或る授業の様子

すかい@小説家になろう

或る授業の様子

「文明の奴隷?」
「そう、人類はこの時代、一日のほとんどを何らかの形で文明に奉仕して過ごしていたんだ」


 椅子と机と、教師と生徒。
 簡素な教室で、その日は歴史の授業が行われていた。


「文明に奉仕って?」
「仕事のために時間を使うってことだよ」
「それは、どのくらい?」
「最低でも八時間は奉仕していたと言われている」
「この当時の人たちって、八時間は寝ていたんじゃないんですか?」
「そうだね。ところが色々な記録を見ていると、どうもこの当たりのことは噛み合わないんだ。十時間以上奉仕していた人もいたし、それより多い人もたくさんいた。一方で、十時間寝る人もいれば、四時間の睡眠で生活していた人もいると言われている」
「この当時、人類はもう“進化”していたんですか?」
「いや、君たちのように短い眠りで回復はできなかったはずだし、寿命も百年もなかったはずだよ」
「百年も生きられない?!それなのに、自由な時間は三分の一しかなかったんですか?」
「そうだよ。それはこの前の授業でも、やったはずだよ?」
「あれ……」


 教室に和やかな雰囲気が流れる。


「人類はいつから文明の奴隷だったんですか?」
「それはよくわからないね。もう初めから、人類は文明を進めるために奴隷として生かされていたんじゃないかとも言われているよ」
「初めから?」
「人類が“進化”して生まれてきたころは、木の実を採ったり狩りをして生きていた」
「随分前の授業でやったところですよね?」
「そうだね。それから農業を始めたことで、拘束される時間が増えた。この頃からすでに奴隷としての生活が始まっていたという説もあるよ」
「狩りより農業の方が楽そうだけど……?」
「そうかな?やらないといけないことは多かった。今と違って何でも自分でやらないといけないからね。土を耕して、水をあげて、天候と戦って、他の生き物から守って……もちろん植えたり収穫したりも大変な作業だった。これを毎日毎日繰り返すんだよ?」
「そんなの耐えられないよ……」


 一日に三時間の授業しか行われない学生たちにしてみれば、まさにその姿は奴隷そのものだ。


「そのまま人類は自分たちが進化することなく、文明だけが進化し続けた」
「文明が進化したのは戦争がきっかけだったと習いましたが、そうすると人類は自分たちで殺し合いながら、自分たちの生活を苦しくしていっていたんですか?」
「そうとも言えるね。もちろん彼らにとっては便利なものがたくさん生まれたという側面も無視できないけれど」
「便利なもの?」
「例えばさっきの農作業の話に戻れば、一度にたくさん種を撒いたり、もっといい土を用意できたり、色々だね」
「それなら、生活はその分楽になったんじゃないんですか?」
「残念ながら人類はどこまでも奴隷だった。楽になった分、他の作業を増やし続けたんだよ」
「そんなにやることがたくさんあったんですか?」
「やらなければいけないことはそんなに多くなかったはずなんだけどね。人は増えすぎていたし、もう止められない流れだったんだろうね」
「どうしてそんなことに……」
「農作業のイメージができたならもうわかっただろうけど、より良くしようと思えば、より手間をかける必要がある。当時の彼らは、特にこの地域に住んでいた人たちは時間をかけ続けることを良しとしたんだよ」
「それで、こんなことに……」
「おっと、悪いことばかりじゃなかっただろう?」


 そろそろ授業が終わる。先生が話をまとめはじめる。


「そのおかげで、僕らはこうして暮らしていけるだから」
「そうですね。当時の人類に感謝しないといけませんね」
「その通り、なんと言っても」


 ――キーンコーンカーンコーン。


「授業が終わってしまったね」
「先生、この後はどうするんですか?」
「もう今日はこれで終わりさ。後はそうだな……色々やりたいことは溜まっているからね」
「そうですよね。先生は別に、先生をするために生きているんじゃないですもんね」
「おっと、そう言われてしまうということは、適当にやっているように思われてしまっていたかな?」
「そんなことありません。私たちだって今は学生を全力でやっていますが、そんなのこの三時間だけですから」
「そうだね。君たちも存分に楽しめることを探すと良い。楽しめないなら、生きているなんて言えないからね」
「寿命も短いのに、どうしてそうまで生きていない時間を増やそうとしたんでしょうね?」
「わからないさ。彼らはもしかすると、必死に生きていたかもしれない」
「そうなんですかね……。まぁ、もうそれも確認することはできませんが……」
「その通り。もう、進化してしまったからね」
「彼らの文明はもう、この星にまで影響を及ぼしていたのですから、一人残らず殺したほうが良かったんじゃないですか?」
「もちろんそういった考えもあったね。でも、彼らは生まれながらに奴隷なんだ。僕らのために働ける今を、楽しんで生きてくれているんじゃないかな?」
「寿命も延びましたし、感謝されていますよ」
「さて、これ以上の延長は良くない。これで今日の授業を終わろう。君たちは今日も、精一杯“生きる”ように」
「はい。先生。ありがとうございました」


 生徒たちがそれぞれ離れて行く。彼らが行く先はどこだろう?
 飲食店?娯楽施設?スポーツを楽しむ?


 何だってできる。


 今日も奴隷たちが、必死に、彼らが“生きる”ための世界を創っているのだから。
 それだけのために生かされながら、彼らもまた、“生きて”いた。

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