帰らせたがりのヒロインから異世界生活を守り切る

すかい@小説家になろう

活躍の兆し

「ちなみにさらっと出てきたけど、遠征って何?」
「すみません、説明していませんでしたね」
「まあ何となくわかるからいいんだけど、要は森に攻撃するってことだよね?」
「はい。王族・貴族の方の呼びかけを元に定期的に森の開拓が行われています」
「割と人間側が好き勝手攻めているように聞こえるけど、どうなの?」
「魔物側は組織だった攻撃こそしてきませんが、森から出てきて人里を襲う魔物は結構いるので、普段は身を守る側ですね」
「なるほど。で、次の遠征ってことはもう誰かが呼びかけたのか」
「ルナリア=ルズベリー王女が。もちろんロベリア様は参加表明されております」
「シャノンさんはその時は?」
「私も付いていきますが、ロベリア様の身は守る以上のことはできません」


 その辺は前もって言っている通りか。むしろ護衛としてなら連れていける分ましといえる。


「ところで戦果ってのはどうやって判断するんだ」
「討伐数もそうですが、回復や囮など、様々な要素で目立った活躍をあげられるかどうかという形です」
「じゃあ仮に誰もたどりつけない奥地で魔物狩りしてても意味はない……?」
「いえ、森は特殊な魔力に覆われていて、若干霧がかったような薄暗さなのですが、その地域の魔物を一掃するとその霧が晴れるため奥地であっても確認は取れます」
「実際問題そんなことにはならないだろうけど、魔物って霧が晴れたらその地を取り返そうと押し寄せてきたりしないの?」
「むしろ霧が晴れないように抵抗こそしますが、一旦霧が晴れてしまえばほとんどの魔物は引きます。霧が晴れる基準は魔物と人間の戦力差といわれていますが、曖昧ですね」
「全滅させる必要がないなら少し気は楽、か……」


 さて、ここで切実な問題がある。四属性魔法の扱いに関して、俺はシャノンさんを上回ったが、実際の戦闘において役に立つ気がしていない。四属性魔法の基礎までしか試していないが、これらの魔法はほとんど戦闘に仕えるほどの威力がない。水属性でいうならせいぜいホースの口を絞って勢いよく水をかけた時の勢い、くらいまでしかコントロールできていない。


「実際、俺とロベリア様だけでそんな戦果が挙げられると思う?」
「現状では厳しいでしょう……お二人で5匹の魔物を倒すことができたら上出来、といったところでしょうか」
「ちなみに認められるためにはどのくらい頑張らないといけないの」
「最低でも100匹の魔物を倒し、それらが居座っていた地域の霧を晴らす必要があると思います。領地を持つためには自ら切り取るしかありませんから」


 結構絶望的だな。まあ四属性魔法だけでは大した戦闘力を持てないというのは、シャノンさんからあらかじめ聞いてあった。
 四属性すべてが扱えるという点は、国家にとって大きな戦力となるが、まずは目立たなければ認めてもらえない。戦果を挙げた後に公表することで、誰にも文句を言わせず爵位と領地、そしてシャノン==ルーズワールという国家の最高戦力の一人を引き抜く武器として利用するべきだという話になっている。


「でもまあ、勝算があるからさっきの提案に至ったわけだよね?」
「もちろんです」


 自信たっぷりの表情はかえって不安を煽る。シャノンさんは口調や見た目こそクールだが結構ドジっ子、というか、抜けているところがある。


「元々マジックなんて覚えてしまえば誰でも使えるものです。私がいくつか戦闘用のマジックを教えれば、四属性すべての魔法が扱えるソラ様なら何の苦もなく魔物を殲滅できます」


 この微妙にいつもと違うテンションが本当に不安を煽る。いや考えすぎだろう。シャノンさんなら大丈夫だ。


「どうして……」


 案の定というか、シャノンさんの思惑は見事に外れてしまった。シャノンさんの想定していたマジックはどれも高度で、魔力の扱いに繊細な作業を要するものばかりだった。
 弟子を何人も取ってきたシャノンさんとはいえ、この年まで魔力に全く触れず育ってきた人間を相手にしたことがなかったのが問題だった。四属性の魔法は変な先入観もなく、スムーズに扱うことができたが、マジックは一つ一つの動作に微妙な力加減のようなものが必要で、扱いきれなかった。


「このくらいのマジックなら扱えるんだけど……」
「いえ、これでは討伐隊を結成している間に森の霧を晴らすほどの戦果は望めません……」


 単一の属性しか使用しないマジックは比較的簡単だ。また、順番や力加減のいらない複合魔法、たとえば火と水を同時に出して大量の水蒸気を発生させるといったマジックなら扱えた。が、もちろんそれらは戦闘に大した効果を及ぼすものではなかった。
 ちなみにシャノンさんのマジックは火の魔法をビームのように打ち続けていたり、風の魔法で家一軒分くらいの土地を無理やり圧縮して空間ごと潰すといった大技だらけだった。もう少しマジックや魔法の扱いに慣れなければ扱いきれそうにない。たとえばビームを討とうとしても力が収束せず、火炎放射のようになってしまったり、攻撃力を伴わないレーザーポインターのようなものになってしまったりといった状態だった。


