世界最強のダンジョン攻略者、学校に入学して普通の人生(スローライフ)を目指す

すかい@小説家になろう

入学式

「リカエルくん!私!やりました!Sクラスです!」
「それは、おめでとうございます」


 突然手を握られてそんな宣言をされたので、当然周りの騒ぎは大きくなった。


「誰だ、あいつ?」
「あいつ、シャドーを暴走させてたやつだろ!」
「シャドーに手も足もでないせいで試験を止めたって聞いたぞ」
「そんなやつがなんで!?」


 なんか、そんな感じになっていたのか。
 まあCランクということならそういう解釈でもいいだろう。


「これで一緒に学べますよね!?」
「姫様」


 ぐいっと手を握ったままこちらへ近づいてきた姫様だが、シズクが前に出て手を解いてくれた。


「あぁ、私ったら。失礼しました」
「いえ、それはいいんですが」
「姫様、この方が探していた……?」
「そうです!彼がリカエルくんです」


 まずいな。目立ちすぎてる。


「私には彼がSクラスのようには見えませんが」
「そんなことはないんですよ?私がわかったくらいですから、試験官の方たちならきっと」
「そうでしょう?リカエル様」


 話にならないと言わんばかりにばっさり姫を切り捨てこちらへ問いかけてくるシズク。
 なるほど、この子がいると姫は暴走しても抑えてもらえるから、こうなるのか。


「俺はCクラスですよ」
「ほら」
「嘘です!え!?」


 俺の持っていた受験票を見つめ、そして看板を見つめ、その動作を5回ほど繰り返した姫は


「私もCクラスに行きます」
「いやいやいやいや!」
「どうしてですか!おかしいじゃないですか!」
「まぁまぁ。姫様が言っても仕方ないことです」
「納得できません!リカエルくんだってそうでしょう!?私も一緒に先生方に」
「姫様」
「はっ」


 暴走気味の姫をシズクが止めてくれた。


「ごめんなさい……私……」
「いえ、こんな初対面の男のためにそんなに怒ってくれるなんて、さすが慈愛の姫様ですね」


 完璧王女につけられた渾名は多い。慈愛の姫というのも、この王女様についた渾名の1つだった。
 俺がこの結果に納得しているということと、シズクの説得でようやく引いてくれた。


「そういうわけでは……ですが、これは、本当にいいんですか?」
「Sクラスだと攻略者としての授業が多すぎるので……俺、えっと、私はもっと、色々なことを学ぼうと思って」
「まあ……素晴らしいです。クラスの上下にだけこだわっていたのが恥ずかしい……」
「いやいや、えっと……」


 うつむく姫様におろおろしてしまう。王族にこんな顔させて大丈夫だろうか。
 困ったときは多分この子を頼ればいいな。横にいるシズクに目線でヘルプを出した。


「はぁ……。姫様。姫様はSクラスを目指してそれを実現した。彼はCクラスでできることを求めてそれを実現している。それだけです。何も落ち込むことはありません」
「そう、そうね。ありがとうシズク」


 立ち直った姫はようやく、俺から離れる気になってくれたらしい。


「クラスが違っても同じ学校にいるのですから、ぜひたくさんお話をしましょう!私はあなたに教わりたいことがたくさんあるのです」


 周りがざわめき立つ。特に先程軽くあしらわれた貴族や、声すらかけられなかった貴族、平民問わずの男たちの目線が怖い。


「私のことはフローラと。そして、そんなにかしこまらないでください」
「はぁ……えっと」


 困ったときのシズク様だ。


「ここは別に、普通にお話を受けていただいて構いません。姫様もここには友人を作りにきたのですから」
「そうか……それなら、えっと、よろしくおねがいします」
「はい、リカエルくん」


 また手を握られる。今度は握手で。


「えっと……」


 ただ、なかなか離してくれない。


「リカエルくん」
「はい」


 なんだこれ……。困ったときの


「名前を呼んでほしいのでしょう」
「そうなのか?」


 姫様の目がキラキラと肯定している。


「えっと、フローラ様」
「違います」
「フローラ姫」
「それでもいいですが、でも呼び捨てがいいです」


 やばい。男たちの殺気がやばい。


「姫様。今日はここまでにしておきましょう。友人との距離は、少しずつ詰めていくものですから」
「あら。それもいいかもしれませんね。では次は呼び捨てにしてくださるかしら」
「さぁ?そういったことは本人たち次第です」
「では、リカエルくん!」
「えっと……前向きに善処します」
「はい!」


 こうしてようやくフローラ姫から開放される。去り際に申し訳なさそうにするシズクの顔が印象的だった。
 あとに残ったのは、殺気だった男たちだった。


 ◇


 結果的に言えばあのあとは何事もなく無事教室にたどり着いた。
 黒の姫、マリーが現れたことによって掲示板前の生徒たちがすぐに移動を開始したからだ。すごい避けられようである。ただ、いじめというわけでもない。嫌いだというより怖いのだ。物理的ではなく、色んな意味で。マリーの力を考えるとまぁ、仕方ない反応とも言えた。


