旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

可能性

 マモに承諾を得て、ほのかの実験に付き合うことになった。
 マモは何故かほのかが気にいったようで、珍しく自分からほのかの方に近づいていく。ほのかもそれを受け入れて撫でてやり、仲良く俺のあとをついてきていた。
 何だろうか。この敗北感は……。


「多分すぐに見つかると思うけど、この辺でテイムしやすいものかぁ」
「マモちゃんはかなり強いんですよね?マモちゃんに危険がない相手ならなんでも大丈夫です」


 そう言われて、このあたりのよく見る魔獣、獣をリストアップする。ほのかでテイムができそうなもの。
 ついでだし売れるのがいいか。


「じゃあ、あの崖の下までいこうか。イワトビトカゲとか、それを狙うフライシャークもいるかもしれない」
「イワトビトカゲはわかるんですが、フライシャークってなんですか……」


 ほのかの表情が変わる。サメと聞いて怖がったという反応ではないな……。


「これは俺のネーミングじゃないからな!最初から決まってたんだよ」
「この世界って、英語で名付けをするんですかね?」
「いや、俺はこの世界にきたとき、最初から日本語のつもりで喋って話が通じたし、相手の言ってることもわかったから、その辺のところはよくわからないだよな……」


 もちろん話が通じないよりも、通じてくれたほうがありがたい。最初は気になっていたが、毎日を生き抜くためにそんなことを気にする余裕のない日々を送っている間に、この疑問も薄れていた。今は通じるならそれでいいか、くらいの認識だったが、言われてみるとまた気になりだしてくる。


「まあ、通じるならいいでしょう」


 だというのにほのかの方は特にこの点で深く話を掘り下げるつもりはなさそうだ。
 仕方ないから俺も切り替えていこう。


「フライシャークは、別に元の世界のサメのイメージとは違うし、スカイフィッシュみたいなUMAでもない。イメージでいうとツバメだな」
「ツバメですか」
「ちょっとサイズは大きいけど、羽ばたかずに飛び回るから魚みたいに見えたのかもな」


 そんな話をしている間に崖の下へたどりつく。狙い通り少し高いところをフライングシャークが飛びまわっている。


「ツバメっていうには、少し大きすぎませんか……」


 ここに来て初めてほのかが不安そうな表情を見せた。


「カラスくらいじゃないかな?と言っても、元の世界でもカラスが近くにいたら結構怖いわな」
「はい……。カラスは逃げてくれましたが、あれを倒してとなると……」
「まあ直接戦うのはほのかじゃないし」
「だからこそ心配なんですが」


 そう言うとマモがほのかの足に頭突きを繰り返す。


「ごめんね?マモちゃんを信じてないわけじゃないんだけど」
「マモなら大丈夫だ。フライシャークなんか俺たちがトンボを捕まえるのと同じような感覚だろ」
「それはそれで難しそうなんですが……」


 テイムが、というより、ほのかにとっては異世界での初戦闘なわけだ。緊張するのは当然だろう。
 言い出したのはほのかだが、実際に魔獣を前にするとこうなるのも仕方ない。


「とりあえず俺が見本を見せるか?」
「いえ、それでは意味が薄れます。手順だけもう一度、教えていただけますか?」


 テイムの手順。
 流れはグランドウルフの時と同じだ。
 倒すなり、餌で釣るなりして一旦野生動物と人、という状況から、一匹と一人の関係を構築する。その上で、交渉を行う。言葉が通じないので、こちらからのわかりやすい意思表示は餌を与えるという動作になる。それを魔獣が受け入れれば、一定の信頼関係を構築し、テイムが完了する。
 俺の場合はここからさらに契約作業が入るが、ほのかが行うのはマモを従えて一度力の差を見せつけること、その後餌を与えることだけだ。


「こっからは、任せた方がいいのかな?」
「そうですね。マモちゃん、あの中から何匹か、連れてきてもらってもいいかな?」


 マモは「もちろん!」とでも言うような表情を浮かべてから、のしのしと岩壁の方へと近づいていく。彼女の表情を読み取っただけなので、正解かどうかはわからないが。
 その間に先ほどグランドウルフにあげた肉を、革袋ごとほのかへ差し出す。


「じゃあ、行って!マモちゃん!」


 次の瞬間、マモの身体が上空へ向けて射出された。
 マジックモニターは多種多様な魔法を操る。個体によって得意な属性が異なり、マモは風属性を好んで使用する。腹を引きずって歩く普段の様子とは一転して、上空へまっすぐ放たれたマモの姿は、まるで一本の矢のようにシャープな直線を描く。
 狙い通り一匹のフライシャークを咥えることに成功する。と、同時に、空中で腕を振り回す。物理的な距離では届いていないフライシャークの何匹かが、突然自由落下をはじめた。
 風魔法だろう。翼を斬り裂くような威力ではなく、あくまで飛行能力を一時的に奪う程度に調節された魔法で、見事マモはほのかの要求に応えて見せた。


「ありがとう~!」


 まずほのかはマモに肉を渡した。この辺はさっきの流れを見て学んでいたのだろう。
 次に、加えられていた気を失っていないフライシャークへ肉を渡そうとする。


「あっ」


 が、差し出した手は空を切り、フライシャークは一目散に上空へ飛び立った。


「やっぱり……」


 ここまでくると彼女の言わんとすることも見えてくる。


「“テイマー”のスキルか、アツシさんの能力かはわかりませんが、テイム成功率が普通の人とは違うことは、これでわかりましたね」
「みたいだな……」


 もちろんほのかに経験がないことも原因の一つだろうが、見ている限りその流れに特に問題はなかった。俺と同じようにやっていたと思う。
 そのあと、マモの落としたフライシャークの六匹を、三匹ずつ俺とほのかで分担してテイムすることにした。


