旧 ペットショップを異世界にて

すかい@小説家になろう

主力商品

「さて、どれから紹介するかな」


 店の外では、どれもこれも人より大きな、まさに魔獣という表現がぴったりの生き物たちが各々自由に過ごしている。


「私、こんなところで寝てたんですか……」


 ほのかの顔が若干引きつっているのも無理はない。
 店の外は“テイマー”のスキルで手懐けた魔獣の待機場所だ。柵も檻もない。言うなれば庭で猫が集まってきて寝ているような、彼らからすればそのような認識でここにいる。
 そこにいるのは猫ではなく、人の二倍の大きさはある大きな鳥、睨み合う地竜と風竜、横になって大きなあくびをする白い虎といった魔獣たちだが……。


「アツシさんが早起きだったことに感謝します……」


 ここでのんびり寝ていたことを知ったほのかは、手を合わせて俺を拝んでいた。








 そんなことを言っていたほのかだが、ものの数十分で怯えていた魔獣に打ち解けた。本当に適応能力の高い少女である。
 今では地竜にもたれ掛かりながら、ゴロゴロ言って頭を押し付ける大きな猫を撫でている。


「そのでかい猫は俺の“パートナー”の一匹で、ハクって名付けてる」
「ハクですか。可愛いですね」
「最初はあんなにビビってたのに……」
「仕方ないじゃないですか?!ゾウ、ワニ、ライオン、オオカミ、トラが一堂に会している中でのんきに寝ていたようなイメージですよ!」
「まあ概ね間違ってはいない……」


 今も半水棲の魔獣たちは、店の裏に作った自作プールで涼んでいることだろう。


「この子はアルビノっていうやつですか?」
「いや、アルビノは黒の色素を持たない個体を指すから、こいつみたいなのは白変種、リューシスティックって言うんだよ。アルビノは目が赤くなるからな」


 ハクの目は深い碧をしている。見た目は完全にホワイトタイガーだ。魔法が使えると言う点が元の世界にいた虎との大きな違いだろう。


「元の世界の虎と、少しずつ違いますね。柄の入り方とか」
「え、そうだったのか。見た目はホワイトタイガーだなと思ってたから種族名は考えてなかったな……」
「良いんじゃないですか?ハクも気にしていなさそうですし」


 二人して転がりながら抱き合って戯れている。すっかり意気投合したようだ。


「全部は紹介しきれないけど、他のパートナーも紹介するか」
「パートナーは一匹ではないんですか?」
「そういう決まりはないかな?ただ、スキルなしで生き物と信頼関係を維持するのは難しいから、普通はハクくらいのサイズなら一匹が許容範囲になるけど」
「なるほど……よくよく考えてみれば、ペットショップというなんとなく馴染みのある場所で過ごしていたおかげで抜けてましたが、この世界のことについて何も知りませんね、私……」
「そうか、そもそもスキルとか、まず国や文化も知らないといけないか」


 ほのかに簡単な説明をする。
 この世界はおおよそファンタジーの世界を思い描いたそれに近い。よくあるゲームや物語の例に漏れず、魔法に頼った生活ゆえ科学力は元の世界ほどない。中世ヨーロッパのイメージを持っておけばかなり近いとだけ説明する。


「やっぱり同郷の人間だと、説明が楽だな」


 ヨーロッパだとかゲームなんて単語、何年ぶりに使っただろうか。
 あとはこの地域、帝国の領土に含まれているそうだが、ほとんど森に差し掛かった辺境の地なので、管理する貴族もいない。実質この地を取り仕切るのは冒険者ギルドになり、帝国領でありながら多種多様な国から様々な種族が行き交う冒険者の街になっているといった説明も付け加えた。


「冒険者ギルド……剣と魔法のファンタジーの世界って感じですね」
「まさにその通り。五年住んでるけど今の所ほとんど期待を裏切られたことはないな」


 まあこれはあくまで俺個人の感想だし、それ以上は実際に見てみないとわからない部分だろう。明日にでも冒険者ギルドに連れていって、色んな人の話を聞かせてあげよう。


「俺もペットショップだけでは食っていけないから、冒険者をやってる」
「あんなにたくさんいるのにですか?!」
「あんなにたくさんいるから、だな」


 情けないことに、ペットショップ経営は未だ軌道に乗っていない。


「話を変えよう。どうだ?うちの主力商品たちは!」


 沈みそうになる気持ちを無理やり切り替えていく。
 放し飼いにしているにもかかわらず、あえて店の近くで待機する忠実な魔獣達は、まさにうちの主力商品と言っていいだろう。手塩にかけて可愛がってきた甲斐があるというものだ。


