旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

竜使いの誕生と皇女の来店

 レオとソウの様子を店内から伺うと、すでに二人がそれぞれ一匹ずつの翼竜とペアになっていた。
 レオの方は翼竜に遊ばれているような様子もあるが、あれは良くなついている証拠だ。
 ソウの方も、落ち着いた様子で首元を撫でられながら、大人しくしている。すでにある程度の信頼関係を築けているとみて良いだろう。


「決まってるみたいだな」
「なぁ。今から不安なんだけど、俺こいつと上手くやっていけると思うか?」


 服の襟を咥えて持ちあげられているレオが声をあげる。


「翼竜は爬虫類の性質が強いから、普通なら逃げだすし、嫌なら本気で威嚇したり攻撃したりする。それがそんだけちょっかいかけてくるってことは、かなり気に入ってるってことだよ」
「本当にそうなのか?」
「逆に俺のほうは大人しすぎて不安になるが、大丈夫なのか?」
「そっちは俺も少し驚いたけど、問題はない。むしろ良い関係を築いていけると思う」


 ソウが、撫でていた翼竜に向き合う。その個体は応えるようにその目を見つめ返していた。
 翼竜でここまで落ち着いた個体はなかなか見ることがない。


「そうか。なら、この二匹を、と言いたいが……先ほどの金額で足りるか?」
「正直にいえば足りない」
「そうか……」
「まぁ先に結論からいえば、さっきの値段で譲るつもりだ」
「本当か?!あれ以上はマジで出せねぇからなっ?!」


 落胆した表情から一転、レオが翼竜にぶら下がったまま目を見開いた。


「ケチろうとしているんじゃなく、次の遠征に必要な費用を考えるとこれ以上は出せないんだ。今すぐ用意できるのはあれが限界だった」
「わかってる」


 この金額だって相当なものだ。Bランクとはいえ、まだ若い二人であることを考えれば、かなり無理してきたと予想できる。……いや、そう考えておかないとやってられないという部分もあるが、まぁいいだろう。


「二人が選んだのか、二人が選ばれたのかはわからないけど、その二匹はあの中でも高い二匹なんだよ」
「何か違うのか?」
「レオのを咥えてるそいつ、ほかのよりでかかっただろ?」
「あぁ、こいつだけやたらでかい上に、やたら俺のことを持ちあげようとしてきたな……」
「基本的に大きさは強さだ。そして、強さと金額は比例する」
「なるほど……」


 レオを持ちあげる翼竜はサイズは、他の翼竜の1.5倍くらいはある。


「俺の方はそんなに大きくは見えなかったが?」
「そうなんだけどな。実はソウの方が金額は高い。その個体だけ、色が薄かっただろう?」
「あぁ、それが何か関係あるのか?」
「爬虫類の色や柄の違いをモルフって言って区別してるんだ。他の個体がノーマルなのに対して、その個体だけゴーストだろうという前提で値段設定してるんだ」
「ゴースト?」
「色を薄くする遺伝子を持っているって意味だ」
「遺伝子……よくわからないな」


 ソウの撫でる個体は他の翼竜の持つ緑の鱗の色が少し薄い。こういった個体ごとの特徴が、遺伝することが証明された時、その個体にモルフ名が付く。有名なものだとアルビノもモルフの一つとされている。
 モルフが確立された個体は、その子供に確実にその特徴を引き継がせることができる。つまり、一匹アルビノの個体を見つければ、意図的にアルビノの子どもを産ませることができるというものだ。


 ソウが選んだ個体は、俺の見立てではゴーストという色素が薄くなる遺伝子を持っている。モルフものとなると、将来の子どもたちの分までの収支を上乗せするために、値段は跳ね上がってしまう。


「要するに子どもを作らせた時に価値が生まれるってことだ。もし良ければそいつが発情期を迎えた時、店に貸してほしい。それで値段についてはある程度解決できる」
「そういうことならもちろん構わない。ただ、発情期と言うのは俺たちで判断できるのか?」
「個体差もあるから何とも言えないところだが……まぁまだ1年は先の話だろうし、今は気にしないでいい。借りるにしても2.3日で済ませるつもりだ」
「わかった」


