旧 ペットショップを異世界にて
森の動物たち
「そういえばアツシさん、元の世界でキツネも飼ってたんですか?」 
「いや、俺は爬虫類ばかりだったからな……そもそもキツネは高すぎて手が出せるようなもんじゃなかった」 
「やっぱり高かったんですね……いくらくらいだったんですか?」 
「一番安いフェネックで50万は超えるし、ペットとして見たキツネはシルバーフォックスって名前で売られてるのがいたけど、150万くらいだったと思うぞ」 
  
毎年値段が大きく変動する世界ではあるが、あの辺の動物はそう変わらないだろう。
いや、ものによっては年々高騰するか……。 
  
「日本のキツネは飼えないんですか?」 
「わからんけど、こっちと違って野生のを捕まえてきてペットにするのはまぁ、無理だろうな」 
  
群れをつくらない動物とはいえ、一匹でも捕まえるのは困難だ。そもそも野生の個体は病原菌も多く、問題になりやすい。一度餌付けただけで人里に出入りするようになり、結果殺さざるを得なくなる動物も多い中で、野生個体を飼おうなどとは思えなかった。詳しくないがそういう法律やら条令もあっただろう。 
  
「慣れた個体はほとんど犬だろってくらい慣れるんだけどな」 
「やっぱり、可愛いですよね」 
  
今はもう面影もない雲に化けているトパーズを、ほのかが撫でる。 
  
「そうだな。せっかくだから森の魔獣たちも紹介するか」 
「わっ!いいんですか!」 
「トパーズ、ちょっと落ちないように、頼めるか?」 
  
一声かけてから雲の縁まで移動する。トパーズは柵を作るように雲の形状を変化させてくれた。 
  
「ありがとな」 
  
万が一の時のために近くに翼竜をスタンバイさせ、空から森を覗きこんだ。 
  
「見えるか?」 
「なんとか……あ、あそこに何かいますね!」 
「え、見えるのか……」 
  
雲の高さに合わせて飛んでいるのだから、下の動物を見るのは難しいはずだ。 
生息地をいくつか紹介するくらいかと思ったが……。 
  
「ああ、あれは見えるな」 
「なんですか?あれ」 
  
森の木々が激しく揺れる一角がある。 
  
「ジャングルメット。霊長類で、見た目はチンパンジーとか猿が近いけど、サイズはゴリラより大きい」 
「元の世界にいた動物に近いんですね?」 
「性質がまるで違うけどな……。あれ、木に群がって揺らしてるの、なんでだと思う?」 
「え、えっと……木の実を落としたり?」 
「木の実も確かに食べるけど、そういう時は登って採るかな」 
「あぁ、そうですよね」 
  
オランウータンは森の人、ゴリラは森の賢者などと呼ばれたが、ジャングルメットを表す言葉を当てはめるなら、森の狂人になるだろう。 
  
「あれな、別に意味ないんだよ」 
「え……」 
「よくやるんだけどな……狂ったように木を振り回して暴れて、そこら中の木を薙ぎ倒して、それで終わる。あれで餌を得ていたり、オスがメスにアピールってことはないんだ」 
「でも、なにか意味があったり、しないんですかね?」 
「それはわからないけどな。俺はストレス解消だと思ってる」 
「ストレス解消……」 
「他にもやたら土を掘ってみたり、突然殴り合いを初めてそのまま笑いあったり」 
  
基本的に動物は、生きるために必要な動作しか行わないものだ。ジャングルメットの行動はあまりにもそういった側面からかけ離れたものが多く、こうして特徴だけあげていくと気が狂っているとしか言えない性質ばかりが残った。
サイズがサイズなので、一度木々を揺らせば数十メートルの木が薙ぎ倒され、一度土を掘り始めれば洞窟のような空間が出来上がる。あの付近にあるダンジョンはジャングルメットの手で作られたのではないかと言われているほどだ。
  
