ペットショップを異世界にて~最強店長の辺境スローライフ?!〜
002 緊急事態
「森のほうが騒がしいな」
魔法やスキルといった異世界ならではの話をしようと店内から出てきたが、森から普段はしない物音が聞こえている。
「これは……?」
うちの店は森に面した辺境地にある。
むしろ、もはやここは森の一部と認識している冒険者も多いだろう。
一応まっすぐ行けばギルドには出てくるのだが、いかんせん距離が遠い。
ギルドからであればわざわざこんなところへ来る必要もなく森へ入ることができるため、人通りはほとんどない場所だった。
「いつもとは違うんですか?」
「そうだな。普通このあたりは魔物もいないし、冒険者も見ての通り来る事がないからな」
正規のルートで森を進むなら、まずこんな場所に来ることはない。
この場所は特に珍しい植物や採取品もないし、魔物が出ることもほとんどないからだ。
「なんか、音が大きくなっていませんか……?」
ほのかがおびえた様子で1歩こちらへ歩みよった。
「確かにこれは異常だな……」
すぐそばの森を覗き込もうとしたら、音の正体が自ら飛び出してきた。
「やった! 森を出た!」
「油断するな!」
冒険者が2人。
片手には抜き身の剣を持ったまま、身につけた装備は至る所が破られ、へこみ、本人も擦り傷では済まされない傷を背負っていた。
「何があった?」
ただ事ではない2人に声をかける。
「魔物屋……? じゃあここは」
「まだギルドまでは遠いぞ。あとうちは魔物屋じゃなくペットショップな」
「今そんなことはいい! すぐ逃げろ! その子を連れて!」
切羽詰った様子で傷の多いほうの冒険者が叫ぶ。
同時に反転し、剣を構えて森へ向き合った。
地響きが大きくなり、森の木々が悲鳴をあげるようになぎ倒される様子がすでに目に入る位置にきていた。
「ギルさん! 一人じゃ無理だ!」
「一般人を巻き込むわけにいかないだろ! お前は2人を先導して逃げろ!」
「でも……!」
切羽詰った様子を見るに、余程のことがあったと見える。
ほのかは地響きと2人の様子に怯えてすでに俺に抱きつくような姿勢になっている。
役得ではあるがそんなことも言っていられないだろう……。
「2人はBランクパーティーだろう? それがこんな状態になるようなことって……」
いくら正規ルートと離れているとはいえここはまだ森の入り口である。
Bランクとして活躍するような冒険者が苦戦するのはおかしい。
Cランクであれば十分にプロの冒険者、つまり冒険者の食い扶持だけで生きていけるといわれる世界。
Dランクへもたどり着けず志半ばで命を落としたり、諦めて別の道を行く者なども無数に存在するこの世界で、Bランクパーティーを結成できる冒険者は大成功を収めていると言える。
戦争でもあれば歴史に名を残す可能性すらあるし、今の平和な世界でもスポンサーがつくこともある。
Aランクになると冒険者ギルドから年金が出たり、国や貴族がお抱えとして囲い込むことも多くなるため、Bランクは実質冒険者の頂点の一角だ。
そのBランクの冒険者たちが命からがら逃げ出すような事態は、異常な光景だ。
「ありえない化けもんがでたんだ! いいから逃げろ!」
一緒に逃げろといわれた比較的若い冒険者も、ギルと呼ばれた冒険者の下へ駆けつけ、剣を構えた。
冒険者ギルドへ普段から出入りしていれば顔と名前くらいはわかる。
この地域では指折りの実力を持ち、辺境であるがゆえ強力な魔物が多いとされるこの森でもその名を轟かせる冒険者パーティー、ギルバード緋剣隊。
ギルと呼ばれていたのがリーダーのギルバードだろう。
「アツシさん……」
「大丈夫、とはいえない状況だけど、まぁなんとかなるか」
「のんきに会話してんじゃねえ! もう時間が……あ……」
若い冒険者の間の抜けた声が、状況がすでに手遅れになったことを知らしめた。
目の前に現れたのは元の世界で言えばゴリラだろう。ただ、そのサイズは一般的な一軒家を越えている。映画かなにかを彷彿とさせるが、それ以上に目立つのは、胸元から伸びる2対4本の腕だ。
通常のゴリラと同じように前足を使って4足歩行を行っているが、さらに腕があるためケンタウロスのような状況になっている
「くそっ!もう追いついてきやがった」
若手の冒険者。あのパーティーのメンバーでも一番若いユウリという魔法剣士だったはずだ。
