旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

その後

 ネロがひと暴れしてからはスムーズだった。
 北部の森でそうだったように、龍の威圧は森に放たれた魔法の効果を打ち消す。
 協会の魔法使いたちにとっては、使用中の魔法に無理やり干渉された形だ。ほのかに聞いてみるとあれをやられると頭の中を揺さぶられたような気分になるらしい。師匠のスパルタさが垣間見えるエピソードではあったが、今はまあいいだろう。
 結果、森にいた協会の人間はほとんどが無力化され、抵抗する間も無く拘束することができるようになった。


「よく働くな」
「本当はこの後ひと暴れしてもらう気で集めてたんだから。このくらいはやってもらわないと困るわね」


 高ランクの冒険者たちが少ないと思っていたら、ミーナのつながりでしっかり抱え込んでいたらしい。この冒険者たちが森の各地に散り、身動きが取れなくなったり、戦闘不能になった協会側の人間を回収していく。
 さらに森の勝手も誰よりもわかる冒険者たちだからこそ、魔獣たちの本来と違う様子にも良く気づき、本来あるべき地域への誘導まで行った。
 これはまぁ、人手も知識も足りない部分があったため、ロウガと俺の魔獣に関する知識を役立てた部分はあった。


「さすがね」


 今はトパーズに乗って森を上空から調査、の前段階か。観察を行っているため、先ほどまでの冒険者たちに指示を飛ばし続ける修羅場と一転して、落ち着いた時間をすごせている。


「何がだ?」
「生き物に関する知識よ。一応集めたのはそれなりの冒険者たちのはずだったけど、まるで認識のレベルに差があったじゃない」
「そりゃ、彼らにとって森の生き物は、障害物か倒すべき敵でしかないからな。そのための知識しかいらないんだから、しかたないだろう」


 むしろ俺のように、それぞれの魔獣の住処、餌、湿度や温度といった条件や隠れ家、気性といった詳細な条件を追い求めているのがおかしい。
 ましてや障害にもならない生き物たちには目を向けることもほとんどなかっただろう。


「今回はじめて見たっていってる動物も、よく見ておけば普段から森にいるやつらなんだけどな」
「そう。まぁ今回はほんとに、その知識が役に立ったわね」
「それならよかった」


 輸入や仕入れといった概念のない世界だったのでフィールドワークでその辺を補う必要があった。そのせいで生活が落ち着いてしばらくはそんなことを繰り返してきたからな。
 店のためにと思って身につけたことだったが、こうして役に立つならよかった。


「本来出会うはずのない場所でイレギュラーな魔獣に出会ったら、しばらくその森は駄目になると言われているの」
「冒険者の心得か?」
「そうね。貴方に教えてもらって、言い伝えにも意味があるのがわかったわ」


 これはさっき話した生態系に関する話だろう。
「魔獣たちは生き残ったし、放っておいてもいいんじゃないの?」と言い出したミーナに対して、万が一の可能性を懇切丁寧に説明した。
 野生環境というのはいとも簡単に崩壊する。ましてや保護や養殖の技術のないこの世界で一度崩壊が始まれば、こちらが手出しできる部分はほとんどなく、森の様相は一変してしまうだろう。
 人間の手による乱獲が原因で絶滅する種や、その結果影響を受けるほかの種、何がきっかけでどのような変化が起きるかは想像がつかない。


「俺のいた所と違って人間も生態系に食い込む状態だからな。森の崩壊はギルドの弱体、ひいては国の弱体に直結する」
「話を聞いておいて良かったわ」


 冒険者たちにとっても、魔獣を元の位置に戻すという作業の必要性は疑問視する部分が強かったが、俺の話を聞いたミーナからの指示という形で動いてもらえた。
 これだけ厄介な魔法と、邪龍の瘴気、さらにロウガやカムイ、ネロといった神獣クラスの動物の介入と、挙げればキリがないほど森には影響を与えている。
 元の世界でいうミミズなど、土中の環境生物までは情報がなかった俺にとって、影響は想像しきれない部分があるが、それでもまぁ、何もやらないよりはましだと思う。


「ま、でも、保障はないからな。しばらくは冒険者たちが食い扶持を稼ぐのに苦労するくらいの変化は避けられないだろうし」
「それについてはもう、帝国として軍を派遣することも決まっているわ。冒険者ギルドには私たちの調査や警護の手伝いを依頼しておくし、それで繋いでもらうわ」
「そこらへんはしっかりしてるな」
「こういう言い方は正しいかわからないけれど、この被害分の補填くらいなら、今回十分皇国側、この場合は協会が責任を取るかしら。そこから賄えるから」
「なるほどな」
「協会は、お金だけはたくさんあるでしょう?」
「まぁ、それは確かにな」