「えっと……」 
「気が狂ったようなとこばっか教えたけど、頭は良い動物で、かなり高い社会性を持ってることもわかってる」   
    
狩りや木の実を集めるのは若いオスが、子育ては若いメスで分担し、年老いた者たちはあまり動かず、餌だけを与えられ自由に過ごしている。 
でもあれ、騒いでる時は歳とってるやつらも総出だからな……。よくわからない生き物だった。 
  
「俺が見つけてたらクレイジーモンキーって名前にしてたけどな」 
「今の話を聞くと、その方がしっくりきますね……」 
  
その後も下を眺めていたものの、景色が流れるだけ。地上にいるものは木々に隠れて見ることはできないため、空から見えるような動物はほとんどいない。 
ついに雲に入り、その景色すら見えなくなった。 
  
「今乗せてもらってるトパーズもそうだけど、雲に擬態してる動物ってのが結構いる」 
  
魔法のある世界では、空を飛ぶために必ずしも羽ばたく必要はない。 
  
「こういうときは魔力視を使うと擬態してる動物も見えるぞ」 
「えっと、この子ってもしかして……?」 
  
いつの間にか手に白い毛玉を抱えたほのかがそのままそれを手渡してきた。 
手の中でもぞもぞ動いたあと、ぽんっと四本の足が飛び出す。 
  
「わっ!可愛い!」 
「よく捕まえたな……」 
  
白い毛玉に足が生えただけの生き物。さっきまで雲にまぎれて飛んでいた動物だ。 
  
「ウールボール。この子の毛はいろんなとこで使えるから、持って帰ったら売れる」 
「え、この子ごと売るんですか?」 
「いや、面白い習性があってな……」 
  
腕の中でもぞもぞ動いていたそれをつまむように掴みあげ、上から軽く叩く。 
  
「ちょっとかわいそうですね……」 
「一応これが一番負担にならないって言われてるんだけどな」 
  
しばらく叩き続けてると、掴んでいた腕から重みが消える。 
毛玉からストンと何かが抜け落ちた。 
  
「わぁ!」 
「これもこれで、可愛いだろ?」 
  
毛玉の中から、何かが生まれ落ちたように飛び出す。 
先ほどまで動いていた毛玉は動かなくなり、サイズだけ小さくなった子どもが生まれたような形だ。何度かキョロキョロした後、空に向かって飛び出していった。 
  
「手元に残ったこれが、素材になるってわけだ」 
  
かばんに仕舞っておく。
  
「この世界の糸はあの子からとってるんですか?」 
「いや、空が飛べる冒険者は少ないからな。これは結構高級品だよ」
捕まえたのはほのかだし、これは給料に上乗せして渡すとしよう。
「基本的には地上にいる羊とか、虫の糸を使う」 
「虫ですか……」 
「元の世界でもあっただろ?絹が」 
「あぁ、そうでしたね……」 
  
この世界で使われている虫の糸は絹ではない。嫌そうな顔をするほのかにさらに衝撃を与える情報ではあるが、今後のために教えておこう。 
  
「こっちで使われるのは蜘蛛だ」 
「えっ……」 
  
ほのかの顔が固まった。 
  
「虫はダメなのか」 
  
比較的何でも行けるものかと思っていたが、そうでもないらしい。 
エリスの魔法は大丈夫だったが、そういえば最初に餌やりをした時も抵抗があったな。 
  
「慣れれば……。あとはエリスさんみたいにペットとして管理されているなら大丈夫なんですけど……」 
  
漠然としたイメージとして、虫は気持ち悪いんだろう。気持ちはわかる。 
「ほのかならすぐ慣れそうだけどな」 
「もしそういうところに行く時は、ちゃんと連れていってくださいね」 
「普通連れて行かないでくださいじゃないのか?」 
「早く慣れたいじゃないですか」 
  
