旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

秘術

「アツシさんのスキルと同じ……?」


 空に幾何学的な模様が浮かび上がり、中央の黒は幾何学的なその模様ごと空を覆うように大きく広がって行く。


「原理はそうだろうけど、規模が大きすぎる」


 俺のサモンは1匹のためにスペースをつくるが、あれはすでにハクを30体だしても余裕がある。
 つまり最悪の場合、ハクを30体以上相手にすることになるわけか……。いやさすがにそれはないか。そうなったらもう、自治区を捨てて逃げたほうがいい。


「大きさが全てではないにしても、あれはちょっとまずい気はするな」


 エリスの言葉も耳に残る中であれを見るのは、はっきりいってうんざりするところだった。


「どうしますか?」
「残念ながら俺はあの状況に何かできるかって言われても無理だからな……」


 発動中の魔法に干渉するには相手の力の3倍はないと難しいと言われる。実際にはそれでも難しい部分もある。
 ただ逆に、やろうと思えばほとんど魔力に適正がなかった俺でも、多少は干渉できるくらいだ。
 難易度の問題以前に、原理が解明されていないと言う部分がネックだろう。


「相手の魔法に干渉する魔法はレジストとかアンチマジックって言われるけど、じゃあどうするのかって言われたらそれはもうその場その魔法によって違う、としかいえない」
「私もエリスさんにそれは聞いたことがあります」
「あぁ、エリスに聞いてるならその先も聞いただろ?」
「はい。えっと、魔法の根幹になってる魔力そのものに干渉すれば、方向性だったり出力はコントロールできることが多いって」
「そう。で、その規模として、相手の魔力の3倍くらい、あとから干渉するには必要だって話だ」


 魔力が桁違いのほのかやエリスなら、並みの魔法使いの攻撃はすべてレジストで無効化したり、方向を変えることで逆に利用することもできるだろう。
 ただ、実際の戦闘ではエリスはレジストもアンチマジックもほとんど使わない。


「相手の魔法をいじるくらいなら、自分からやったほうがはやいとも教わりました」
「そのとおりだな」


 わざわざ3倍の労力を使うくらいなら、その魔力の差による物量で押し切ってしまったほうがはやいというわけだ。


「まぁ今回の場合はできればあれは消したいんだけどな。まず何をやってるのか、どういう原理の魔法なのかってとこがなんとなくしかわからない、誰が行使した魔法かもわからない、距離が遠すぎて干渉も難しい、とまぁ、条件が悪すぎる」


 そうでなければ、ほのかに頼んで干渉してもらうところだ。
 自分でやるという選択肢はハナっからない。俺の乏しい魔力であんなものに手を出すのは、アリが一匹で象に立ち向かうくらい現実味がないからな。


「それになにより、あれに構ってる場合じゃないからな」
「あ……」
「おー?」


 木の上で寝ていたミトラも起きてくる。
 魔獣たちの殺気にさすがに反応したようだ。


「ミトラ、こいつらが一斉に襲い掛かってきても俺達を守りきったりできるか?」
「んー……、そうだなぁ。多分大丈夫だけど、人間の急所は頭だろー?」
「一応聞くけど、腕くらいならいいかとか考えてないよな?」
「あー、そうか。人間は腕、生えないんだなぁ」


 ミトラは生えるのだろうか……。普通は獣人にもそういう能力は備わってないと思うが。


「じゃあちょっと、難しい。でもまぁ、やれっていうなら、やってみる」
「理性を保てるのはどこまでだ?」
「ちょっとだけ、腕とか足だけなら、大丈夫そうだったー」
「なるほどな。その場合、さっきの状態と比べて強さは?」
「半分くらいかなー」


 直接戦ってなくても、獣状態のミトラとは対峙したので強さはなんとなく想像できる。
 マジックモニターやグランドウルフは瞬殺、ハクやトパーズならお互い死なない範囲でしばらく持久戦になるかといったところだろう。底は見えなかったので、その先はなんともいえない。