誰でも魔法が使えるというわけではないこの世界において、魔法も剣も扱える逸材ということで、個人としても注目される10代の若者だ。
「くっ……おい魔物屋!」
「だからうちは……まあ今はそれどころじゃないか。なんだ?」
「時間は作れても10秒だ。その間にこいつの射程外に逃れてギルドへ行け」
「それはちょっと、無理じゃないか……?」
森の木々をことごとくなぎ倒し、今目の前に居る化け物を眺めて言う。
見上げる先には元の世界のゴリラと大差のない顔がある。だがその体は規格外のサイズと、2対4本の腕を持つ。一本一本が樹齢数百年クラスの木々と同じ太さを誇っている。
「すでにうちのメンバーはやられてる! せめてギルドへ報告できなければ、俺たちは無駄死にだ」
ギルバードがゴリラに似た化け物への視線を外すことなくこちらへ呼びかける。
「俺たちで駄目ってことは、いまのギルドにいるパーティーじゃ駄目だ。王都ギルドからAランクか、運がよければSランクに声をかけて……」
「じゃあ今回は、運が良かったな」
「は……?」
剣を構える2人の冒険者を前に一度は動きを止めていた魔物が、その鋭い眼光を此方へ向けた。
ケンタウロスのような容貌から変化し、6本の手足を全て地に着け臨戦態勢を取った。
「ほのかは軒先くらいまで下がっててくれればいいから」
「おい……何を……」
この世界のギルドにはランクを公表する仕組みはない。2人がBランクだとわかったのは、パーティーとして動く上で周りに名が知れ渡った結果だった。
逆に言えば、どれだけランクを上げたとしても、周りに教えなければわからないわけだ。
「サモン」
俺にはこの世界に降り立った時点で2つのスキルがあった。
「なんだ……これは?」
1つは動物や魔獣、魔物たちを手懐ける“テイマー”のスキル。
そしてもう1つが、その手懐けたパートナーたちを呼び出す“サモナー”のスキル。
幸いなことに、2つともエクストラスキルと呼ばれるレアスキルだったようだし、そもそもスキルなど1つでも持っていればそれだけで食っていけると言われる世界で、エクストラスキルを2つ持っているのは非常に恵まれたスタートだったようだ。
こちらへ来てすぐは自分のみを守ることに精一杯の命がけの日々だったので、あまり意識することはなかったが。
「あの噂は本当だったのか……?」
ギルバードがその通り名の元になった緋色に煌かせた剣を構えたままこちらへ振り返る。
「噂になってたのか?」
サモナーのスキルで召還したのは白虎の魔獣、ハク。
身体こそ目の前のゴリラに及ばないものの、生物としての格が違うことは対面している魔獣が最もよくわかっているだろう。その証拠に睨みあうゴリラは動きが固まる。
「緋剣隊は5人居たと思うけど……」
「やられたよ! 一番若いって理由で俺を逃がそうとして……」
「そうか」
予想はしていたが、改めて聞くと複雑な気持ちになる。
「こいつはここで殺す、いいか?」
「できる……のか?」
「できる」
Bランクの冒険者を3人も殺している以上、こいつを生かしておくことは問題になるだろう。
「おい……! さっきから何を!? 俺たちのことは知っているんだろう?! だったら魔獣屋ごときがなにをしたって」
「ユウリ、見ておけ」
「ギル……さん?」
冷静さを欠くユウリに対して、ギルバードの方はすでに剣も鞘に納めて落ち着きを取り戻していた。
「俺も信じてなかった噂なんだがな」
2人の会話を尻目に、俺は指示を出す。
「ハク」
呼びかけに応える形でその白い身体がぶれて消える。
「このギルド自治区には、ギルド秘蔵のSランク冒険者がいるって話だ」
「それは……あのエルフのことじゃなかったんですか? Sランクと言えば小国くらいなら1人でも落とせるって……それがそんな、何人もいるって……?」
「だから信じてなかったんだよ。だがな、目の前で起きていることを冷静に見ることが、冒険者の基本だ」
「それは……」
6本の手足を持つ黒い巨体が、大きな音とともに地面に倒れた。
その奥、たったいま倒れた魔獣の背後に、ハクは静かに着地している。
噛み千切った肉はお気に召さなかったのか、地面に吐き捨てられた。
「そんな……俺たちが、逃げることすらできなかった相手が……」
「これが、Sランクか……」
ハクに褒美を与えてから、2人の方を向き直る。
何故か堅苦しく気を付けの姿勢になったユウリに苦笑しながら、詳しい話を聞くことにした。
