だからこそ、今回ここで心残りを作って帰るわけにはいかないんだ。 
   
「もうすでに、俺の中でロベリア様やシャノンさん、ミュリは、この世界から離れる心残りになってるんだよ」 
「そんなことを言ったって……。」 
「だからせめて、だ。せめてロベリア様を王女にするっていう一区切りがつくまでは、俺がずっといる前提で話を進めてほしいんだよ」 
「そう……」 
   
 ロベリア様は複雑そうに百面相を見せていたが、最後は諦めたようにため息をついて、こう言った。 
   
「わかったわ」 
   
 ロベリア様が王女になった時、俺が帰るかどうかはわからない。いまだに謎の多い召喚魔法だ。呼ぶことができても送り帰すことができるのかと言えば、よくわからないと返されている。申し訳なさそうに……。
 俺が元の世界に戻れないことは、ロベリア様にとってずっと心に刺さり続けるトゲになっている。そういうことは、ひとまず自分のことが落ち着いたら考えてくれればいいのにと思うのだが。


 これは俺がロベリア様を助けたいのと同じなんだろう。ロベリア様に帰れと言われたって、俺はこうして勝手に手助けをしたくなる。異世界を楽しみたいという気持ちが一番だったが、落ち着いてきた今、一番強い願いはロベリア様の手助け、だろう。手近な目標として体よく使っている気もしないでもないが、それでもいい。俺の自己満足で彼女を助けられたなら、今度は彼女の自己満足に付き合わないといけないだろう。 
 でもそれは、全部終わってからの話だ。 
   
「あなたを帰すのは、しばらく保留にする」 
   
 俺の異世界生活を続ける夢が、一歩前進した瞬間だった。 
   
「その代わり、私を強くするという点は飲んでもらうわ」 
「なんでだ」 
「あなたがいるかいないかじゃない。私がそうありたいからよ」 
「戦うことが好きだからか?」 
「違うわ」 
   
 ロベリア様はいつもの睨みつけるような冷たい目ではない。熱い思いを込めた瞳が、真剣な表情に浮かんでいた。  
   
「私が王になるから、よ」 
「王が強くないといけないなんてことはないだろ?」 
「普通はそうかもしれない。でも、私が王になるのなら、強くないといけないのよ」
「ロベリア様が王になるなら……」
「私の理想はね、人を上から動かすのではなく、同じ地に立って引っ張っていく王なのよ」 
「だから、強くなりたい?」 
「そうよ。誰よりも強くありたいとは言わない。そんな必要はない。ただ、私が先頭に立って進むことができるくらいの強さは、欲しい。いえ、必要なのよ」 
   
 言いたいことはわかる。ロベリア様がどうしてこれまでわざわざ戦ってきたのかも理解できた。もちろん、自分の性格的な側面も大いに影響しているだろうが、それでもロベリア様の想いを聞けば、無碍にはできない。 
   
「あなたは私を王にするんでしょう?私を強くすることは、その目的に直結しているわ」 
「そう言われてしまうと、断れないな」 
   
 直前の台詞を否定するわけにはいかない。ロベリア様の想いも伝わった。 
 何より、この調子ではロベリア様はほっておいても無茶をするだろう。なら、教えられることは教えておいた方がいい。
   
「ただ、できるかどうかはわからないぞ」 
「あら、誰に言っているの?私がやるというのだから、必ず成し遂げるわ」 
   
 らしさが戻ったロベリア様に、気の扱いを魔力に応用する方法を教えることにする。 




「気は体内で、魔力は体外で作用する。これはいいな?」 
「ええ、わかっているわ」 
「ロベリア様は魔力は膨大に所持しているが、魔法を扱うことはできない」 
「そうね……例外はあるけれど」 
   
 例外と言うのが俺を召喚したあの魔法だった。あの魔法、シャノンさんがやったものだとずっと思っていたが、実は理論を文献から読み解き、魔法陣を書き、発動へと持っていったのはロベリア様だった。 
 最も、一番難しい魔力をコントロールする部分はシャノンさんをはじめとしたあの時の黒い服の人たちが行っていたので、誰の魔法だというのは厳密には言えないが。 
 ちなみにあの人たちはシャノンさん同様、国の直属の魔法使いたちだった。一人一人がその辺の魔物なら瞬殺できる使い手だ。今考えるとあの部屋、化け物の巣窟だったわけか……。 
   
「まあ、とにかく魔力が膨大にあること、それを人を介すれば渡したり、使ったりできることはわかってるんだな」 
「よくわからないけど、シャノンに頼めば私の魔力は問題なく使えるわ」 
   
 ロベリア様の問題は、自分で魔力をコントロールできないという点だけで、魔力が外に解放できないとか、そもそも魔力を持っていないというものではない。これが希望になった。 
   