この辺のチャレンジ精神は見習っておきたいところだが、この子の場合はそれが強すぎる気もする……。
  
「元の世界でも蜘蛛の糸がすごい!みたいな話は聞いたことはあるんですけど、あれってねばねばしてるじゃないですか?どうやって使うんですか?」 
「あぁ、全部が粘り気を帯びるわけじゃないんだよ」 
  
蜘蛛の糸は縦糸と横糸があり、粘り気があるのは横糸と呼ばれる部分だけだ。ほのかの言うとおり、元の世界でも蜘蛛の糸の利用価値に目を付けた研究は進んでいた。 
こっちではそもそもそれに向いた種がいたこともあり、一足先に利用に成功していた。 
  
「この世界ではそもそも粘り気もなく、巣のためでもないのに糸がでる種類がいてな」 
「そうなんですね」 
「多分何代も糸の利用のために飼われてきたから、品種改良みたいなことになってるんだろうけど、今はもう育てていたら勝手に糸を垂れ流すようになってるな」 
「想像するとちょっと、シュールですね」 
  
地上性ののんびりとした蜘蛛が、粘り気も何もない糸をお尻から垂れ流しながら生活している姿は、確かにシュールではある。 
  
「まぁ、そのうち見る機会もあるだろ」 
「じゃあ、そういう種類の蜘蛛を捕まえるとかっていう話はないんですね」 
「生息地に行って、そいつらの餌を取ってくるって話なら結構あるけどな」 
「餌って……」 
「虫だな」 
「やっぱり……」 
「ちなみにうちみたいに餌虫も飼育してるところもある。うちから売ることもあるし、そういうところから仕入れてくることもあるって感じだな」 
「稼ぎ先なんですね……じゃあなおさら見る機会はありそうですね」 
  
ほのかがこの先もペットショップを助けてくれるなら、近いうちにそういう機械は訪れるだろう。 
  
「さて、もう一回下を見ようか」
「何かあるんですか?」
ほのかがよたよたと危なっかしい足取りで雲の縁にやってくる。
落ちてもいいようにしてあるとはいえ、ちょっと怖いな……。
「立たなくてもいい。ゆっくりでいいからな」
「あっ、ありがとうございます」
バランスを崩した時のために手を構えてほのかを待つ。なんとか無事、縁までたどり着いた。
「この辺はもう、木が低いだろ?」 
「あ、ほんとですね」 
  
先ほどのジャングルメット達がいる木々は、50mは裕に超える高さだった。それに対して今指さしている場所は、街路樹と同じような感覚で見られる。
冒険者にとってはこの辺りのほうが、ジャングルメットの生息地より近い。あそこは崖の上にあり、上空から近づくとジャングルメットをはじめとする大型の動物に集団で襲われる。下から目指すのも同様に命がけの作業になるため、普通の冒険者はほとんど近づくことのない場所だ。
それに対してこのあたりは、比較的冒険者が良く訪れる一角だった。
  
「ああいうところはウサギとかイノシシとか、馴染みがあって食用になる動物も多い。良く冒険者が出かけるところだ」 
「そうなんですね。覚えておきます」 
「ほのかは冒険者としてやっていくつもりがあるのか?」 
「いえ、アツシさんと一緒にいるなら、必要になるかなと思っただけですよ?」 
  
キョトンとした顔で当たり前のように言われる。 
  
「えっと、俺は一応ペットショップだけでやっていけるのが目標なんだけどな」 
「それならもっとちゃんと接客できるように頑張ります!」 
  
これもまた、当たり前のようにいつまでも一緒にいるような台詞が出てきた。鼓動が速くなるのを感じる。 
  
「ありがとな」 
  
それ以上続けられず、顔をそらした。 
  
「しばらくは何も見るところはないと思うけど、気になるもんがあったら聞いてくれ」 
「はい!」 
  
楽しそうに雲の縁から森を見下ろすほのかから少し離れ、休むことにした。 
長い旅だ。休息も必要だろう。 
「いや、俺は爬虫類ばかりだったからな……そもそもキツネは高すぎて手が出せるようなもんじゃなかった」 
「やっぱり高かったんですね……いくらくらいだったんですか?」 
「一番安いフェネックで50万は超えるし、ペットとして見たキツネはシルバーフォックスって名前で売られてるのがいたけど、150万くらいだったと思うぞ」 
  