「この庭にいるのは、全部テイムしてあるって言ってましたよね?」
「そうだな。今いないのも含めて、半分放し飼いみたいになってるけど」
「すべてがアツシさんのパートナーですか?」
「いや、ハクや一部を除けば他は売り物になる。トレーニングってことでパートナーとしての活動をすることもあるけどな」


 馬よりも丈夫で強く、移動能力だけでなく護衛能力も兼ね備える地竜。人や物を運ぶことのできる生物としては、速さで他を圧倒する翼竜。
 こういった実用的なパートナーになる魔獣は、定期的に貴族が買い取っていた。


「なるほど……」


 しばらく何か考えるようにうつむくほのか。まあ色々考えることはあるだろう。
 その間に肉を焼こう。野菜もだ。一部の食材は外にいるやつらと共有だな。


 しばらくして、顔を上げたほのかが言いづらそうに問いかけてきた。


「“テイマー”って、実際のところどれだけの力があるんですか?」


 ほのかの質問に対する答えを探す。漠然とした質問だが、言わんとするところはわかる。


「このスキルは、契約を結ぶためのものだ」
「契約?」
「そう。お互いが条件を出し合って、その条件の上で信頼関係を構築しましたという、証明のようなものになるスキルだな」
「それって、無理矢理契約を結ばせるような感じでは無いってことですか……?」
「契約に行き着くまでの流れは、スキルがあってもなくても、同じなんだ」
「そうなんですか?」
「例えばハクみたいな猛獣系の生き物は、大抵肉が好き。地道にこちらに敵意がないことを示したり、力で勝てないことを覚えこませたりしながら、こちらに寄ってくれば良いことがあるという流れを作る。肉をあげたりな」
「地味ですね……」
「犬のしつけもそんなもんだろ?まああいつらは初めから人間大好きだから、こっちの世界でもそのタイプのは楽で良いんだけど……話が逸れた。とにかく生き物に地道に色んなことを覚えこませて、お互いに何をしたら嬉しいかを確認しあって、協力関係を結ぶ。これが“テイム”の一般的な流れ」
「思ったよりもややこしいですし、そういった手順を飛ばせるのが“テイマー”だと思っていました」


 俺も最初はそう思っていた。異世界に来てこの能力に気付いた時には、めちゃくちゃ強い魔物を無理やり従えて無双できる! とか考えたりもした。
 そんな夢はすでに、手痛い代償を伴ってあっけなく崩れ去っている。


「多分最初の質問の意図は、人間にも効果があるかって部分も入ってたと思うけど、こういう理由があるからおそらく効かないかな」
「おそらくっていうのは?」
「試したことがないから。もしそれが成り立って、それを利用してしまえば、俺はペット屋じゃなく奴隷商になってしまう。ペットもエゴと言えばエゴだけど、その辺の線引きはしておきたいからな」


 人間以外にもこの世界には言語を用いてコミュニケーションが取れる種族はたくさんいる。人間視点で亜人と呼ばれる種族や、龍や精霊のような高位の生命体がそれだ。
 “テイマー”というスキルは、人間をはじめ、こういった相手を無理やり従えるようなチートスキルではなかった。少なくとも俺はその方向に使うつもりはなかった。


「ここまでの話だと、スキルに意味を感じられないんですが……」
「確かにそうだ」


 笑い飛ばす。“テイマー”はノーマルスキルとは一線を画するエクストラスキルと呼ばれるレアスキルであるが、こうまとめてしまうと、ほとんど役に立っていないように聞こえる。


「“テイマー”の能力は、結ばれた協力関係を信頼というあやふやな枠から、契約という明確な約束にするものだ」
「契約……」
「例えば、ハクは俺との契約があるから、どんなに腹が減ってもほのかや俺を襲うことはない」
「それは、こんなに仲良くなったのだから当然なのでは?」


