暑がりさんと寒がり君が幸せに暮らしたかった話

黄崎うい

一話 いったいこの子は何が言いたいの?

「……ねえ、寒がり君」

「……なんでしょう、暑がりさん」

「あたしたち、さっきまで何をしていたんだっけ? 寒がり君覚えてる? 」

 寒がり君と呼ばれた男は、少しだけ長めの黒髪に特徴的な狐のような細い目を持っている。その細い目をさらに細め、少し考えるようにして答えた。

「何を、と言われましても、いつも通り教室内の空調のことで言い争っていた記憶しかございませんよ。暑がりさん」

「そうよね……。あたしもその記憶しかないわ。じゃあ、ここはどこ? 」

 暑がりさんと呼ばれた女は、ハーフアップに纏められたほんの少し明るい茶色の肩口で切り揃えられた髪をいじりながらそう言った。

「さあ。俺には全く検討もつきません」

「あたしもよ。……さて、どうしようかしら」

 暑がりさんと寒がり君は、そんなことをお互いに言い合いながら、西洋の城のような、神殿のような大理石が敷き詰められた空間を見回していた。

ギイィ──

 大理石の壁だと思われていた一部が突然音をたてて開き、二人は同時にその方向を見た。

「……誰も……いない? 」

「いや、何か見えますよ」

 ほんの少しだけ開いたその扉からはしばらく何も現れる様子がなかった。けれど、ゴソゴソと動くものの影を寒がり君が確認すると、少し警戒するように暑がりさんにそれを伝えた。

「ふにゃぁ……。おや、二人とももう起きておったのか。まあ、わしも少々眠りすぎたからな。もう年なのかのぉ」

 まるで幼稚園児か小学一、二年生ほどの背丈しかないどこかの民族衣装のような服を身に纏った少女がそこにいた。光の加減か、オレンジのようにも見える茶色い髪をポニーテールのように纏めた茶色の瞳を持ったその少女は、欠伸をしながら暑がりさんと寒がり君のほうに近づいていった。

「誰ですか。この場所を知っている方でしょうか。でしたら説明を求めます。ここはどこですか? 」

「ふーむ。そう身構えるでない」

 寒がり君の質問に答えることもなく、少女は、二人の間を通り、その先にあった椅子に「よいしょ」とよじ登るようにして座った。

「ふーむ。そうじゃのぉ。説明を求むと言われてもの、何から説明すれば良いのかのぉ」

「まずは自己紹介でもしたらどうなの? あなたはあたしたちのこと知ってたみたいだけど、あたしたちはあなたのこと知らないわけだし」

 暑がりさんが苛立ちを隠しきれていない顔で少女に向けてそう言った。少女は「それもそうじゃのぉ」などと言いながら納得した表情を浮かべて椅子に深く座り直してわざとらしく咳払いをした。

「ふーむ。自己紹介じゃの。わしはこの地を納める領主じゃ! 年は二百四十と少し、婆様に負けぬほどの魔力を持っておる。……何か質問はあるかのぉ? 」

 領主と名乗ったその少女は、目をパチパチと瞬かせながら二人のことを見た。年を言わなければ少しは可愛く見えたのかもしれないが、二人にそんな趣味はなく、少女のことを少し呆れたような目で見た。この二人の前では可愛くしても無駄だ。

「ねえ、寒がり君」

「なんでしょう、暑がりさん」

「あの子供はいったい何を言っているの? 」

「俺にはわかりません。保護者の方にでも出てきていただかなければ。……さっきまで真面目に彼女と対話しようとしていたのですが馬鹿馬鹿しくなってきました」

「……奇遇ね。あたしもよ」

 二人が視線も体も少女から離さないで会話していると、少女が出てきた扉の方から再び音がした。二人が驚き、その方を見ると、また小さく、しかし今度は可愛らしい印象の少女が立っていた。

「……あのね、寒がり君」

「なんでしょう、暑がりさん」

「あたし、こんな趣味があった覚えないのよ」

「俺もです、暑がりさん」

「「こんな幼女趣味なんて」」

 二人はまるで台本があるかのように声を揃えてそう言った。そのうちにも二人の見る先にいる可愛らしい少女は、深々と頭を下げ、お辞儀をしていた。

「姉様失礼します。また杖を忘れていたので持ってきました」

 少し舌足らずな話し方の少女は、そのまま持っていた身長の二倍ほどある長い杖……というよりは飾りのついた棒を引き摺らないように気を付けながらトテトテと小走りで領主と名乗る少女の元に持っていった。

