世界最強のダンジョン攻略者、学校に入学して普通の人生(スローライフ)を目指す

すかい@小説家になろう

第60層

「エル」
「大丈夫。もう周囲にプロテクトは張ってる」
「これは……見た目通りのレベルと考えたほうがいいでしょうか?」


 シズクの言葉になんと返すか迷ったが、正直に告げた方がいいだろう。


「見た目通りと考えたら間違いなく死ぬ。このレベルの魔物はほぼ確実に強力な固有スキルを持っているから、気をつけないと高位の攻略者も死ぬ」
「では質問を変えます。私たちだけで勝てますか?」
「フローラ姫とシズクが合わせて一体を相手取ればそうだな……たまに勝てるかもしれない」
「じゃあ……」
「攻略者の基本として、互角の相手とでも戦わない。そしてあいつは、60層の中で言えば中の下だ。戦い始めたら他のも寄ってきて死ぬ」


 Sクラス最上位の2人をしてこれだ。戦える人間は少ない。


「まずは固まれ!力を合わせれば我々に敵はいない!」


 先ほどまでフローラ姫の取り込みに忙しかったエリックも臨戦態勢に入る。だが、あのパーティーでは中の下のあいつでもちょっと相手にするのはきつい気がするな……。
 異形の魔物は4足でゆったりと歩みを進めている。目があるのかないのかわからないが、きょろきょろと辺りを伺いながらゆっくり歩く姿は見る人によってはかなり心臓に悪いだろう。


「生徒は自分たちの身を守ることに集中しなさい!目的は離脱です!戦おうとしないように!」
「私達が道を拓きます!ここが何階層かも不明ですが、上を目指します!10層ごとに転移門があるはずですので、それまで全員離れずついてくるように!」


 引率していた講師が3名固まって先頭を行くようだ。
 すると先ほどまでフローラ姫に絡んでいたエリックが声をかけに言った。


「先生。私たちも戦えます」
「そうです。エリックのパーティーならいけます!私たちに任せてください」
「ノブリスオブリージュです。上に立つものとして、この状況でただ守られるだけというのは我慢できません」


 誰かが言っていたが、無能な働き者は一番厄介というのがまさによくわかる状況だった。


「勘違いが2つある。今は我々が上に立つものであり、君たちは守られる者たちだ」
「ですが!」
「もう1つだ。あれを見て戦えると思っている、それが間違いだ」


 動きはトカゲに近いかもしれない。四足歩行で体を横に揺らしながらのっそりと歩いていく。ただサイズはその辺の生き物とは比べ物にならない。小屋1つ分はあろうかという灰色の巨体、それだけなら動きののろさとあいまってまだ戦いようがあるように見えてしまうが、内に込められた魔力量や知能、固有スキルまでを計算に入れられていない時点で、戦いのフィールドに上がれていないのは明確だった。


「あなた方は分かっていないだけです。授業で見ただけの力をすべてと思わないでください!」


 よりにもよってエリックは詠唱を開始してしまった。


「おいバカ!刺激をするな!」
「刺激をしても殺せば問題ないでしょう!聖なる火よ、我に力を貸し与えよ!フレイムバーン!」
「エリックの上級魔法だ!」
「攻略者でも使えるのは珍しいって聞くし、あれなら余裕だろ」


 得意げに微笑むエリック。楽観的に盛り上がる取り巻き。
 対象的に絶望感と悲壮な決意を顔に出し身構える講師たち。


「何を身構えているんですか?見ていたでしょう?倒したんですから……」
「お前はもう喋るな!いくぞ!」
「バフはかけました!できる限り時間を稼ぎますが……」
「言うな……俺たちは戦うしかないんだ」
「全く何を……私の魔法を見ていたでしょう?あれは上級魔法で、その威力も目の当たりにしたはずですが、そのくらいのこともわからないのに指導されているんですか?」


 小馬鹿にしたようなエリックの相手をしている場合ではない。そのことを理解していたのは講師の他に、シズクとフローラ姫だけだったらしい。


「魔法吸収……?」
「厳密にいうと違うけどな。まああの程度の魔法じゃ、あいつらにとってはおやつみたいなもんってわけだ」


 土煙をかき消すような極大の咆哮が放たれ、その化け物が再び姿を現した。


「な……え……?」
「ようやく自分がしでかしたことに気づいたか」
「ひっ……いや……でも……」
「生徒と講師の関係でなければお前を餌にして逃げるところだが、お前程度では時間稼ぎにもならん。逃げるなら逃げろ、もう俺たちに余裕はない」
「あ……あ……」


 エリックは先ほど攻撃を加えた張本人。当然魔物もターゲティングしているため、その圧をほぼ一身に受け腰を抜かした。周りの取り巻きももはや言葉を失っている。


「マリ」
「ん」


 マリーがそれだけ言うと、まるで宙に浮いたような鎌だけがいくつも化け物に向かっていく。


「フローラ姫、ちょっと……」


その間にフローラに耳打ちしておく。


「えっ!?私が……ですか」


 この場の指揮はもう講師より、こちらで主導したほうが生存率が高い。その場合うちのパーティーからの発信を誰からするのかという話になるが、フローラ姫に任せるのが最良だろう。


