世界最強のダンジョン攻略者、学校に入学して普通の人生(スローライフ)を目指す

すかい@小説家になろう

2年前の記憶

「最悪のダンジョンとか書いてあったけど、大したことはないな」


 人里離れた山岳地帯の奥深くに構えられたダンジョンには、入り口にこう記されていた。
 《魔王のダンジョン  ここに最悪の王を封じる。挑む者あれば、その強き心を信じる》


「仰々しく書いてあった割にこれだ。この分なら魔王ってのも大したことはないか……もうこのままいくか」


 魔王のダンジョン、第47層。2日目ですでにここまで来れたし、今のところ階層ボスも大したことはなかった。これまでクリアしたダンジョンよりも難易度は低い。
 攻略を進めてきた他のダンジョンの方が、一旦他の攻略者に明け渡そうと思えるほど手強かった。


「攻略者が集まるのは難しい場所だし、このまま1人で行ったほうがいい、か」


 ダンジョンはどうせクリアのためにはソロを強いられる。
 道中で協力したほうが楽な部分はあっても、ボス攻略は基本的に1人だ。となると、道中に苦戦しないこのダンジョンで、他の人間を呼ぶメリットはあまり感じられなかった。
 そのまましばらく、ほとんど抵抗らしい抵抗も見せない魔物を倒し続け、ようやく攻略しがいのある相手に当たった。


「もうボスか?いや、まだか。だとしたらここからが本番ってことか」


 目の前に対峙する人型の魔物。
 形が人に近いだけで、実態は全く異なる存在だ。身体が全身シルバーというだけでもう大きく人と異なることがわかる。真紅の瞳がこちらを睨みつけている様子から分かる通り、友好的な態度はまったくなかった。
 今にも襲いかかってきそうな、というよりも、すでに予備動作に入っているように見える。


「オマエ……オマエガッ!」


 バネに弾かれたように瞬時にトップスピードでこちらへ向かってくる魔物を交わす。それよりも


「喋った!?」


 ダンジョン内の魔物で喋るものは珍しい。意思の疎通が取れるなら本格的に新発見だ。
 久しぶりの進展に心を踊らせつつ、攻撃をかわす。


「オマエガ……!」
「喋れるだけか。オウムか何かと同じ原理か?」


 人型の魔物は剣術に優れていた。見たこともない流派だが、その強靭な身体能力を遺憾なく発揮する鋭い型を有している。厄介なことに炎魔法が剣に乗っており、その軌跡が次の剣筋をブレさせている。
 飛び続けられる俺だから対応できるが、地に足をつけたままなら危なかっただろう。


「オマエハ……これまで……ナンニンキッタ?」
「ん?」


 突如魔物の動きが止まり、それまでのたどたどしい言葉遣いが幾分ましになっている。


「何人?人か?」
「ココニクるマデ……オれノナカマヲ……」
「仲間……あぁ、魔物か」


 こいつの仲間ということはそういうことだろう。


「いちいち数える余裕なんかなかった」


 そう答えた瞬間、魔物の纏う負のオーラが勢いを増す。ドラゴンゾンビと戦ったとき以来の瘴気を見た。
 驚いた。仲間意識や感情があるのか……。


「お前らって……一体……」


 まともな話ができるのかと油断した瞬間だった。


「オマエハ……オマエガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「なっ?!」


 突如これまで戦っていた剣の軌跡が空中に浮かび上がり、3次元の幾何学的な模様としてそこに姿を現す。その魔法陣を中心に、ダンジョンごと崩壊させてもおかしくないほどの膨大な魔力が膨れ上がった。


「俺の魔力より……多い!?」


 選んだのは前に出ることだった。とっさの行動で、理由もなにもその先のビジョンもなにもなかった。ただ身体がそう動いただけ。
 結果的に、その行動は吉と出た。


「嘘だろ……」


 先程まで自分が立っていた部分を中心に上下左右に十字の炎に似た魔法が展開されている。あれにかすっていたら、間違いなく死んでいる。直接被害を受けた壁や床、天井はその強烈な魔法を浴びてドロドロと溶け出している様子からもそれは証明されている。
 離れていても死を覚悟してしまうほどの魔力。それでいて使った相手は特に魔力を消費した形跡がない。


「これは……っ?!」


 休む間もなく男が斬りかかってくる。


「さっきより速いっ!じゃああれは……」
「シッテ、いルノカ」
「まさか本物を見れるとは思ってなかったけどな」


 儀式魔法。魔法陣を精密に描くことで、自らの魔力ではなく別の場所からその力を引き出して使うことができると言われている失われた魔法の1つだったはずだ。あらかじめ魔法の気配があったわけではないことから、剣筋であの3次元魔法陣を構築しながら戦っていたということになる。


「ぐっ……速い……」


 ダンジョンクリア後、これだけ苦戦を強いられたことはなかった。徐々にこちらの生傷が増えていく。治癒魔法、魔装防御強化もフルに使わされている。そのうえで飛ぶために魔法も使っている。
 魔力自体は上限なしに使える量があるが、先程こいつが使ったように一度にそれを放出し尽くすような魔法は扱えない。じりじりと追い詰められていく。


「ドウホウタチノムネンをシれ」
「知ったことか!やらなきゃこっちがやられるんだ」
「オマエタちガ……アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
「速度がっ!?くそっ!」


 一旦飛行で距離を取るが、相手は跳躍だけでこちらに迫ってくる。


「これは避けたかったけど、仕方ないから」
「ココデ、オチロ!」
「落ちるのはお前だ!」


 飛行魔法の高度を上げたのち、一度全ての魔法を解く。ギャンブルになるがこのままジリジリ傷を増やすよりはいい。


「キガクルッたカ?」


 高度を上げたとはいえ向こうは跳躍でたどり着く身体能力を持ち、こちらは降下を始めている。当然追いつかれるし、追いつかれた時に俺を守る魔装はない。


「チニオチロ!」
「俺の口上を奪わないでくれ」


 斬りかかろうと目前に迫った魔物が、剣を振りかぶった姿勢のまま一瞬固まる。
 ここまでのスピードを考えれば、その一瞬の静止は非常に長い時間だった。


「ガッ……」


 魔物の首が飛び、自然落下を開始する。
 俺は飛行魔法を戻し、ゆっくり地面に立った。


「ナニヲ……」
「首が切れても喋るんだな……なまじ人型だと油断する」
「アンしンシロ。モウ、ウゴケン」


 全く安心はできないのでとどめを刺しにかかるが、魔物の身体が光を放ち始めたので距離を取る。


「アぁ……ソレハ、あいつの」


 それまでカタコトでおよそ人に見えるのはフォルムだけだった魔物が、光の中で人としての姿を、声を取り戻している。いやあれは……。


「エルフ?」
「そうだ。私はここまでだが、君はこの先で真実を知る」
「真実?」


 エルフは種族柄、容姿に優れている。この男も例に漏れず、種族特有の美しい容姿を有している。
 だがその表情だけは、憎悪に満ち溢れた険しく、悲しい表情だった。


「行け。そこで真実を知れ」


 消えゆく光の中で、最後まで男は険しい表情を崩さなかった。


「なんなんだ……くそ……」


 流石にダメージが身体にきて膝をついた。
 少し休もうと思ったが、突如床が、壁が、いや天井も含めた部屋全体が動き出し、再び光に包まれた。



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