 協会のがめつさはそれはそれで有名だからな。


 そうこうしていると先ほどの戦場にたどり着く。


「これがゲート、ね」


 ゲートはいまだ、開いている。この辺りの魔法の仕組みは、俺のものとは少し違うらしい。
 捕まえた協会の人間を尋問したところ、往復可能な設置型の魔法となっており、こちらからの引き上げのためにゲートの向こうで魔法を維持するために魔法使いが何人もスタンバイしているようだった。


 ミーナがゲートに近づく。


「このタイミングなら、向こうは何も用意ができていないでしょう?」


 ―――


 遅れてやってきた皇族の私兵団をゲートの向こうへ送り込んだ。
 情報伝達がアナログなこの世界では、向こうは情報をつかむ手段も時間もなかった。そんな中での奇襲だったため、効果は覿面だ。


 ゲートはエンギル家の領地へつながっていて、現地の魔法使いと研究者たちは全て捕らえ、さらに研究施設も押さえられたらしい。これについてはもう、俺はノータッチだからわからないが。


「生物実験だったようだし、施設も良くわからない独自の魔法が多かったわ」
「そうか」
「あら、何か全然関係ないといった表情ね」
「そうだろう?もうこれに関してはいち冒険者が入る話じゃないだろ?」
「むしろ冒険者なら、わくわくして首を突っ込むものじゃないのかしら」
「そういうやつもいるだろうな」


 俺としてははやく店の経営を軌道に乗せたい一心だ。余計なことに首を突っ込むのは避けたい。


「まぁ、アツシはこの件、避けられないでしょうけど」
「ほんとにお前が来るとろくなことにならないな……」
「ひどい言い様ね」


 もちろん、お互いに冗談だとはわかっている。
 ミーナは立場上、やっぱり簡単には出てこられない。そんな中わざわざこんな辺境地に来るときってのは、それはもうミーナの動きに関係なく、厄介なことは眼前に迫った状態ということだ。
 むしろミーナのおかげで最悪を回避できている部分が大きいだろう。


「アツシは望まないかもしれないけれど、生物にかかわる施設だったわけだし、宮廷魔法使いたちの調査が終わり次第アツシにも見てもらうことにはなるでしょうね」
「その場合はさっきのゲート、もう一回あけられるようにしておいてくれよ……」
「私の勘では、あのゲートはもう使えないでしょうね」
「まぁそうか……」


 あんなものが安定供給されれば、世界は一変してしまうだろう。
 今回の邪龍を見る限り、あのゲートも何かしら大きな代償なしでは発動できない可能性が高い。
 むしろここで封印しておいたほうがいいものかもしれないしな。


「でもまあ、ようやく終わったか」
「ええ、これだけ証拠があれば、皇国側への抗議は十分。今の皇帝は協会の人間ではないし、事実どおり協会の責任については追求するでしょう」
「あとは任せて良いってことだな」
「ええ、ご苦労様。正式な褒章の話はまた今度ね」
「それはまぁいいんだが……。店は無事なんだよな?」
「それはもちろん。誰が守っていたと思ってるの?」


 皇女に守ってもらった店か。それだけでなんか、箔がつきそうだな。


 ―――


「私は国からじゃなくて、あくまでもアツシからの要請で動いた。ここまではいいわね?」
「あぁ……」


 店に戻ると、入り口に設置した休憩スペースでエリスが休んでいた。


「餌のサービス、しばらくはお願いね?」
「それもちろん。というかそれだけじゃだめだろ。エリスも一回城に行ってもらうからな」
「イヤよ。あんな窮屈なところ……」


 本来王城に呼ばれるなんてことは、末代まで語れる名誉なはずなんだが、エリスにとっては面倒ごとでしかないようだ。
 餌のサービスよりもこれを避けたい思いが強いのを感じるな。まあ、いいか……。


「今回私は基本的に時間稼ぎだけだし、ほのかを連れて行きなさい」
「わかったよ……」


 こうしてあわただしい一日は、なおもあわただしい側面は残しつつ、徐々に日常の喧騒へ溶け込んでいく。
 俺は店を確認しないとだけどな。


「店、ほんとに大丈夫か?」
「あれ、見てください」


 先に店にいたほのかが悪戯な表情で店内を指差す。


 そこには誇らしげに壁にもたれかかる骸骨がいた。まるで一仕事を終え、そのまま満足気に微笑んで死んでいるように見える。もう動かない過去の偉大な人物を連想させら姿だが、そうではない。


「ただいま。バアル」


 その音にすぐに反応して、楽しそうにカタカタ笑う骨の姿があった。
 日常が、帰ってくる。

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