旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

暴走猫のミトラ

「そういや、余裕がないって言ったか?」
「そうね。森の方で」
「ん?もう森はエリスが抑えたんじゃなかったのか?」
「忘れたの?使われた魔法は消えてない。あんたたち、何のためにわざわざ森の奥まで行ってきたの」
「それはそうだけど、余裕がないってほどか?」


 森が騒がしいとはいえ、今この段階で余裕がないということはないように感じていたが。


「エリスからの報告だと、北部ギルドの3位まで来てる」
「3位っていうと……」
「暴走猫のミトラね」
「今回送り込んでくるやつとしてそれは、どうなんだ……?」


 北部ギルドのランキングは南部のものと多少異なっている。
 南部は過去の実績や、逆に事件などを引き起こしたマイナス面についても考慮されているが、北部は直近数年の成績と強さだけが基準になっている。
 暴走、と名のつくことからわかるように、ミトラはトラブルメーカーとして南部にも武勇伝が行き届くおてんば娘だった。


「とはいえ、敵としては強いのは間違いないわよ。私じゃ勝てない」
「それはまぁそうだろうけど……」


 皇女がランカーと渡り合おうとしてることがそもそもおかしいんだけどな。


「エリスの話ではもうすでに暴走に入っているらしいわ」
「それを早く言え?!」
「余裕がないって言ったじゃない」


 今回、3位の実力だとか暴走猫の異名だとか、そういう理由でまずいわけじゃない。
 ミトラの性質そのものがまずいわけだ。


「今回の魔法、獣人への反応はどうだったんだ?」
「さぁ、そこまでは聞いてないけど、暴走してからだとまずいんじゃない?」
「その予想に残念ながら同意せざるをないな……」


 ミトラはネコ科の獣人。異名の暴走猫もそこから来ている。
 普段はただの活発な少女だが、ひとたび戦闘に入ると自ら暴走状態へ入る。
 別に暴走状態といってもある程度のリミッターはあるのだが、段階によって獣の本性へ近づいていくため、まともな理性を保てるのは手足が獣のそれになる程度までというのがこちらに届いている情報だった。最近は限界を超えて獣化するようなことは減ったようだが、いったんコントロールを失えば、自らが魔獣と大差のない存在としてひとしきり疲れるまで暴れるというのが、彼女の過去のスタイルだった。


「どの状態からかはおいといて、ミトラは今回の魔法、かかると見て対処したほうがいいでしょうね」
「そうだな……」


 自分でもコントロールできない能力をこの状況下で投入してくる協会は、本当に何を考えているんだろうな……。


「捕まえたこいつらは」
「私が引き受けるわ。ちゃんと連れて行きなさい」


 話には入らず、近くで魔法を維持していたほのかを指して言う。


「わかってると思うけど、捕まえているのが」
「大丈夫。エリスのと合わせて数もあってる。そこまではネロとベルも報告してるわ」
「そうか」


 2人も気になるが、ひとまずこちらの沈静化だな。
 ここまで情報はそろってるんだ。森さえ落ち着けば、ミーナが何とかするだろう。


「森の沈静化と、北部3位の相手か」
「相性は良いじゃない。なんとでもなるでしょ」
「いや、問答無用で飛び掛られたら、死ぬからな?」
「そうさせないためのパートナーでしょう?早く行きなさい」
「はいよ」


 地竜に咥えてもらい、背中に投げ落としてもらう。
 ほのかには白竜もついているのでいいだろう。さっき召還した魔獣たちはにらみを利かせるためにも残しておこう。喚ぶのはいつでもできるからな。


「ちなみにエリスは?」
「いまは時間を稼いでるけど、森の魔獣にミトラ、しかも協会の攻撃にも警戒しながら戦っていたんだから、そろそろ限界なんじゃないかしら」
「あいつに限界なんてあるのか……?」
「私も甘く見ている面はあるかもしれないけど、ミトラは北部のナンバー3、エリスは南部の2位。普通なら何の憂いもない1対1でもどっちが勝つかわからない相手よ」
「俺、ランク外なんだけどなぁ……」
「あんたは特別、さっさといけ!」
「はいよ」