「マジックは誰でも使えるというわけではなかったのですね……」


 シャノンさん自身は言うまでもないが、そのシャノンさんに弟子入りするような魔法使いたちも基本的には優秀だったのだろう。故に、今日にいたるまでマジックは「やればできるもの」として認識されてきたらしい。
 実際には簡単なマジックはともかく、使用する魔力が自分の扱える魔力を超えていたり、マジックを構成する一つ一つの要素に対して力量が追い付いていなければ、そのマジックは発動しなかった。
 魔力は総量の問題ではなく、一度に放出できる量の問題もあった。たとえば100の魔力を持っていても、一回の魔法で1しか使えない魔法使いもいる。一方で総量が10の魔力しか持たない魔法使いであっても、一度にそれを使いきれるのであれば、前者と一対一で戦えば勝ってしまう可能性が高い。
 もちろんこんな極端な話ではないが、今の俺は一度に扱いきれる魔力の量が少なすぎた。シャノンさんは覚えたての水魔法であっても、津波のような水の塊を出すことができたのに対し、俺はペットボトル一杯分程度しか出せなかった。これではまともな戦力にならないだろう。


「すみません……」
「いや、色々試したおかげでわかったこともあるし、何とかなるかもしれない」


 こういうときこそ科学の力を活用するべきだ。特に優秀な学生だったわけでもない俺でも、この世界では持ちえない知識を持っていることはわかった。
 シャノンさんにできて俺にできないことを整理する。一度に放出できる最大量の違いもそうだが、俺はいま“手加減”っていうのができない。出せるだけをすべて放出しきってしまう。


「魔法を扱い始めた方にはよくあることです。むしろマジックはこの現象を自動的に制御してくれているのですが……」


 ということだった。マジックに頼れずに自分がコントロールしようとしているのも問題らしい。
 魔法は慣れとイメージだ。俺がシャノンさんのように扱いきれないのは慣れもあるが、魔法というものがどういった原理で作用しているのかわかりにくいものほどうまく扱えなかった。
 逆にいえば、俺にとってイメージしやすい現象は、シャノンさん以上に使いこなせる。


「シャノンさん、ちょっと離れてて」
「何をするおつもりですか?」


 水魔法をイメージする。魔力が水素を作り出すイメージ。本来爆発を起こして水が生まれるという流れをイメージから除外する。水ではなく水素だけを集める。
 見えないので保証はないが、こちらが気をつけている限り水素はコントロールできた。水や火を扱うときもそうだが、空中で停滞させられる。このまま少し離れたところに水素を持っていき。


 ポンッ!


「ひっ!」


 火をつける。水素の量が大したことがないのでポップな音とともに小爆発が起きる。ついでにシャノンさんの可愛らしい悲鳴も聞こえて一石二鳥だった。
 中学校の理科で習う程度の知識しかない。色々な条件で魔法という現象が都合よく作用し、俺の知らない問題点を潰してくれたのかもしれないが、なにはともあれ実験は成功した。原子を作るという点に関してだけはシャノンさんより早く、なぜかこれだけは量もほぼ無制限に行えた。単純作業なら問題ないらしい。


「何を、やったのですか?」


 悲鳴を上げたのが恥ずかしかったようで若干顔を赤らめながら聞いてきた。
 説明と、何度か規模を変えての実験を経て、シャノンさんからお墨付きをもらった。


「このマジックなら、十分な戦果をあげられるでしょう」


 何度も繰り返し行ううちに、最初のように水素に絞って扱って、あとから火の魔法を発動して……といった作業は自動化できていた。一連の流れがマジックとして成り立ったということである。


「しかし……魔法を覚えてすぐにオリジナルマジックの開発ですか……今ソラ様の魔法使いとしての能力は間違いなく国内屈指、三本の指に入る大魔法使いですね」
「そんなおおげさな」


 と思っていたが、ロベリア様に報告したところで考えを改めた。


「嘘、でしょ?」
「実際にご覧になられたのでわかっているとは思うのですが、事実です」
「男が魔法を使えるというだけで十分驚愕に値するというのに……四属性魔法をすべて操り、魔法を習得したその日にオリジナルマジックを開発……こんなもの今公表しても誰も信じないわね……」
「そんなにすごいことだったのか……」
「ですので、次の遠征はこの上ないチャンスとなるでしょう」
「そうね……。目撃者を増やすためにも、領民に声をかけ討伐軍を結成するわ」
「ロベリア様が軍を伴って遠征に参戦されるというだけでも異例ですし、注目を集めることができますね」


 これまでロベリア様は森への遠征、討伐へは積極的に参加しておらず、国王自ら率いての大規模侵攻の時を除けば軍を持たずほぼ単身で乗り込んできたらしい。
 無茶苦茶な王女だと思ったが、基本的には怪我人の救護という形でそんなに目立った動きはしてこなかったそうだ。王族というのは存在そのものが力であり、王女が前線にいるというだけで士気を高めることができたという点が、ロベリア様の最も大きな戦果となっていたようだ。


 とにかく現段階で俺を帰すことしか頭になさそうだったロベリア様が方針を大きく変える程度には、俺の手に入れた武器は大きいものだったらしい。ようやく活躍できそうな兆しが見え、召喚された直後の、あの異世界への大きな憧れと期待に胸膨らむ思いが蘇ってきていた。

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