毎年値段が大きく変動する世界ではあるが、あの辺の動物はそう変わらないだろう。
いや、ものによっては年々高騰するか……。 
  
「日本のキツネは飼えないんですか?」 
「わからんけど、こっちと違って野生のを捕まえてきてペットにするのはまぁ、無理だろうな」 
  
群れをつくらない動物とはいえ、一匹でも捕まえるのは困難だ。そもそも野生の個体は病原菌も多く、問題になりやすい。一度餌付けただけで人里に出入りするようになり、結果殺さざるを得なくなる動物も多い中で、野生個体を飼おうなどとは思えなかった。詳しくないがそういう法律やら条令もあっただろう。 
  
「慣れた個体はほとんど犬だろってくらい慣れるんだけどな」 
「やっぱり、可愛いですよね」 
  
今はもう面影もない雲に化けているトパーズを、ほのかが撫でる。 
  
「そうだな。せっかくだから森の魔獣たちも紹介するか」 
「わっ!いいんですか!」 
「トパーズ、ちょっと落ちないように、頼めるか?」 
  
一声かけてから雲の縁まで移動する。トパーズは柵を作るように雲の形状を変化させてくれた。 
  
「ありがとな」 
  
万が一の時のために近くに翼竜をスタンバイさせ、空から森を覗きこんだ。 
  
「見えるか?」 
「なんとか……あ、あそこに何かいますね!」 
「え、見えるのか……」 
  
雲の高さに合わせて飛んでいるのだから、下の動物を見るのは難しいはずだ。 
生息地をいくつか紹介するくらいかと思ったが……。 
  
「ああ、あれは見えるな」 
「なんですか?あれ」 
  
森の木々が激しく揺れる一角がある。 
  
「ジャングルメット。霊長類で、見た目はチンパンジーとか猿が近いけど、サイズはゴリラより大きい」 
「元の世界にいた動物に近いんですね?」 
「性質がまるで違うけどな……。あれ、木に群がって揺らしてるの、なんでだと思う?」 
「え、えっと……木の実を落としたり?」 
「木の実も確かに食べるけど、そういう時は登って採るかな」 
「あぁ、そうですよね」 
  
オランウータンは森の人、ゴリラは森の賢者などと呼ばれたが、ジャングルメットを表す言葉を当てはめるなら、森の狂人になるだろう。 
  
「あれな、別に意味ないんだよ」 
「え……」 
「よくやるんだけどな……狂ったように木を振り回して暴れて、そこら中の木を薙ぎ倒して、それで終わる。あれで餌を得ていたり、オスがメスにアピールってことはないんだ」 
「でも、なにか意味があったり、しないんですかね?」 
「それはわからないけどな。俺はストレス解消だと思ってる」 
「ストレス解消……」 
「他にもやたら土を掘ってみたり、突然殴り合いを初めてそのまま笑いあったり」 
  
基本的に動物は、生きるために必要な動作しか行わないものだ。ジャングルメットの行動はあまりにもそういった側面からかけ離れたものが多く、こうして特徴だけあげていくと気が狂っているとしか言えない性質ばかりが残った。
サイズがサイズなので、一度木々を揺らせば数十メートルの木が薙ぎ倒され、一度土を掘り始めれば洞窟のような空間が出来上がる。あの付近にあるダンジョンはジャングルメットの手で作られたのではないかと言われているほどだ。
  