 叩き出されるようにデインや冒険者達の前を後にする。


「ほのか、冒険者達に怪しいやつはいなかったんだよな?」
「え?はい。ちゃんと見ていました!」
「ならよし。あっちはミーナだけでなんとかできるだろう」


 残してきた魔獣たちも、神獣とは言わなくとも、それに近い存在になっている。
 多少のイレギュラーになら、反応してくれるだろう。
 ただひとつだけ気になるのは、協会側の人間の人数だ。
 ミーナはすべてだと言い切ったが、そうだとは思えないし、思わないほうが良いだろう。


「まあそれでも、なるべくはやくエリスをあっちに戻したいな」
「アツシさん、随分あっちを気にかけてますが、何か心配が……?」


 魔物を残してきたこともあってほのかから疑問をぶつけられる。


「単純にミーナがそれだけ今回の話では大切だってことだ。ここでミーナに何かあれば、それだけで全部がひっくり返ってもおかしくない」


 平等かつ法律で守られていたほのかはピンと来ていないようだが、この世界において権力、権威というのは非常に大きい。
 今回の作戦も、かなり大雑把な枠だけでそれぞれが動き、多少の失敗があっても焦らず対応できているのは確実にミーナの存在のおかげだ。
 作戦自体の考案や指揮能力もうそうだが、それ以上に、皇族というその地位だけで成り立っている部分が大きいものだけに、敵としても味方としても大きな存在はミーナになる。だからこそ、ギリギリまで姿は見せないでいてもらったわけだ。


「それがわかっててあの態度ってことは、何か考えがあるか、本気で確信を持って敵がいないと判断したかだな」
「なるほど……」


 話している間に森に入る。エリスの場所は探すまでもなかった。


「ひどいな」
「やっと来たのね」


 荒れ果てた森の一角。生えていた木々は根こそぎ吹き飛ばされ、それがそのまま戦闘の激しさを物語っていた。
 気が立っている森の獣達ですら、この場所には立ち入ろうとしない。
 いや、本能の行動が強化されているならなおさらか。この状況に近づくのが本能という動物がいれば、それはもう絶滅の対象だろう。


「状況は」
「見てのとおり」
「あぁ……」


 全身の毛という毛を逆立たせた獣が一匹。
 この荒れた円状の空間の中で、俺たち以外にはその獣だけが呼吸をしている。
 人が四つんばいになったサイズよりやや小さいかといったそれは、青白い毛に見てわかるだけの電気エネルギーを蓄えている。
 動きはすばやく、横に移動したことも眼の赤い光の残像だけで確認できるといったとんでもない速度だった。


「アツシが来て警戒してるのね、ようやく休めるわ」
「よくあんなのとやり合ってたな……」
「おかげで服もぼろぼろ、あと何より、私が押さえ込んでいた森の獣達も、そろそろ限界ね」


 見ると森の惨状と同じくらい大変なことになった服が、見る見る修復されていくところだった。


「もう少しゆっくり直したほうが良かったかしら?」
「そういうのは余裕があるときにな……」
「言葉に気をつけないと、後ろの姫がご機嫌斜めよ?」
「えっ?!」


 急に話を振られたほのかがわたわたと慌てている。


「からかうなよ」
「あら、本当にご機嫌斜めだったんだけどね。さて、そろそろあちらも動きそうよ?」


 赤い光が揺らぐ。
 暴走猫ミトラの、最も強い状態。完全な獣状態だ。理性0。速さは目で追えず、強さは神獣クラス。
 飛びかかられた時点で俺は死ぬな……。


 森の魔獣たちも理性を失ってあちらこちらで暴れているのは見える。ある意味ミトラとエリスのおかげでここが防波堤になっていたようだが、そろそろすり抜けて自治区に入る奴も出て来そうな雰囲気だ。


「任せて良いの?」
「人のことを守る余裕まではないけどな」
「その心配はいらないから、さっさと終わらせてね」


 さらっと無茶を言うが、逆に言えばそれだけ消耗させられたということか。
 あのエリスが消耗するような状況か……あんまり想像はつかないな。

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