世界最強のダンジョン攻略者、学校に入学して普通の人生(スローライフ)を目指す

すかい@小説家になろう

過去と向き合うこと

「エミリは!?エミリはどこ!?」
「落ち着けっ!」
「落ち着いてたら助かるの!?」


 動転した少女が泣き叫びながら呼んでいる名前は、確かあのが学園で名乗っていた名前だ。
 もう戻ることもないだろうとは思うが……。こんな親しい友人を作っていたのか。


「えっと、アカシアさん、でよかったかな?」
「え?うん、そうだけど……えっと、あなたは」
「リカエル。俺もちょっとトラブルがあって先に転移門を通ってたんだけど、エミリアさんは無事だった」
「ほんとっ!?どこ!どこにいるの!?」
「あの転移門を見つけて先に出ていった。きっと応援を呼んでくれたりしてるんだと思う。明日には会えるさ」
「ほんとに?!よかった……」


 とりあえず苦し紛れでも混乱は収めないといけない。
 かろうじて嘘はついていないし、俺はクラスが違うから会うことも少ないはずだ。


「エル」
「エミリって子には実際に会ってる。あとで話す」
「ん。場合によっては、私が」
「死んだわけじゃないから大丈夫」
「ん」


 マリーは死んだばかりのものであれば意思の疎通くらいはできる。今回はある意味、それより厄介だ……。


「フローラ姫。お疲れ様。あの転移門が入り口までつながってる」
「ほんとに!?リカエルくんは大丈夫だったの!?」
「大丈夫大丈夫。なにもなかったよ」
「30層のボス程度だと本当に何事もなかったかのようですね……」


 その後、運良く見つかったと説明した入り口へつながる転移門を抜け、鹿王のダンジョンに挑んだグループのメンバーは、久しぶりの空を拝んだ。


 ◇


「エルでも勝てない……?」


 ダンジョンからの脱出後、色々事情を聞かれたが適当に答えて、というよりほとんどフローラ姫とシズクに押し付けてマリーとの時間を作った。
 あとで怒られる気はするがまあ仕方ないだろう。
 問題を起こしたAクラスの生徒たちとエリックも、それぞれ処分が下されることになった。エリックに関しては元々の実力や家格を考えればしばらく謹慎くらいだろうが、Aクラス3人は場合によってはDクラス降格もありうるだろうな。最悪アカデミーで見ることもなくなるかもしれない。


「本格的な戦闘になってないからわからないけど、今の俺だと厳しい可能性はある」
「そんなに……」


 マリーにはあの魔族、エミリのことを話している。これをフローラ姫たちに伝えるかも含めての相談だった。


「ダンジョンから出てこないから問題なかったことが、問題になる」
「そうだな」


 ダンジョンから抜け出せる魔族、魔物がどれだけいるかわからないが、エミリを名乗っているあの一体でも十分な脅威だ。
 あれに対抗できる人間はおそらくSランクの攻略者、下手したらクリア組だけかもしれない。
 一方で少なくともダンジョンは66あり、万が一それぞれのボスがダンジョンから出てくることになれば人類など10日と持たず滅びるだろう。


「エルに何があったのか、知りたい」
「そうだな……」


 マリーが言ってるのは、今のことではなく、2年前の話だ。


「私ももう、知る必要がある」
「まあ、そうだよなぁ……」


 マリーの言う通り、あの魔族が野放しということになれば、マリーは今いる人類最高戦力の1人だ。事情は知っておいてもらった方がいい。


「ただな、あんまり覚えてないんだよ……」
「覚えて、ない?」


 情けない話なので隠していたという要素が強い。


「気がついたら俺は大怪我をして地上に投げ出されていたんだ。そこで終わり。それ以来、俺は飛べなくなった」
「なにが……」


 何があったのか。俺も何度も確かめようとしたが、だめだった。


「怖いんだよ、あの日のことを思い出すのが……」
「怖い……?」
「あぁ、怖い。それを思い出してしまったら、世界が変わってしまうような、今までのすべてが変わってしまうような、そんな気持ちになっちまうんだ」


 本当に情けない話だが、あの日からしばらくは、ダンジョンのことを思い出すのでさえ苦痛だった。
 飛べなくなった身体、思い出せない記憶、得体の知れない恐怖を前に、俺はあの日心を折られた。


「大丈夫」


 マリーがつぶやくように口に出した。


「大丈夫?」
「ん。エルは大丈夫」


 何を根拠に……。


「俺はマリーが知ってる頃の俺じゃないぞ?」
「そんなことはない。エルは、エル。私はすぐにわかった」
「そういえばすんなりだったな」
「私は、知ってる」
「何をだ」
「エルが、エルだってこと」


 珍しく微笑むマリーを見て、俺もあの嫌な記憶を蘇らせる勇気が少し、湧いてきた。


「だから、話してみて」
「……嫌な話になるけど、いいか?」
「もちろん」


 なんでだろうか。マリーの顔を見て、甘えるように話すことを、思い出そうとすることを選んだ。
 これまで何度も思い出そうとしては封じてきた記憶の一端に触れる。そっと封を剥がすように、まるで今まで大事にしまってきたかのようなその忌々しい記憶を開いた。









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