「魔力は体外に出れば出るほど、要するに身体から離れれば離れるほどコントロールが難しい」 
「そうなの」 
「イメージすればわかると思うけど、俺が目の前で爆発を起こすのと、そうだな……あそこに見えてる木に向けて爆発を起こすのだと、扱いが難しそうなのはわかるだろ?」 
   
 200mほど離れたところにある木を指さす。 
   
「そうね、。なんとなく想像できるわ」 
   
 魔法が使えないながらもイメージだけは伝わったらしい。十分だな。 
   
「魔力は身体の中では力を発揮しない、でも、離れれば離れるほど力を届けにくい」 
「なるほど。言わんとすることはわかったわ」 
   
 さっそく試しに魔法を使おうとしている。 
 気の扱いを覚えたことによって、体内で作用しようとしているエネルギーも、なんとなくながら感じ取れるようになった。 
 余談だが俺のエネルギー、気と魔力は別のものではなく、同じものな気もする……。そう考えるとロベリア様にもこの膨大な魔力を気として扱ってくれればと思うのだが、そうもいかない。 
   
「駄目ね、体の近くを意識しても、やっぱり……」 
「まあ、いきなりできるものじゃないし、俺も最初同じようなところから始まったしな」
「そうなの?」 
   
 気の扱いを覚える中、最初にぶつかった壁が「体内で魔力を使うのは怖い」という感覚だった。この経験のおかげでなんとなくロベリア様の今の状況がわかる。 
   
「だから、これを使ってみよう」 
   
 一本の剣を渡す。こんなこともあろうかと、キンズリー家で王族が使うのにふさわしい剣を見つくろってもらっていた。王族が使う、というより、ロベリア様の魔力に耐えられる、という条件だったが。 
 俺の受け取った宝剣と違うのは知名度くらいなもので、性能的には十分国宝に匹敵する剣だ。俺の剣は竜にまつわるものでインパクトがあったが、ロベリア様は鬼を斬った剣であるとされている。鬼の知名度はかなり低いらしい。知っている人の中でも、鬼はその存在が確認されていない空想上の生物であるというのが普通だった。竜は実在するのに……。


「キンズリー家から、ロベリア様との友好の印に、と」
「でも……私、自分のが」 
「ロベリア様、剣に思い入れないだろ?」 
   
 一度魔物と戦いながら、剣を投げて魔物に突き刺し、そのまま捨てているのを見ている。ロベリア様にとって剣は消耗品だったのだろう。 
   
「魔力をその剣に乗せるイメージをしてほしい。今までの剣じゃ、たぶん耐えきれないから」 
「確かに、これなら全力で振り回しても壊れそうにないわね」 


 しれっと恐ろしいことを言っている。一応言っておくと、どんなに安物の剣でも人の力で振り回して壊れるようなことはそうそうない……。気も扱わずに剣が壊れることを心配するのは異常だ。


「今まで全力で振り回したら壊れてたのか……」
「物にもよるし、さすがに何回も魔物と衝突させた結果だけどね」


 まあ、実際に壊した実績のあるロベリア様が、自分でこの剣ならいけるというのだから安心しておけばいいか……。


「普段シャノンさんに魔力を渡す時は、どんなイメージをしてる?」
「こう……、手に力を入れる感じで、あとはシャノンがやってくれているわ」


 掌を突き出す。


「そのイメージを剣にまで伝えようとする」
「こうかしら……」


 掌にエネルギーが集まるのを感じる。しかしそれは、あと一歩のところで剣に届いていなかった。体外へ自分の力で出すことが難しいらしい。


「力の流れは出来てる。あとは何かきっかけさえあれば、自然と体の周りくらいになら魔力を集められるようになると思うんだが……」
「なるほど、魔力で鎧をつくるのね」


 直接言わずとも、最終的な目的を自分で導きだすロベリア様。


「最終的には、な。そうなればほとんど気を使いこなすのと同じ効果が得られると思う」
「なら、こんなところでつまずいている場合じゃないわね」


 魔力で鎧を作る、というのはまさにその通りのイメージだった。体外でしか作用しない魔力だが、身体に触れていればそこに作用させることは可能だ。風魔法を応用して腕に推進力を与えれば、普段より早く振り下ろすこともできる。火を拳にまとわせてかっこいいパンチをすることもできる。その場合自分の手を水魔法で守らないといけない上、そもそも火で攻撃したいなら相手に向けて撃てばいいだけなので、実用性は皆無だが……。


「難しいわね……」


 難しい顔をしながら、ロベリア様は剣を片手に試行錯誤していた。俺ができることは剣を渡してイメージを伝えるだけだ。ここからはロベリア様の戦いだ。
 ロベリア様が魔法を剣にまとわせ、使いこなすことができれば、俺と並び世界に二人しかいない魔法剣士が生まれる。いつか背中を守り合いながら、二人で剣を振るう日が来るかもしれない。そんな想像を楽しみながら、悪戦苦闘するロベリア様の様子を眺めていた。



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