「マリーには感謝だな」


 そのおかげでなんとか教室にたどり着いた。すでに半分以上の席が埋まっている。平民のほうが多いのが居心地がいい。フローラ姫にあしらわれた男たちはそれぞれBクラス、Aクラスだったので絡まれることもない。各々雑談に花を咲かせている様子だった。俺も早く話せる相手を作りたいな……。
 人数も揃いしばらく経ったあと、1人の女性が教壇に立った。


「まずは入学おめでとう。君たちはCクラスとしてこれから切磋琢磨していく。残念ながら全ての生徒が自動的に卒業できる甘いルールではない。周りを見渡しても、その中の何人かはともに卒業は出来ないだろう」


 教室がざわつき、みんなキョロキョロと周りを伺い始める。


「ふふ。その緊張感を忘れずに過ごせ。Cクラスからでも、Aまで上がった先輩もいる。君たちの成長を楽しみにしている。で、今日は授業もない。この後入学式を行ってそのまま解散だ。荷物は全て持って外へ集合してくれ」


 さっぱりした女性のようだ。話も簡潔で、多分他のクラスは色々入学にあたっての心得なんかを喋ってる声が聞こえるが、うちだけ一番乗りで外に出ていた。


 ほどなくして式が始まる。
 入学式はロープのおじさん、もとい学園長のほか、よく知っている顔も何人かいた。
 王立のアカデミーなので当然だが、王族からは皇太子がわざわざきている。そのほか有力貴族など、有名人たちが順に挨拶していく。
 中でも人気だったのは、王都の筆頭攻略者たちだ。


「君たちの中の多くは、俺たちと同じように攻略者を目指すことになるだろう。だが忘れないでほしい。攻略者は危険の伴う仕事だ」


 短髪隻眼。厳つい見た目に傷だらけの鍛えられた身体。いかにも攻略者らしい攻略者のこの男は、Aランク攻略者のガイエル=アリック。幾つものダンジョンに潜り、ボス討伐とは行かずとも他の攻略者の助けとなるマッピング技術の提供や、ダンジョンから得られた収集品によって稼ぎを上げる王都でも人気の攻略者の1人だった。
 攻略者たちはある種スターのようにその活躍が見守られており、それに乗じて貴族や商人がスポンサーになっている。ガイエルの持っている剣のレプリカモデルも、初級戦士の憧れの装備の1つだ。


「俺のこの傷だらけの身体。そして何より、この片目も、ダンジョンに持っていかれた」


 今でこそ眼帯姿が板についたから違和感のないが、片目を失ったという事実を再認識させると、やはり生徒たちに動揺が走った。


「だが同時にダンジョンは、戦うしか能がない俺でも、こうして君たちの前に立って話すような立場になる。そして」


 机の上に革袋がドスンと置かれる。中から金貨が溢れてきた。


「やっぱりこれだ。攻略者は稼げる!一流の攻略者は富も名声も思いのままだ!もし君たちの中からクリア者が出れば、それで人生が変わる!」


 ほとんどの生徒は目をキラキラさせながら話に見入っている。
 この話に乗り切れていないのは多分、俺と、マリーだけだろう。
 ガイエルの言う通り、人生は変わる。マリーはその功績から貴族の仲間入りをしているし、他の攻略者を寄せ付けない強大な力を得ている。だが、それ以上の危険が伴うのだ。


 いつの間にかガイエルの話は終わり、学園長が話をしていた。


「君たちが目指す頂の1つは、彼になるだろう」


 学園長が魔法で映し出した少年。いや、性別は公開されていない。
 長い髪で顔も隠れ、装備もほとんどなく、体躯も恵まれているわけではない。
 スラムから飛び出してきた少年と言っていいその見た目にして、ただその纏う魔力だけが異質だった。


「空の覇者エル。大陸一の攻略者、4人しかいないクリア者の中でも、ただ1人、2つのダンジョンを攻略した英雄だ」


 魔法の投影が終わる。


「彼は君たちより若かったと言われている」


 若かった、というのは、彼がもういないということに他ならない。最悪のダンジョン、魔王の塔に挑み行方不明となった。ということになっている。


「ダンジョン攻略で得た力で人間で唯一空を飛び、クリアまでは行かずとも各地のダンジョンを縦横無尽に駆け回った。その姿は皆の心にも焼き付いておるであろう」


 それは1つのダンジョンだけでは得られなかった力だった。
 人が空を飛ぶためには神の力と呼べるそれを、2つも駆使する必要があった。そこから先はもう、向かう所敵なしといった状態だった。
 どこへ行ってもチヤホヤされる。誰と戦っても空を制した俺には勝てない。
 それはたとえ狭いダンジョンの中であっても、これまで考える必要のなかった空中の移動という概念が加わるだけで猛威を振るった。


 誰も追いつけない、まさに攻略者たちの頂に到達し、そして


「そんな彼でさえ、ダンジョンに命を取られた」


 事実は違う。取られたのは命ではなく、空を飛ぶための翼であり、攻略者としての魂だった。



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