 これなら、店としてもこの個体の元は取れるだろう。


「それに、今日2人がこの子たちを連れて帰ってくれることで、計り知れない宣伝効果を持っている」
「ふむ」
「そういう意味で、あの金額でも手放す価値がある」
「良いのか?後から稼ぎを得て足りない分を支払うこともできるぞ?」
「構わない。宣伝ってのはかなり大きな価値を持つんだ。2人が今後しっかり活躍してくれれば、十分元が取れる」


 もちろん保証はない。それでも、そこに投資する価値は十分にある話だった。


「世話に必要な道具も付ける。少し待っていてくれ」
「その値段くらいは、あとからでも持ってこよう」
「そうか。金じゃなくても、ここで使う素材ならそれでいい。いや、そのほうがありがたいな」


 二人なら大した手間にならないものを頼みやすい。必要な用品には値の張るものも含まれる。後から請求するには申し訳ない金額だし、そういう形の方がすっきりするだろう。


 相変わらず遊ばれっぱなしのレオは置いておいて、ソウと商談を進める。
 飼育に必要なものはそう多くはない。サイズ的にケージも置けないため、水入れや餌入れといった用品も特に必要ない。餌代にしても、このサイズに与え続けるのは難しいときもある。爬虫類は毎日餌を食べる必要もなく、気まぐれだ。放し飼いで自分たちで調達してもらうのが一番だろう。
 そうなると必要なものは、純粋に彼らがこの竜たちを使役するために使う道具に絞られる。


「馬や地竜と同じように、鞍をつける。こいつらの鞍は特別製だから使えなくなったらうちに来てくれ。ある程度は直す」
「直せないほど壊れた場合は?」
「結構痛い出費になると思ってくれ」


 特にレオが選んだ方はサイズ的に帝国軍が使用するものが流用できないため、作るとなればかなり特注になる。


「わかった……」


 それからしばらく、騎乗の説明や注意、その他飼育に関わる説明をして、最後に契約に移った。


「騎乗については帝国軍でも良く使われるし、何となくわかるだろう?」


 この世界では元の世界より馬や竜への騎乗の知識は身近だ。自転車ほどとは言わないが、又聞きや実体験によってどういったものかは常識として知っている。


 滞りなく、契約も済ませた。


「不思議な感覚だな……」
「でもこれで、こいつと何か結ばれたって感じはする」


 さすがに契約中は大人しくしていたものの、終わった途端、大きいほうの翼竜はレオに再びあまがみをはじめて甘え始めた。


「本当に最初から相性がいいな……。契約の内容も今理解したとは思うからもう大丈夫だな?」
「ああ。また何かあればここに来ればいいか?」
「そうしてくれ。分からないことだらけだろうし、いくらでも来てくれればいい」


 ペットショップの生体の値段は、ある程度のアフターサービスも含めている。


「いきなりだけど、いまからこいつに乗って帰ってもいいのか?」
「もちろん。というか、2人の場合基本的に一緒にいたほうがいい。俺みたいに召喚はできないしな」
「それもそうか……」
「このあとにでも、いつどこにいるとかいう簡単な約束はしていけばいい。竜なら言葉でも伝わるし、契約の感覚がわかったなら、そういったやり取りもできるようになってるはずだ」
「そうなのか!すげぇな!」
「あとは名前を付けてやってくれれば、そいつらも喜ぶだろうな」


 応えるように二匹の竜が首を大きく縦に振る。


「名前、あんたはつけてなかったのか?」
「自分のペットやパートナーにはつけるが、商品にはつけてない」
「なるほど……それなら、帰ってからじっくり考えるとしよう」
「俺はもういくつか考えてあるしな!一緒に気に入る名前考えような!」


 それぞれの反応に、それぞれの竜もまた反応する。
 一方はすました顔で、それでも嬉しそうに首を動かし、もう一方は直接的な愛情表現によって飼い主をかばんごと抱えていた。


「世話になった」
「またわからないことがあれば来てくれ」
「そうじゃなくても、また寄らせてもらうわ!」
「そうか。翼竜のためのグッズを増やしておくとするよ」
「それは楽しみだ!」


 不慣れながらも何とか竜たちに助けられながら騎乗した2人は、そのまますぐに飛び立っていった。
 途中レオが落ちかけた気がしたが、まあいいだろう。2人の活躍がこの店の宣伝になる。次の遠征がうまくいくことを祈りながら、2人と2匹を見送った。