 ゴロゴロと気持ちよさそうに頭を撫でさせるハクからは、確かに人を襲う様子は想像できない。


「信頼をいくら築いたって、言葉の通じない相手だしな。それに信用を失う行動を取れば、それまでの関係は崩れる」
「信用を失うような行動って?」
「例えば、買われていった生物に餌も与えず、ろくに動けない小さな檻に閉じ込めてしまえば、たちまちそいつは飢えた魔獣に逆戻りする」
「そこまでのことは流石に……」
「そう、そこまでのことはしないはずだ。そんなもん、いくら“テイマー”のスキルで契約を結んでいたって、こちらの不備で契約が破棄されてしまう」
「だったらやっぱり、テイマーって……」
「……」


 俺も自分で説明していて自信がなくなっって来た。ほんと、この能力大丈夫なのだろうか。


「まあ、最大のメリットは、こちらに危害を与える意思がなければ、信頼関係が崩れないってところだろうな。普通なら、気づかないうちに彼らの信用を損ねることもあるわけだし」


 動物たち声なき声に耳を傾けなければ、全く意図していない行為も彼らの尊厳を傷つける。


「猫って水が嫌いなのは有名だよな?」
「そうですね。それが……」
「それを知らずに、飼い主の好意で風呂に入れてやろうとしたり、暑いからって水をかけたりってことは、あり得るだろ?」
「ああ!ペットとして飼育法が確立していなければ、そういったことも起こり得るんですね」
「そう。だから普通、パートナーは一匹になる。そんなに気を使って色々世話をしていくのは厳しい」


 その点、テイマーの契約なら、そういった不慮の事故で信頼関係を失うことがない。原理はわからんが、なんらかの形でそういった内容を生き物に理解させるスキル。これが“テイマー”の能力だ。
 本当に大した能力じゃないな……。ちょっと凹む。


「でも、アツシさんは実際に何匹もの生き物を手懐けてますよね。私にはその難しさがまだわかりませんが、この子たちが本気で敵意をむき出しにしている中、手懐けるなんてできる気がしません」
「あぁ……。“テイマー”持ちは生き物に懐かれやすいとか、言葉を理解させられるとかいう説もあるけど、その辺はわからないな」


 そもそもこのスキルを持っている生きた人間を、俺は知らない。過去に記録があったので少し見た程度だ。
 五年もやっていて、これだけの数の生き物を相手にしていれば、なんとなくそうか? と思える部分もなくもないが、それをスキルのおかげと言い切るのは癪だし、自らの力だと言い切るのも躊躇われる、微妙な心境だ。






「さて、それじゃあ話を戻して、他のパートナーを紹かーー」
「グルルゥアオオオオオオオ」


 言いかけた言葉は、森から響いてきた咆哮に掻き消された。
 ほのかがビクリと跳ね、食べかけの肉が地に落ちる。止める間も無くハクがその口に収めた。人間の味付けは身体に悪いから食うなと言ってるんだが……。
 今はそれよりほのかのことを優先して行動だ。


「丁度いいな、少し森に入って実演しようか」
「ええ?!大丈夫なんですか……?」


 咆哮にすっかり怯えたほのかが不安そうにこちらを覗き込む。


「今の声の主が、ここにいるやつらより強いと思うか?」


 言われて辺りを見渡す。戯れ合っていたハクでさえ、しっかり立ち上がれば俺の背丈にほとんど並ぶ高さがある。
 地竜は馬の上位互換だ。サイズも馬の二倍ほどあり、その逞しい筋肉がわかりやすく竜の力を誇示している。
 翼竜はもっとわかりやすい。咆哮が聞こえてすぐに空高く飛び上がり、目視ギリギリの速さで上空を飛び回る。この速さが最大の武器になる。


 ほとんどが俺の意思に合わせ、臨戦態勢を整えていた。


「なるほど。これなら確かに、心強いですね」
「まあせっかくだし、俺のもう一つのスキルも見せたいからこいつらは留守番だけどな」
「ええ……」


 期待を裏切られたのはほのかだけではなかったようで、どことなく残念そうに頭を下げた魔獣達がいた。



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