「えっと……」 
「気が狂ったようなとこばっか教えたけど、頭は良い動物で、かなり高い社会性を持ってることもわかってる」   
    
狩りや木の実を集めるのは若いオスが、子育ては若いメスで分担し、年老いた者たちはあまり動かず、餌だけを与えられ自由に過ごしている。 
でもあれ、騒いでる時は歳とってるやつらも総出だからな……。よくわからない生き物だった。 
  
「俺が見つけてたらクレイジーモンキーって名前にしてたけどな」 
「今の話を聞くと、その方がしっくりきますね……」 
  
その後も下を眺めていたものの、景色が流れるだけ。地上にいるものは木々に隠れて見ることはできないため、空から見えるような動物はほとんどいない。 
ついに雲に入り、その景色すら見えなくなった。 
  
「今乗せてもらってるトパーズもそうだけど、雲に擬態してる動物ってのが結構いる」 
  
魔法のある世界では、空を飛ぶために必ずしも羽ばたく必要はない。 
  
「こういうときは魔力視を使うと擬態してる動物も見えるぞ」 
「えっと、この子ってもしかして……?」 
  
いつの間にか手に白い毛玉を抱えたほのかがそのままそれを手渡してきた。 
手の中でもぞもぞ動いたあと、ぽんっと四本の足が飛び出す。 
  
「わっ!可愛い!」 
「よく捕まえたな……」 
  
白い毛玉に足が生えただけの生き物。さっきまで雲にまぎれて飛んでいた動物だ。 
  
「ウールボール。この子の毛はいろんなとこで使えるから、持って帰ったら売れる」 
「え、この子ごと売るんですか?」 
「いや、面白い習性があってな……」 
  
腕の中でもぞもぞ動いていたそれをつまむように掴みあげ、上から軽く叩く。 
  
「ちょっとかわいそうですね……」 
「一応これが一番負担にならないって言われてるんだけどな」 
  
しばらく叩き続けてると、掴んでいた腕から重みが消える。 
毛玉からストンと何かが抜け落ちた。 
  
「わぁ!」 
「これもこれで、可愛いだろ?」 
  
毛玉の中から、何かが生まれ落ちたように飛び出す。 
先ほどまで動いていた毛玉は動かなくなり、サイズだけ小さくなった子どもが生まれたような形だ。何度かキョロキョロした後、空に向かって飛び出していった。 
  
「手元に残ったこれが、素材になるってわけだ」 
  
かばんに仕舞っておく。
  
「この世界の糸はあの子からとってるんですか?」 
「いや、空が飛べる冒険者は少ないからな。これは結構高級品だよ」
捕まえたのはほのかだし、これは給料に上乗せして渡すとしよう。
「基本的には地上にいる羊とか、虫の糸を使う」 
「虫ですか……」 
「元の世界でもあっただろ?絹が」 
「あぁ、そうでしたね……」 
  
この世界で使われている虫の糸は絹ではない。嫌そうな顔をするほのかにさらに衝撃を与える情報ではあるが、今後のために教えておこう。 
  
「こっちで使われるのは蜘蛛だ」 
「えっ……」 
  
ほのかの顔が固まった。 
  
「虫はダメなのか」 
  
比較的何でも行けるものかと思っていたが、そうでもないらしい。 
エリスの魔法は大丈夫だったが、そういえば最初に餌やりをした時も抵抗があったな。 
  
「慣れれば……。あとはエリスさんみたいにペットとして管理されているなら大丈夫なんですけど……」 
  
漠然としたイメージとして、虫は気持ち悪いんだろう。気持ちはわかる。 
「ほのかならすぐ慣れそうだけどな」 
「もしそういうところに行く時は、ちゃんと連れていってくださいね」 
「普通連れて行かないでくださいじゃないのか?」 
「早く慣れたいじゃないですか」 
  