―――




 店に戻ると、待っていたフードの客が立ちあがる。


「やっぱり、身分を明かそうと思います。貴方が信頼できることもわかりました。僕に竜を、紹介してください」 


 考えるには十分な時間があったということだろう。


「わかった。ひとまず自己紹介をしてもらえるか?」


 フードに手をかける。
 その顔は、やはり中性的で性別については見分けが付かない。いや、性別のことが意識から外れるほど、それ以上に強烈な特徴を持った容姿だ。 
 透き通るような白い肌。髪は小柄で幼く見える容姿とはイメージが結びつかない純白。そしてその目は、両目とも紅く輝いている。
 フードから覗いた時にある程度わかってはいたが、予想を上回る完璧なアルビノだった。


「メイリア帝国第四皇子。シイル=メイリアです」 
「皇子?!」 
「声が大きいですよ!?」


 慌ててシイルがこちらに寄ってきて小声で忠告した。


 何かに巻き込まれる覚悟はしていたが、思ったよりも大きな出来事に巻き込まれそうだな……。


「失礼、しました……?」 
「話し方は今までどおりでお願いします」
「そうよ?私にもそうなのだから、こんなのに畏まる必要はないでしょう?」
「どこから入ってきた……」


 心配の種は、思いの外はやく、やってきた。


「ミーナ……」
「お姉様……」
「待ってください!何かすごいこと言っていませんでしたか?!」


 フードの少年との商談だけだったはずが、いつの間にか人が集まってしまった。
 メイリア帝国第二皇女ミーナ=メイリア。何年か前に知り合って以来、何かと縁のある皇女だ。
 それから、騒ぎを聞きつけて飛んできたほのかと、何故かついてきたバアル。


「お客さんは?」
「さっき全員出られました。レオさんとソウさんの2人が最後でしたよ?」


 カタカタカタ。


「そんなに長い間あの2人のとこにいたのか。悪かったな……」
「ちょっと!私を無視してどうしてそんな子と楽しげに話しているのかしら?!」
「あぁ、えっと、どっちから紹介すればいいんだ?」
「さっきの話を聞く限りものすごく偉い人たちですよね……私のことは気にせずお話を……」
「貴方、アツシの何なの?」
「え……」


 ミーナがほのかに絡む。
 お忍びなのだろうことがうかがえる簡素な服装でありながら、貴族が纏う輝かしいオーラのようなものが溢れている。胸元まで伸びた金髪が、フワフワなびいているのもその一因になっているだろう。
 委縮して何も言えなくなっているほのかに助け船を出す。


「ほのかは俺の同郷人で、うちの大事な従業員だよ」
「どうしてアツシが答えるのかしら……」
「普通はいきなり皇女にすごまれたら何も言えなくなるんだよ」
「別にすごんでなんて……まぁいいわ」
「皇女様としがない商人の間柄なんだ。それ以上は勘弁してくれ」
「そんな態度ではないことだけは確実ね……」
「それは、私もそう思います……」


 カタカタカタ。


「噂通り、アツシさんはお姉様と仲が良いんですね……」


 皇族が2人も来ているという異常事態でありながら、緊張感のない店内だった。
 とはいえ、シイル皇子だけなら単純に興味本位という線もあったが、ミーナがきたということは確実に厄介事だ。


「アツシ、真面目な話をするけれど、いいかしら?」


 来てしまった。


「嫌な予感しかしないからできれば何事もなかったことにして帰ってもらえるとありがたいんだけど……」
「私が来た時点で、厄介事が舞い込んでくることは確実なんだから、こうなったら話を聞いておいた方がいいのではなくて?」
「さっき自分でもそんなことを考えていた気がするよ……」
「アツシは色々考える癖に、いざとなると逃げ腰になるのよね……」


 この流れでは何も言い返せない。


「埒が明かないし、結論だけ言うわね」


 ミーナの口から告げられた言葉は、今までの平穏を一撃でぶち壊すだけの破壊力を持ったものだった。


「戦争に備えなさい」


 異世界に来てから二度目の戦争が、すぐ目の前に迫ってきていた。

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