「ありがとう、我が妹よ。また忘れていたようじゃのぉ」

 領主は、その少女の頭を撫でながら優しくそう言った。

「忘れてた? 何度忘れたら気が済むんですか兄様。そのような考えが皆さんを怒らせ、反感を買っているということにいい加減気づけ。次に忘れていた場合、領主の座は妾がいただくから、そのまま死ぬまで名無しとして生きろ。わかったか? わかったらお返事ください、に・い・さ・ま」

「ハイ……」

 その少女による穏やかな笑みから始まった説教は、伝えることだけを伝えるとても短いものだった。けれど、はじめの笑みや可愛らしくおとなしい印象からはかけ離れた憎悪も含まれているのではと思われるほどの形相は、暑がりさんと寒がり君をとても驚かせた。

 目を丸くして、ついさっき可愛いと思ったばかりの少女の変わり様に二人は何も言えなかった。けれど、二人の存在を忘れて説教をしていた少女がハッと気がつくと、また穏やかな笑みを浮かべ、二人に向けて言った。

「お見苦しいところを見せてしまって、大変申し訳ございませんでした。妾は兄様……いえ、姉様の妹で補佐を勤めております、シュベリカと申します。意識がなかったとは存じますが、長旅お疲れ様でした。このアホ領主がお二人に色々説明しますので、おかしなことを言うかもしれませんが、どうか聞いてやってください」

 シュベリカと名乗った少女は、最後にキッと領主を睨むと、扉の方に向かい、また深々と頭を下げてから出ていった。領主はその様子を仕方なさそうな顔で見送ると、「さて」と、気を取り直したように話を始めた。

「どこまで話したかのぉ。ふーむ。……そうじゃそうじゃ、わしが自己紹介をして、お主らに質問があるかを聞いたんだったのぉ」

 いきなりこちらに振られても。暑がりさんと寒がり君は、そう思いはしたが、何か言わないと話が続かないことを察すると、何か気になるところを探した。いや、正確には一つ気になると、全て気になってしまう突っ込みどころの多い話だったので、何処から突っ込むかを考えた。

 考えがまとまったように目を開き、寒がり君は暑がりさんを見た。暑がりさんも寒がり君のことを見ていて、二人が同時に頷くと、暑がりさんが領主に言った。

「ねえ、領主」

「ふーむ。お主ら、ここに住むのじゃから、『領主様』とわしのことを呼ぶのが望ましいのぉ。領主様じゃ」

 わざとではなかった。領主が本当に良いと思って言ったことだったが、それが暑がりさんの怒りを買った。

「あなた、その上から目線は何? あなたが何なのかはあたしたちにはわからないわ。ここが何処なのかもね。でもあなたのその態度には苛つくわね」

 暑がりさんがそう言って領主に近づこうと一歩進んだ時だ。何かの違和感を感じると、突然顔が青くなり、その場にバサリと倒れた。

「暑がりさん!? 」

 寒がり君が少し自分より前にいる暑がりさんを心配して近づこうとすると、領主が大声を出した。

「動くでない! 動くとお主も動けなくなるのじゃ。まだ魔力がよく馴染んでいないようじゃからのぉ」

 領主は「どっこいせ」と、何処にでもいそうなおじさんのように座っていた椅子から立ち上がると、暑がりさんの元に近寄った。寒がり君は、目を見開いて冷や汗を流しながら状況を飲み込めていない暑がりさんの様子を見ると、その場から動けなくなっていた。

「ふーむ。早く説明をしなかったわしの責任かのぉ。すまなかった。お主ら、魔力がもう少し体に馴染むまでそのまま眠っておれ。頃合いを見てまた見に来るからのぉ」

 領主が杖を振ると、暑がりさんの意識がストンと落ちたように穏やかな表情になった。寒がり君も少し警戒していたが、動けないまま領主に杖を振られ、意識が落ちた。

 暑がりさんの様子を見るためにしゃがみ込んでいた領主は立ち上がると、そのまま扉の方に向かい、出ていった。

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