「ほら、食うだろ?」


 倒れていたフライシャークに近づき、肉を与える。弱っていたのもあり、逃げられるようなこともなく受け渡しに成功する。他の二匹も同様に作業を完了し、無事三匹のフライシャークへテイムが完了した。一匹一匹に“テイマー”としての契約を行うことも忘れずに。
 すべて終わってからほのかの方を見てみると、悔しそうな、それでいてどこか納得したような表情でこちらを見ていた。


「一匹だけですね……」


 これが経験による差なのか、スキルによる差であるかはわからないが、一つ、自分の能力を理解できる出来事になった。


「アツシさん、このスキルについて特に深く掘り下げずに使ってましたよね?」


 テイムしたフライシャークがほのかの肩に止まり、髪をつついてちょっかいをかける。
 俺のテイムしたフライシャークたちは、一定の距離を保ちながら三匹で仲良く飛んでいる。このあたりも違いといえば違いか。
 ここに来て、もしかしたら自分のスキルは俺が思っていたよりも有用なものなのではないかという期待感が生まれる。


「私の場合は、手懐けるというよりも懐くという感じですよね」
「そうみたいだな」


 自分の能力を客観的に分析したのは初めてだ。
 この能力が、あるいは俺自身の能力が、自分で思っていた以上のポテンシャルを秘めているかもしれない。異世界に来たばかりに感じた、自分に対する期待感、高揚感、未知への探求心。忘れていた感情が一気に呼び覚まされてくる感覚が湧いてくる。


「嬉しそうですね?」
「そりゃそうだ。俺が思っていた以上にこのスキルには可能性があったことがわかったんだから」
「そうです。それに、工夫次第でもっとすごくなる可能性を秘めています」
「本当か!?」


 すっかりほのかのペースである。
 この子は本当に異世界生活一日目なのか……?適応能力が高いとかそういう次元ではない気がしてきたが……。
 こういうのがいわゆる“主人公”なのかもしれない。物語の中の主人公たちは、見慣れない異世界にすぐに順応し、活躍していく。もしかすると俺は、この先すごい存在になる少女とやり取りをしているのではないだろうか。


「聞いていましたか?」
「あ、ごめん。考え事をしていた」


 いつの間にか近くに来ていたほのかの大きな黒い瞳が、こちらを下から覗きこむ。下手をすれば一回り年下の女の子に、一瞬ドキッとしてしまった。危ない……。肩に乗って同じように覗き込んでいたフライシャークの姿が目に入って和んだおかげで現実に戻ってこれた。


「私がテイムしたフライシャークは、三匹のうち最後にテイムした子です」
「そうみたいだな」


 横目にほのかの様子はうかがっていた。失敗してフライシャークに飛び立たれる姿もみてはいた。
 思わず何度か手を差し伸べそうになったが、ぎりぎりのところで我慢していたのだ。


「一匹目は見ていた通り、手を伸ばした段階で逃げられました」


 マモが咥えていた最初のフライシャークのことだ。


「二匹目、試しに肉だけあげたらどうなるだろうと思って、投げ渡してみたんです」


 なるほど。失敗したら試行錯誤をする。テイムの作業において、俺にはなかった要素だ。


「そしたら、肉だけ咥えて逃げられてしまいました」
「ああ……」
「三匹目はなんとか手から上げないとと思って、少しずつ近づいて、逃げることなく口元に肉を持っていくことには成功しました」
「おお」


 聞いているだけでほのかの努力が見られる。


「でも、食べてくれませんでした」
「え、あの肉を?」
「近くに置いて離れたら、くわえたまま飛び立っていったので……元の世界でも恐る恐るという感じで餌を奪い取っていく動物はいましたし、人が近くにいたら動けないというのもあるんでしょう」
「成功した子には、何をしたんだ」
「何もしなかったんです」
「何も?」
「肉を持って、待ったんです」


 なるほど。
 投げ渡しても意味はない。自分から行けば怖がられる。
 肉を持って鳥を待つのは、猛禽類の調教でよく見られる手法だ。
 俺は飼ったことはないが、鷹を飼っている人が調教している様子を見ていたことがある。少し離れたところから自分の手元に飛んで来れば餌をあげるということを繰り返していた。


「そしたら、この子は飛んできてくれました。餌を咥えた途端、目の色を変えてこちらにすり寄ってきたので、この餌のおかげというのも大きいと思います。他の餌ならそこまでやっても失敗する気すらしました」


 自分では気付いていなかった“テイマー”の能力か。あるいは俺が経験から積み上げたものか……。ひとまず、俺の今までやってきたテイムという作業が、ある程度普通ではないことはわかった。


 同時に、ほのかの秘めた可能性についても考える。この子のことを知らないといけない。同じ異世界人で、俺にだけエクストラスキルがあるというのも不思議だ。何かしら彼女にも特別なスキルや能力が備わっている可能性がある。
 魔法に憧れる様子もあったし、明日はほのかのために一日を使おう。
 そんな思いを胸に、二人と数匹で家路へ着いた。



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