 力が半分でもその辺の魔物たちは瞬殺できるだろう。ジャングルメットのようなある程度知能のあるやつが混じってくると、1対多数では不利ってところか。


「様子がおかしくなってる魔獣は、かけられた魔法より強い力で上書きすればいいらしいけど、そういうのはできるのか?」
「んー? あー……やってみる」


 言葉が耳に届くより先に、木の上から殺気立つ魔獣たちのほうへ飛び出していく。
 空中で一瞬、大きな力が発生する。それに驚いた拍子だろうか、一匹の鳥がミトラのほうへ飛び出し、バチンと大きな音とともに弾けとんだ。


「きゃっ」


 周囲の空気が変わる。ミトラの腕が、バチバチと青白い光を帯びた獣のそれになっていた。
 そしてまた1匹、大きな獣が音を立てて崩れ落ちた。


「トナカイ?」
「ジャーって呼ばれる中級の魔獣だ。Cランクくらいの冒険者がパーティーを組んで相手することが多い」


 Bランクを超えれば一人でも相手ができるレベルだが、Cランクまでの冒険者にとってはある種登竜門となる魔獣である。
 森の奥地、ある一定の箇所で群れを成して生息する動物だが、たまに縄張り争いに敗れたオスが1匹、孤立して森をさまよう。それが冒険者にとって主な狩り対象だった。


「1匹になったジャーはたまに森の入り口付近まで来て、一般人や低級の冒険者に襲い掛かる。だからそれを未然に防ぐために、ほとんどいつでもジャーの討伐依頼はギルドにある。あとはまぁ、食うとうまいからそっちの需要もあるな」
「なるほど……」


 話している間にもバタバタと魔獣たちが倒れていく。ミトラは1歩も動いておらず、囲んでいた獣達も身動きができずにいる。
 だが、それは長くは続かなかった。


「あー、だめだー。これ、疲れるー」


 ミトラがまとっていたオーラのようなものが一気に収束し、もとの人の手足と同じになった。
 身動きができず、呆気にとられていた獣達も、数秒間の間を持って動き出す。
 半分が逃げ出し、そして


「サモン!」
「エレメント!ストームターム」


 襲い掛かってきた魔獣たちにそれぞれの力で迎え撃つ。


「ハク!」


 ほのかも俺もそれぞれが風竜、地竜に乗っているので、理性のある魔獣なら力の差を感じて襲い掛かってくることはないんだが、そのリミッターも外れているんだろう。
 とはいえそのまま相手をしてしまうと、乗ってる俺たちが吹き飛ばされてしまう可能性がある。
 直接この2頭を戦わせるのは得策ではない。


「おー?」


 ハクに咥えられたミトラがこちらへやってくる。
 一番大型の獣、よく見えなかったが牛型の魔獣を吹き飛ばし、そのまま周囲に威嚇をしながらミトラを咥えこちらへ戻ってきた。


「強いなー、こいつ」
「獣状態のミトラとどっちがつよい?」
「んー?んー……こいつ、本気じゃないからなぁ」


 ハクは確かに普段から本気で戦うようなことはなかった。本気と言えるのはここ5年で何度あったか……。普段からそんな強い相手にわざわざ挑むようなことはしていないからな……。


「アツシさんアツシさん!」
「ん?」


 ほのかが上機嫌に声をかけてくる。


「私もわかります。ハク、何かこないだまでと違いますよ!」
「そうー。最近強くなった、気がするぞ」
「あぁ、そういうことか」


 ハクのほうへ目を向けるとどうだと言わんばかりに自信に満ち溢れた表情を見せていた。


「確かに、というかよくみたら一回り大きくなってるな……」
「神獣だなー?」
「あぁ、そうだ」
「じゃあ、仲間だなー」
「そうだな……ん?」
「んー?」


 仲間と言ったか?


「それは獣って意味か?それとも」
「神獣、お前の周りからは、仲間の匂いがたくさんするなー」


 神獣の獣人?
 聞いたこともないな……。そもそも神獣という言葉自体、それなりの冒険者でなければ知り得ない言葉でもある。


 聞きたいことはあるが今はそれどころではない。
 ひとまずの無事とハクとの再開を喜び、次の手へ向けて頭を切り替えた。

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