魔法やスキルといった異世界ならではの話をしようと店内から出てきたが、森から普段はしない物音が聞こえている。
「これは……?」
うちの店は森に面した辺境地にある。
むしろ、もはやここは森の一部と認識している冒険者も多いだろう。
一応まっすぐ行けばギルドには出てくるのだが、いかんせん距離が遠い。
ギルドからであればわざわざこんなところへ来る必要もなく森へ入ることができるため、人通りはほとんどない場所だった。
「いつもとは違うんですか?」
「そうだな。普通このあたりは魔物もいないし、冒険者も見ての通り来る事がないからな」
正規のルートで森を進むなら、まずこんな場所に来ることはない。
この場所は特に珍しい植物や採取品もないし、魔物が出ることもほとんどないからだ。
「なんか、音が大きくなっていませんか……?」
ほのかがおびえた様子で1歩こちらへ歩みよった。
「確かにこれは異常だな……」
すぐそばの森を覗き込もうとしたら、音の正体が自ら飛び出してきた。
「やった! 森を出た!」
「油断するな!」
冒険者が2人。
片手には抜き身の剣を持ったまま、身につけた装備は至る所が破られ、へこみ、本人も擦り傷では済まされない傷を背負っていた。
「何があった?」
ただ事ではない2人に声をかける。
「魔物屋……? じゃあここは」
「まだギルドまでは遠いぞ。あとうちは魔物屋じゃなくペットショップな」
「今そんなことはいい! すぐ逃げろ! その子を連れて!」
切羽詰った様子で傷の多いほうの冒険者が叫ぶ。
同時に反転し、剣を構えて森へ向き合った。
地響きが大きくなり、森の木々が悲鳴をあげるようになぎ倒される様子がすでに目に入る位置にきていた。
「ギルさん! 一人じゃ無理だ!」
「一般人を巻き込むわけにいかないだろ! お前は2人を先導して逃げろ!」
「でも……!」
切羽詰った様子を見るに、余程のことがあったと見える。
ほのかは地響きと2人の様子に怯えてすでに俺に抱きつくような姿勢になっている。
役得ではあるがそんなことも言っていられないだろう……。
「2人はBランクパーティーだろう? それがこんな状態になるようなことって……」
いくら正規ルートと離れているとはいえここはまだ森の入り口である。
Bランクとして活躍するような冒険者が苦戦するのはおかしい。
Cランクであれば十分にプロの冒険者、つまり冒険者の食い扶持だけで生きていけるといわれる世界。
Dランクへもたどり着けず志半ばで命を落としたり、諦めて別の道を行く者なども無数に存在するこの世界で、Bランクパーティーを結成できる冒険者は大成功を収めていると言える。
戦争でもあれば歴史に名を残す可能性すらあるし、今の平和な世界でもスポンサーがつくこともある。
Aランクになると冒険者ギルドから年金が出たり、国や貴族がお抱えとして囲い込むことも多くなるため、Bランクは実質冒険者の頂点の一角だ。
そのBランクの冒険者たちが命からがら逃げ出すような事態は、異常な光景だ。
「ありえない化けもんがでたんだ! いいから逃げろ!」
一緒に逃げろといわれた比較的若い冒険者も、ギルと呼ばれた冒険者の下へ駆けつけ、剣を構えた。
冒険者ギルドへ普段から出入りしていれば顔と名前くらいはわかる。
この地域では指折りの実力を持ち、辺境であるがゆえ強力な魔物が多いとされるこの森でもその名を轟かせる冒険者パーティー、ギルバード緋剣隊。
ギルと呼ばれていたのがリーダーのギルバードだろう。
「アツシさん……」
「大丈夫、とはいえない状況だけど、まぁなんとかなるか」
「のんきに会話してんじゃねえ! もう時間が……あ……」
若い冒険者の間の抜けた声が、状況がすでに手遅れになったことを知らしめた。
目の前に現れたのは元の世界で言えばゴリラだろう。ただ、そのサイズは一般的な一軒家を越えている。映画かなにかを彷彿とさせるが、それ以上に目立つのは、胸元から伸びる2対4本の腕だ。
通常のゴリラと同じように前足を使って4足歩行を行っているが、さらに腕があるためケンタウロスのような状況になっている
「くそっ!もう追いついてきやがった」
若手の冒険者。あのパーティーのメンバーでも一番若いユウリという魔法剣士だったはずだ。
誰でも魔法が使えるというわけではないこの世界において、魔法も剣も扱える逸材ということで、個人としても注目される10代の若者だ。