この辺のチャレンジ精神は見習っておきたいところだが、この子の場合はそれが強すぎる気もする……。
  
「元の世界でも蜘蛛の糸がすごい!みたいな話は聞いたことはあるんですけど、あれってねばねばしてるじゃないですか?どうやって使うんですか?」 
「あぁ、全部が粘り気を帯びるわけじゃないんだよ」 
  
蜘蛛の糸は縦糸と横糸があり、粘り気があるのは横糸と呼ばれる部分だけだ。ほのかの言うとおり、元の世界でも蜘蛛の糸の利用価値に目を付けた研究は進んでいた。 
こっちではそもそもそれに向いた種がいたこともあり、一足先に利用に成功していた。 
  
「この世界ではそもそも粘り気もなく、巣のためでもないのに糸がでる種類がいてな」 
「そうなんですね」 
「多分何代も糸の利用のために飼われてきたから、品種改良みたいなことになってるんだろうけど、今はもう育てていたら勝手に糸を垂れ流すようになってるな」 
「想像するとちょっと、シュールですね」 
  
地上性ののんびりとした蜘蛛が、粘り気も何もない糸をお尻から垂れ流しながら生活している姿は、確かにシュールではある。 
  
「まぁ、そのうち見る機会もあるだろ」 
「じゃあ、そういう種類の蜘蛛を捕まえるとかっていう話はないんですね」 
「生息地に行って、そいつらの餌を取ってくるって話なら結構あるけどな」 
「餌って……」 
「虫だな」 
「やっぱり……」 
「ちなみにうちみたいに餌虫も飼育してるところもある。うちから売ることもあるし、そういうところから仕入れてくることもあるって感じだな」 
「稼ぎ先なんですね……じゃあなおさら見る機会はありそうですね」 
  
ほのかがこの先もペットショップを助けてくれるなら、近いうちにそういう機械は訪れるだろう。 
  
「さて、もう一回下を見ようか」
「何かあるんですか?」
ほのかがよたよたと危なっかしい足取りで雲の縁にやってくる。
落ちてもいいようにしてあるとはいえ、ちょっと怖いな……。
「立たなくてもいい。ゆっくりでいいからな」
「あっ、ありがとうございます」
バランスを崩した時のために手を構えてほのかを待つ。なんとか無事、縁までたどり着いた。
「この辺はもう、木が低いだろ?」 
「あ、ほんとですね」 
  
先ほどのジャングルメット達がいる木々は、50mは裕に超える高さだった。それに対して今指さしている場所は、街路樹と同じような感覚で見られる。
冒険者にとってはこの辺りのほうが、ジャングルメットの生息地より近い。あそこは崖の上にあり、上空から近づくとジャングルメットをはじめとする大型の動物に集団で襲われる。下から目指すのも同様に命がけの作業になるため、普通の冒険者はほとんど近づくことのない場所だ。
それに対してこのあたりは、比較的冒険者が良く訪れる一角だった。
  
「ああいうところはウサギとかイノシシとか、馴染みがあって食用になる動物も多い。良く冒険者が出かけるところだ」 
「そうなんですね。覚えておきます」 
「ほのかは冒険者としてやっていくつもりがあるのか?」 
「いえ、アツシさんと一緒にいるなら、必要になるかなと思っただけですよ?」 
  
キョトンとした顔で当たり前のように言われる。 
  
「えっと、俺は一応ペットショップだけでやっていけるのが目標なんだけどな」 
「それならもっとちゃんと接客できるように頑張ります!」 
  
これもまた、当たり前のようにいつまでも一緒にいるような台詞が出てきた。鼓動が速くなるのを感じる。 
  
「ありがとな」 
  
それ以上続けられず、顔をそらした。 
  
「しばらくは何も見るところはないと思うけど、気になるもんがあったら聞いてくれ」 
「はい!」 
  
楽しそうに雲の縁から森を見下ろすほのかから少し離れ、休むことにした。 
長い旅だ。休息も必要だろう。 
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