「わかりました」


 何度かの交渉ののち、ようやく決意してくれた。
 そうこうしてる間にマリーの放つ鎌が化け物に到達し、


「え……」
「これは……これがクリア組……」


 決死の覚悟を固めていた講師陣が固まる。
 マリーの鎌はまるでそこに何もいなかったかのように化け物を通り抜け、また戻ってくる。何度か往復した後に残されたのは、細切れにされた巨大な魔物だけだった。


「皆さん!聞いてください!」


 衝撃的な光景に皆が押し黙った瞬間をついてフローラ姫が全員に声をかける。いいタイミングだ。


「ごらんになったように、私たちのパーティーにはクリア組がいます。皆さんをプロテクトで守りました。なるべく固まって行動してください。よく見ると魔法でできた壁のようなものがあると思います」


 全員を空間として包むプロテクトフィールドを構築している。これは周囲の魔物にきづかれないようにするためのものだ。
 よく確認すればわかるが周囲には講師3人がかりで互角以上の魔物がまだまだウジャウジャといる。
 マリーなら全滅も可能ではあるが燃費も悪い。今の攻撃はともかく、マリーに本気を出させてしまうと今度はそれを見た生徒たちの心理的被害が馬鹿にならないため、戦わないことを選んだわけだ。


「防御壁の外にでると魔物に気づかれます。私やシズクでは勝てない相手です。決して戦わず、セーフティゾーンまで脱出します」


 生徒たちに動揺が走ったのは、フローラ姫とシズクが勝てないという部分だ。Sクラスにおける2人のポジションがよくわかる。


「現在の推定階層は第60層です。知っての通り鹿王のダンジョンは40層以降難易度が跳ね上がります。モンスターはもちろん、危険なトラップも多いです。マリーさんを含む我々パーティーが先導します。皆さん、ついてきてください」


 やっぱりフローラ姫に言ってもらったのは正解だったらしい。ほとんどの生徒は安堵の表情を浮かべ、ついていく意思を見せた。講師たちもその案に乗る構えだ。


「お待ちください!」


 異論を挟むのはエリック。


「なんでしょうか」
「マリー殿がいれば攻略も可能なのでは?我々は攻略者の卵。先程はミスがあったが私も戦力になります。すでに60層まできているなら逆にチャンスなのでは」
「それは……」


 フローラ姫が言葉に詰まるのも無理はない。あまりにアホすぎる。


「先程の攻撃を見ていました。あの化け物には攻略法があると見えます。それを共有してくだされば」
「ない」
「え?」


 流石にマリーが声を上げる。


「ダンジョンに裏技も攻略法もない。ただの力の差。それを理解もできないなら攻略なんてできるはずがない。ダンジョンを舐めるな」


 マリー、結構怒ってるな。


「マリー殿。いくら準男爵殿でも言葉が過ぎるのでは……?私は」
「ただの貴族の子ども。偉いわけじゃない。強いわけでもない。甘やかされて育ちすぎ。攻略したいならプロテクトの外で1人で戦って見せて」
「それは……」
「私の力をあてにしても攻略はできない。貴方では無理。さっきみたいなことをするならここで殺す。連れて帰るだけでも荷物なのに荷物が勝手に動くなら私は面倒を見ない。どうする?」
「ぐ……」


 喋りながらマリーの纏うオーラがどんどん重たいものになっていっている分、殺すという発言もその身に現実感を伴って突き刺さっているんだろう。
 エリックは押し黙ったままついていく構えを見せた。


「プロテクトの外に出れば外にいる魔物たちが襲ってきてしまいます。当然、このプロテクト内から刺激することもしないでください。移動を開始します」


 フローラとマリーに先導を任せる。シズクは俺と殿に下がった。


「貴方が前に出なくてもいいの?」
「俺がここの魔物を倒してたり先導し始めたらおかしいだろう?Cランクのお荷物なんだから」
「もうすでに十分おかしな行動をしてきているので今更だと思いますが……」
「ま、あとは後ろにいた方がプロテクトがかけやすい」
「本当に規格外ですね……あれだけの力を持つ魔物たちに気づかれないようにこの人数をカバーする結界を展開するなんて……普通なら上級の魔法使いが何人も集まってようやくできる魔法ですよね?何人くらい必要になるか見当もつきませんが」
「やり方がわかってれば15人?」
「Bランク攻略者に当たる上級魔法使いが15人って……ため息しか出ませんね……」


 シズクは遠い目をする。俺の魔力に関してはダンジョンクリアの恩恵によってほぼ上限なしの状態だ。俺もクリア前なら同じ反応だっただろうな。



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