「くっ……おい魔物屋!」
「だからうちは……まあ今はそれどころじゃないか。なんだ?」
「時間は作れても10秒だ。その間にこいつの射程外に逃れてギルドへ行け」
「それはちょっと、無理じゃないか……?」
森の木々をことごとくなぎ倒し、今目の前に居る化け物を眺めて言う。
見上げる先には元の世界のゴリラと大差のない顔がある。だがその体は規格外のサイズと、2対4本の腕を持つ。一本一本が樹齢数百年クラスの木々と同じ太さを誇っている。
「すでにうちのメンバーはやられてる! せめてギルドへ報告できなければ、俺たちは無駄死にだ」
ギルバードがゴリラに似た化け物への視線を外すことなくこちらへ呼びかける。
「俺たちで駄目ってことは、いまのギルドにいるパーティーじゃ駄目だ。王都ギルドからAランクか、運がよければSランクに声をかけて……」
「じゃあ今回は、運が良かったな」
「は……?」
剣を構える2人の冒険者を前に一度は動きを止めていた魔物が、その鋭い眼光を此方へ向けた。
ケンタウロスのような容貌から変化し、6本の手足を全て地に着け臨戦態勢を取った。
「ほのかは軒先くらいまで下がっててくれればいいから」
「おい……何を……」
この世界のギルドにはランクを公表する仕組みはない。2人がBランクだとわかったのは、パーティーとして動く上で周りに名が知れ渡った結果だった。
逆に言えば、どれだけランクを上げたとしても、周りに教えなければわからないわけだ。
「サモン」
俺にはこの世界に降り立った時点で2つのスキルがあった。
「なんだ……これは?」
1つは動物や魔獣、魔物たちを手懐ける“テイマー”のスキル。
そしてもう1つが、その手懐けたパートナーたちを呼び出す“サモナー”のスキル。
幸いなことに、2つともエクストラスキルと呼ばれるレアスキルだったようだし、そもそもスキルなど1つでも持っていればそれだけで食っていけると言われる世界で、エクストラスキルを2つ持っているのは非常に恵まれたスタートだったようだ。
こちらへ来てすぐは自分のみを守ることに精一杯の命がけの日々だったので、あまり意識することはなかったが。
「あの噂は本当だったのか……?」
ギルバードがその通り名の元になった緋色に煌かせた剣を構えたままこちらへ振り返る。
「噂になってたのか?」
サモナーのスキルで召還したのは白虎の魔獣、ハク。
身体こそ目の前のゴリラに及ばないものの、生物としての格が違うことは対面している魔獣が最もよくわかっているだろう。その証拠に睨みあうゴリラは動きが固まる。
「緋剣隊は5人居たと思うけど……」
「やられたよ! 一番若いって理由で俺を逃がそうとして……」
「そうか」
予想はしていたが、改めて聞くと複雑な気持ちになる。
「こいつはここで殺す、いいか?」
「できる……のか?」
「できる」
Bランクの冒険者を3人も殺している以上、こいつを生かしておくことは問題になるだろう。
「おい……! さっきから何を!? 俺たちのことは知っているんだろう?! だったら魔獣屋ごときがなにをしたって」
「ユウリ、見ておけ」
「ギル……さん?」
冷静さを欠くユウリに対して、ギルバードの方はすでに剣も鞘に納めて落ち着きを取り戻していた。
「俺も信じてなかった噂なんだがな」
2人の会話を尻目に、俺は指示を出す。
「ハク」
呼びかけに応える形でその白い身体がぶれて消える。
「このギルド自治区には、ギルド秘蔵のSランク冒険者がいるって話だ」
「それは……あのエルフのことじゃなかったんですか? Sランクと言えば小国くらいなら1人でも落とせるって……それがそんな、何人もいるって……?」
「だから信じてなかったんだよ。だがな、目の前で起きていることを冷静に見ることが、冒険者の基本だ」
「それは……」
6本の手足を持つ黒い巨体が、大きな音とともに地面に倒れた。
その奥、たったいま倒れた魔獣の背後に、ハクは静かに着地している。
噛み千切った肉はお気に召さなかったのか、地面に吐き捨てられた。
「そんな……俺たちが、逃げることすらできなかった相手が……」
「これが、Sランクか……」
ハクに褒美を与えてから、2人の方を向き直る。
何故か堅苦しく気を付けの姿勢になったユウリに苦笑しながら、詳しい話を聞くことにした。
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